不知火フレア
白銀ノエル
白上フブキ
……どうしてこうなった。
「じゃんじゃん……食べられちゃうと困るから程ほどにして欲しいけど、好きなもの頼んでいいよ? ここは私のおごりだから」
「はぁ……。じゃあ、これで」
トッピング等も特にない、一番オーソドックスな商品を指さす。
「普通の奴でいいの? 流石にもっと高くてもいいけど。後、飲み物何がいい?」
「いえ。さっき食べたので。飲み物はウーロン茶で」
「了解。デザートとか食べたくなったら言ってね。ノエルは決まった?」
「うん」
「……」
牛丼屋である。某有名チェーンのありふれた店。
フレアさんとノエルさんに連れてこられた先は、其処であった。
何のつもりなのかと警戒するうち、あれよあれよという間にテーブルに着き、オーダーが決まる。関係無いが、牛丼屋でテーブル席って初めて座った気がする。
ボタンを押して間もなく、店員さんが来て。その店員さんへフレアさんがオーダー。
それぞれの食べ物と、飲み物が三人分。
「フレア。ちょっといい?」
「いいけど。ちょっと待ってて」
「はい」
ノエルさんが席を立ち、フレアさんが着いていく。この隙に帰ってしまおうと席を立とうとするが、きんつばと目が合い、大人しく席へ戻る。
「どうしてこんなことに」
タダ飯と喜ぶには、如何せん状況が理解できない。きんつばは現地民に正体ばれする事は不味いと言っていた。それなら、自分と接点を持つのは、あの二人にとっても良い事ではない筈。
俺の記憶を消すとか、そういった処理をする為の足止めとも考えられるが、ホール前の時点で人気は殆ど無かったのだから、そこで済ませればいい話だ。わざわざ人目のある牛丼屋に連れてくる必要は無いし、俺はその時点で既に捕まっていたのだから。
わざわざ連れてきて、ご馳走をする理由が何なのか。単純に考えれば、何か話があるとかだろうけど。会ったばかりの俺に、話も何も無いだろう。口止めとか?
「誰に話したって、俺の頭がおかしくなったと思われるだけだよなぁ」
ぼそりと独り言を呟いた直後、見計らったように店員さんが来る。
「お待たせしました」
人数分の飲み物を置いていく。
頼んだのはそれぞれ別の飲み物であったから、迷うことなく、俺はウーロン茶を手元に引き寄せる。
匂いを嗅ぎ、行儀は悪いがぺろりと一舐め。普通のウーロン茶の味。臭いも含め、なんの異常も感じない。
タイミングが良かったのは、偶然だったようだ。
安心すると、緊張していたこともあり喉の渇きを覚え、一気に飲み干してしまう。
……飲み足りない。据え置きのコップを手元に寄せ、水を入れる。飲みたそうにしていたから、もう一つコップを用意して、きんつばの分の水も注いだ。
双方無言でごくごく水を飲んでいると、注文の品が運ばれてくる。早い安い旨いは伊達じゃない。
食べていいだろうか。冷めてもあれだし。早い牛丼と違い、ガールズトークは遅いものと相場も決まっている。
とはいえ、奢ってくれるらしい主が居ないのに食べ始めるのも、どうだろうか。一緒に来ているのが知り合いなら食べ始めるのだが、初対面である。
悩む俺に、差し出される割り箸。きんつばからだった。食べていいということだろうか。いまいち煮え切らない俺に、きんつばは更に俺が頼んだ牛丼を寄せ、ピッっと右手を差し出してくる。最後の動作の意図は少々掴み切れないが、恐らく食べていいということなのだろう。
両手を合わせ、いただきます。ちらりときんつばの様子を窺えば、こくこくと首を縦に振っていた。正解らしい。
割り箸を割り、牛丼を持ち上げる。それにしても、牛丼を食べるのは何時ぶりだろうか。外食自体殆どしないし、自炊していると安い豚肉とか鶏肉ばかりで、牛肉を食べるなんて半額セールの時くらい。そして牛肉を買っても牛丼作るかとは、正直ならない。
とりあえず一口。たまに食べると美味しい。手を止めず、もぐもぐ食べ進む。
「おまたせ。ごめんね、遅くなって」
無心に食べていると、フレアさんに声をかけられる。
