ホロ学園の「俺」君物語   作:零円

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「っと」

「痛っ」

 

 世界に投げ出される。訳の分からぬまま、家にいた筈が気づけば広いどこかへ。

 突如発生した事態に、いろはは冷静に対応し、焦ることなく着地をする一方。こよりは尻もちをついた。

 

「大丈夫でござる?」

「うん、ありがとう、いろはちゃん」

 

 差し伸べられた手を掴めば、こよりの体はいろはに引き上げられる。

 そうしてこよりを立ち上がらせたいろはは、共に周辺を見渡した。

 流石に日の出前。周囲は暗く、明るい室内にいた事もありすぐに目は慣れない。

 何となく大きな建物や構造物が見え、見覚えがあるな感じながら、いろはがこよりに尋ねる。

 

「ここはどこでござる?」

「えーと……ここは学園だねー」

「学園? ホロ学でござるか?」

「そうそう」

 

 いろはがこよりへ視線を向ければ。いつの間につけたのか、ヘッドマウント型のゴーグルを身に着けたこよりが、つまみを弄っている所であった。

 

「学園内の……前庭かな。私達を一度追い出して、仕切り直す算段って所じゃない?」

「成程……」

 

 学園から家までは地味に遠い。乗り物も無く、着のままである現状、いろは単独であっても走って十分程。こよりもおぶってとなればもっとかかる。

 その間に逃げられる事も迄加味すれば、充分な時間と言える。

 

「どうするでござる?」

「とりあえず、待機させていたドローンを家へ突入させるから、いろはちゃんは単独で家を目指してくれる?」

「了解」

 

 言いながらこよりが投影されたディスプレイを触り、現状を確認しようとして。

 それを遮るように、いろはがこよりを突き飛ばした。直後二人の間に、魔女の蹴りが突き刺さる。

 

「ちっ」

 

 舌打ちをするシオンに向かい、いろはがチャキ丸を振るった。それを、攻撃後とは思えぬ身軽さを見せたシオンが、後退して躱す。

 球を生成、数は一。弾丸射出。

 

「むんっ」

 

 斬られる。

 

「さっきより早くて、ちょっと硬くなったでござる」

「そうやって作っているからね」

 

 移動しながら、単発での速射。いろはとこよりが直線上に並ばせ、いろはの回避の選択肢を絞る。

 だが、それでもいろはは止まらない。迫る弾丸を切断し、尚も前へ。先程、家の中で戦っていたよりも、のびのびとしたその様子。

 チャキ丸を振っても、何かに当たるという心配が無いのだ。全力で心置きなく、振れるというもの。

 

 ──それは分かったうえだっての。

 

 心中で悪態をつくシオン。弾丸の発射は止めず、次手の準備を急ぐ。

 そんな片手間に逃げ回りながら撃つシオンより、斬りながら迫るいろはの方が当然のように早く。

 詰められた距離の残りを確認、斬り進んでいた弾丸を躱し、いろはは一息に埋めた。

 シオンの視線の先で、弾丸がこよりの盾にはじかれているのが見える。その光景に、何度目かになる舌打ち。

 

「流石にきつそうでござる。最後の毒、まったく吸わなかった訳では無いのでござろう?」

 

 間合いを自分の物としたいろはが、チャキ丸を振るう。縦横無尽に斬撃が迫る。

 

「──当たり前でしょ、そんな長く、息止めてられないっての」

 

 少年のようにしっかりとした訓練をしていた訳でなければ、今はこよりの麻痺毒によりコンディションも最悪の状態。

 それでも卓越した魔力操作によって、限界ぎりぎりの身体操作を実施。いろはの刃を躱す。防ぐ。

 ただ、それでも徐々に、追い詰められていく。躱しきれなかった刃が掠り、防ぎきれなかった刃に裂かれる。

 

 ──これは良くないわね。

 

