角巻わため
大神ミオ
当たり障りのない名乗るだけの俺の自己紹介。面白みのないそれへの彼女の返しは。
「こんばんどどどー! 世界を旅する脱畜吟遊詩人羊! 角巻わためです! わためって呼んでね!」
だった。俺も何か新しい挨拶を開発した方がいいだろうか。こんこんきつねとかこんるしみたいなやつ。
「とりあえず人なのか羊なのかだけはっきりしてくれん?」
「羊です!」
「羊か」
「羊の獣人です!」
「大体分かった」
以上、言葉が通じるようになった直後のファーストコンタクトである。
お巡りさんに謝った時から、時間は少し経っている。俺は肩の上にきんつばを載せ、稼いだお金を肩から下げたポーチへ入れたわためと少し歩き、場所を駅前広場外れのベンチへと移していた。公衆トイレから少し離れたそこは、日当たりが余り良くないからか人が余り寄らず、内緒話にはうってつけだ。
会話問題については、きんつば大先生のスペシャルな魔法でどうにかなった。相手の話した言葉を自分が分かる言葉に変換する翻訳の魔法である。先日のきんつばやフレアさん、ノエルさんとの会話が成り立っていたのはこの魔法のおかげらしい。今も俺とわためはいつも通り喋っているのだが、先程までと違い、相手の喋っている事が分かる。
まあ、意味は分からないが。脱畜って何だろう。脱サラみたいな感じだろうか。
因みに、きんつばは迷子ではないらしい。フレアさんとノエルさんの買い物が長いからふらふらしてたら、帰り道が分からなくなっただけとの事。残念ながらおかゆによってアップデートされた俺理論だと、それは迷子なのだが、きんつばの迷子理論ではそうではないようなので、それを尊重する。
ただ一緒に探してやる必要はありそうなのでそれだけ約束し、今は一先ずわためである。
「わためはこの世界に来たばかりなのか?」
「この世界? てっきり、ここはアルメラント帝国の首都だと思ったんだけど」
「……?」
どこだろうか。世界の国名なんて母国とその他メジャーな国名を数個覚えている程度の俺には、全然ぴんと来ない。少なくとも、俺が今いる国の名前ではない事だけは確かなのだが。
困っている俺の髪がちょいちょいと引かれる。きんつばであった。
「どうした?」
尋ねられたきんつばが語るには。
「滅んだ?」
フレアさん達が探しているというドラゴン。そのブレスによって吹き飛んで大穴に変わった場所。そこが、わための言うアルメラント帝国の首都らしい。
「ええ⁉ 滅んじゃったの⁉」
驚くわため。どうやら知らなかったらしい。
「何か用事でもあったのか? 知り合いがいたとか?」
「……観光したかった」
「お、おう」
何ともないらしいので、何よりである。
「……じゃあ、此処何処?」
「……えっと」
かくかくしかじか。
「成程……大体わかった」
「なら良かった」
イントネーション的に、理解度としては分からんことが分かった、といった所だろう。最初の俺と同じである。
「帰りたいなら、このパンダの連れに言えば帰れると思うけど」
俺の肩の上で胸を張るきんつばを指さす。わための視線がきんつばの方を向き、それから首を横に振った。
「異世界に来る機会なんて無いから、観光したい。ここにきてから少しだけ見て回ったけど、楽しそうだし」
「そうだよな」
目に見えてうきうきしている。俺だって、仮に異世界に行って危険が無いなら、色々見て回りたい。自らを旅人と名乗ったのだから、わためも同じ口なのだろう。一番ネックだった言葉問題は解決して――はて。
「なあ、きんつば。お前さん、初めて会った時に俺に翻訳の魔法を使ったんだよな?」
俺の言葉に、きんつばは首を縦に振る。
「ならなんで、わための言葉、最初は分からなかったんだ?」
