星街すいせい
癒月ちょこ
潤羽るしあ
白上フブキ
大神ミオ
『彗星のごとく現れたスターの原石! 星街すいせいです! すいちゃんはー……今日も可愛いー!』
「かわいいー」
ぎろりとにらまれ、口を閉じる。
夜のリビング。
拵えた夕食をもふもふと食べながら、音楽番組を見ていた。
丁度今週のオリコンチャートの特集をしていて、そのコーナーへのビデオメッセージという形で青髪の彼女、星街すいせいことすいちゃんが出ていた。
新進気鋭。デビューシングルの『comet』が爆発的な人気を博し、続くセカンドシングル『天球、彗星は夜を跨いで』も大成功。
今週チャートでトップを飾ったのはサードシングルの『NEXT COLOR PLANET』である。
「相変わらず凄いなぁ」
「ですね。あまり有名人には明るくない私でも、名前くらいは知ってるのです」
体面に座りるしあが、俺と同じ夕飯を食べながら、同じくテレビを眺めつつそう言った。
彼女が居る理由は、霊を見えなくする為の制御を教えて貰っているから、である。
一方で。
「右に同じく」
るしあの隣に座り、此方はなぜかご相伴にあずかっているちょこ先が、そんなことを言う。
この人は夕飯時を狙ってきている可能性があり、今日の練習が終わった辺りで我が家に現れた。
「大丈夫ですか? 今時すいちゃん知らないと、非国民扱いされますよ?」
「マジィ?」
「冗談です」
半分。
「まあ、るしあもちょこ先生も魔界出身ですから、純粋な国民でないという意味では非国民なのですけど」
「……確かに」
ていうか、この二人の戸籍とか、どうなっているのだろうか。聞いてみたいが、踏み込んではいけない部分の気もする。
折を見て聞いてみようと思いながら、今回は大人しく口を閉ざし、話題を戻す。
「気になるならCD貸しましょうか?」
「再生機材が無いわね」
「るしあも持っていないのです」
「PCでも再生できますけど」
「「無い」」
「動画サイトに上がってるんで、スマホで聞いてください」
どうしようもないので諦める。俺もCDはPCでしか聞かないから、まさか機材ごと貸すわけにもいかない。
「先輩は、この星街さんって人がデビューした時から、ファンなのですか?」
「えっと……」
デビュー間もない頃のすいちゃんを、フブキ先輩からゴリゴリにプッシュされ、それから追いかけていた。
とはいえ、フブキ先輩のようにファンクラブに入るようなことはしておらず、CDが出たら買って、登場番組を見る程度のものだが。
だから、追いかけている、という意味ではデビュー後ちょっとしてから、というのが正しいけれども。
「ファンって事ならデビュー前からかなぁ。昔から歌上手かったし」
「昔から?」
「昔馴染みなんだ。まあ、俺が引っ越して、それきりなんだけど。だからデビューしたとかは全然知らなくて……怖い怖い怖い」
るしあが形容しがたい表情になっていた。
赤い目が光る。髪がピンクに染まり出す。がたがたとテーブルや食器が揺れる。からりからりと、聞いた音が響いてきた。
「ごめん。何かよく分からないけどごめん」
「るしあ。どうどう」
ちょこ先が横でなだめる。
徐々に発光が弱まり、髪色が戻り、揺れが収まり、音が消えていく。
少しして、完全に収まった。
「何なの一体」
「いえ。今日はちょっと魔力が暴走気味で」
「そうなの?」
「はいなのです。髪が染まるのも、抑えきれてない魔力があふれているからなのです」
「成程」
普段の姿の方が、本来の姿らしい。……なら、その姿で居る今は暴走していないということでは?
