少年を見送り、残ったフレアは、油断なく新たな矢を番えながら、正面を見据える。
視線の先は、もぬけの殻。先程までそこにいたルイは、少年に蹴られ、フレアに射られかけるも、蹴られた姿勢から素早く復帰し、銃底にて飛んできた矢の迎撃を行いながら、トンネル出口まで後退。そのまま少年が隠れていたのと同じ場所へと身を潜めていた。
──成程、負け無しって言うだけの事はあるね。
時間にしては一分にも満たないような一連の動作だったが、それでも完全に虚を突いた状態からの立ち直りの速さと判断速度、それを実現しうる身体能力には目を見張る物がある。特に、銃底での矢の迎撃なんて、矢の導線上に銃を置いて受け止めたというなら兎も角、叩き落して見せたのだ。恐らくは銃に矢を刺すリスクを考えての事だろうが、実際やろうと思って出来る事ではない。
──がむしゃらに振ったら当たったって訳でも無さそうだし、これは本腰を入れないとかな。
繋いだままの念話を使って、フレアはきんつばへ指示を飛ばす。フレアの言葉に、きんつばはこくりと小さく頷いた。それを見て、フレアは番えた矢を左手で弓と共に抑えながら、右手で追加の一本を矢筒から抜くと、それも弓へと番える。角度を調整。きんつばとアイコンタクトの後、きんつばの直ぐ脇を飛んで行くようにして、そのまま矢を放つ。
放った矢は、狙い通りに跳び、きんつばの脇を抜ける。その刹那、きんつばの手により、矢へと魔法が付与された。風を操り、矢の軌道と速度を変更する操作魔法だ。
異世界の魔法はシオンの使う魔界の魔法と同じような事は出来るが、基本的に得意分野が違う。操作魔法に関していえば、魔界の魔法は停止物体を動かす、対象物の動作を止めるといった、ゼロから一を生む事こそ得意としている。一方、きんつばの使う操作魔法は、今回のように物の性能を上下させるような、一をゼロや二、果てはマイナスや十にする事を得意としていた。故にこの矢もまた、きんつばの操作魔法を受け再加速。更にその軌道を変え、物陰に隠れるルイを強襲した。
だが放たれた矢が届くよりも直前、ルイは行動を開始。射線を外れ、矢を躱しつつ銃口をトンネル内へと向ける。銃口の先は──きんつば。狙いすました弾丸を二発、間髪入れずに放つ。ギョッっとしたきんつばが、間一髪、迫る弾丸を魔法にて防ぐ。
驚いたのはフレアも同じだった。初見の曲射をしっかり躱し、視界の晴れぬ闇夜の中、小さな体を寸分違わず、動きながら狙い撃つ。そう、狙い撃ったのだ。それはつまり、ルイにはきんつばが見えているという事である。
──間違いなくさっきまでは見えていなかったはずだけど。
つい数分前、少年を狙った弾丸をきんつばが止めた時には、見えていなかっただろうと、フレアは当たりを付けていた。
理由は単純、きんつばが少年と銃口の間に割り込んだのは、引き金を引く前、少年がルイとすれ違う前には殆どポジショニングを済ませていて、少年もまた、それに合わせて走っていたのだから、割り込んだきんつばに気が付かなかい、もしくは気づいていたにもかかわらず、なにも対策取らず、弾丸は止められ、虚を突かれるような事があるだろうか。
もちろん、全て演技だったという説も無くは無いが……このタイミングで態々それをするのは、少なくともフレアには理解出来なかった。
──まあ、それも関係無いか。少なくとも、今見えているのは間違いない。
純粋な弓だけの狙撃にて、フレアはルイを狙う。だが放った矢は、躱され、弾かれ、撃ち落され、次々に無力化される。挙句ルイはフレアへ近づきながら、撃ち返して来た。舌打ちをしながら、フレアも左右や上下に動き、射線から体を外して弾丸を躱しつつ、撃ち返すも然したる効果があるようには見えない。
──狙いが的確だから、ぎりぎり躱せる。ただきんつばが動こうとすれば、直ぐに撃って動きを止めてくるのは厄介。