「いえ。先にいただいてます」
「良かった。遅くなったから待たせたらどうしようかと思ってた」
戻ってきたフレアさんが、最初に座っていた席と同じ場所に腰を下ろす。
その後ろからノエルさん。同じく、先程と同じフレアさんの隣へ。
何の話をしていたのだろうと、俺が考えている最中、トンと、フレアさんが右の人差し指でテーブルを叩いた。
その先に、光が灯る。その光を維持したまま、フレアさんがテーブルの上に円を描いた。
何なのかと見守る俺をよそに、フレアさんは光によって浮かび上がるその円の内側。線に沿うようにミミズがのたうち回ったような文字らしきものを書いていき。
次いで、その内側にも同じく円を描く。二重丸の円と円の間に文字が書かれている形となった。
最後に、内円の内側に、大きな文字を一つ、内円ぎりぎりのサイズで書いたフレアさんは、トンと、数分前と同じように指先でテーブルを叩いた。
先程と違うのは、その叩いた位置が丁度、フレアさんが描いた何かの中心でもあったということ。
ノックを合図に、描かれた何かが縮まり、弾け、光の鱗粉に変わった。
鱗粉は座っているテーブル席の周囲に降り注ぎ、やがて俺の目では見えなくなる。無くなったのか、視認出来なくなったのか。区別はつかない。
「……今のは?」
「ちょっとした人払い」
「人払い?」
「私達の事が気にならなくなる魔法。どんな姿かとか、どんな話をしているかとか。そういうことが一切気にならなくなる」
逃げるべくと動き出そうとした直後、足を絡めとられる。見れば、俺の足をフレアさんが足で挟んで止めていた。その隙に、ノエルさんが俺の隣に移動してきた。逆サイドは窓、背後は壁。何でこう、俺は色々と迂闊なのか。何かしだした時点で逃げるべきだったし、それ以前にやはり二人が席を立った時点で逃げるべきだった。何をのんきに牛丼に舌鼓を打っているのか。
もしかしたらきんつばが助けてくれたりしないかなとテーブルの上を見るが、きんつばは変わらず牛丼を食べている。恩を仇で返そうというのか。
骸骨を呼ぶか。ミオ先輩に窓抜き窓ドンされた時、何で骸骨が出てきたのかるしあに確認したら、俺の流血を切欠に、勝手に影から出てくるように忍ばせていたらしい。試しにその場で指先をちょっと切ってみたら、本当に出てきた。るしあから辞めたと聞いていないから、多分今も出てくるはずである。
「落ち着いて。何にもしないから。話したいだけ」
「……話をするのに、人払いは必要ないのでは」
「そういうわけにもいかないでしょ? お互いにさ」
「……」
まあ、確かに。店内には獣耳やら角やらが生えた人がちらほら居る。
今でこそ何ともないが、フレアさんの人払いが発動した直後、その中の何人かが一瞬こちらを気にしたのも見逃さなかった。もし人払い無しに異世界だ魔法だと話せば、あの人達がどんな反応を見せるのか、正直想像出来ない。
「誰かの家とか、他に人が居ない状況の方がいいけど、私達の住んでいる場所には君を招けないし、君も私達の事を家に上げたくないでしょ?」
「まあ、確かに」
いざという時、最後に頼れるのは我が家だ。そこを教えられるほど、まだこの人達は信用出来ない。
「本当はこんな無理矢理なのもどうかなと思ったし、さっきノエルにも言われたんだけど。私はちゃんときんつばのお礼がしたかったんだ」
俺の足から、フレアさんの足が離れる。
そして、フレアさんは深々と頭を下げた。
「本当にありがとうね。きんつばを保護してくれて」
「……いえ。偶然見かけただけなので」
俺の言葉に、顔を上げたフレアさんは静かに首を振る。
「ホールの前での態度もそうだし、今もそう。これでも結構長生きしてるから、見てれば分かるよ。君は多分、今までに大変な目にあってて、きんつばを保護したら、またそういう目にあう可能性がある事も分かってた。
それでも見ず知らずのこの子を心配してくれたのが嬉しいんだよ。きんつばは、私が小さな頃からずっと一緒にいる家族みたいなものだからね」
