ホロ学園の「俺」君物語   作:零円

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登場ライバー
大空スバル


閑話のような1日

 担当したのは、入院していたときと同じ医師。その医師の手でしゅるしゅると、手際よく糸が抜かれる。

 時間にしてものの数分。終わった後の傷にテープが貼られ、今日の処置はこれで終了。  

 その後、経過観察中の胸から腹にかけての傷も見せる。

 ここの怪我の具合は、手の怪我とかなり違う。

 縫った痕跡も無く、塞がったその傷は僅かに跡を残すのみ。走った痛みも、舞った血の量も右手以上だったはずなのに、何も無かったかのよう。傷跡がなければ、夢だったと思ってしまいそうだ。

「しまっていいよ。……大丈夫かい?」

「あ、すみません。ぼんやりしてました」

 服を下ろす。カルテを覗き見れば、特に問題はないらしい。

「経過は良好だよ。安心して」

「はーい」

 問題ないらしい。その言葉が、かつての意味怖話と同じでないことを願うばかりだ。

「……聞いてもいいですか?」

「ああ。なんだい?」

「先生は悪魔なんですか?」

「そうだよ」

 そう言って、白衣を纏った痩身の、頭に羊のような黒い巻き角を持った先生は頷く。

「流石に体の作りの違う魔界出身者を人間の医者に診せるわけにはいかないからね。ああ、きちんと人間の医師免許も取っているからご心配無く」

「ちょこ先……じゃないか、えっと癒月先生の関係者なんですか?」

「関係者、といえばそうなのかな。あの人は、この辺りの地区の魔界出身者の総括。纏め役だからね」

「……幼女ですよ、あの人?」

 舌足らずで、お菓子を食べては怒られたりしてる印象が強い。そんな人に纏め役ができるのだろうか。

「あはは。それは余程今が気に入ってるんだよ。昔は凄かった。魔界全土で大暴れしてたからね」

「へぇ」

 なんかぴんと来ない。

 今度聞いてみようかと思いながら、俺は荷物を手に取った。

「次の検診はいつがいいかな?」

「少し遅くてもいいなら、平日がいいんですけど」

「それなら……」

 提示された日付に問題はなく、その日で予定を取る。

 ぽちぽちスマホを操作して予定表を更新。念の為、リマインダーも設定してから、ポケットにしまう。

「一応定期検診はその日だけど、その前に何かあったら、癒月先生に相談してね」

「分かりました」

 傷は塞がってるのに、一体何が起こるというのか。

「じゃあ、お大事に」

「ありがとうございます」

 一礼して、診察室を出る。

 そのまま、待合室に行き、今日の分の支払いを済ませてから病院を出て。

 午前中の予定は終了。改めてスマホを取りだし、タプタプと連絡。

「終わった。予定通りで大丈夫」

『了解! じゃあ、駅前で待ち合わせね!』

 今日は週末。大空と約束していたパフェの日である。

 

 ***

 