そのせいで、きんつばは魔法の行使が出来ない。本来異世界の魔法は空気中に漂う魔素と呼ばれる物質を運用して行うのだが、この世界にはその物質は存在しない。ゆえにきんつばは、妖精特有の自身に蓄積された魔素を運用し、魔法を行使しているのだが、それは本来想定された魔法の運用方法ではなく。ゆえにきんつばはこの世界において、複数の魔法を同時に行使することが出来ない。
それを知ってか知らずか、ルイは定期的に弾丸を撃ち込み、防御用の魔法を使用させ続ける事によって、実質的にきんつばの魔法による援護を封じていた。
状況はかなり厄介。このまま肉薄されるような事があれば、誤射を恐れて、ますますきんつばは魔法を使い辛くなってしまう。そしてその事態は、どうにもこうにも、避けられそうにない。
──安請け合いし過ぎたかなぁ。
そう思いながらも、何故か上がった口角をそのままに、フレアは追加の矢を矢筒から引き抜く。本数は三本。寝かせた弓に番え、そのまま拡散させ放ち、ルイの動きを阻害する。
「きんつば! 防御魔法を解かずに撤退!」
フレアの言葉にきんつばは敬礼し、その場を離脱しようと動き始める。
そんなきんつばの動向を探ろうとするルイへ、今度は一本。早撃ちして牽制。
「アンタの相手はこっち」
勇むフレアへ、ルイは視線を向けて、言い放つ。
「上等な常套句ね」
思わず凍るフレア。今のは果たしてわざとなのか。戸惑うフレアへ、ルイはどや顔を返す。その顔に、どうやらわざとらしいと悟って、フレアはどうしようかなと思いながら、矢を一本抜き、弓へ番える。
「なんでやねーん」
そして言い始めると同時に、その矢を放った。迫る矢を、再びルイは撃ち落しつつ、前進を再開。それに対して、フレアは矢筒より三本の矢を引き抜き、弓を立てて番えようとするが、それより早く、ルイが撃つ。正確無比なその一発は、その一撃でもって、フレアの弓を砕いて見せた。
砕かれた弓の破片が舞い、それを見たフレアの表情が驚きに染まる。その隙をつき、ルイが距離を詰め、そのままフレアへ肉薄した。たまらず、フレアは後退するが、それに合わせるようにルイの手が動き、銃は構えられた。人差し指が動き、引き金が引かれ、弾が発射する。その時には、既にフレアは動いていた。
後退を中断。前傾になりながら射線を外れ、フレアからもルイへと距離を詰める。三本も抜いた矢と折られた弓を捨て、代わりに二本の矢を抜いて、中央から鏃側の箆中節と呼ばれる当たりを握る。そのまま、矢を小鎗と扱い、ルイへ向けて突き出した。エルフ流という訳では無い。白銀聖騎士団はじめ、弓を扱う聖騎士団員全員が習得している弓術の一環。近づかれれば終わりなどと、そんな事では騎士の名折れ。それを防ぐための手段の一つ。
ただ、当然ながら本職には及ばず。ルイに反応され、腕を取られて止められる。しかし、まだ続く。
腕の力を抜けば、そのまま突き刺すという意思表示を兼ねて、右腕へは力を入れたまま、手の中から一本だけ矢を落とし、左手でそれを受け取り、それを二撃目として、胴へ向かい突き出す。
しかし、その一撃すら、矢じりの先が銃底によって止められ、お互いにそのまま決定打を欠いてしまい、互いに逡巡。利害が一致し、仕切り直しだと言わんばかりに、弾かれる様に距離を開けた。
お互いに数歩下がり、一瞬の間。動き出したのはフレアの方だった。上体を低く保ちながら左右に振れ、ルイの狙いを定めさせない様に動きながら前進し、距離を詰める。ルイは数度銃口を向ける物の、埒が明かないと判断。迎撃を選択し、銃口を動かすのをやめた。
最初の撃ち合いから一転。CQCによる戦いの火蓋が切って落とされた。
***
目的地へ向け走っていれば、進行方向に見知った人影が二つ。その内、背負われている方の人影の正体に、俺は血の気が引いた。思わず声を張り上げる。
「わため!」