「……そうですか」
嘘をついているようには見えない。きんつばはフレアさんの言葉に感動したのか、うるうると目に涙を浮かべている。
指先でちょいちょいときんつばの涙を拭ってやり、引き抜いた紙ナプキンを顔にかざす。チンと、鼻をかむ音。そのまま拭ってやり、ナプキンを丸めながら、言葉を返す。
「責められこそすれ、感謝される謂れは無いです。俺が余計な事をしたせいで、合流出来なくなる可能性があった。合流出来たのは、きんつばの運が良かっただけですよ」
「……成程」
俺の言葉に、フレアさん。
「なら、この話はおしまい。次の話ね」
「まだ何か?」
「あと二つだけ付き合って」
指が二本立つ。まあ、それくらいならと、素直に従う。
「一つは口止め。理由は知ってる?」
「きんつばから、正体がばれたら不味い、とは」
「あながち間違えてはいないけど、ちょっと違うかな。三つ目の話にも関係してくるんだけどね」
「ちょっとフレア」
隣から、ノエルさんの声。どこか咎めるような色を含んだその声色に、少々嫌な予感を覚える。
「やっぱり辞めておいた方がいいんじゃないかな?」
「大丈夫。何か言われたら、私が勝手に言ったって事にしておけばいいんだから」
「一応フレアも今は騎士団に在籍してる身なんだから、上からの指示には従わないと」
「でも、私もノエルも正規の騎士じゃないんだし、現地での裁量権も貰ってるよね。ていうか、この話もさっきしたでしょ?」
「……それはそうだけど」
その話し合いの中に、俺の意見が含まれていないのだが。
理性が帰った方が良さそうを通り越し、帰らないといけないにシフトし始めている。しかし、未だ隣にはノエルさんが座っていて、それも叶わない。
耳をふさいで、声を上げて物理的に聞こえなくしてやろうか。……ただ、本能的な興味もあり、勿体なく思えてしまうのも確かだ。
「それに、もしかしたらこの子は私達以上に見えてる。なら、危ない者が居るって事は、ちゃんと知っておいた方がいいと思う」
心なしか同じような事を言われた記憶が沢山ある。
無知蒙昧な最弱一般人が急にレールから外れ、しかも君子じゃないから危うきに近づいてしまう事が多々あるせいで、色々な人に迷惑が掛かって非常に申し訳ない。そろそろ目玉を抉り出すくらいしないとダメだろうか。でも、それだとシオンに申し訳が立たないから悩み処である。
「フレア……。分かったよ」
「ありがとう、ノエル」
ノエルさんが折れて、話が付いたらしい。
「さて、ごめんね。話がそれちゃって」
「いえ」
フレアさんが俺の方へと向き直る。
「私達の話からなんだけど。異世界についての知識はある?」
「求められる知識次第って感じですけど……」
魔界についても幽世についても、説明に必要な程度の話で、詳しい話を聞いたことは無い。
「きんつばからどれくらい聞いた?」
「色々な種族のいる剣と魔法の世界程度に」
成程、とフレアさん。
「まあ、その程度の認識でいいかな。正直私もノエルも詳しい事は聞いてないし。来る前に聞いたこの世界の説明だって、まるで幻想のような世界って位で、殆ど分かってなかったみたいだし」
「幻想?」
「君にとっての剣や魔法と、私やノエルにとっての全面窓ガラスに覆われた大きな建物や馬も魔力も無しに動く鉄の箱は同じって事」
「ああ、成程」
立場が変われば常識と非常識は入れ替わる。狭い世の中でも起こりうるそれが、世界を跨いで起こらない筈もない。
「私達の世界にこの世界への道――というか、穴っていう方が正しいかな。それが出来たのが、三年前。以降、騎士団、無頼漢、亜人、奴隷。色々な人がこっちに送り込まれてる」
「……え、待ってください。無頼漢って言いませんでした?」
無頼漢。ならずもの。ごろつき。要は悪人寄り。
「国から正式に依頼されての身だし、見張りもちゃんといるから」
「それで納得するのは送る側だけですが。ていうか、そのことってこっちの世界の人はどれくらい知ってるんですか?」