その問いへの答えは単純で、魔法の効果が永続ではなく、時間経過で無くなるから、との事。自分で自分にかけるのなら自動的に更新されるらしいが、人によってかけられたものは、時間が経てば薄れて消える。きんつばの翻訳魔法は、この世界換算だと大体三日程度で消えるらしい。これでも長いのだと、最後に自慢された。
「なら定期的にかけて貰わないといけないのか……わため、きんつば持ってく?」
「持ってく」
「⁉」
がっしりしがみつかれ、ブンブン首を振られる。冗談だから安心してくれ。
「あとは、もし観光するならお金の価値とか常識とか、色々覚えないと」
少なくとも謝礼を出すのに五円とか十円とかだと、人によっては怒りだしかねない。金勘定くらいは覚えないとだめだろう。
俺の言葉に、うぅとわためが顔をしかめる。
「……めんどくさーい」
「いや、そんなこと言われても。てか、向こうで旅していた頃もそうだったんじゃないのか?」
「私が旅してた辺りはお金共通だったし、お金が使えない農村とか硬貨の違う場所でも、物々交換とか演奏とかでどうにかなってた。常識については……空気読みって感じかな」
「おー」
なんかすごく旅してるって感じがするエピソードだ。空気読みはちょっとあれだが。
「旅好きなの?」
「旅って程の物でもないが。色々見て回るのは好きだよ」
「なら、君がわためと一緒に来てくれればいいんだよ。そうしたら、お金も常識も解決するし」
「残念。この辺は地元だし、俺には学校があるから無理」
「……つまり、宿代が浮くって事だね。それに教えて貰えるし」
「違うよ。なあ、違うって。違うから。ちーがーうー」
必死に声をかけているのだが、都合の悪い事は聞こえないようになっているらしい。先の見通しが付いたとばかりに、わためは嬉しそうにベンチを離れ、辺りをきょろきょろしながら広場を歩き出す。
このまま逃げ出してやろうかと思った矢先、わためが振り返り、「あれ何?」と何かを指さす。そちらを見る。赤い箱が置かれていた。
「自動販売機」
「販売? 何か売ってるの?」
「お金を入れてボタンを押すと、飲み物が出てくる」
「へー!」
ぱたぱたと走り寄って、ポーチを漁りだすわため。
ガサゴソ漁り、何かを取り出し、そこで止まる。
「……どうしたらいいの?」
「そのチャレンジ精神は認める」
近づき、自分の財布を取り出す。
「何が飲みたい?」
「普段飲めなさそうなやつがいいな」
「そっちにどんな飲み物があるかなんて知らんのだが……。甘いけど痛い奴でいい?」
「何それ面白そう! 飲みたい!」
「無理そうなら変わるから、言ってくれ」
というわけで、赤いパッケージがひときわ目の引く、炭酸飲料を購入する。
出てきたペットボトルをそのまま渡すか悩んだが、大惨事になることが容易に想像づいたので、キャップを外して渡す。
「冷たい……でも、これなんの容器? 薄くて透明で凄く軽い。高そう。でも安っぽいな」
渡されたペットボトルを、しげしげとわためが眺める。正直俺としては至極当然な当たり前の品であるから、その反応が新鮮で、本当に別の場所から来たのだなとそんな感想を抱く。
飲み口に口をつけ、わためは恐る恐る中身を少し、口にする。舌先を少し濡らす程度では、甘さを感じる位だろう。
実際わためもそうだったようで、少し首を傾げながら、もう一口。さっきよりも少し多めに――なんて慎重な真似をせず、一気に傾けて炭酸飲料を呷る。
「あ」
直後、目を白黒させたわためが、ペットボトルから口を離した。少しむせたのか、けほけほとせき込む。
「大丈夫か?」
「……な、なんか口の中でぱちぱちした」
「そりゃ、そういう飲み物だからな。一気飲みするもんじゃない」
「そうだね」
こくりと、今度は丁度いい量を飲む。
「結構好きかも」
