潤羽るしあ
癒月ちょこ
骸骨共が襲い来る。
肉など一片も無い癖に、しっかりとした足取りで勢いよく。
凡そ理解の範疇外の光景。
戸惑うも、向けられる感情が正の物ではないことくらいは分かる。
故に、振るわれた骸骨の腕を、俺は屈んでかわした。
そのままテーブルの下に潜り込み、中央あたりへ避難する。
だが直後、横合いから別の骸骨の手が伸びてきて、反対側に逃げた。
ゴロゴロと転がり移動。やがて、壁際にあった棚にぶつかり、仰向けに止まる。
見上げた先で骸骨の眼窩と目が合って、慌てて起き上がった。その場を離れ窓際まで退避する。
ちらり、窓の外を見る。俺の記憶違いはなく、ここは三階。
人間は四階以上から飛び降りないと死なないというから、ここからだったら飛び降りても大丈夫だろうか。とはいえ最後の手段にしたいところである。
視線を戻し、室内。
るしあは、自分のもとへ二体の骸骨を待機させていた。
俺ににじり寄ってくるのは三体。
中央のテーブルの左右と、上からと。テーブルの下を使って逃げたから、確認していないけど、もしかしたら隠れているかもしれない。そうなると四体だ。
この部屋は準備室のようなもので、通常の教室の半分程度の広さしかないから、それだけの数でもいよいよ抜け道が怪しい。
「──き」
「ん?」
「嘘つき」
るしあの口が動く。
「この男はずっと騙してた。本当は分かってたんだ。分かってて黙ってた。偽った。何で? 騙し討ちするつもりだ。殺すつもりだ。酷い。信じてたのに。許せない。何もしてない。本当に? 殺しちゃおう。ダメ。殺そう。殺して、剥いで、全部奪おう。同じにしよう。そうすれば──」
カラカラカラカラカラ──
るしあの言葉を遮るように、骸骨達が大口を開け、震えだした。
それはまるで笑い声にも近い、嘲る様な侮蔑する様な、そんな音。
それらをかき消すように、ガラスの割れる音が響いた。
骸骨達の震えが止まった。
るしあも黙ったまま。漸く俺のターンが回ってきた。
「……るしあ、ごめん」
開口一番、告げるべき言葉を告げる。るしあは黙ったままだ。
「髪の色、可愛いなって思っただけだったんだけど、まずかったか?」
「……」
「見られたくなかったってことなら、それに関しては本当にごめん。最近見えるようになったんだ」
極力、声が震えないよう心がけながら、一音ずつ、絞り出す。もし、見られたくなかったというなら、ちょこ先の言葉をきちんと理解していなかった俺が、完全に悪い。
「でも」
これだけは言わなければならない。
「さすがに嘘つきとか殺すって言われるのは」
「……?」
首を傾げるるしあを前に、一つ深呼吸を挟んで。
「ちょっと傷ついた」
その言葉が切っ掛けだった。
いの一番にテーブルの上にいた骸骨が襲い来るのを掌打で撃退。左右からのばされた骸骨の手は避けて、最短ルートを取るべく、テーブルに乗る。二歩で渡り、積まれた段ボールは手をつき越える。
テーブルの上からるしあのいる方へそのまま降りる。
『わん!』
そのまま後ろにあるテーブルに手をつき、足を上げた。
直後、テーブル下に潜んでいた骸骨が飛び出してきたので、飛び出してきた頭蓋骨を思い切り踏んで止め、改めて床に降りる。
るしあはすっかり静かだ。
ただ、驚いた表情をうかべている。
近づくため、一歩踏み出す。
傍に控えていた二体が動いた。
捕らえるつもりなのか、二体が手をのばす。
そのうちの一体の腕をつかみ、思い切り振って、もう一体にぶつけた。
存外軽く、それだけで二体はもつれるように隣の棚にぶつかり、倒れる。
最後の防衛を突破して、もう一歩。二歩。
手を伸ばせばるしあに届く位置だ。迷わず手を伸ばす。
るしあが、ギュッっと目を閉じた。
関係ないのでそのまま手を伸ばし──るしあの後ろにある扉の錠を開けた。
がちゃりと、るしあが閉じた時と同じ音が響く。
そのまま戸を開け、日の光を部屋の中に取り込んだ。
「俺の事は、ちょこ先が詳しいから、今から保健室行こう。そこで聞いてくれ。俺が説明するより、分かりやすいだろ」
声をかける。
るしあは恐る恐るといった様子で目を開け、俺を見上げた。
笑って返す。大分怖がらせてしまったみたいだから、嫌われてしまっただろうか。
不安になりながらるしあの返事を待つ。
「は、はいなのです」
こくこくと、るしあが首を縦に振る。
大丈夫、だと思いたい。るしあの脇を抜けて先んじて廊下に出て、振り返る。
室内で、るしあの影の中に骸骨達が沈んでいくのが見えた。
しばし待てば、骸骨達はすっかりいなくなり、残ったのは割れたガラス。骸骨をぶつけて壊れた棚。
