ホロ学園の「俺」君物語   作:零円

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登場ライバー
天音かなた
癒月ちょこ


世界が変わる

 痛みはない。辛くもないし苦しくもない。

 調子が良いまである。

 そのはずなのだが。

「む」

 走っている最中に視界へノイズが走り、暫し世界が変わる。

 とはいえ、空が赤く染まるだとか、荒廃した世界が見えるだとか、そういうわけではなく。

 ただ、町行く人に異質なものが現れる。

 頭には犬や猫のような獣耳だったり、まっすぐだったり曲がったりしている角が。後ろにはふさふさだったりにょろりとしている尻尾や羽が。

 今朝見たコウモリが女の子に見えるという極端な変化こそ無いが、そのレベルならそれなりに居る。割合としては、変化が無いのが六割、変化があるのが四割程度か。

 足を止めたら遅刻確定なので足は止めぬまま、眉間をもむ。

 十中八九、魔界産目薬が原因だろう。目自体は悪くなく、遠くも近くも良く見えるのだが、その分変なものが見えるようになってしまった。

「困る……」

 頭が変になりそうだ。見えているものは夢か現か。夢なら夢で、幻覚が見えているということだから不味いし、現実なら耳やら角やら生えている人はなんなのかという話になる。

 ザザザとノイズが走り、視界が元に戻る。戻ったことに安堵しながら、角を曲がる。

 学校が見えた。時間は始業チャイムの十分前。

 見えた人影に安堵していると、向こうもこちらに気がついて、声をあげた。

「急げー」

 速度を緩めずそのまま走り、校門を抜ける。

 膝に手をつき、息を整えていると、「大丈夫?」と声をかけられた。

 青の混じる銀髪。黄昏時のような瞳。

「おはようございます、天音先輩」

「おはよ。珍しくギリギリだね?」

 天音かなた。生徒会役員で先輩である。今日の見張り役だったらしく、クリップボードを手にしていた。

「寝坊しちゃって。間に合って良かった」

「夜更かしでもしたの? 寝癖も直しきれてないし」

 大きめのブレザーの先から覗く華奢な指先が、俺の髪をちょいちょいと弄る。触れれば折れてしまいそうな程なのだが、それでも俺よりパワーがあるのだから、人は見かけによらない。

「これでちょっとはマシかな」

「ありがとうございます」

 膝についていた手を離し、天音先輩に一礼。顔を上げたところで、再びノイズ。

「っ」

「大丈夫?」 

 ふらついた俺を天音先輩が支える。頭を振り、息を整えて、覗きこむ天音先輩を見て。

「手裏剣?」

「へ?」

 頭に先ほどまではなかった手裏剣が現れたのを見た。

 耳や角ならともかく、手裏剣が載っているのは正直驚きである。

 幻覚にしてはリアリティがあるが、幻覚にしか見えない。

「痛っ」

 触ろうかと動き出す前に、ひどい頭痛に襲われる。

 今までは無かったその痛みに思わず顔をしかめると、天音先輩が焦った顔になった。

「ちょっと、本当に大丈夫? 保健室に連れてこうか?」

「……大丈夫です、一人で行けます」

 俺は天音先輩から離れて校舎に向け歩き出す。

 ずきずき痛む。ふらつく足に力をいれて、すれ違う知り合いと軽い挨拶。

 全力で誤魔化しながら、最後に会ったクラスメイトへ保健室に行く旨を伝え、一人保健室を目指す。

 痛む頭を抑える。痛みが増してきた。昨日と違う純粋な痛み。不快感ならいざ知らず、痛みだけなら昨日以上だ。

 走ればあっという間な校舎内を、ゆっくりとした歩みで進む。

 チャイムが響く。痛みが増し、耳を塞ぐ。チャイムの音が脳内で反響している気がする。

「きつ」

 二日酔いってこんな感じなのかなと、意識して別のことを考えながら、歩を進めた。

 ゆっくりと、一歩、二歩。

 普段の数倍の時間をかけ、保健室へと着いた。

 戸を開ける。机の上に広げたお菓子をつまもうとしているちょこ先が、俺の姿に気がついた。

「ちゃんと、ノックと挨拶くらい――ちょっと、大丈夫?」

 よほど酷い顔色だったのだろう。驚いた様子のちょこ先が立ち上がり、俺に近づいてくる。

 近づいてくるその姿に驚き、一瞬意識が覚醒するも、反動のように力が抜けた。

 受け止められ、柔らかな感触が頬に当たる。

「……ちょこせんせー」

「なぁに?」

「なんか、いつもより大胆な格好してますね。胸元開いてるし、角生えてるし。何かのコス」

 プレと言い切る前に、フルネームを呼ばれた。

 顔をあげると、煌々と目を輝かせるちょこ先生と目が合う。

「眠りなさい」

 