「抑えきれなくなるっていうなら、定期的に吐き出しちゃえばいいんじゃないのか?」
俺は考えることをやめた。
「それはそうですけど、人間界で死霊術を使う機会なんて全然無いし」
「うちの庭ですればいい。塀はあるから、外から見られることも無いし。教えるにも都合いいだろ」
「でも、流石に」
「いいんじゃないかしら」
「え?」
意外にも、ちょこ先が助け舟を出した。
「この家、敷地も含めて、外から見る分には、普通にしか見えない視野阻害の魔法がかかってるから。庭で骸骨だしてようが何してようが、特に問題ないわよ」
「え、そうなんですか?」
「うん。シオンが言ってたし」
「へぇ」
なんか知らんが、勝手に改造されていたらしい。
借家ではないから、多少何されようが問題ないのだが、一応相談してほしかった。
というか、何のためにそんな改造をしたのだろうか。
「……そういうことなら、時々お邪魔してもいいですか?」
「いいよ。人目気にしなくていいから楽だし」
「それじゃあ、次回からはここで練習しましょう」
えへへと、嬉しそうにるしあが笑う。
まさか徐々にるしあの私物が増えていくとはつゆ知らず。
了解とだけ、俺は返した。
***
翌日。部室前。
昨日、オリコンの発表ですいちゃんが一位を取っていたから、テンションが上がっているであろうフブキ部長が語りたがってる読みで部室の前に来たのだが、当たっていたらしい。
『でね! すいちゃんの何がいいって、そりゃ何と言っても――』
熱弁をふるうフブキ先輩の声が廊下まで聞こえていた。
一応ノック。一度ラッキースケベを遣らかしたから、気を付けている。
『あ、はーい。どちら様?』
「おれでーす」
『どーぞー』
がらりと戸を開けた。
上座のお誕生日席近くにはフブキ部長が立っていた。向かって左の列にはもふもふの中に赤いメッシュが入った黒髪で、もう一人のこの部の先輩である大神ミオことミオ先輩が座っている。テーブルの上には宿題でもしていたのか、ノートと教科書が広げられていた。
「お疲れ様です。なんか久しぶりですね」
「そうだね。ちょっと忙しくて」
ようやく終わったよー、と嬉しそうに笑うフブキ先輩。その背後にモフモフの尻尾がフリフリと嬉しそうに触れているのが見えた。頭には髪の毛と同じ色の三角耳。時々にゃーと鳴くから猫なのかと思っていたが、どうやら狐らしい。
一方のミオ先輩も三角耳。動物には詳しくないので、その耳が何の耳なのかは分からない。尻尾を見ればわかりそうだが、俺の位置からはテーブルの影になっていて見えなかった。
「ん? どうしたの? 私の顔に何かついてる?」
「いえ」
正直、よもやこの二人もかと思ったせいで、足が止まってしまった。
入口に立ちっぱなしの俺に不思議そうに声をかけたフブキ先輩に首を振って答えつつ、定位置に荷物を置き、腰を下ろす。
視線をフブキ先輩の方に戻せば、近くに置かれたホワイトボードにでかでかと『すいちゃんのここがすごい!』と書かれていた。
その下にすいちゃんの写真他、何人かの写真が貼られ、丸で囲まれ矢印を伸ばしあっている。相関図のようだった。
「すいちゃん、昨日の歌番組出てましたね」
「出てた出てた! もう、本当、可愛くて歌声には力強さと透明感がきれいに両立されててゲームが上手で、何より可愛い! 好き!」
「そうですね」
あの子、昔嬉々として俺の事を三輪車で追いかけまわして高笑いしてましたよと言ったら、どんな顔するだろう。
いや、割とサイコパスな一面をメディアで露出しているから、案外受け入れられるだろうか。
「はー。そらちゃんとかAzkiちゃんとかとコラボしないかなぁ」
「それは単純に興味ありますね」
昨今の歌姫と名高い二人。ときのそらさんとAzkiさん。二人とも、歌番組以外のメディア露出は極端に少ないのに、すいちゃんのデビューまでは二強にも等しい状況だった。
この二人とコラボとか、流石に異次元が過ぎる。想像できない。
フブキ先輩は想像できているのか、でへへと口元から涎が出ていた。
「フブキ先輩は本当にアイドル好きですね」
「そりゃもう、キラキラだもん」
「キラキラですか。やっぱり、好きなことに熱中してるのっていいですよね」
「そうなの! 相応の苦労はもちろんしてると思うけど、それでも皆楽しそうで」
「ゲーム中のフブキ先輩と一緒ですね」
「……スーッ」
フブキ部長が目を逸らし、パタパタ顔を仰ぎ始めた。尻尾が足に絡まってくねくねとしている。
どうしたんだろうか。
「フブキもそろそろ慣れたら?」