フレアさんが視線を逸らす。ノエルさんの方へ視線を向けたら、こちらも露骨に視線を逸らされた。もしかして、戦争でも企んでいるのだろうか。いざとなったら、魔界とか幽世とかに匿って欲しい。
ともかく、とフレアさんが咳払いののちに告げる。露骨な誤魔化しであった。
「こっちに来ている人達の目的は二つ。一つはこの世界の調査。人、物、技術。色々調べては、持ち帰ってる。まあ、難航してるみたいだけど」
「俺の感覚だと、魔法があるなら別にいいじゃんって感じですけど」
まあ、俺の中の魔法のイメージは大体シオンがグータラしている時に片手間で使っていた物が殆ど。そのイメージの中だけでも、電化製品に出来てシオンに出来なかった事は殆ど思いつかない。電子レンジとかケトルの代わりをシオンにお願いしたこともある。まあ、そうして出来上がったレトルト食品やカップ麺は、シオンに半分持ってかれるので、殆ど頼まなかったが。
魔法には出来ず、科学にしか出来る事とか、あるのだろうか。想像できない。
「私も正直、こっちの世界で便利だなーとか凄いなーって思うことはあるけど、少し考えれば向こうでも同じ事出来るかと思っちゃうし、この前、報告会聞いてたけど、茶々入れしたくなっちゃった」
同じ事を、フレアさんも思っているらしい。
「まあ、隣の芝生は青く見えるっていうし、もう少ししたら落ち着くと思うんだけどね」
言い得て妙。死霊術とか一部特殊な魔法を除けば、大体が科学でできるとは言え、確かに魔法に憧れが無いかと言われれば否だ。
「ていうか、そんなことよりももっと大事な事があるハズなのに、誰も気にしていない」
「大事な事?」
「目的の二つ目だね。こっちの世界に紛れた者の対処。本来はそっちがメインの目的だったの」
「対処……」
物騒なワードが出てきた。
「元々、その世界の穴っていうのは意図せず偶発的に開いたものだけど、切欠はあった」
「切欠?」
「――ドラゴン」
「……」
知り合いにいる。何なら舎弟だ。俺が。
「そのドラゴンは、最早名前すら忘れ去られるほどに古くから居た神龍だった。畏れ多くもある国がその神龍に手を出し、怒りを買った。ドラゴンズブレス。高エネルギーの集合体である神龍の一撃は、国を滅ぼし、世界に穴をあけ。そして、神龍はその穴へと姿を消した」
「……」
いやー、手ぇ出してきたんでちょっと本気で息したら、穴開いちゃったんですよねー。
なんか、そんな話を会長ドラゴンからかつて聞いたような気がする。その頃は見えていなかった頃なので、てっきり天使と喧嘩してやり返したのか程度に考えていたのだが、もしかするのだろうか。
「えっと、穴に消えたんなら、別にそっとしておけばいいのではないでしょうか?」
「それが叶うならそうしたいけど、怒りを買った以上は、最低限動向は注視しておかないと。もしかしたら、未だ怒りを覚えていて、私達の世界で暴れる為に力を溜めているのかもしれないし、この世界でも暴れないとも限らない」
「……そうですね」
全くもってその通りだ。返す言葉も無い。
とはいえ、なんとなく事情を察し始めている俺の視点だと、今の所、大丈夫な気がした。結構、今の生活を気に入って居そうだし、マブダチの天使が居る。彼女が居る限りは、そんなことしないだろう。
「それに」
とフレアさん。
「さっきはああ言ったんだけど、実は無頼漢が数人、見張りの元から逃げ出してる」
「ダメじゃねーか!」
ドラゴンよりよほど危険な気がする。
「油断した。まさか逃げるとは思ってなかった」
「……まるで逃がしたのがフレアさんみたいな言い方してますけど」
「……」
再び視線を逸らされる。嘘だろお前。
「……その人はね」
そう言ったのは、隣に座っていたノエルさん。視線を向ければ、空の丼の傍で頭を抱えている。
その姿はまるで、牛丼を食べきってしまった事にショックを受けているようにも見えるが、覗けた表情から流石に違うことを察した。
