ホロ学園の「俺」君物語   作:零円

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 すいせいが新曲の歌詞を眺めている時に、スマホが鳴った。

 こんな時間に誰かとスマホを見れば、今日知り合ったばかりの先輩の片割れ。ミオだった。

 非常識な時間だ。すいせいも普段であれば寝ている時間である。

 なぜこんな時間にと、そんな事を思いながら、電話に出た。

 

「もしもし」

『あ、起きていた? ごめんね、こんな時間に』

「本当です。たまたま起きていたからいいですけど。それで、何の用ですか?」

『──君の幼馴染がピンチって話なんだけど』

「……」

 

 その言葉に、頭の中に疑問符が飛び交う。

 なにか、ゲームとかの話だろうか。でも、それにしては電話の時間も声のトーンもおかしい。

 首を傾げながら、すいせいは口を開く。

 

「詳しく教えてください」

『ウチも詳しい事は分からないんだよね。ただ少なくとも今、ナイフを持った相手に、血塗れになりながら戦っている』

「……はい?」

『信じられないよねー。わかるよ』

 

 うんうんと、電話越しに頷くのが分かる。

 

『でも事実なんだよ。本当はウチが行ければ良かったんだけど、生憎他にやる事があってね。それですいちゃんに行って欲しいなって』

「……シオンちゃんとかわためちゃんに頼めばいいんじゃ?」

『家の方にも襲撃があって、シオンちゃんもピンチなんだよね』

 

 そう言う状況らしい。

 

『信じられない気持ちはわかる。私としても、普通の女の子に頼む事じゃないとは思う』

 

 そりゃそうだと思うすいせい。

 ミオの依頼が本当なら、頼るべきは警察やそれに関連した組織であるべき。

 すいせいとしても、自分が今をときめくスターの原石である自覚はあるが、ただの一般人である。

 ただ、ミオは言葉を続けた。

 

『でも、頼めるのってすいちゃんしかいないんだよ。だって』

「だって?」

『世界の事情一切関係無く、あの子の事を助けてあげられるのって、普通の人間だけだからさ』

 

 その言葉を飲み込むのに、やや時間はかかったが。

 最終的にすいせいは「何処に向かえばいいんですか?」とミオへ尋ね返した。

 

 ***

 

 すいちゃん……すいちゃんだ。

 慌てて出てきたのか、寝巻の上からコートを着たすいちゃんが、呆れと恐怖の入り混じった顔で立っていて、その手には救急箱を持っている。

 事情を知っているのかは定かでは無いが、少なくとも俺の状況は把握したうえで、この場に来たのだと伺える。

 

「……なんでいるの?」

「それよりはいこれ」

 

 ポイと投げ渡されたのは、手錠だった。

 

「……なんでこんなの持っているの?」

「アンタ用」

「つけろってこと!?」

「冗談よ」

 

 そう言ったすいちゃんが、顎で沙花叉を示す。

 

「使うでしょ」

「……まあ、確かに」

 

 言われるがまま、沙花叉の手首に手錠をかける。

 沙花叉はうつ伏せに倒れていて、その表情は伺えない。流石に起きているなら何かしら動きはあると思うから、まだ落ちたままなのだろう。

 最低限呼吸がしやすいように、上体を起こして、体を近くの塀に立てかける。

 

「良しと」

「なら、次はアンタね」

 

 すいちゃんに声を掛けられて、思わずびくりと、肩が跳ねる。

 恐る恐る振り返ろうとすると、近づいて来たすいちゃんにがっちり頭を掴まれた。

 

「──思いきり叩きつけられていたけど、特に切れては無いわね。丈夫だこと」

「すいちゃん、いつから見ていたの?」

「アンタが自分の手にナイフを刺すちょっと前」

「あー……」

 

 見られていたらしい。

 

「頭は大丈夫そうね。一番深い傷は?」

「……ここっす」

 

 件の、ナイフが刺さった手を差し出す。

 

「俺がやるから、救急箱だけ貸してくれない?」

「どうやって片手で治療するのよ」

「慣れているから大丈夫。それに、先を急ぐし」

「……シオンちゃんの方は大丈夫みたいだから、大人しくしていなさい」

「──シオンの事も知っているの?」

 

 救急箱を開けたすいちゃんは、消毒液を掛けたガーゼを俺の手に当てた。骨が覗いて気持ち悪いだろう、その様子を見せず、粛々と包帯が巻かれる。

 

「──すいちゃん」

「何?」

「どうして来たの?」

 

 俺の言葉に、一瞬すいちゃんの手が止まり。それから再度動き出す。

 包帯はきついが、本来やるべき止血策が出来ない以上、此処で対策するしかない。

 

「通りかかっただけよ」

「救急箱を持って?」

「……」

「誰に言われたのさ。俺の現状」

「ミオ先輩」

 