「いやぁ……難しいかなぁ、なんて」
あきれ顔のミオ先輩。暑い暑いと、フブキ先輩は頬を扇ぐ。
こうなると、フブキ先輩は暫く話が出来ないので、ミオ先輩の方へ向き直る。
「先輩は宿題中ですか?」
「これは予習。何かゲームでもする?」
「いえ。流石に邪魔は出来ないので。自分も宿題がありますから」
「そっか」
そう言ってミオ先輩が手元のノートを見る。心なし、ケモミミがシュンとしてしまったように見えるのは、実は遊びたかったのだろうか。
今からでも遊びに誘った方がいいだろうか。少し悩み、まあ、外れなら外れでいいかと声をかける事にする。
「ミオ先輩。やっぱり遊びませんか?」
「ん? 宿題はいいの?」
「家でも出来るので。折角誘って貰いましたし」
「……しょうがないなぁ」
ピコピコ耳が動いて、尻尾も振られる。少し覗けた尻尾は、フブキ先輩と同じくもこもこだが、幾何短い。犬……いや、尻尾が短い狐もいるし。でも耳の感じはフブキ先輩と違うな。
「どうかした?」
「あ、いや」
聞いてみた方が早い。ただ、昨日の事があるから抵抗もある。
ちょこ先は説明済みだろうか。フブキ先輩の態度も、ミオ先輩の態度もいつも通りだ。目の事を知っているなら、少しは気にしそうな気もする。そうなると、やっぱり知らないのだろうか。
「はい、コントローラー」
「あ、どうも」
「フブキもやるでしょ?」
「やるー」
コントローラーをそれぞれ受け取り、かちかちとテトリスが始まる。
正直言うと、二人のゲームの腕は兎に角高い。俺基準なら、頭一つ二つ抜きんでている。
こんなに達者なら、e-sports部にでも入ればいいのにと思うが、ゲームは趣味らしく、自分のスキル上げなら兎も角そういった公式大会みたいなのには、あまり興味が無いようだ。
せめて退屈させない程度の勝負をしたいのだが、如何せん意欲に実力が伴わない。練習していないわけでは無いのだけど。
「あっ」
考えている傍から積みミスして、そのまま死んだ。
かちかちと先輩達の接戦が続く。
というか。
「うーん」
ゲームにあたり席を移動して、フブキ先輩が俺の隣に座っていた。なので、俺は少し席を引いて座っているのだが、ゲームが白熱するにつれ、フブキ先輩が前かがみになり、尻尾がわずかに前によった結果。尻尾がわっさわっさして目線が遮られる事がある。今の積みミスも、視界を一瞬奪われたことによる所が大きい。ただでさえ下手なのに。
少し横にずれて、フブキ先輩の尻尾の範囲から外れた。目線が通るようになる。
そんなことをしている間に、先輩達の戦いにも決着がつき、フブキ先輩の勝利に終わった。
「よーし」
「くそぅ」
フブキ先輩が嬉しがり、ミオ先輩が悔しがる。どちらも楽しそうな様子だ。
俺ももうちょっとゲーム上手ければなぁと思いながら、「二回戦行きましょう」と声をかける。
「そうだねって……あれ? なんでそんなに離れてるの?」
「そうだよ。見づらいでしょ、そこ」
「まあ、そうなんですけど」
確かに、ゲームのモニターの位置を考えると、角度は悪い。ただ、フブキ先輩の尻尾は存外長く、これ以上近づくとまた目隠しされそうだ。
「えっと」
どうなのだろう。ダメだろうか。平気だろうか。
いきなりガブーとされることはないだろうけど。部活追い出されるのはちょっと嫌である。
「どうしたの? 今日、変だよ?」
再び、フブキ先輩。
ミオ先輩もだが、心配そうな表情を浮かべている。
ごまかして席をもとの場所に戻すのは簡単だが、今の状況だとすぐにぼろが出そうだった。
逡巡し、ちょこ先を信じる事に決める。
「フブキ先輩の尻尾で画面が見えない時がありまして……」
口にした。
「…………へ?」
「……ごめんなさい」
何の謝罪かは不明だ。つい口をついただけ。
「……ええっと、見えるの? 色とか」
「基本髪色と一緒ですけど、先だけ黒いですね」
「……」
スッっとフブキ先輩は立ち上がった。
とことこ移動して、自分の鞄を手にして。
がらりと窓を開けて。
飛び降りた。
「ええええええええ⁉」
慌てて窓に近づき、下を見れば、危なげなく着地したフブキ先輩が、そのまま走り去るのが見える。
「ちょ、ちょっと!」
慌てて追いかけようと振り返る。
そこに、がるると牙を剥き、両の手を熊のように構えるミオ先輩。心なし、爪が鋭く伸びているように見える。
「いつから見えてたの」
「……えっと、ちょこ先から聞いてらっしゃらない?」
「なんでそこでちょこ先生が出てくるのかな」
「……」
あれー、と内心で首を傾げながら。
