大空スバル
癒月ちょこ
白上フブキ
潤羽るしあ
すべてが変わる前
学校は好きだ。
同級生とはそれなりの関係を築いているし、先輩はいい人で後輩は面倒だが気の良い人達。いっそ学校に住みたいくらい。……いや、流石にそれは無い。
とはいえ、帰宅に抵抗を覚えるのも事実。今日は部活が休みだったから、代わりに学校の図書室で宿題をしていたが、それも済んでしまい、不承不承帰路に着くべく立ち上がる。
夕暮れの廊下。外からは運動部の掛け声。
これぞ放課後と言わんばかりの見慣れた光景を尻目に、ぼんやりとしながら廊下を進んでいると、その姿を見つけた。
体操服に身を包む、ショートヘアの女学生。「うんしょ、うんしょ」と掛け声を漏らしながら大荷物を運んでいるのは、大空スバル。
陽キャオブ陽キャの、クラスの中心にいるようなタイプの彼女は、別のクラスである自分にも情報が入ってくる程の有名人で、だから複数の部活のマネージャーを兼任している事は知っていた。
ならば今の時間は部活でもやっていそうなものだが、どうもそうは見えない。その手に持っているのは、社会科の授業で使いそうな代物だ。詳しくはないが、それらを使うような部活にマネージャーという立場は恐らく無い。彼女のクラス担任が、たしか社会科の教師だった筈なので、そちら関係の可能性の方が高そうだ。
「なあ」
「おわっ、たっとぉ!」
「よっと」
声をかけたら、過剰に驚かれ、大空がバランスを崩す。
慌てて荷物を支え溢れないようにして、流れるように大空の手から掬い上げた。
両手から荷物を失った大空は、そのまま体勢を整えると、俺の方を見上げる。驚いている様子はあれど、怒っているようではなく、ひと安心。
「ごめん。驚かせるつもりはなかったんだけど」
「大丈夫……確か隣のクラスの人ッスよね」
「ああ」
流石陽キャ。接点が無い相手の顔も知っているらしい。
「あ、荷物ごめん。変わるッス」
「いや。いいよ。何処に持ってけばいい?」
「え、いやいや、悪いし!」
「いいって。暇だし。大空は部活あるだろ。知らんけど」
「知らないんスか!?」
「知らん。ただ兼部してることは知ってる」
「……まあ、確かに部活中ではあるけど。でも、頼まれたのスバルだし」
「最終的に運ばれるんなら、誰が運んだって変わらないだろ」
「うぅ」
気乗りしないのは、多分接点の問題だろう。
ほぼ初対面の相手に、自分の仕事を押し付ける抵抗感。俺が大空の立場だったとしても、やっぱり同じように食い下がるに違いない。
「それじゃ、貸し一って事にでもしといてくれ。そのうち頼み事があったら言うから」
「……わかった!お願いするッス!」
よほど部活に行きたかったのだろう。直後、大空は走り出す。
暫し走り階段手前。足を止め、こちらを向く。
「持ってく先は社会科教員室!貸しは絶対返すッス!」
「おー」
大声でそれだけ行って、階段に消えていく。
別に返さなくても良いけど、それを言うと長そうなので、適当に流してしまった。
正直、滅茶苦茶後悔してる。きちんと返さなくていいと念押しするべきだった。
「頼み事、無いッスか?」
「無いッス」
視線が集まる。好奇に妬みと様々だ。正直辞めてほしい。
視線が向くということに慣れていない俺が居心地悪くしている一方、同じように視線に晒されている筈の大空は、一切気にした様子がない。そもそもこいつが原因だから、気にする筈もないのだろうが。
「もう一週間ッスよ。そろそろ頼み事の一つや二つ」
「俺は大空と違って年中暇だから、やることはさっさと全部やるんだよ」
「じゃあ、私、借り返せないじゃん!」
「だから返さなくていいってば。貸してない貸してない」
「貸しって言ったッス!」
こんな感じのやり取りが、基本的に延々と続く。
放課後は大空には部活があるので無いのだが、休み時間は基本これ。そりゃ、目も引くというもの。いっそ何かしらを適当に頼んでしまえば良いのかもしれないが、本当に頼み事がない。大空に言った事は全く嘘ではなく、暇人で趣味らしい趣味が無い俺は、やるべきことがあればさっさと終わらせてしまう。