「実は私の小さい頃からの知り合いなの。元々は国で海軍に属してて、それこそ怪傑とか鬼才とか英雄とか褒めたたえられてたんだけど……ある日急に海賊になるって言って海軍辞めたんだよね」
「……」
笑うところだろうか。
「ただ、海軍が薄給でお金が無かったから、海賊になるって言いながら船を持ってないし、略奪とかしてたわけでもない。お金を貯める為に安く住める山小屋に住んでるだけの人だったんだけど」
「それで海賊名乗ってたなら、大した面の皮ですね」
そもそも海賊になるつもりなら、そのまま海軍の船を奪ってしまえば良かったのではないだろうか。
「この依頼を無事にこなしたら、船を渡すって事で話は通ってたし、立場は無頼漢ではあるけど言っちゃえば身内みたいな感じだったんだけど……ある日急に他の無頼漢――ていうか、その人の部下を連れて脱走しちゃって」
身内と思って油断してたら、裏をかかれたという事らしい。
しかし、話を聞く限りでは脱走するメリットもなさそうだし、そもそも脱走しそうにないが、何故逃げたのだろうか。
「……でもまあ、それも大丈夫そうな気はしますね」
ドラゴンは言わずもがな、件の海……いや、山…………あー……賊も正直危険を感じない。
多分、こっちに来ている調査隊の人達も、今の俺と同じような考えに至ったのだと思う。
「それで、自分にどうしろと?」
長く説明を聞いて事情は分かったが、ちょっと目がいい程度の最弱一般人には随分荷が重そうな話だった。賊相手ですら、人質になる未来しか見えない。
俺の言葉に、話が早いと、フレアさん。
「できれば探し人を手伝ってほしい。君ならもしかしたら、正体を欺く魔法を使っているかもしれない海賊も、ドラゴンが人間に化けていても、見えるかもしれないから」
「お断りします」
割と予想通りだったフレアさんの言葉を、一蹴する。フレアさんが命令口調だったとしても、同じように断った。
「俺はたまたま見えるようになっただけなので、意図的にこの目を使う事は考えていません」
「見えるようになったことに、何か意味があるのかもしれないよ? 世界を救う、みたいな」
「そういう英雄的要素はお話の中だけで充分でしょう。俺の目は偶然と優しさの産物でしかありませんから。それに、約束もあるので」
「……そっか」
「すみません」
その約束をしたのはドラゴンなので、多分こういうことでいいのだと思う。自分の平穏な生活を壊すな、という事だろう。
フレアさんも、言葉通り強要するつもりは無い様だった。あまりにすんなり話が通るものだから、却って裏があるのではないかと疑ってしまう。
「あとで別の条件を出すのは無しですからね」
「しないしない。これはきんつばを助けてくれたお礼に、君に役立つ話を教えたかっただけだから。まあ、出来たら手伝ってほしかったけどね」
「……ありがとうございます。すみません」
「どういたしまして。気にしないで」
フレアさんが、タクトのように指を振る。
すると、見えなくなっていた光の鱗粉が数秒垣間見え、消える。
「これで人払いもおしまい。私もお腹すいちゃった。君も何か食べる? 口止め料って事にしておくけど」
「……いえ、帰ります。明日は学校ですから」
窓の外はホールから駅へと続く道。
ライブは既に終わっているようで、続々駅に向かう人の波が出来ていた。
辟易するが、時間が遅くなればもっと混む可能性もあるし、そもそも帰るのが遅くなってしまうから、帰るなら今だろう。
「そっか。それじゃあ、また」
「はい。失礼します」
「よいしょっと」
ノエルさんが、隣の席を立つ。礼を言って、席を立った。
「さようなら、フレアさん、ノエルさん。きんつばも、じゃーな」
一礼。きんつばには手を振ると、きんつばも振り返してくれた。
その様子を見て満足して、店を出る。
わらわらと歩く人の波にちょっとビビっていると、見知ったシルエットを見つけた。
「フブキ部長」
「ん? おー、後輩君。また会ったね」
「そうですね。お疲れ様です」
「お疲れー。こんな所でどうしたの?」
「そこの牛丼チェーンで夕食です。荷物持ちましょうか?」