 魔法を使い、痛覚を鈍化させる。そうすれば、麻痺と合わさって耐えられる程度の物になった。

 ただそれでも、積み重なればその限りでは無くなるだろうと、容易に想像がつく。

 まったく、なぜあの少年はこの痛みを良しと出来るのか。腹を裂かれた癖に学校へと向かう事を選んだ馬鹿の姿を思い出して、少しばかり気が晴れて。

 そういえばと、ある事を思い出し。一瞬気が緩む。

 

「カハッ」

 

 胸元に衝撃。視線の先に、突き立てられたチャキ丸。

 

「──貫けないでござるか」

 

 感心したようないろはの声。直後しっかり全身を使い放たれたその技により、シオンの体を突き飛ばされる。

 呼吸が詰まる。なんで平気なんだあのバカは。地面を跳ね、転がりながら、心中で罵る。

 体は、やがてうつぶせになって止まった。咽かえるシオンのその上から、音も無くフラスコ瓶が落ちてきて、地面に当たり砕け散る。

 

「外なら問題無いよねー」

 

 こよりのその言葉を合図に。フラスコからあふれた液体が輝き放ち。盛大な爆発音を周囲に轟かせた。

 

 ***

 

 じなりに一瞬気を取られた。ナイフを御しきれず、仕方なくしっかりと後退。距離を取って一息入れる。

 

 ──なんだ今の。ただの地震? それとももしかしてシオンの方で何か……。

 

 流石に震源の場所は分からない。近いか遠いか、それすらもままならない程にかすか。

 ただ、原因が分からない以上、様子を見に行きたいと、そう思えてしょうがない。

 

 ──落ち着け。行ったってどうしようもないだろ。そもそも行先も分からなければ選択肢は無い。

 

 ああ言われたからには、シオンを信じる他無い。帰ったら、家が無くなっていない事を祈るばかりだ。

 大事なのは眼前。あれから何発か良いのを入れたつもりなのだが、沙花叉は立つ。パフォーマンスも落ちない。

 自分だったら、出来るだろうか。立つだけならまだしも、パフォーマンスを落とさないのは厳しい気がする。全く恐ろしい。いったい何者なのか。少なくともただの人間という事は無いだろう。

 

 ──しかし、どうしたもんかね。

 

 かすかに息が荒くはなっているから、効いていないという訳ではなさそうなのだが。

 とはいえ、俺は俺で削り過ぎた。何度か予定外に出来た傷もあれば、目測を見誤って少し深くついた傷も出てきている。このペースでは先に力尽きるのは俺の方だろう。

 しかし、今更攻め手は変えられない。此処で日和れば、清算し切れていない死に瞬く間に圧し潰される。活路を見出すのであれば、変わらず距離を詰めていくしかない。

 突かれたナイフを躱す。こめかみのあたりを削りながら踏み込む。

 こちらが拳を放つのに合わせて、沙花叉も拳を振るうのが見えた。同時に着弾、弾かれあう。

 なんのつもりか。確認の為、姿勢を戻すと躊躇わず向かう。ナイフは回避、再度振られる、沙花叉の拳。着弾。さっきよりも重い。

 後退しつつ、思案する。ナイフなら躱す一択なのだが、打撃はそうもいかない。拳の届く距離はこちらの拳もまた届く距離である。折角削って放つ一撃を、防御や回避をしながらの半端な物にはしたくない。ただ、本来なら望むところである打ち合いも、現状だと拳の一発がより重い。

 この展開が続くなら、力尽きるのは想定よりずっと早くなる。実際二発入っただけで、膝が笑いそうだ。このペースなら二発か三発といったところ。仮にそれに合わせるとして、それだけで沙花叉を制圧出来るとは思えない。

 

 ──状況が変わった。ナイフだけだった沙花叉に、打撃の選択肢が出てきた。

 

 それまでは近づいた俺に対しての択は回避か後退だったが、今はそれが反撃になっている。手痛いのは間違いないが、それでもここ二発は、かなり楽に入れられた。

 どうせ回避はしないから、大振りでも問題無い。打撃は決定打に足りえないから、打ち込まれていい。我慢比べになれば、ナイフの裂傷分有利。こちらの動きにナイフを合わせ、拳を振るう。

