正直な話、ラプラス・ダークネスの強さというのを、俺は良く分かっていない。
例えば、ルイ姉だったらCQCを始め、各種武芸や銃器の取り扱い等に精通しているから強い、こよ姉なら科学知識からの薬や毒、近代兵器の知識と運用技術。いろはさんなら剣術を修めているから。
精神面の話をさておいて、その人がなぜ強いのかという、いわば強さの理屈。それが俺には分からない。
少なくとも共に過ごした六年間、ラプラスが何か修練を積んでいる姿を、俺は見た事が無い。俺の訓練を見て、ルイ姉にやられている所を見て馬鹿笑いしている所とか、どんな気まぐれか、俺の組手の相手となって、俺の事を容赦無くぼこぼこにする所とか、そんな記憶ばかり。一度、俺はルイ姉に、ラプラスの強さについて尋ねた事があったが、その時のルイ姉の返答は、年の功だった。つまりは経験値。
ろくに鍛えても居ないのに、経験値ってどういうことだと、幼い俺は少し腹が立った事を覚えている。……いや、無意識だったから、がっつり行っていた訳では無いとはいえ、多少は食生活を心掛け、また体を作る為のトレーニングもしていた身としては、今も少し腹は立てながら、ラプラスへと立ち向かう。
「はっはー!」
テンション高めのラプラスが、距離を詰めてくる。具体的に身長が如何程かは流石に覚えいないが、昔と違って、今は俺より背が低い。必然、間合いは俺の方が長いのだが、その分、懐に入れるのはラプラスだ。
気が付けば、腕の内側、ゼロ距離の間合い。俺からは、ラプラスの頭頂部くらいしかまともに見えない距離。追い出そうと、後退しながら腕を振るおうとして。それより早くラプラスの体が回転。器用に上体を倒しながら、右足が真上へ延びる。狙う脇には、俺の顔。慌てて上体を逸らす。
間も無く、鼻先をラプラスのブーツが掠っていった。微かな熱。痛みかもしれない。
腕を伸ばし、突き出された右足を掴もうとするが、それより早く、右膝が畳まれ、足が引かれた。腕が空を切ったのを確認し、再度後退。今度向かってくるようなら、こちらからも突撃してやろうと思うも、ラプラスはその場で留まり、足を地面に下ろしている所であった。全くやりづらい。この戦いが始まってから此処まで、悉く狙いを外されている。これを老獪というのだろうか。
こちらの狙いを読まれている前提でいくのなら、取るべき手段はさかまたの時のような、後の先を狙う物ではダメだろう。狙いを読んでくる相手に、返し技を当てるのは至難の業だ。それなら狙うは先の先。こちらから攻め立て、主導権を握る。
そう決めて、俺は地面を蹴った。加減等出来る筈も無く。真っすぐラプラスへ向かうと、ラプラスは待ちの姿勢。それなら良し、攻めるのみだ。
ラプラスへの攻撃は常に全力で行う。 間合いと身長の差を最大限に使うべく、攻め手は基本蹴り技。上段の前回しや後ろ回し蹴り、踵落とし。ラプラスに合わせ、前に出てくるようならそれに合わせて下がりつつ、前蹴りで押し返す。
呼吸を最低限に抑え、合間で可能な限り吸いつつも、基本無呼吸。バクバクと心臓の五月蠅さを感じながら、それでも動きは止めない。
「随分はしゃいでいるな! 下僕!」
「その呼び方辞めろ!」
上段の後ろ回しを偽装。軸足を曲げて屈み、ラプラスの足を刈り取る為に振るう。
「ほっ」
わざとらしく、下がるのではなく跳んで躱すラプラス。こちらを舐め切っているのが分かる。しっかりそこを突く。立ち上がりつつ、狙うは蹴り技ではなく締め技。首輪のせいで首は狙い辛いから、アイアンクローからのフェイスロックでもって、鼻と口を塞いで窒息させて落とす。それを狙い、最短距離で顔を目掛けて右手を伸ばし、あっけなく弾かれた。勢いづいたせいで直ぐには下せず、片手を上げた、間抜けな姿勢のまま、それでも構わず前進。押し倒せれば、体格差で抑え込める。そう踏んだ俺を咎める様に、衝撃は再び下から。
顎を打ち上げられる。一瞬遠のく意識。視界がちかちかと点滅し、不明瞭だ。世界が揺れて、気分も悪い。歯を食いしばって、お構いなしに残った左手を伸ばす。何かを掴んだ。そのまま握り潰す勢いで、全力で力を籠める。
「いたたたたた⁉」
ラプラスの悲鳴が聞こえてきた。上手く掴めたらしい。我ながらいいセンスだ。そのまま左手を引き寄せ、そのまま軽く持ち上げ、地面へと叩きつけるべく振り下ろす。数瞬の間。左手には、硬い床へ叩きつけた感触は無く、何か柔らかい物に叩きつけたような、少し気持ちの悪い感覚を覚える。
何となく察する。腕でもクッションにしたのだろう。狙いはずれたが、体勢有利。口と鼻を押さえる為、構わず右手を左手のあたりに向けて伸ばす。だが、右の掌が何かを感じるより早く、右手首を何かに掴まれる。
体重を乗せて右手を押し込むが、震えはすれど、一向に前に進まない。視界を徐々に取り戻してきて、しっかり目でもって状況を把握する。
とはいえ、把握した現状は、想像通りの物であった。俺の右手は、ラプラスの左手に掴まれ、俺の左手は、ラプラスの頭を掴んでそれぞれ拘束中。素手だから全ての力を伝えられる俺に対し、ラプラスはオーバーサイズのジャケットを着ているせいで萌え袖のようになっており、俺を掴む手もまた袖越し。いくら強く握った所で踏ん張りが効かせ辛く、状況は圧倒的に不利であるにもかかわらず、ラプラスは歯を剥いて笑っていた。俺の指の隙間から覗く、ラプラスの左目は好戦的に輝き、俺を見据えている。