「ありがと。じゃあ、こっちお願い」
渡されたのは、駅前で見かけた時もつけていたショルダーバッグ。
明らかにライブ会場で購入したと思しき紙袋の方が大きいのだが、そちらは大事な戦利品だからだろう。自分の尻尾ごと、大事そうに抱えていた。
「楽しかったですか?」
「勿論! なんと新曲発表もあったんだよ!」
それは、なんと。
「楽しみにしておきます」
「うんうん。いい曲だったから、楽しみにしておくといいよ」
満足げなフブキ部長。新曲出たなら、やっぱり行きたかったなと、ちょっとだけ後悔。
「発表時期とか」
「内緒」
「ぐぬぬ」
悪戯っ子のように笑うフブキ部長の前に、歯噛みする。いや、待っていれば発表はされるだろうけど。やっぱり早く聞きたい。帰ったらネットで情報集めてみようかなとそんなことを考えながら、それ以外に何があったか聞こうとするよりも早く、フブキ部長の眉が徐々にひそめられていく事に気が付いた。
「フブキ部長? 何かありましたか?」
ライブで、嫌な事があったとか? しかし、それにしては、最初はテンションが高く、ライブが楽しかったと全身が訴えていたと思う。
「……ダメ。やっぱり気になる」
そう言ったフブキ部長の顔が俺の方へ寄せられ、肩口の匂いをくんくんかがれる。周りの視線がちょっと痛くなる。
「フブキ部長?」
「なんか昼にあった時には無かった人間じゃない別の匂いがするけど。何かまた別の事に巻き込まれてない?」
その言葉に合点がいく。先程フブキ部長が匂いを嗅いでいた場所は、きんつばが座っていた場所であった。
「断ったんで」
それに連絡先の交換とかもしていないし、接点は殆ど残っていない筈。
「本当に?」
「はい」
フブキ部長に頷いて返す。フブキ部長は顔をしかめたままだ。信じて貰えていないかもしれない。
「念押しするけど、何かあった時、ミオに頼ることだけは躊躇わないって約束して。ミオの方が君より強いし、何なら、君の事抱えて、走って逃げることだって造作も無いんだから」
「……いや、俺だってミオ先輩の事を抱えて走れますし」
「なんでそこで張り合ったの?」
そんなことを聞くフブキ部長は、悲しそうな顔をしていた。
「茶化さないで。心配なの。お願いだから、ちゃんと守ってね」
「……はい。分かりました」
「絶対だからね」
「はい」
ライブ終わりのフブキ部長にこんな顔をさせたくなかった。
胸いっぱいの不甲斐なさと申し訳なさに、怒りと悲しみが湧く。
「ごめんなさい、フブキ部長」
「うん。謝らなくていいよ。それより、どんなことがあったのか、教えて?」
「……あー」
口止めはされたが、口止め料は……貰ってないからいいか。流石に何でも話せないが、フブキ部長を納得させるくらいは、話した方がいいだろう。とはいえ、さっきもそうだったが、ちらほらと獣耳や角のある人が居る。何処に耳や目があるか分からない。ここで話すのは不味いと思えた。
「説明は明日の部室でもいいですか? ちゃんと話すので」
俺の言葉に、フブキ部長は暫し顎に手を当て考え込んでから、分かったと返してくる。
次いで。
「なら、明日の予定だった私のライブ感想に今から付き合って貰おうかな」
と言った。
「勿論です」
頷いて返す。
「徹夜で」
「もち――はい?」
頷いて返し――切れなかった。
フブキ部長の悲しそうな表情が晴れる。
それはいい事なのだが、物騒な単語が聞こえた気がした。
気のせいであることを望んだが、叶うことはなく。
「じゃあ、コンビニに寄って夜食買ってこ。お腹空いちゃったし、夜は長いからね」
「あ、しかも泊まりなんすね」
明日学校ですよという当たり前すぎるツッコミは当然流され、
帰宅の途中にコンビニで夜食を買ったフブキ部長に俺は家へと連れ込まれる。
今から寝ようとしていたらしいミオ先輩も電話で呼び出され、
俺とミオ先輩は若干舟を漕ぎながらも、窓の外が白み、小鳥のさえずりが聞こえ始めるまで、フブキ部長のライブ感想会に付き合ったのだった。