 俺のスタイルに合わせたカウンターヒッター。猪の俺には確かにそれで良い。

 想いたち、数歩、後退し距離を取る。

 完全待ちの姿勢に決めたのか、ナイフを構えたまま、沙花叉は動かない。

 更に数歩後退。沙花叉の足が、微かに前へ出る。だが踏み込んでまでは来ない。

 

「──!」

 

 反転。加速し、全力で走る。

 

「あっ!」

 

 後ろから沙花叉の声がした。

 俺は俺で、体のあちこちが痛い。踏み込むたびに、その振動で激痛が走る。

 

「タロ」

『ワン!』

 

 沙花叉は追いかけて来ているらしい。

 小剣を投げてこないのは、品切れだからだろうか。

 此処まで投げてきた小剣は十本。沙花叉の服装的には、それ以上の格納は難しそうだから、その可能性の方が高いが。

 

 ──なら、あのナイフさえ奪えば、どうにかなるか。

 

 ナイフの奪い方とそこからの流れを考え、腹を決める。

 突き当りを左折。そのまま走る。

 

『ワンワン!』

 

 タロの合図に合わせて反転。視線の先に、角を曲がってきた沙花叉。

 俺が向かってくるのが見えたのだろう。沙花叉は急ブレーキをかける。あくまで狙いはカウンターの様子。それでいい。

 今まで同様、真っ直ぐ突っ込む。

 迎撃に突き出されるナイフ。何の工夫も無い。どうせ当たってくれるからと、素直に真っすぐ突かれたそのナイフを手で迎撃。

 こちらから勢いをつけた事もあり、ナイフは見事貫通し、掌に鍔がぶつかるほど深くに刺さる。

 ナイフを刺した方と別の手で、沙花叉のナイフを持った腕を掴む。

 地面を蹴り、両足とも沙花叉の身体にかけ、沙花叉の後ろで両足を組んだ。

 三角締めと呼ばれる締め技。打撃が通らないなら、これしかない。

 

「さあ、返したらお前の勝ちだ」

 

 メインのナイフは、腕ごと拘束中。俺の手に刺さっているせいで、もう片方の腕に投げ渡す事も出来ない。

 投擲用小剣があれば、出して刺しに来るだろうが、それをしてくる様子も無い。

 

「あああああ!」

 

 咆哮。最後の一撃とばかりに、沙花叉が体を逸らし、俺の身体を持ち上げる。

 可能性としては、考慮していた。だからこそ我慢比べだと評したのだ。

 歯を食いしばった直後、俺の身体が落下を開始。勢いよく、後頭部がコンクリートへ叩きつけられる。

 目の奥がちかちかする。飛びそうになる意識は、ナイフの刺さった腕を揺らし、追加の痛みを与える事で強引に耐える。

 

「離さねぇよ」

 

 締めを継続。再び沙花叉が俺を持ち上げようとするのを感じるも、流石にそれは叶わず。

 始めて十秒と経たず、がくりと、沙花叉の頭が落ちる。

 危険と思いながらも、急ぎ締めを外した。

 刺さったナイフを抜き捨て、沙花叉のロングコートを半端に脱がし、それを使って後ろ手に拘束する。

 それから沙花叉の脈やら呼吸を調べ、一先ずの異常が無い事を確認し、漸く一息ついた。

 

「あー……超いてぇ」

 

 道路の上に座り込む。止血やらいろいろしなければと思うが、体が動かない。

 このまま少し寝落ちしようかと、そんな事を考えていると。

 

『ワン!』

「……は?」

「マヂでちょっと後悔しているわ」

 

 振り返った先に俺を見下ろす少女。

 呆れと恐怖の入り混じったその顔に、俺は暫し、何も言えず。

 

「………………すいちゃん?」

 

 俺は漸く、それだけ絞り出した。

 




次回は10日0時か12時になります

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