西日に照らされた部屋の中で、それだけが目に留まる。るしあも同じ物を見ているらしい。
「あの」
「鍵は俺が返しに行くよ。ついでに説明してくる」
「でも、るしあのせいですし」
「割ったのも暴れたのも俺だ。それに説明できないだろ」
「う……」
指摘され、るしあの言葉が詰まる。
「先に行って、ちょこ先から聞いといて。終わったら、帰っちゃってもいいからさ」
「……分かったのです。先に行ってます」
るしあから、鍵を預かる。誰のお願いで荷物を運んでいたのか俺に言うと、るしあはぺこりと一礼して、パタパタと走り去った。
きちんと保健室の方へ行ったことを確認して、ポケットに入れていた右手を引き抜いた。
「いてて」
窓を割った時に切ったらしく、血が滴る。ポケットティッシュを取り出し、充てて。ようやく一息。
「なんか怒涛の時間だったな」
こういうことがあるのかと、身に染みた。割とすぐに正気に戻ってくれたから何とかなったが、正気に戻らなかったら、多分もっと酷い怪我をしていただろうし。
しかし、それにしても。
「お前はだーれ?」
『わん!』
肩に乗る半透明のワンコが、声をかけられて嬉しそうに鳴いた。
***
本日二度目の職員室で、目当ての教師に鍵を返し、準備室の事を伝える。
荷物を運ぶるしあと会い、手伝って、物珍しさから室内を見学している時に、こけて棚に激突。ふらつきながら移動して、窓も割った。ギャグマンガ張りの不運の連鎖である。嘘なのだが。
幸い教師からの覚えが悪くなかったようで、現場検証をして、窓ガラスにいったん段ボールをはりつけての目張りを手伝い、それ以外のお咎めは特になし。
ガラス代くらい払うつもりだったのだが、わざとでないならいいと言ってもらえた。日頃の行いの大切さが身に染みる。
部屋の前で別れ、俺も保健室に向かう。
途中鞄を回収し、階段を下り、廊下を抜けて。保健室前に近づいたところで、肩のワンコが一鳴き。
間もなく、扉が開いて、るしあが顔を見せた。
「こういうからくりなのか」
「先輩、大丈夫なのです?」
「ああ。お咎めも特になかったよ」
ともに保健室に入る。
中にいたちょこ先に会釈すると、ちょいちょいと手招きされた。近づくと、手を差し出されたので、左手を置く。
「そっちじゃないわよ。右手、怪我してるでしょ」
「……」
ポケットから手を抜いて、改めてポンと。
巻いていたハンカチが外され、ティッシュを取られ。露わになった傷口を、ちょこ先がしげしげと観察する。
「……ちょっと深そうね。縫わなきゃいけないほどではないと思うけど、一応病院に行った方がいいかもしれないわ」
「えー」
「なら、魔法薬使う?」
「やめておきます」
利き手が目のように魔界よりの手になった途端、怪物のようになったらとんでもない事だ。
……まあ、憧れないといえば嘘なのだけど。流石にリスキーである。
「この時間でも診療してくれる病院もあるし、送ってあげる。保健証は持ってる?」
「一人暮らしなので」
「よろしい」
一先ずの消毒をされ、ガーゼと包帯を手早く右手につけられる。
やっぱり保健教諭なのだなと、その手際に感心しながら、視界の隅に立ち呆けるるしあを捉えた。
「あの、るしあの事なんですけど」
俺の言葉に、るしあがびくりと肩を震わせる。
「ちゃんと説明しておいたわ。ごめんなさい、今日は忙しくて、あなたの事を伝え損ねちゃってたの」
「いえ、任せてしまっていましたし……正直身に染みたので、いい機会だったのだと思います」
「あなたのそういう所、ちょっと不安なのよね」
どういう意味だろうか。
『くーん』
ぺろりと、舐められる感触。肩に乗っているワンコも、どこか不安げな顔をしている気がした。
「……あの、先輩」
るしあが口を開く。
「本当に、ごめんなさいなのです。吃驚して、焦っちゃって、先輩に怪我させちゃいました」
「いや、怪我に関しては自分でやったんだから、気にしなくていいって」
「そういうわけにもいかないのです。そもそも、私が冷静に話を聞けたり、あの子達の制御をきちんとしていれば、怪我する状況にもならなかったのです」
「俺が迂闊だっただけだよ。本当に気にしないで」
「でも」
「はいはい」
ぱんぱんと、手拍子が二回。
「話は車の中でね。るしあも来るわよね?」
「もちろんなのです」
「なら、とりあえず行きましょう。あまり時間を置いちゃうと、ガーゼから血があふれちゃうかもしれないしね」
車汚れるのは嫌よと言ったちょこ先の言葉は、本気とも冗談とも取れた。
ちょこ先お誕生日記念感謝の4日間投稿4日目。
前回の謎改行なんなん……読みづらいから直しました。