 病院前からバスで移動し、駅前。

 大空より早く駅前に着いた俺は、駅前広場にある時計で時間を確認した後、スマホを操作しながら時間を潰す。

 パフェを食べるだけなら喫茶店集合でも良かったのだが、大空が親から今日期限の映画のペアチケットを貰ったとかで、それも見ることになっていた。

 駅から徒歩数分の場所にその映画館があるので、それが駅前集合の理由である。

 が、現地集合にしなかったことをちょっと後悔していた。

「随分人が多いな」

 場所は駅前。今日は週末。世間一般では休日だから人の出が多いことに不思議はないのだが、それにしたって多い。

 しかも同じTシャツを着ている者が半分以上。ここから暫く行ったところに大き目のホールがあるから、そこで何かイベントでもやっているのだろうか。

 興味本位で調べてみようかと検索しだした所で、肩を叩かれる。

 振り返ると、頬に指が刺さった。

「……なんすか、フブキ部長」

「いや、知った子がぼんやりしてるなーって」

 手が離れる。ちゃんと振り返れば、右手を狐の形にしたフブキ部長が立っていた。

「おはこんだよー」

「おはこんです」

 よく見なくても分かるほどの浮かれよう。どうしたのかなと思い観察すれば、フブキ部長の着ているTシャツも、駅前にいる人達が着ている物と同じ事に気が付いた。

 斧とか星とか四角が連なっている物とか。ぱっと見統一感のないそれらを始めとした八つのマークが入ったそれ。連想ゲームにしては随分簡単だ。ていうか、答え書いてある。

「今日はすいちゃんのライブでもあるんですか?」

「……ええ!? 知らないの!?」

「俺がその手の情報を仕入れてないの、知ってるじゃないですか」

 CD買って、出演番組を見る程度である。

 驚かれた事に驚いていると、フブキ部長が、どや顔で腕を組み胸を張った。

「今日は、すいちゃんの記念すべきファーストライブなんだよ!」

「へー」

「軽い!」

 なんでよ! と、フブキ部長に怒られる。

 いや、素直に驚いているのだけど。フブキ部長に聞く前に想像が出来てしまったから、いまいち感動が薄い。

「全く。しょうがないから私が──」

「何かほかの人は続々向かってますけど、行かなくて良いんですか?」

「──物販! じゃあ、またね!」

「あ、はい。また」

 どや顔狐なフブキ部長が、意気揚々と語りだそうとするので、茶々入れがてらに言った一言が酷く刺さった。思った以上である。

 脱兎のごとく走り去るフブキ部長に、手を振り別れる。

「しかし、今日ライブだったのか」

 幼少期の記憶は抜けてないからフブキ部長程の応援はしていないが、それでもファンではあるから少し惜しい気はする。

 まあ、ディスクが出たらフブキ部長が買うだろうし、それを借りればいいか。長話を聞くことになるだろうけど、楽しそうなフブキ部長が見れるのならいい。

 でもやはり、生で聞けないのは少し勿体ないなと、そんなことを思っていると。

「あのー」

 声を掛けられる。

 振り返った先に、桃色の髪をサイドで束ねた女性。

「………………姉街さん?」

「その呼び方! やっぱり君かー!」

 ばんばんと両肩を叩かれる。

「久しぶりー! 元気にしてた?」

「はい。姉街さんも、お元気そうで」

 とても元気な姉街さん。勿論本名ではなくあだ名で、本名……は、なんだったっけ。姉街って教えて貰ってから、ずっとそう呼んでたから、聞いたことないかも……うん、無いな。

 姉というだけあって、実際お姉ちゃんのこの方。誰の姉かと言えば。

「今日はもしかして、すいちゃんのライブに来てくれたの?」

 すいちゃんこと星街すいせいの姉である。私のお姉ちゃんだから姉街だと、名付け親のすいちゃんに教わった。すいちゃんのお姉さんなら、星街なんじゃという、当時の俺のツッコミは無視されたことも思い出した。

「残念ながら、今しがた知ったばかりでして」

「えー、そうなの? すいちゃん喜ぶと思ったのに」

「すみません」

「んー、そうだ。家族の人とかが入れる関係者席みたいな所なら、もしかしたら入れるかもよ? すいちゃんに聞いてあげようか?」

 言いながらスマホを取り出すものだから、大慌てで首を振る。

「いやいやいや。ダメですって。それに今日は、約束があるので行けません。ていうか、そもそも関係者でもないです」

「幼馴染は関係者レベル高いよ」

「そんなことないですから」

 なおも食い下がろうとする気配を出す姉街さんを前に、どうしたものかと悩む俺の視界に、待ち人の姿が見える。

「あ、待ち人来たので、これで。すいちゃ……じゃなくて。星街さんに宜しく伝えてください」

「私も星街なんだけどなー」

「……すいせいさんに宜しくお伝えください」

「すいちゃんでいいのに」

 なんとなく本人に知られるのが気恥ずかしいだけである。もう手遅れだと思うが。

 一礼し、立ち去ろうとして。

「そうだ」

 と言った、姉街さんにつかまる。

「せっかくだし、連絡先交換しない? 今日、すいちゃんのライブって知らないのにここに居るって事は、この辺に住んでるんでしょ? 私、この辺に引っ越す予定だから、知り合い居ると心強いな」

「……分かりました。そういうことなら」

 メッセージアプリを起動して。タプタプ操作して連絡先を交換。登録名だけ、姉街さんに変えておく。

「じゃあ、またね」

「はい。失礼します」

 スマホをしまい、改めて一礼。姉街さんの元を離れ、大空の方へ向かう。

「大空」

「あ、漸く見つけた。おはよー」

「おはよ。やけにお疲れだな」

「人が多くて、なかなかこっちに来れなくて」

「ああ、大空の家ってホールの方なのか」

 こくりと、大空が頷く。それはなんというか、ご愁傷様である。

「なんで今日はこんなに混んでるんスかね?」

「ライブがあるらしい。すいちゃんの」

「へー。そうなんだ」

 軽い。フブキ部長に怒られるやつである。

「どうする? もう映画館に行くか? どっかで一服してく?」

「いや、この調子だと、喫茶店とかも混んでそうだし、直接行こうよ」

「……確かに。それもそうか」

 

 ***

 