「そりゃ良かった。はい、キャップ。今はいいやってなったら閉めてな」
「はーい。これも軽いや。それに凄く細かい。職人芸だね」
「大量生産品だけども」
「それにこの販売機も凄い。中にいる人大変じゃない?」
「中には誰もいないが」
本当に新鮮。それにいつも驚く側だから、驚かれる側である事の違和感が少し出てきた。
自分の分は無難にお茶を買う。少し飲んでからきんつばが飲みたそうにしていたので、そのままペットボトルを渡す。
そのままきんつばが満足いくまで暫し待ち。帰ってきたペットボトルのキャップを閉めて、鞄にしまう。隣ではわためも俺と同じようにキャップを閉めていた。ぎゅうぎゅうとしっかり閉めて、肩から下げたポーチへしまう。
「待って」
「何?」
「何でそのポーチに入るの? サイズ違くない?」
「え? うーん……そういうものだから? ほかにも着替えとか入ってるよ」
「……へぇ」
旅してるにしては随分小荷物だなと思っていたが。異世界ってすごい。あれがあれば買い物問題解決しそうだ。
「どうしたの?」
「いや、何でもない」
「ふーん……あ! あれなに⁉」
指さした先はバスターミナル。停車しているバスに興味を持ったらしい。
「すごーい。車輪がついてるって事は動くんだよね? でも馬が引いてる感じじゃないし、魔法で動いてるの?」
「ガソリンじゃないかな」
「ガソリンって?」
「燃料」
詳しい技術は知らないから、答えようがない。
見ている前で、数名が乗り込み。やがてバスが走り出す。
「乗合馬車みたいな感じなのかな? 私も乗れる?」
「お金払えば乗れるけど」
「乗る?」
「乗らない」
「えー」
ちぇーと言いながらも、一先ずの興味は薄れたようで、きょろきょろと辺りを見渡し始める。
そろそろフレアさんとノエルさんを探しに行きたいのだが、わための好奇心は留まるところを知らない。気持ちは分かるし無理強いしたくもないのだが、わために付き合っていたら多分このまま完全に日が暮れ、フレアさんとノエルさんを探せず、買い物に行けぬまま帰宅するしかなくなる。
「……わため」
「なーに?」
「すまない。用事があるから此処で失礼するわ」
「付いていくよ? 家の場所、分からないし」
「あ、はい」
本当に泊まるつもりらしい。まあ、移動をするという目的は果たせそうなので、それはいいのだが。
泊めるとなると、騙し騙しだったエンゲル係数問題が今度こそ勃発しそう。
「あ、ちゃんと家賃は入れるから安心してね」
「マジかよ。幾らでも滞在してくれ」
***
というわけで、移動開始である。
今回はきんつばも完全に道が分からないという事は無く、移動開始して暫くすれば、見覚えのある場所に出た。
距離的に大したことは無く、俺だけなら二十分程だろうかという距離ではあったが。
「あの赤い箱何? 自動販売機の親戚?」
「ポスト。手紙を届けてくれる」
「地面凄いね。一枚岩だ。さっきの場所は同じ形の石が何枚も敷き詰められてたし」
「地面はコンクリート。何枚もって言ったけど、タイル位ならあるだろ?」
「割れちゃうから地面に敷いたりしないよ。帝国首都みたいな格式高い街とかなら別だと思うけど。ここはこの国の首都なの?」
「いや、一地方都市だな」
「あんなでっかい建物あるのに? しかも全面ガラスだよね」
「そうだな。でも、あそこは別に位が高い人が居るとかではないが。働いてる人の詰め処」
「じゃあ、王様はどれだけ凄い建物に住んでるの?」
「そこまでは知らないけど、そもそも王制ではないな」
あれ何、これ何の質問からどんどん次の質問に派生していくものだから、中々先に進まない。
こっちがフレアさんやノエルさんを見つける前に、向こうがこちらを見つけそうだ。わための事はなんて説明しようか。野羊?