 案外あっさり、答えが出てきた。

 その言葉につい肩に乗るタロを見れば。タロはぷるぷると顔を振って返してくる。

 本当かどうかは分からないが、とりあえずタロが伝えた訳じゃないらしい。

 シオンの方も大丈夫というからには、そちらにはミオ先輩本人か、フブキ先輩が向かってくれているのだろうか。

 それなら確かに、大丈夫そうではあるけれど。

 

「正直半信半疑だったけど、言われた所に来たら本当に戦っているし、近づいたらアンタ、ボロボロだし」

 

 包帯が強く結ばれる。痛みが走って、少しだけ顔がゆがんでしまう。

 

「手は良し。次は──その腕? 小剣刺さったままだけど」

「いや、とりあえずこっちは止血出来ているから先に、顔の裂傷優先して欲しいかも」

「……それはいいけど痛くない訳?」

「大丈夫」

 

 今更どうしたって痛い。

 ふーんと言葉を漏らしながら、ガーゼと消毒液を取り出すすいちゃん。その二つで傷口の辺りを拭うと、パッドつきの絆創膏を取り出し、パッドへ軟膏を塗って、俺の顔を見た所で、また動きが止まる。

 

「ナイフの切り傷ってこんな感じなのね」

「ごめんね、気持ち悪いもの見せて」

「手よりマシよ。骨覗いていたし」

「本当にごめん」

 

 怖いだろうに、気味悪いだろうに。すいちゃんは顔の裂傷へ、その後も普通の手つきで絆創膏を貼っていく。

 つい、先日治療してくれたフレアさんの手つきと比べた。あの人は、手の動きには一切淀みが無く、必要な事を全てしっかり把握して、その通りに実施していたの大して。

 すいちゃんは、一先ず目に付いた傷を片っ端から対処している。おかしいとは思わない。トリアージ的な事なんて、普通出来ないのだから。

 

「これ、絆創膏足りるかしら」

「掠らせただけの浅い傷もあるから。そういう傷は、今は止血はいらない」

「……分かった。なら次は」

「上脱ぐけど、その前にちょっと待って。あっちむいて、目を閉じて耳塞いでくれていると助かるんだけど」

「小剣を抜くんでしょ。大丈夫よ、血なんて見慣れているわ」

「そういうもんでもないと思うけど」

 

 言っても無駄だろう。諦めて、小剣に手をかけ、一息に抜く。貫通していない分、ナイフよりマシだがやはり痛い。

 そのまま、パーカーとジャージから腕を抜いた。刺し傷以外にも、細かい切り傷が現れる。

 

「じゃあ、すいちゃん──」

 

 すいちゃんを見れば、痛々しい顔をしている。

 その顔に、俺は何も言えず、無言でサージカルテープを取った。

 

「あっ」

 

 声を上げるすいちゃんの前で、サージカルテープを何枚か取り、腕の適当な場所に貼っておく。

 次いでガーゼ。取っておいたテープを貼り、一応消毒液だけ掛けてから傷口に当てて、それを貼っておいたテープで固定。

 後はその上から包帯をぐるぐる巻いて、口も使ってしっかり縛る。

 刺し傷は良し。後は深めの切り傷。すいちゃんの使っていたパッド付のものを使おうと手を伸ばし、叩き落とされる。

 

「私がやるって言っているでしょ」

「あ、はい。ごめんなさい」

 

 消毒と軟膏、それから絆創膏を貼る。

 その一連の動作を、大小様々ある内の大きい傷の幾つかを優先して貰う。

 やがて片腕と、そちら側の胴や肩が終わった所で、もう片側。小剣を抜いて、袖から腕を抜く。流石に寒い。

 

「一応言っておくけど、これが終わったら、病院に連れて行くからね」

 

 消毒後、ガーゼを貼り、包帯を巻きながらすいちゃんがそう言った。

 

「いや。まだ行くところあるから、そっちに行く」

 

 その言葉に、俺は反対する。

 俺の言葉を受け、ちらりとすいちゃんが俺の顔を見た。

 

「こんなにボロボロなのよ?」

「そこに行くために、ボロボロになったんだよ」

「──普通じゃないでしょ」

「そうだよ。すいちゃんと離れてから十二年。そのうちの半分は、普通じゃない生活していたから」

 

 すっかり忘れてしまっていたのだが。

 

「……その生活の清算って訳?」

「その生活に後悔は無いよ。清算したいことは在るけど、その生活が無ければすいちゃんと再会も出来なかったし」

「なら」

「でも、今は違う。このバカ騒ぎは終わらせないと」

「そんなの警察に頼めばいいじゃない」

「出来ないんだよねー」

 

 そこはしっかり秘密結社と言った所か。

 多分此処で沙花叉の事を通報したとしても、沙花叉が捕まるような事は無いし、恐らくそのまま釈放されて終わりだろう。

 それが出来るくらいの組織ではあるのだ。

 

「それに、止めて見ろって言われちゃ、止めない訳に行かないでしょ」

 

 シオンが大丈夫って言うなら幸い、わためもシオンが逃がしたらしいから、家の方は大丈夫そうだし、俺はこっちに集中できる。

 