とりあえずちょこ先に説明して貰おうと、スマホを取り出す為にポケットに手を入れたところで、その腕を掴まれる。
「うぇ⁉」
いつの間に近づかれたのか、ミオ先輩に肉薄される。
右手で首をつかまれ、開きっぱなしの窓枠へ。
上半身は窓の外。思わず開いていた手で窓枠をつかむ。首筋から痛みが走るが、それどころじゃない。
「ミオ先輩! 落ちる! 落ちるから!」
「ならうちの質問に答えなさい。さもないと――」
ミオ先輩の声を遮るように、からりと音が鳴る。
「っ⁉」
ミオ先輩が勢い良く退いた。
直後、俺の足元からまっすぐと伸びる白骨の腕。
ミオ先輩に掴みかかったのだろうが避けられたが、俺の体はしっかりつかんで、室内へと引き戻される。
「なんで、俺の影から出てきたの?」
俺を庇うように立つそれは、この間るしあが召喚した骸骨の一体であった。
「……数か月前から匂いが変で、最近は殊更強かったけど成程。妖の類に憑かれてたんだね」
「へ?」
テーブルの上に四足で立つミオ先輩がそう言った。
ざわりと、空気が変わる。るしあのそれとは違う雰囲気。
ミオ先輩の後ろ髪が、逆立つ。尻尾は立って、こちらを剥いていた。
……間違いなく威嚇されているのだろう。ただ、その矛先は俺じゃなく骸骨に向いていて。
それだけならいいのだけど――。
『ワンワン!』
扉の外から、タロの声。フブキ先輩が逃げ出したあたりから、姿を消していたのだが、多分彼女を呼びに行ったんだと思う。
がらりと勢いよく戸が開いて。
るしあが姿を現した。
ミオ先輩が、後ろを振り返る。
「……誰?」
「何をしているのですか」
面識のないらしいミオ先輩がそう告げるも、るしあはその言葉を無視し、部室内に入ってくる。
昨日と同じく、後ろ手に扉を閉めて。がちゃりと扉の鍵を閉めた。
るしあの視線が、俺の方を向く。
「先輩、その血は?」
「え? あ」
たらりと体を滑る感覚に、漸く気が付いた。
触ってみれば、首筋から、血が出ている。痛いなと思った先程、ミオ先輩の爪が刺さっていたのだろう。
流石に首元の怪我は怖い。大袈裟かもしれないが、ハンカチを使って押さえ。それを見たるしあの雰囲気が、あの日と同じになった。
魔力を抑えるのを辞めたのだろう。髪がピンクに染まる。ショートはロングへ。
からりからり――ではなく。かかかかかと威嚇する様な断続的な音が室内に響き、過剰とも思える数の骸骨達が、そこらの影から這いずり出てくる。色々な所から出せるなら、そりゃ俺の影からも出せるかと、そんなずれた考えをする中、ミオ先輩のもとからは「グルル」と唸り声。
まさに一触即発。下手に物音をたてようものなら、それが合図になりかねず、動けない。
途端右手に痛みが走った。見れば強く拳が握られていて、慌てて力を抜く。無意識に窓を割るつもりだったのだろうか。我ながらテンパっていると思う。
ただ、慌てているのは自分だけのようで、るしあはミオ先輩を、ミオ先輩は俺ではなくるしあを、それぞれ諸悪の根源と考えたらしく、そちらに意識を向けている。
俺がこの場から逃げれば、るしあがミオ先輩と事を構える必要は無いだろうか。
ならここから飛び下りる選択肢も視野だ。ここは二階だから、打ち所が悪くても死にはしないと思う。
意識がこっちに向いていないのなら、その間にスマホでちょこ先に連絡をして、来てもらうのも手ではあるが。
……いや、ダメか。ミオ先輩はちょこ先が悪魔である事を知らないように見える。
逆も然りと考えるのであれば、ちょこ先を呼んだ途端、ミオ先輩VSるしあ&ちょこ先という展開になる可能性も無くはない。
逃げる択……は、かなり現実的だが、逃げても気が付かれず、むしろ逃げた時の物音をきっかけにこの均衡が崩れる可能性がある。
なら、やはり、二人に落ち着いて貰ってからミオ先輩にきちんと説明するのが、筋だろう。
その為には落ち着いて貰わなければならないのだが……。声も音も出さずに気を引く手段なんて――。
エレキギターの音が、響いた。
ガタタンという音とともに、ミオ先輩とるしあ率いる骸骨達が激突する。
ミオ先輩の爪が骸骨を打ち倒す。骸骨がミオ先輩をつかんで引き倒す。
俺と、俺を守るようにして立つ骸骨と、率いるるしあ以外を巻き込む大乱戦。
スマホを取り出す。イントロの部分が終わり、曲の部分が始まっていた。
「灯りが一つ灯った、灯ったー」
流れているそれを口遊みながら、通話ボタンを押す。
「大空、お前ぇええええええ!」
『なんでいきなり怒鳴られなきゃいけないの⁉』
おかゆんお誕生日記念感謝の3日間投稿2日目