興奮冷めぬときょろきょろと歩くわための脇で、顎に手を当て悩む。
そんな折、ちょいちょいと髪を引かれた。視線をきんつばの方へとむける。
周囲には歩道を行く人達。わためが誰よりも視線を引いているから問題は無さそうだったが、それでも人目があるので声はかけづらい。分かって居るからか特に反応を見せることなく、きんつばは何かを示した。
顔を上げる。きんつばの示した先にあったのは、カーブミラー。俺やわための姿は見えるが、きんつばの姿は鏡に映っていない。それが見せたかったのかと思ったがそういうわけは無いらしい。
「……いつから?」
少し離れた処に、男が三人。両脇の二人は普通だが、中央の大男の人相は、余り良くない。見かけだけで判断するなら、悪人寄りの風貌だ。
俺の言葉にきんつばが答える。駅前を離れてすぐらしい。全然気づかなかった。
「知り合い?」
答えて曰く、三人の内二人は知らないが、中央の一人は逃げ出した無頼漢。ノエルさんの身内ではなく、部下の一人との事。
付けられているのは、果たして何故だろうか。身内の方は自称海賊らしいが、特にそれらしい真似はしないと聞いた。てっきり部下もそうなのかと思っていたが、違うのだろうか。……そもそも付けられている、という考えが違う可能性もある。
「わため」
「なにー?」
「ここ入ろう」
俺が指さしたのは、六階建てのテナントビル。昨今の不景気に負けず、全ての階が何かしらの店舗で埋まっている。
「入る!」
わーいと、駆け込むわためを追って、俺もビルへと入った。
一階にはアンテナショップの様な小さなテナントが幾つか。その中にある、携帯会社のショップに展示されたスマホに目を丸くしているわため。
「人が入ってる……訳じゃないよね。じゃあ、絵が動いてる? でもすっごく綺麗。遠見の魔法でもこんなに精彩に見えないよ」
「後で幾らでも見せてやるから、今は進んでくれ」
動きたくなさそうなわために申し訳なくなりながらも、強引に手を引いて進む。
数分と立たず、逆側の出入り口。そのまま建物を出て、曲がりながら建物の中を見れば、男達もビルの中に居て――目が合った。
流石に偶然じゃない。結論付け、わための手を取り、走り出す。
「何々⁉」
驚くわため。だが、数歩蹈鞴を踏んだのみで、その後はしっかりと走り出す。
背後の状況は、きんつばが教えてくれる。男三人、未だに追いかけてくるらしい。
きんつばの実況はしっかりとわためにも届いているようで、「わ、私また何かしたかなー?」と、緊張感の抜ける声でそう言っている。つまり、わためには心当たりがないらしい。そして、それは俺も変わらない。よもや総合格闘技やe-sports部が異世界進出しているはずもないだろう。
「撒ければ楽なんだが厳しいか」
「もっと速く走れるよ?」
「俺がこれ以上はきつい」
逃げ足を鍛えると決めたあの日の誓いは、未だに果たされていない。
直線ではいずれ追いつかれるだろうし、裏路地などを使い細かく曲がって撒くしかないか。
「きんつばはここまで来ればもう大丈夫? 大丈夫なら帰りな」
巻き込むわけにはいかないときんつばにそう告げるが、しがみついたままきんつばは首を横に振り。寧ろ、任せろと言わんばかりに自分の胸元を叩いた。そして、何故か人で言うこめかみに相当しそうな辺りに手を当てて、うなうなと何事かをしだした。
きんつばと出会ってから意味が分からないことは多かったが、悪かった事は無いので信じるとして。
「……タロ、頼む」
『ワン!』
一鳴き。その体を金色に輝かせたタロが、遠吠え。
数秒置いて、着信。スマホを取り出し中身を流し見て、返信する余裕は無いので仕舞い。指示に従う為に右折。
一瞬背後を窺えば、男三人は変わらず追いかけてきている。真ん中の大男は携帯でどこかと連絡を取っている様子だった。仲間を呼んでいるのだろうか。
走りながら周辺を見渡し、脳内地図から現在地を算出。それから都合の良さそうな場所を思い出す。
「こっち」
行先はホールの方だ。ホールがあり、そこに乗っかる形で徐々に発展をしているとはいえ、まだまだ人は少ない。
今日のホールの予定は覚えていないが、ホールに隣接する形で自然歩道もあるし、移動を続ければ多分人気のない場所は見つかるだろう。こういう時に人気のない場所に行くのは愚の骨頂ではあるが、呼んだ助っ人の指示で、人目が無い方がいいとの事だった。それに従う。
