ホロ学園の「俺」君物語   作:零円

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登場ライバー
角巻わため


羝羊触藩

 メモを見る。そこにはチラシを元に、昼休みを使って作成された買い物コースと購入品目が書かれている。

 昔は紙で届くのが一般的だったチラシも、今ではネットで確認出来るようになったのだから、楽なものだ。昼休みに教室で、スマホを見ながら決めた。たまたま大空に見られ、「主婦かよ」と若干引かれたのは、記憶に新しい。

 俺だって、少量の買い物ならこんな事しないが、今日は個人で換算するなら一月分くらいを纏め買いする必要があるから、流石に作らざるを得ないのである。まあ、この通りに買えた事なんて殆ど無いが、やはり基準があると無いとでは効率も変わる。

 普段ならもうちょっとこまめに買うのだが、今月は色々あって細かい買い物のタイミングが取れず、現在冷蔵庫の中は、昨日振舞ったるしあとちょこ先の分の夕飯を最後に、すっからかん。

 作り置きしていた総菜はあったが、それも今日の朝食と昼食で食べきったから、冷蔵庫の中には昆布出汁と味噌しか残っていない。買い物をしなければ今日の夕飯は具無し味噌汁と白米。

「まあ、一食位ならそれでも……」

 行儀が悪い自覚はあるが、それでも味噌汁を白米にかけて食べるのは結構好きだ。お茶漬け感覚で食べ進めてしまうから、ついお代わりしてしまう。だが、流石にそれが三食連続は辛い。普通におかずが食べたいし、ちょっと想像したが、具無し味噌汁はやはり嫌である。ワカメくらいは欲しい。

 それに──そろそろ目が変わってから一か月。そろそろ、俺の目をどうにかするべく、魔界へ調べ物に帰っていたシオンが戻ってくるはずである。

 そんなシオンが戻ってきた時に、俺が具無し味噌汁と白米を食べていたとしたら……。

 考えずともわかる。一生弄られる。馬鹿にされる。飯抜きにしてやれば数日口を噤むだろうが、その後はまた思い出したように同じ事を始めるだろう。慣れているとはいえダメージが無いわけでは無いので、俺の精神安定の為にも、普通の夕食は必須──。

「どうぞー、新装開店でーす」

 思考を遮るように、言葉とともに差し出されたチラシを、思わず受け取る。

 受け取った俺に一瞥もくれず、チラシ配りのお兄さんは別の人へとチラシを配る。

 なかなかの手際に感心しながら、俺は手元のチラシへ視線を落とした。

 焼肉店のチラシだ。ファミリー層向けではなく一人焼肉のお店のようで、一人一つ、小型グリルがあるらしい。

 目玉商品は、ジンギスカン。羊肉である。どうやら、このチラシを持ってお店に行くと、割り引いてくれるらしい。

「……何故?」

 北海道にいた頃に食べた程度の記憶しかないが、ジンギスカンって変な形の鍋で焼くものではなかっただろうか。それとも、最近は網焼きが流行っているのだろうか。

 正直、ちょっと癖のある味がその頃の俺の口に合わなくて、あまりいいイメージが無い。

 書かれている値段目安を見る限り行けなくもないが、そんな事より買い物である。チラシを畳んでポケットにしまい、メモに書いた最初に行く店の方へ歩き出そうとし、不思議な歌声が耳に届いた。聞いたことのない言葉で、意味が分からない。歌声と分かったのは、声に合わせて弦楽器の様な音が聞こえてきたからだ。

 視線をそちらへ向ける。

 広場の一角。両手の指で数えられそうな程だが、それでも足を止めて聞き入っているらしい人だかりの向こう側に、音源。淡い金髪の両脇に巻き角。医師の角はぐるぐるともっと巻かれているのに対し、彼女の角は一巻にも満たない。顔立ちは幼さの残る物。白とピンクを基調とした服にはもこもことした意匠がふんだんに盛り込まれていて、一見すると羊のコスプレをして演奏し、歌っているように見える。驚くべきことに、あの角が見えているのは俺だけではないらしく、「あの角かわいー」みたいな話し声が聞こえた。

 ただ、あの角が本物であることに気が付いているのは俺だけだろう。一か月の慧眼をもってすれば、真偽を見極めるなど容易い。容易い事はいいのだが……、なんであの子は正体を隠す努力をしていないのか。フブキ部長やミオ先輩と違い、本来の姿が別にあるという感じではない。正真正銘、あれが彼女本来の姿なのだろう。それなら、経験則として角は魔法とかそう言った何かで隠そうとしているはずだ。

 変だなーと思いながら、奏者へ近づく。とりあえず、正体を隠そうとしていないのなら、見えていることがばれて大変なことになることは無さそうだ。

 近づき、それなりのポジションを陣取る。他の観客も入れ代わり立ち代わりで一度は足を止め、演奏を聴き、暫くして離れていく。その際、彼女の足元に置かれた箱の中に、おひねりを入れる者も少なくない。中にはお札を入れている者もいた。

 ちらりと覗けば、今日の俺の買い物予算以上の額は余裕で入っている様子。うらやましい。

 聞きほれていると、ぴぴーとホイッスル。

「はいはい。みんな離れて。解散しなさい」

 振り返れば、お巡りさんが一名、笛を吹きながらこちらに近づいていた。

「ほら、君も」

「あ、いや」

 ちらりと彼女の様子を窺えば、何事だろうと、不思議そうに首を傾げていた。良く分かって居ないらしい。

 観客は気づけば散り散りになっていて、残っているのは俺だけ。声をかけても移動しない俺を、面白がっている野次馬程度に考えたのか、溜息をついたお巡りさんは俺の脇を抜けて、少女の方へ行く。