だから手伝ってもらうとか、何かを頼むという感覚が無い。自分のことは自分でやって、他人のことはたまに手伝う。それを返してもらおうとは、特に思わない。
大空の時は、そう言わないと引かなそうだったから貸し一と言っただけで、別に後で頼み事をしようとか、返してもらおう何て考えてなかった。実際、今まで手伝った者達にも、貸し一という言葉を使ったことはあるが、だからといってなにかを頼んだことはない。
だから正直、こんなに付きまとわれて、頼み事はないかと尋ねられ続けるのは、予想外である。数日で飽きると思いきや、返すまで諦めない腹積もりのようだ。
だったらさっさとお願いして帰って貰いたいのだが、本当に思い付かない。
「なあ、大空」
「なんスか?あと、気持ち悪いから、その大空って呼び方も辞めて、スバルって呼んでほしいんだけど」
「……大空、人になにかお願いするって、大変なことなんだな」
「これから名字で呼ぶ度に貸し一するッス」
「あ、じゃあそのルールを無くすって事で貸し借り無しって事にしよう」
「そんなに嫌ッスか!?」
「マジで何も思い付かないんだよ」
本当に、これっぽっちも。
やがて、授業開始を知らせる鐘が鳴る。
「良いッスか。お願い事、考えとくッスよ!」
「諦めて」
捨て台詞のような言葉に返しつつ、大空につられてヒラヒラ手を振る。
とまあ、こんな感じのやり取りを惰性のように繰り返した結果。
「そっちに逃げたぞ!」
「追え、逃がすな!」
今時ラノベでも描かれなさそうな、コテコテな鬼ごっこを繰り広げる羽目になった。
逃走者は俺、追跡者はe-sports部や総合格闘技部の部員達。
教室でのんびりしていたところ、何やら凄い形相の部員達に呼び出され、反射的に逃げ出したら追いかけてきた。
廊下を走ってはいけない事を知らないのか、思いきり走っている。そのせいで、俺まで走る羽目になってしまった。俺は被害者なので何か言われたらあいつ等を盾に言い逃れしようと思う。
角を曲がり、渡り廊下に入りながら、背後、追手の方をみれば、追跡者は変わらない。
ただ、眼鏡をかけた痩身の者は減り、がたいのいい者が増えている。多分、e-sports部が脱落し、総合格闘技部が増えたのだろう。
軟弱者めと、嘲笑する。俺なんて、今にも足がもつれて転びそうだというのに。
渡り廊下を渡りきり、部屋を確認して歩き出す。今のうちに少しでも体力を回復しなければならない。
深呼吸をして体内に酸素を巡らせつつ、近くの扉を開けて中に入った。
「いらっしゃーい」
女性らしく、しかし何処か舌足らずな迎える声。それを発した金髪で白衣を纏い、青少年を惑わせてしょうがない豊満な胸をもったその人が、ここの主。保健教諭のちょこ先こと癒月ちょこ先生である。その胸で保健教諭は無理でしょと思うが、立派な保健室の主だ。
「あらあら、お疲れみたいね」
頬に手をあてそう言うちょこ先に、肩で息をしながら頭を下げて、向かいの窓に向かう。
扉の外でどたばたと足音が聞こえてきた。
「ちょこ先。すみませんけど、足止め頼みます」
「無理よ。私、力仕事出来ないもの」
「いやほら、パワー必要ないかもしれないじゃないですか」
「総合格闘技部でしょ? 私じゃムリムリ」
なんでそれを知っているのだろうか、この人は。
「因みにオススメあります?」
「女子更衣室」
「怒られるじゃすまないんですけど」
何て言ってる傍から、保健室の扉が開いた。顔を覗かせる総合格闘技部を前に、慌てて窓から外に逃げる。
逃げながら様子を伺えば、同じように窓から外に出て来る組と、廊下を走る組に別れたようで、追いかけてくる人数が減った。
とはいえ、たいした休憩も出来ていない。また何処かでお茶を濁すか、なんなら職員室に逃げ込むまでしないといけないかもしれない。
それまでに捕まらなければ、だが。
中庭に差し掛かり、先輩を見つけた。助けを求め、名を呼ぶ。
「フブキ部長!」
「ん?」
白髪の同部の先輩にして部長。白上フブキさん、その人である。
ソシャゲ中だったのだろう。スマホを横向きに持っていたその人が、俺の方へと顔を向け、さらに背後へと目をやった。