 ホールとは逆方向に移動して、映画館へ入る。

 外の人の出が嘘のように、映画館の中はがらんどうとしていた。

 大空がカウンターでチケットを引き換えればやることは終了。見る映画の開始まで、三十分程。

 パンフレット等が売っているショップを冷やかしたり、取れる気のしないUFOキャッチャーの中身を眺めたりしながら、時間を潰す。

「これ、面白そう」

「どれのこと?」

「これ」

「……そう?」

 見るからにB級臭漂うその映画は、どうやら大空のお気に召さなかったらしい。

 難しそうな顔をして首を傾げ、なんとか面白さを見出だそうとしている大空が、ちょっと面白い。

「大空は、映画館ってよく来るのか?」

「そんなに来ないかな。誘われたら来るくらい。そっちは?」

「俺も同じ。誘われたら来るくらい」

「別に映画は嫌いじゃないけど、わざわざ映画館に行って観ようってあんまり思わないよね」

「俺はある一定時期は毎週のように呼び出されるから、普段から行こうって思えない」

「どういうこと?」 

 主にフブキ部長の特典集めの為の人員である。アニメ映画って何種類も特典あるのすごいし、それを集めきろうとするオタク魂もすごいと思うし感心する。

 まあ正直同じ映画何往復もさせられるのは辛いし、それが嫌で外で待っていようとすると空席を作るつもりかと怒られるのは納得いかないが。ミオ先輩のように心を無にして、呼吸を楽しめるようになれば、もう少し楽なのかもしれない。

「ボチボチ人も入ってきたし、飲み物かなんか買っとく? 俺、ポップコーン食べたい」

「あ、じゃあ一番大きいの買ってシェアしよ?」

「そうだな。パフェもあるし」

 公開予定のポスターの前から移動。売店でLサイズのポップコーンとそれぞれの飲み物を買って、近くの机まで移動する。

「キャラメル味のポップコーンって、なんか特別感あるよね」

「分かる。行楽地にしか無いイメージ」

 容器のサイズこそLサイズのポップコーンではあるが、片一方が塩味でもう片方がキャラメルのハーフ&ハーフ。甘いとしょっぱいで無限に食べられる最強の組み合わせである。

「そういえばさ」

「なに?」

「観る映画ってどんな映画?」

「今更?」

 決して興味が無かった訳ではなく、本当にただ単純に忘れていただけである。

「ホラーだよ」

 だって苦手ジャンル回避のためには、直接聞くのが一番なのだから。

 

 ***

 