「君、何やってるの。ちゃんと許可取った?」

 お巡りさんの言葉に、彼女は? マークを飛ばしている。路上ライブに許可が必要なのは、駅前広場に置かれた注意喚起の立て札に書かれてはいるが、彼女がそれを読む事は、この様子を見る限り無理だったろう。

「ちょっと、聞いてる? 名前は? どこに住んでるの?」

 答えない彼女を無視していると捉えたのか、お巡りさんの口調が僅かにきつさを帯び始める。

 意味が分からずとも、言葉の調子から怒られている事を悟ったのか、少女は僅かにたじろいだ。

 その動作を、お巡りさんはやましい事があると捉えたらしい。実際、無断ライブの時点でやましい。

「……まったく、ちょっと交番まで──「あの!」」

 時間がかかると思ったのか、少女を交番まで連れて行こうとするお巡りさんを止めるべく、声を上げる。

 訝しげな視線をこちらへ向けるお巡りさんに、笑って返す。

「彼女、自分の家にホームステイしてるんです」

「ホームステイ?」

「はい。それで、今日は街の案内をするのに、放課後駅前に集合にしてたんですけど、自分が来た時にはもう演奏してまして」

「何ですぐ止めなかったの」

「少しくらいいいかなって」

「君ねぇ」

 ──それからしばらく、怒られた。いっそ交番に御呼ばれした方が良かったのだが、お構いなしに駅前で説教である。同じ学校の制服もちらほら見えた。明日学校で取り調べとかされないだろうか、不安である。

 とはいえ、怒られた内容は俺の態度の方で、彼女については事情と初犯であるということもあって、今回は何事も無く終わった。彼女には俺からきちんと注意しておくようにと言い渡されたし、何かあったら素直に謝って撤収すればいいというアドバイスまで貰ってしまった。

 立ち去るお巡りさんにペコペコ頭を下げて見送り、少女の方へ振り返る。逃げることは無く、少女はその場に居た。

 お巡りさん以上の問題が、彼女である。

「えっと……言葉通じる?」

「……」

 きょとんと首を傾げる彼女。そして。

「***********」

「わっかんねぇ」

 何語だろう。判断出来ない。

 幾つかの異世界に接触し続けていたけど、何だかんだ言葉が通じていたから、こういうのは初めてだ。

 俺の反応に、彼女も言葉が通じていない事は分かったのだろう。困った様子で首を傾げ、俯き、何かに気が付いたのか屈む。つられて視線を下げると、屈んだ彼女は、箱の中に入っていた十円玉を一枚取り上げた。

 本当になんだ。今度は俺が戸惑う。受け取らない俺に、少女は再び屈み暫し悩んだ後、渋々といった様子で五円玉を取り出して、先の十円玉と合わせて俺に差し出してきた。合わせて十五円。意味の分からなさも五割増しだ。何で彼女は、持ってけ泥棒と言わんばかりの雰囲気を醸し出しているのだろう。

「……別に要らないけど」

「*****」

 俺の言葉に、彼女は絶望したような顔をして屈み、追加の五円玉を持ち上げた。二十円である。

 流石に意味が分かった。これはお礼で、最初は十円。受け取らないから額が足らないのかもと思い、追加。そしてさっきの俺の言葉は、たまたま似た音があったのだろう、値を吊り上げる言葉に聞こえたらしく、更に五円で計二十円。

 五円が四枚で『よいご縁』という語呂合わせがあるのはお賽銭だったか。そういう意味なら良かったが、うぎぎと歯ぎしりしそうな顔をしている彼女を見ていれば、そうでないことは一目瞭然だ。要らないと伝えてやりたいが、そのまま伝えると値を吊り上げる事になりかねない。他の言葉を使おうにも、どれが地雷か分からないから難しい。

 言葉が通じるという事へのありがたさを再認識しながら、どうしたものかと二十円と少女を見る。

 少女の顔は、「え、まだ足りないの?」と言わんとする表情になっていた。多分、お金の価値も分かって居ないのだろう。この世界に来て間もないのかもしれない。

 兎に角、要らないということを伝えたい。幸い、動作は似ている。分からないときは首を傾げているし、表情から感情を読めるということは、感情と表情の関係性も限りなく同じ。そうふんで、困り顔──をしているつもりで、両の掌を相手に向け左右に振りつつ、首を振る。困るから要らないという気持ちを動作に全力で込める。

 結果としてその想いは届いたらしく、不思議そうな顔をしながらも頷いて、彼女は二十円を箱へと戻した。ボディランゲージ凄い。義務教育に取り入れた方がいいのではないだろうか。

 さて、次は自己紹介なわけだが……終わった。ボディランゲージとは無縁の生活を送ってきた自分には、自己紹介をジェスチャーでやり切る自信は無い。

 やはり神頼みするしかなさそうだった。合掌して、天を仰ぎ。

 意外なことに、その望みは秒で叶えられた。

「がっ⁉」

 側頭部に衝撃。倒れそうになるのを、蹈鞴を踏みながらも気合で耐える。

 側頭部にはもこもことした感触。掴んで引きはがして顔の前に持ってくれば。

「……またはぐれたの?」

 ふるふると首を振るパンダの装いの精霊。

 きんつばであった。

 




羝羊触藩:勇気だけで勢いよく突き進む人は、どうすることもできない状況に陥るということのたとえ。または、どうにもできない状況のたとえ。
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