「……」
スッっと視線を逸らされ、徐にイヤホンを付けられる。
「嘘だろアンタ!」
「さーて、ガチャでも引くかな!」
「爆死しろー!」
走り抜けながら呪いをかける。
直後、目の前の校舎から別の追手が出てきて、急ぎ方向転換。
視線の先、校舎の窓が開けられていて、そこに飛び込む。総合格闘技部も追ってその窓から入ろうとするが、その前に閉じられた。
息を整えながら顔をあげれば、髑髏のアクセサリーをつけた、緑髪の後輩と目が合う。
「……こんるしー」
「こんるしなのです。先輩」
潤羽るしあ。後輩である。それ以上でもそれ以下でもない。
同じ部活というわけでも、幼馴染みというわけでもなく、スバル同様に昔助けたことがあるという程度。
その程度の接点なのに、何故か話すようになった。たまに虚空と話している不思議ちゃんである。
「すまん、助かった」
「いえ。お役にたてたようなら、何よりなのです」
「まあ、まだ終わってないだろうけど」
遠くに足音が聞こえる。追いかけっこは終わらない。
あいつらも部活があるだろうに……あ。
「なあ、るしあ」
「はい?」
「今日って総合格闘技部かe-sports部の部活があるかって知ってる?」
「えーっと」
小首をかしげたるしあが虚空を見上げ。そこで幾つかのやり取りを重ね。
「総合格闘技部は今日、部活があるみたいですよ」
「怖い怖い怖い」
「なにがなのです?」
どこかわざとらしく小首を傾げるるしあに心の距離を感じながらも、「なんでもない」と首を横に振った。
「部室ってどこだっけ?」
「部室棟の一階なのです」
「おっけー。ありがとうな」
「いえいえ」
部室棟には中庭を突っ切るのが早いので、再び窓を開けて外に出る。
「あ゛ー!」と野太い怒りの声が聞こえてきた気がしたが無視して逃走再開。
ベンチで燃え尽きているフブキ部長を無視しながら中庭を走り抜けて、部室棟に着いた。
総合格闘技部とプレートの着いた扉の前。見れば紙がついていて、その内容を読んでから剥がしてポケットにしまう。
足音の方へ視線をやり、総合格闘技部と、復活したらしいe-sports部が此方に走ってくるのが見えたので、最後に根性を見せるべく走り出す。
一直線の廊下。ちょいちょい休んでも流石に限界の脇腹に喝を入れて走るが、流石に追手の方が早い。
ドンと、背中を押される感覚に鑪を踏む。バランスを崩した所を捉えようという魂胆か。だが、その衝撃で、扉に手が届いた。
捕まり、押し倒されそうになるなかで、扉を開けて。
「助けて、大空ー!」
修練場全部に響きそうな大声で叫んでやった。
自分が大空にふさわしいかを見極めるつもりだった、というのが部長二人の談である。
そのために、俺を呼び出して、自分達の得意分野で戦おうという魂胆であったらしい。
当初はプライド無いんかと思ったが、納得できる条件が自分達の得意分野で負ける事だったと聞いて、そんなもんかと思いなおしながら、俺は今回の顛末を大空から聞いていた。
「本当にごめんッス。きつく、二度とやらないように言っておいたから」
「ああ。まあ、結果的に怪我とかもなかったし、別にいいよ」
「そう言って貰えると助かるよ」
溜め息を漏らす大空には、苦笑いしか浮かばない。
「大空も大変だな」
「余罪がありそうで冷や冷やしてる」
まあ、否定はしづらい。正直俺としても、こんなことあるんだなという感想だ。
「そうだ、連絡先交換しない?」
ふと、大空がそう言った。
「また、何かあったら言って。今回みたいに逃げ回らずに、さっさと召喚出来た方が楽でしょ」
「確かに」
もっともなので、サクッと大手メッセージアプリでフレンド登録を行う。
「しかし、これで貸し三、早く返さないと」
「三?今回の件なら、気にしなくていいぞ?」
なんなら助けられたから貸し借り無しだ。
「いやいや。流石に今回の件で返したとは言えないッス。それに」
そういいながら、大空はピッっと二本の指を立て。
「大空って二回呼んだから、貸し二追加ッスよ」
いい笑顔で、そうのたまった。