ホロ学園の「俺」君物語   作:零円

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登場ライバー
猫又おかゆ


悪戯猫のいる店

 そろそろ周囲が薄暗くなってきた。時間的には夕暮れと呼ぶにはやや早い時間だと思うが、高い木に囲まれた周囲には民家がなく、街灯もまばらで充分暗い。丑三つ時にでも歩けば、ちょっとした肝試しでも出来そうな雰囲気がある。まあ、常時幽霊が見えてる俺にとって、日常生活からしてすでに肝試しではあるのだが。

 それでも、やはりこういうシチュエーションを前にすると、幾許か恐怖心は煽られる。

 怖いなぁと精神的恐怖にさいなまれ始めたあたりで、店が見えた。通り沿いに、ポツンと一件。

 古びた外装は、凡そ繁盛しているようには見えず、扉にかけられた『商い中』の札を見なければ、既に閉店しているものと錯覚しそう。

 とはいえ、札に書かれている以上は、営業している筈である。恐る恐る、引き戸を引いた。

「すみませーん」

 店内は薄暗い。留守だろうか。

 でも、札には商い中とあり、鍵も開いた。なら、店の奥だろうか。丁度店の奥にあるカウンターの、更にその奥に通路が見える。

「すみませーん!」

 先程よりも大きい声を出しながら店に入り、反応を待つ。

 ――音が無い。人がいるか怪しい。

 やはり留守だったのかと、戸を開け帰ろうとした時、電気が灯った。

「ごめんねー。お待たせー」

 声を掛けられ、驚いて振り返る。

 おそらくは奥に続いているのであろう、通路から、同い年と思しき女子が顔を見せていた。

 薄紫の髪、紫の瞳。どこに売っているのか、おにぎりの描かれただぼだぼの黒いパーカーと左右で長さの違うジャージのズボンには紫のラインが引かれている。

 とはいえ一番に目を引くのは、首に巻かれた首輪――ではなく、頭の猫耳と体の脇から覗く尻尾だろうか。どちらも髪色と同じく薄紫だ。

 成程。猫なら忍び足も得意だろう。音が聞こえなかった理由はこれで解決である。

「ご注文はー?」

 店内に降りた猫娘が、カウンター越しにそう尋ねてくる。

「初めての人だよね。うちのおにぎりは皆美味しいから、全部おすすめだよ」

「おにぎり?」

見れば、カウンターの上には包装されたおにぎりが幾つか置かれていた。

 具材の種類も作り置きの数もそんなに多くない。チェーン店には見えないし、個人経営なのだろう。

 周囲の状況や店の雰囲気を見る限り、これくらいが丁度いいのかもしれない。

「えっと、おにぎりを買いに来たわけじゃないんだが」

「そうなの?」

「ああ。ちょっと聞きたいことが」

「そうなんだ。なら、三百かなぁ」

 おにぎり二つ分の値段である。やや高くないだろうか。

「……鮭と明太子」

「毎度ありー。食べてく?」

 猫娘が指をさした先に視線を向ければ、イートインスペースと思しきベンチと小さなテーブル。

「……食べてく」

「おっけー。座って待ってて」

 

***

 

「それでね。この前なんか――」

 ベンチで待つこと暫し。おにぎり二つと、サービスらしいお茶を持ってきた猫娘こと猫又おかゆと雑談しながら、俺はおにぎりに舌鼓を打っていた。

 全部おすすめというだけあり、確かにおいしい。塩加減も硬さも絶妙だった。

「それでね――」

 しかし、これは雑談というのだろうか。

 食べ始めて15分程が経とうかという頃。その間、俺はおにぎりを食べているだけで、おかゆが一方的に喋り続けているだけであった。何というか、本当に良く喋る。フブキ部長とか大空も割と喋る方だから、特に苦は無いが、あの二人ですら出会って三十分も経っていない相手に、ここまで喋り続けるのは無理なのではなかろうか。

 一応相槌は返しているが、その相槌すらいらないのではと思いながら、おにぎりを食べきった。お茶も飲み切り、湯呑を置く。かたりと、湯呑とベンチが当たる音で、おかゆがハッっとした。

「食べ終わったの? 随分早いね」

「いや、まあまあ時間かかってるけど」

「そう?」

 首を傾げたおかゆが時計を見上げて、ほんとだと呟く。

「お代わり煎れてくるねー」

「いや、大丈夫……なんだよなぁ」

 呼び止めるより早く移動したおかゆがカウンター近くのスペースでお茶を注ぐのが見える。

 もう少し位いいかと、ぼんやり店内を見渡す。

 しかし、これと言って特筆して面白そうなものはない。普通のおにぎり屋さんであった。何でこんな場所でおにぎり屋さんをしているのかと思っていると、「お待たせー」と緩い声とともにおかゆが戻ってきた。