 ぱちくりと、自宅のベッドで目が覚めた。

 スッキリとした目覚め。寝足りないとだらだらとベッドの上で悶えることもない、必要な分しっかりと休め、体の調子がいい、一日がいい気分になりそうな目覚めである。

 勢いよく上体を起こし、背筋を伸ばす。ベッドから降り、軽く柔軟。

 驚くほどに調子がいい。気を失う前までの頭痛が嘘のようだ。

「って、あれ?」

 気持ちのいい目覚めに意識が向いていたが、そういえば学校にいたはずである。

 学校に着いて、天音先輩と話しているときに頭が痛くなって、保健室に向かい、ちょこ先に受け止められた筈である。

「夢? それにしては、ちょこ先の胸の感触は未体験だったけど」

 柔らかく、しっとりと吸い付くような触り心地。

 未だ清い体の自分には、おおよそ形容する言葉が思い付かないあの感覚は、夢以上に夢見心地だったが、それだけに夢とは思えない。

「ていうか、出てないよな」

 一応、問題ないことを確認。大丈夫だった。

 一安心しながら、机の上に置かれたスマホを手に取る。

 時計を確認。ふむ、成程。

 三日経っていた。未読メッセージが溜まっている。

 一通り目を通して放置。何があったのか同居人に聞くべく、部屋を出て階段を下った。

 リビングには電気がついていた。居る事に安心しながら、リビングに通じる戸を開ける。

「あら、起きたのね。体は平気?」

「ちょこ先?」

 思っていたのと違う人物がいた。

「ちょっこーん」

「……ちょっこーん」

 良く分からない。寝ぼけているかまだ夢の可能性を検討しながら、ちょこ先特有の挨拶を返す。

「とりあえず……夢ですか?」

「安心して。現実よ」

「成程……。お昼御飯、作りますけど食べますか?」

「じゃあ、頂こうかしら」

 リビングを抜け、キッチンに入る。

 冷蔵庫の中を検分し、処理しなければならない物を選び、それを元に献立を決めた。

 とととと包丁を振り、調理していく。「へぇ」とカウンター越しに声。

「手際がいいのね」

「自炊した方が、食べたい物が食べたい時に食べたいだけ食べれるので」

「ちょこ、お菓子が食べたーい」

「ご飯の前は我慢する約束でしょ。お昼御飯、食べられなくなっちゃうわよ」

「えー、ちょっとだけだからー」

「……もう、しょうがないわねぇ。戸棚にお煎餅があるわよ」

「渋い」

「急須もあるから、お茶が飲みたかったら自分で煎れなさい」

「しかも結構許される」

 飲むらしく、ケトルでお湯を沸かし始めた。

 こぽこぽとお湯の沸く音と包丁を動かす音のみが暫しキッチンを支配する。

「それで? 聞きたいことはないの?」

 口火を切ったのは、ちょこ先であった。その言葉に、少し悩む。

「……今はお腹が空いて頭が回りませんが、一先ずこれだけ。シオンはどこに?」

「真っ先にそれを聞くのね」

 そういうと、ちょこ先生は嬉しそうに笑う。

「魔界に帰ってるわ。安心しなさい」

「そうですか」

 家にいるなら夕飯を作らなくてはと思ったが、必要ないらしい。

「元気そうですか? 俺が寝てる間、ちゃんと食べてましたかね?」

「一応、作れる時は私が作ってたわ。後で材料費渡すわね。今更かもしれないけど、消化に優しいものにしなさい。それと食べ過ぎないように」

「えー」

「保健の先生のいうことを聞きなさい」

「はーい」

 鶏肉を削ぎ切りにして、片栗粉まぶして、冷凍していたご飯を暖めている間に、削ぎ切りした鶏肉をゆで。終わったら取りだし、ご飯をそのまま鍋にどん。程々に煮て、鶏肉を戻し、味を整えてからとろみ付けの水溶き片栗粉と溶き卵をいれて。

「とりあえずご飯にしましょう」

「もう出来たの? お煎餅、まだ食べてないんだけど」

「ご飯にしますよー。食器を持ってきてくださーい」

「はーい」

 お煎餅を戸棚に戻し、代わりに食器を二つ。

 俺は鍋を手にダイニングテーブルに着き、対面にちょこ先生が座った。

「彩りが足らないわね」

「万能ネギ、切らしてました」

 お玉を使い中身をよそる。それを二人分こなし、「いただきます」の挨拶の後は無言。

 俺は食べながら喋るのが苦手で、ちょこ先生は俺に気遣ってくれているのかもしれない。

 多目に作った食事は十分と経たずに胃に収まり、洗い物まできっちり終わらせてから後のお茶の準備までして、再び椅子に座る。

「落ち着きすぎじゃない?」

「不味い状況なら、ちょこ先がもっと慌ててると思うので」

「信じすぎじゃないかしら?」

「積み重ねてきたものがあるので」

 学園人気トップクラスは伊達ではない。保健医だけでなく、カウンセラーとしても、素晴らしい先生だ。多くの生徒がこの人のお世話になっていることを知っている。俺もその一人。

 その人が、冗談をいい、こんなに落ち着いているのだから、一先ず俺は大丈夫。……大丈夫。

「大丈夫ですよね?」

「この数秒で何故私の評価は下がったの」

「たまに幼女だから、おなかが空いて我慢できなかったのかなって」

「流石にそこまでじゃないから」

 ちょっと不安。

「兎に角。大事な話をするから。ちゃんと聞いてね」

「はい」

 居住まいをただす。羽や尻尾、角が生えたままのちょこ先は、まっすぐ俺を見据えていた。

「単刀直入に言うわね」

「はい」

 頷き返す。

 俺よりも緊張しているように見えるちょこ先は、一息いれて、それを語った。

「貴方、人間ではなくなるかもしれないわ」

 

 




遅れまして、ちょこ先生お誕生日おめでとうございます。

ちょこ先お誕生日記念感謝の4日間投稿1日目。
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