「ごめん。ホラーが苦手か聞いておけば良かったね」

「いや、うん。すまん」

 観賞後。ベンチに座り項垂れる俺。

 その隣には大空が座っていて、背中を擦ってくれていた。

「無理しなくても良かったのに」

「大丈夫かなって思いました」

「どっからきたの、その自信」

 無論、日常からである。

 常日頃幽霊が見えてるし、骸骨が動き回るのだって割りと日常。この前なんてドラゴンに襲われた俺に怖いものなんて無いと思ってた。

 たぶん、前もってホラーだと知っていたとしても、大丈夫だと思っただろうし、実際怖かったのかと言われると、そうではなくて。

「あれだ。ストーリーは良くて楽しめたし、怖かったかって言われると怖くはない。ただ」

「ただ?」

「大きな音で驚かせに来るのは駄目だろ」

「ああ、確かに。ホラーシーンは吃驚系だったよね」

 正直目の前に行きなり幽霊が出てこようが、音がしなければ驚かない。慣れてるから。

 ただ爆音を伴って出てくるのは違う。俺の知ってる幽霊は自己主張はしても、もっと静か。からりからり程度で勘弁してほしい。

「大きな音、苦手なの?」

「来るって分かってればマシなんだが。クラッカーレベルも苦手」

 爆発満載のアクション映画は観ないし、ヘビメタは論外。

「パフェ行くの辞めとく?」

「……いや、平気。落ち着いた」

 顔をあげ、心配そうな顔をしている大空に笑って返す。実際落ち着いて、楽になった。

「パフェ、俺も楽しみにしてるんだ。行こう、大空」

「うーん……無理しちゃダメっすよ?」

「分かってるよ。俺が大空相手に遠慮するわけ無いだろ?」

「そこはちょっと話し合う必要がありそう」

 何を話し合う必要があるというのか。

 大空は俺の反応を見て、無理をしていなさそうだと判断したようで、朗らかな笑みを浮かべ、立ち上がる。

「パンフレットとか買う?」

「私はいいかな。君は?」

「いや、買わない」

 その他グッズ等も特に買うものはなく、そのまま映画館を出る。

 目的の喫茶店は駅を挟んでホール側。一先ず駅に向かい、それからホール側を目指し歩き出す。

 混み具合は、映画の始まる前以上になっていた。物販とやらでも大勢来ていたと思うのだが、あれで全員でないらしい。

「凄い人の出だな」

「そうだね」

 目当ての喫茶店へは流れに乗る形になる。

 昼のことを思い出したらしく、辟易した顔をする大空。逆走では無いので我慢して欲しいが、正直俺としても抵抗を覚える。

 とはいえ、進まなければ目的地に着かない。とっても嫌だが、ここは我慢。

「行こう、大空。俺が壁になれば、多少楽だろ」

「……ごめんね。ありがとう」

 申し訳なさを感じたらしいが、しかし背に腹は代えられぬと、大空が俺の背後に回る。はぐれないようにか、裾を掴まれる感覚を得ながら、先んじて歩き出す。

 裾をつかむ感覚は変わらず。どうせ掴むならもっとしっかり掴めばいいのにと思いながら、人波に乗る。

 しかし本当に人が多い。あのホールってこんなに収容出来たんだなと、そんな感想を抱く。

「大空、平気か?」

「大丈夫。ありがと」

 大空から返事。もみくちゃにされ、やっとこさといった感じ。裾をつかむのも限界だろうか。はぐれると、合流が大変だろう。

 少し悩み、背中に手を回す。そのまま大空の手首を掴んだ。

「うぇ」

「そんな声出すなよ、傷つくから」

「ご、ごめん。ちょっとびっくりしちゃって」

 とはいえ振りほどかれる事はない。その事に安心しながら、手首を掴んだまま先に進もうとしたところで、ビルとビルの間の路地に、変なもの。ふよふよ飛んで、ビルの間に消えていく。

「……」

 進んでいき、問題の路地。

 足を止める。周りに迷惑そうな目で見られるのは、この際仕方がない。

 路地の間を見れば、少し奥まった所にさっき見かけた変なものが鎮座している。

「……大空」

「なに?」

「この路地の奥に何か見える?」

「え? うーん、特に何もないけど」

「そっか」

 自立行動出来る人形とかなら良かったが、大空に見えていないのなら違うのだろう。

 声に反応したのか、変なものが振り返りだす。それを見て、急ぎ歩き出す。

「すまん、勘違いだったみたいだ」

「?」

 最後、ちらりと見た姿は、毛並みが汚れ、目尻に何か光るものが見えた気がした。

「……」

 まあ、十中八九この世界関係ではないだろう。

 魔界か、幽世か、それ以外か。

 間違いなく言えるのは、関わると誰かしらに怒られる奴。

 とはいえ。

「はぁ」

 こっそりついた溜め息は喧騒に消える。

 喫茶店へ向かう角を曲がる。嘘のように過ごしやすい環境になった。

 大空の手を離す。

「ようやく抜けたね」

「ああ。……あ」

「どうしたの?」

 ポケットを漁る。我ながらわざとらしい。

「ごめん、電話」

 そういって、いかにも電話に出るそぶりをしながら、離れる。

 幸運にも、素直な大空はそれを信じてくれたようで、ついてくる気配はない。

「もしもし、何?」

 かかってきていないので、当然何も音は聞こえない。

 無言の通話を、暫しこなす。

「うん、うん。随分急じゃん。珍しい。うん、分かった」

 元々繋がっていない通話を切る。

 ポケットにスマホをしまいながら、大空の元へ。

「ごめん、親からだった。どうも帰ってきてるみたいで、一緒にご飯食べようって」

「確か転勤中なんだっけ?」

「うん。正直、顔を見るのが何時ぶりかも怪しい」

 最後に親の顔を見たのは何時だっただろう。電話はたまにかかってくるが、ここ数年顔を合わせていない気がする。今の家を買った時以来だろうか。

「そっか。じゃあ、しょうがないね」

「すまん、大空。必ず埋め合わせするから」

「じゃあ、今度奢ってもらうの、楽しみにしてるね」

「勿論」

「……じゃあ、また学校でね」

「ああ。またな」

 少し不服そうな表情をしながらも、大空が歩き出す。

 その背を見送り、見えなくなってから、元来た道を戻る。

 魔界関係ならちょこ先、幽世関係ならフブキ部長……じゃなくてミオ先輩に直ぐ様連絡しようと思いながら、ポケットにいれたスマホを握りしめつつ、路地の前。深呼吸ひとつ挟んで路地へ入る。

 変なのは、まだいる。よく見れば、見覚えがある気もするが、思い出せない。

 近づいていくと気がついたらしく、変なのが顔をあげ、振り返った。

 目が合う。もう逃げられない。

 流石に完全に腰を下ろすことは気が引けたが、ヤンキーのような座りかただと威圧感があるかと思い、片膝をつく。

「こんばんわ。大丈夫? 迷子? ……いや、その前に言葉通じる?」

 かくして、片手に収まりそうなほどに小さな、パンダのような謎の生物との邂逅は果たされたのである。

 害が無いことを、願うばかりだ。 

 




来週か再来週の投稿、お休みするかもしれません。
申し訳ないです。
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