 視線を向ければ、お代わりを煎れに行った時には持っていなかったお盆を持っていて、そこに湯呑は当然として、更にお代わりが入っているのだろう急須も載せている。

 帰すつもりが無いのだろうか。

「君、聞き上手だね。話し込んじゃったよ」

「いや、そんなことないと思うけど」

「いやいや。流石の僕でも、初対面の相手にずっと喋り続けないって」

「そうか?」

 そんなことない気がするが。

「そうだよ。謙遜しないで」

「……」

 今のは、おかゆだったら多分、相手が俺じゃなくても喋ってただろという意味だったのだが。

「はい、お代わりどうぞ」

「……お代わりどうも」

 湯呑を受け取り、すする。今更だが、お茶も美味しい。

「それで?」

「え?」

「聞きたいことがあったんじゃないの?」

「……そうだった」

 トークに飲まれて、すっかり忘れていた。

「道を聞きたくて。ここから一番近い駅とかバス停ってどこにある?」

「駅? えっと、それならお店の前の道を――」

 あーいって、こーいって、そーいって。

「――って感じ。分かった?」

「大体」

 とりあえず、大通りに出れそうなルートは分かった。

「迷子だったんだね。新規のお客様って珍しいから、これで謎が解けたよー」

「いや。迷子じゃない」

「……でも、道が分からないんだよね?」

「道が分からないことと迷子はイコールじゃないから」

「うーん……確かに、そうかも。じゃあ、何で道が分からなくなったの?」

「……」

 最近食費が辛かった。

 元々一人分の生活費しかない状況で、俺とシオンの二人分の食費を賄っていたのだから、仕方がないといえば仕方がない。アルバイトをしても、限界はある。

 ちょこ先はお金を入れさせると言っていたが、本当にそうなるかは分からないので、シオンが里帰りしている今、余裕のあるうちにどうにかしようと悩んでいたところで、数駅離れた場所にある業務用スーパーの存在を思い出した。