「訳が分からない」

「それがいいよ。こんな事、分かる必要なんて無い」

 

 ジャージとパーカーを着直す。幸い足は軽い裂傷がある位でほぼ無傷。

 立ち上がって、軽く体を動かし、問題が無い事を確認。

 

「ありがとうね、すいちゃん。家に送れなくてごめん」

 

 ジャージのポケットからインカムを取り出して装着。

 連絡を取ろうとする俺の、パーカーの裾が引かれた。

 振り返れば、すいちゃんが裾を掴んでいる。

 

「すいちゃん」

「分かっている。アンタは昔から、変な所で頑固だった。その時と同じ顔。だから、止めても無駄って分かっている。でも、言わない訳にいかないでしょ」

 

 すいちゃんの言葉は止まらない。微かに震えを感じさせるその声を、静かに聞く。

 

「魔界の話や異世界の話も聞いた。昨日は幽世って所の話も聞いた。正直、魔法とか角とか色々見ても、どこか現実味の無いファンタジー感覚だった。

 でも、今は違う。アンタが抜き捨てた武器も、アンタの傷も血も、全部本物。そんなのと、素手で戦うなんて、どうかしている」

「訓練はしたんだけどね。どうも武器は肌に合わなくてさ」

「何言ってるの……!」

 

 冗談めかしの軽口は、すいちゃんに届かず。俺の言葉に怒りを見せて、顔を上げたすいちゃんは、涙こそ流していなかったが、決壊寸前といった様子。

 

「今から行こうとしている場所って、これ以上に危ないってアンタ分かっているんでしょ!? 死ぬかもしれないってことでしょ!? なのに行くの!?」

「うん」

 

 頷く俺に、一瞬言葉を詰まらせたすいちゃんが、両手でしっかり、パーカーの裾を掴んでくる。

 引き剥がす事は出来る。そうでなくても、パーカーを脱いでしまえば解決はする。

 

「すいちゃん」

 

 ただ、そんな事は出来ないから、俺はすいちゃんの手に触れた。

 

「俺も正直死にたくないんだ」

「……は?」

 

 俺の言葉に、すいちゃんが顔を上げる。

 

「昔は、すいちゃんに一目会えるなら死んでもいいって思っていた時期もあるけど、今は大切な物とか人とか沢山出来たから。だから今は、死にたくない。まだ生きていたい」

 

 シオンやわためと食卓を囲むのも、フブキ先輩やミオ先輩と一緒にゲームするのも、スバルやすいちゃんと一緒に登校するのも。

 全部大切で、かけがえない物。

 

「俺はそれを奪われたくないし、奪おうとするなら例えあのバカでも許せない」

「バカって」

「だからすいちゃん。行かせて?」

 

 俺の言葉にすいちゃんはぽかんとして。それから呆れ顔を浮かべて。

 静かに手を離した。

 

「分かっているって言ったでしょ──死んだら殺すから」

「大丈夫。ちゃんと帰って来るよ。十年以上待たせるつもりも無い」

「……なら良し」

 

 立ち上がる。変わらず潤んだ瞳は。しかしかつて憧れた強い光がある。

 

「行きなさい。負けるんじゃないわよ」

「うん、ありがとう、すいちゃん」

 

 反転。地面を──蹴らない。

 

「どうしたの?」

「行先分からないの忘れていた」

「……しまらないわね」

 

 呆れ声のすいちゃんに苦笑いしながら、インカムを操作し、繋ぐ。

 

「ラプラス」

『聞いていたぞー、色男。暫く見ない間にあんな恥ずかしい事を言えるようになったのか』

「茶化すな──どこに行けばいい」

『今から乗り込もうって敵組織のボスの居場所、本人に聞くのかよ』

 

 そう言われると返す言葉も無い訳だが。

 

『──まあいいや。吾輩も待つのはそこまで好きじゃないからな』

 

 そこは昔と変わっていないらしい。割と押せ押せで、自分がも前線に出る事の多かった総帥の言葉は違う。

 

『一回しか言わないぞー』

 

 そうして伝えられた住所を脳内マップに当てはめる。

 此処からなら走って二十分前後と言った所か。微妙な距離。

 

『早めに来いよ』

「分かっている。首でも洗っておけ」

 

 通信を閉じる。

 振り返って、改めてすいちゃんを見る。

 表情は、すっかりいつものすいちゃん。しょうがない奴だなーと、眉の下がった笑い顔。

 笑って返す。

 

「んじゃ、行ってくるね」

「はいはい、さっさと行ってきなさい」

 

 再三、反転。今度こそ、地面を蹴る。

 

「──アンタは体調変化が無い限りはそのまま大人しく寝た振りしていなさい」

「ヒィ」

 

 去り際、そんな声が後ろから聞こえてきた。頼みづらくて触れなかったのだが。安心である。




こういう話の方が筆の進みが早い

次話は11日0時か12時予定です。

文章の構成はどちらがいいですか

  • 全部詰める(全話までのやり方)
  • 地文と会話文の間に改行を入れる(今回)
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