俺の声にぴくりと、二つの人影、ノエルさんとわためが反応した。のろのろと、背負われているわための頭が上がる様子が見える。夜の暗闇の中、わためが俺を見えているのかは分からないが、それでも目が合ったが気がして、俺は速度を上げて二人へ近づいた。
「ノエルさん! わためは」
「大丈夫。ちょっと体が痺れているだけみたいだから」
「そう……ですか?」
恐らくはこよ姉のお薬の類だろう。抗争の時とか良く撒いていたし、俺自身実験台になった事もある。殺すつもりがあるのなら、一発目から致死性の毒を撒く。それをしなかったのは、無力化して連れ去る事が目的だったから。そう考えれば、この麻痺薬自体には毒性は無いだろう。異世界人の体にどんな影響があるのかは正直定かではないのだが、普段のわための食生活を見るに、体の構造は俺とそうかけ離れていないだろうから、薬の効き方も極端に違うという事は無いだろう。暫く経てば抜ける筈だ。
まあそれでも、いい物では無いのもまた事実。少なくとも実験に付き合って服用した際、暫く思うように動けず、しんどかった記憶はある。ただそれでも、わためが今ここに居る理由の察しはついて、思わず手が伸びて、わための頭を撫でていた。
「わため、ありがとう。フレアさんとノエルさんときんつばを呼んで来てくれて。おかげで助かったよ。家の方は、シオンが何とかするって息巻いていたから、そっちも大丈夫だ。だから安心して、今はゆっくり休んでくれ」
俺の言葉に、わためは何か返そうとするもの、上手く声が出なかったらしく、ギュッっと口をつぐむ。わためが言おうと思った事を、なんとなく察しながら、俺はわためから手を離し、ノエルさんの方を向いた。ノエルさんはノエルさんで、俺の状態を見て、改めて事態を悟ったらしく、難しい顔をしている。
「……大丈夫なの?」
「はい。すみませんが、わための事をよろしくお願いします」
「君は?」
「行かなければいけない場所があるので、そこに向かいます」
先に進むぞという俺の言葉に、ノエルさんは驚きの表情を浮かべた。
「その体で、どうにかなると思う?」
「します。これは──」
俺にしか出来ないとそう言おうとするも、言葉を止める。違う、ラプラスを止めるだけなら、別に俺である必要ない。極論、ここでわためを引き取り、ノエルさんに託すという道があるのも事実。だが、それは──違う。
「俺がやると、決めたので。他の誰にも、やらせたくはありません」
俺の言葉に、ノエルさんとわためが、あっけにとられた表情を浮かべる。
「後、フレアさんと早めに合流して下さい。フレアさんの戦っている相手、俺の中では一番強い人なので。ここから暫く行った所の、高架線下で戦っていると思います」
ノエルさんへそう告げた後、俺は二人へ頭を下げて。その脇を走り抜ける。その直後。
「あ、ちょっと待って!」
ノエルさんに呼び止められて、振り返った。
ノエルさんの視線は、俺ではなく、わための方を向いていた。そんなわためが目を見開き、歯を食いしばって、力を籠めているのが見て取れる。力の限りを尽くして体を持ち上げ、まっすぐ俺を見据えると。
「いっ、て! らっ! しゃい!」
腹の底から出たような大きな声で、見送りの言葉を贈られた。
体に声が響いた。元気が出る。だから俺も、わためへ笑って返した。
「いってきます!」
反転し、地面を蹴る。
ゴールはもうすぐ。待ってろラプラス。
何故かモンハンがやりたくなりました
12時間後にまたよろしくお願いします
文章の構成はどちらがいいですか
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全部詰める(全話までのやり方)
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地文と会話文の間に改行を入れる(今回)