「やるじゃん。お前の事だから、小生意気に加減するかと思っていた」
「お前を相手に手加減する訳無いだろ」
俺の言葉に、ラプラスはきょとんとした顔をした。手の力が一瞬抜け、その隙に押し込もうとするが、それより早く腹部に衝撃。そのまま体を持ち上げられ、蹴り飛ばされる。掴まれていた右手が開放され、掴んでいた左手が、飛ばされた勢いで引きはがされた。暫くの浮遊感の後、背中に衝撃。受け身は取ったが、呼吸に詰まる。それでも動き、体を反転。仰向けからうつ伏せの姿勢に変えて、ラプラスの居る方へ視線を向ければ、ラプラスの姿が無い。
『ワン!』
数瞬の思考停止。それを咎める様な、タロの鋭い鳴き声に、俺は慌てて体を動かす。
ごろりと、九十度。体を再度回転させた辺りで、直前まで、俺の首があった辺りに、ラプラスの足が突き立てられた。躱さなければどうなっていたかを、考えている余裕も無い。危機は過ぎていない。
勘の導くまま、俺は回転を中断。改めて、突き立てられたラプラスの足に向け転がる。間も無く、ラプラスの残りの足は、ラプラスから離れる選択を取れば直撃だっただろう場所へと、突き立てられた。
口笛が、頭上から聞こえてくる。舐めた態度。あわや死亡、そうでなくても何かしら後遺症の残りそうな一撃を放ってきたとは思えない態度。顔がにやけるのを感じながら、俺はエビのように真後ろへ跳ねた。頭頂部を、何かが掠っていき、視界の中に、ラプラスのジャケットの袖が入り込み、それはそのまま真っすぐ振り下ろされ、床を砕く。
──まじかよ。
見た目はフローリングだが、当然材質は木ではない。それよりはるかに硬い金属製。それを問答無用で砕いて見せる馬鹿力。当たったらどうなっていたことか。笑うしかない。
着地しながら、立ち上がる。構える前の俺へと、向かってくるラプラス。手の形は袖のせいで相変わらず見えないが、刺殺せんばかりの勢いで放たれている攻撃を防がない訳にもいかず、横から叩いていなす。お構いなしにラプラスは連打を選択したようで、続けざまに逆の手から放たれるそれを同様にいなしていく。
目で追える速度。動作も追いつく。ただ、無限に受けられるかと言われればそういう訳にもいかない。攻撃をいなし、ラプラスの腕がこすれる度、巻いた包帯越しの傷が痛む。今更その程度で動作の質は落とさないが、問題はこれで傷が悪化し、血が流れだす事。あまり酷くなると、流石にどうなるか分からない。
それに、主導権がラプラスにあるというのも問題だ。元々、別に返し技が得意という訳でもない。一発受けながらの反撃なんかはしても、それは別に、攻撃直後を狙うという技術ではなく、只の我慢でしかない。そして、それをラプラス相手に出来るかと言われれば、先程床を砕いたのを見た手前、流石に不安が残る……が。
──そうも言ってられんよなぁ。
実力の差は歴然。このままではじり貧。それなら、多少強引でも流れを変える為に動くべきだろう。返し技は苦手だが、別に出来ない訳でも無い。
ラプラスの両手を弾き、後ろへ跳ぶ。かすかに開く距離。瞬く間にラプラスは埋めてくる。細く息を吐く。着地後、左手を右脇腹の当たりまで振りかぶりつつ、突き出されたラプラスの左手を、今までと違い外側ではなく内側、自分の体の方へといなした。そのまま、ラプラスの左腕の外側へと踏み込みつつ、左手を振るう。手の形を手刀に定め、狙うは中段、左肋骨付近。
ラプラスの視線が動く。俺の左手の動きを見て、直後、ラプラスの右手が動いた。右手の狙う先は──火を見るよりも明らか。
『ワンワン!』
タロが吠える。今更だ。避けるつもりも無い。ギリギリ──俺の方が早い。
左手に感触。構わず振り切る。その最中、俺の左脇腹を、抉るような感触。走った痛みを放って、持ちうる力、技術を用いて、腕を振り切る。
ラプラスの体が暫し舞い、そして落ちた。角と床がぶつかり、ごとりと鈍い音が響く。追撃を掛けようと床を蹴ろうとして、痛みに思わず、足が止まった。
「ぐっ……」
放ち際、抉られた脇腹が酷く痛む。触れればぬるりと、嫌な感触。感覚的に、太い血管がやられたという訳では無さそうだったが、それにしても痛い。切り傷や打撲のような、単純な痛みではない。鈍い痛みと鋭い痛みが、ランダムに襲ってくる。初めての痛みだ。
思わず舌打ち。視線の先で、ラプラスが立ち上がる。少しだけ表情は歪み、叩いた肋骨付近を抑えていた。ざまあみろ、という気持ちは起きない。明らかに、俺の被害が大きい。
「怪我しながら攻撃するんじゃないのか?」
「初めての痛みだったからな。折角だし、じっくり味わっていたんだよ」
とはいえ、最悪。返そうと放った一打だったというのに。
「ごめんなさいしたら、許してやらなくもないぞ?」
「──あっはっは」
ラプラスの言葉に笑って返して、中指を立てて返した。
「お前にだけは絶対に謝らん」
「相変わらず生意気だな!」
ラプラスが床を蹴る。
鋭く息を吐き、俺は脇腹から手を放し構えて返した。
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全部詰める(全話までのやり方)
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地文と会話文の間に改行を入れる(今回)