 とはいえ、移動手段を徒歩しか持っていない身としては、下調べ無しにいきなり買いに向かうには抵抗があった。だから、学校帰りに下調べをしに来たのである。

駅からの道のりや品揃えや価格帯。周辺店舗との価格差など。

 そこで終われば良かったのだが、降りるのが初めての駅だったから、その後も好きに色々と見て回ってしまい。

「駅の場所が分からなくなった」

「それ、やっぱり迷子でしょ。しかも、迷い方が幼児」

「……」

 そういえば、転勤の多い両親についてあちこち引っ越していた頃から、必ず迷子になっていた記憶がある。

 なんなら迷子の末に県境を跨ぎ、おまわりさんに保護され、間違えてひとつ前の住所を言って、親御さんと連絡が付かないと大問題に発展しかけたこともあった気がする。

「成長、してない、のか」

「幼心を忘れてないのはいい事だよー」

「全肯定するじゃん」

 なんか悪くない気がしてきた。

「でも、そういう経緯でここに来たなら、もう来てくれないかなー」

「いや。美味かったしまた……」

 来れるだろうか。正直道が分からない。いや、さすがに帰り道が分かれば、逆から辿ればいいのか。今まで迷子になっても家に帰れなかった事は無いから、多分大丈夫。

 根拠のない自信を胸に秘めていると、店内に音が響く。

 音源の方を見れば、そこには壁掛け時計があって、時刻は五時を指していた。

「そろそろ帰るよ。ご馳走様」

 湯呑に入っていた最後の一口を飲み切って、立ち上がる。

 おかゆからの返事は無い。見れば静かに俯いて――いや、項垂れているのだろうか。

「また来るな」

「……」

 返事がない。

 気は引けるが、移動時間を込みで考えると、明日も学校のある身としては少々辛い。

 また来ればいいと考えて、「じゃあ、また」と声をかけ、出入り口へと向かい、戸に手をかけた。

 入った時と同じく、横に引くが――びくともしない。

 鍵を確認するが、かかっていない。そもそも俺はかけていないし、他の誰かもかけるタイミングは無かったはず。

 何故と思っているその後ろ。じゃりっっと砂を踏むような音に、振り返る。

 おかゆがいた。幽鬼のごとく、ぬらりと立つ彼女が顔を上げ、俺を見下ろす。

「帰さないよ。君はね、ずっとここで私の相手をするんだよ」

「おかゆ?」

「大丈夫。安心して。何も、怖い事なんてないから」

 既に今の状況が限りなく怖い。

 骨に襲われるのも相当だったが、さっきまで普通に話していた相手がいきなり豹変するのも、なかなかホラーだ。

 一歩、おかゆがにじり寄る。同程度の歩幅で、一歩下がった。

 再び一歩。こちらも一歩。

 だが、扉の前にいた俺は早々に下がれなくなり、扉に背をぶつけた。後ろ向きのまま戸を開けようと試みるが、やはり開かない。

「無駄だってばー。諦めて、僕とお話しよーよー」

「……」

 振り返る。今のおかゆに背を向けるリスクはあったが、物は試し。

「……何するの?」

「ドアを蹴り破る」

「……うぇえ⁉」

 助走無し。思いついた中で一番威力が高そうな後ろ回し蹴りを叩き込むべく、左足を踏み込み、それを軸にして回転――。

「ストーップ!」

 おかゆに抱き着かれる。

「ごめんごめん! ちょっとふざけただけだから!」

「蹴り破ればわかる」

「何が⁉ 持ち上げ気味に開けるんだよ。コツがいるだけなのー!」

「……」

 言われた通り、扉を少し持ち上げ気味に引いた。

 開く。するすると、嘘のように。

「……油差したら?」

「解決しないんだよねー。建付けが悪いのかなー?」

 抱き着いた姿勢のまま、おかゆが首を傾げる。

 見下ろせば、ぴこぴこ猫耳が動いていて。何と無しに、おかゆの頭に手を載せた。

「お?」

 耳の付け根辺りを、人差し指でこしょこしょしたり、頭を毛並みに沿って撫でたり。

「おおー。上手だねー。気持ちーよー」

「そう? ならよかった」

「……もしかして、見えてる?」

「耳と尻尾だけ」

「へー。珍しいね」

 サンプルが少ないから何とも言えないが、珍しいの一言で済ませるのも、かなり珍しい寄りではないのだろうか。

「ビックリさせちゃったし、暫く撫でさせてあげるよ」

「そりゃどうも」

 嫌がられてはいないようだった。

 猫なのだし、顎の下とかも撫でたら喜ぶのだろうか。ただ、外見は猫耳と尻尾があるとはいえ同年代の女子であるから、流石に顔を触ることには抵抗がある。

「よしよし」

「ごろごろ」

 お互いに棒読みの茶番を挟みつつ暫し撫でて。やがて満足し手を放すと、おかゆもしがみつくのを辞めた。

「いやー、おばあちゃんに匹敵する撫でスキルだね。動物の子は割と悩殺出来るんじゃないかな」

「おかゆみたいに素直に撫でさせてくれる子はあまりいないと思うが」

「そうかなー?」

 それに、実際獣耳と尻尾が見えたからって撫でようとは思わない。同校の生徒を撫でるのは、中々レベルが高い。

「しかし、この撫でスキルを鑑みると、ますます帰したくないなー」

 おかゆがそんなことを言った。

「おばあちゃんの撫で方が安心させる撫で方なら、君の撫で方はなんか楽しくなる撫で方なんだよねー。遊んで欲しくなる感じ」

「……」

 少し懐かしむような、そんな言葉。それを聞いて、つい踏み込んでしまう。

「おかゆはさ」

「何?」

「此処に一人で暮らしてるのか?」

 古びた外装。凡そ営業しているか分からないこの店。

 もしかしたら、おばあちゃんと呼ぶ今亡き飼い主を悼み、楽しい思い出のあるこの場所を一人守り続けているのではないか。そんなことを思ってしまった。

「違うよ? おばあちゃんと一緒に暮らしてる。寝てるだけ」

「……」

 その言葉は、もしかして、飼い主の死を受け入れられない――

「あら?」

 店の奥から、声。

「いらっしゃい。初めてのお客さんだね」

「あ、おばあちゃーん」

「……」

 店の奥から、老婆。おかゆはその人をおばあちゃんと呼んで、近づいた。

 おばあちゃんと呼ばれたその人には、耳も尻尾も無い。人間のように見えた。

「おかゆちゃん。店番、ありがとうね」

「いいよー」

「……あー」

 成程、そういうことか。

「帰るわ」

「そう? また来てねー」

「……ああ」

 少し意地の悪い笑顔を浮かべているおかゆを見ると、再来店はほとぼりが冷めた頃に、なりそうだ。

「……おかかと昆布のおにぎりを、持ち帰りで」

「はーい、まいどー」

 帰ってから食事を作る気力を失った俺は、夕飯代わりの追加のおにぎりを購入して、店を後にする。

「……大空辺りを連れてくるか」

 同じ傷を負わせてやろうと思った。

 




おかゆん誕生日記念感謝の3日間投稿1日目
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