ああ、しかし。
「大丈夫?」
「……きつい」
スタミナはとうに切れ、根性で走っている状態だ。これ、逃げ切る前に捕まらないだろうか。
「いざとなったら、俺の事はおいて逃げてくれ」
「分かった。任せて」
「もうちょっと躊躇え」
別にいいけど。
「待て、貴様等!」
「む?」
「ん?」
背後から、声。走りながら、後ろの様子を窺えば、叫んでいるのは大男だった。待てと言われて待つなら警察はいらないというのは、さて、誰の言葉だったろう。
「何で追いかけてくるんですかー!」
わためが、そう返した。いい考えだ。誤解だったら、此処で解決出来れば、追いかけっこも終わりである。
「いいから、逃げるのを辞め、此方に来い! 獣人!」
「ひぃ!」
怒声が返ってきた。
「怖い人! 怖い人だよ、絶対! きっと奴隷商とかそういう人たちの仲間なんだよ!」
「奴隷商? 捕まえて売るつもりって事?」
「そう!」
「ふむ」
流石にこの世界に奴隷商という商売があるとは思えないが。異世界人のわためが言うなら、異世界には全員が認知する形で奴隷商という商売が成り立っているのだろう。
その関係者が向こうの目の届きにくい異世界で商品集め、というのは考えようによってはありえなくもなさそうではあるが。ちょっとピンとこない。合法ならそんな必要ないし、非合法なら、そもそも此方の世界に来れないし、持ち帰るのも一苦労で、労に見合うとは思えない。
ただ、一先ず会話は成立しない事は分かったので、逃げることに専念し、角を曲がる。
直線上に、ホールが見えてきた。根性も正直限界で、騙し騙し。
息を整える余裕は無い。気合を入れ地面を蹴ろうとし。そんな俺の脇を、わためが抜ける。
掴んでいた手は離れていて、代わりに手首をつかまれる。
「ファイト! 頑張って!」
グッっと引かれ、強引に走らされる。もつれそうになる足を、転ばない為に何度も前に動かした。
「いざとなったら置いてけって」
「まだいざとなってない! ていうか、本当に置いていくわけないでしょ!」
「お、おう」
正直置いていかれると思ってたと言ったら、流石に怒るだろうか。
苦笑いで誤魔化しながら、一歩踏み出す。その足に、不思議と力がこもった。
続けて一歩。その足も同様だ。
気づけば、体に僅かな余裕が出てきた。
何故かと思えば、肩の上にいるきんつばが、俺を応援するように、両の手を構えている。こめかみをぐにぐにする作業は終えたらしい。もしかして、体が軽くなったのはきんつばの魔法によるものだろうか。
後ろからは変わらず怒声。あんな大声を出しながら、良く走れると感心してしまう。
道路を渡り、ホールの敷地に入った。行事のポスターを張る掲示板に、今日の日付で書道のセミナーのポスターが張られている。まだ何かしているらしい。
「わため。左折してくれ」
「分かった!」
木々の間を通る自然歩道に入り、変わらず走る。背後を窺えば、男達も同じく歩道へ侵入するところであった。
時間帯のせいだろう。普段は散歩する人でもいそうなものだが、今は人気が無い。街灯もまばらなこの場所に、この時間に訪れようとはなかなか思わないのだろう。
まさに打ってつけのシチュエーション。後はある程度の広さがあればいいのだが。通り抜けを前提としたこの場所に、そういったスペースは望みにくい。
いい場所無いかなと思いながら走る俺と先導するわために、きんつばが止まれと声をかけた。
そう言われたものだから、思わず止まってしまう。
一度止まると、再度限界を覚えてしまい、膝に手をついてしまう。肩で息をする俺に、わためが「大丈夫?」と声をかけ。「ようやく観念しやがったか」という男の声が、耳に届いた。
顔を上げる。男三人が、ゆっくりとこちらに近づいてきている。よく見れば、左右の男は俺と同じく限界が近そうだ。しかし大男は余裕綽々と言った様子。異世界人って、誰も彼も体力お化けだったりするのだろうか。
わためを庇う様に立ちながら、観察する。やはり、両脇の二人は悪人という感じじゃない。比較的俺よりの、一般人風。肩で風を切って歩くタイプでもなさそうだ。戦力にはなりそうにない。
ただ、中央の男は違う。大柄の体は決して太っているというわけでは無く、その体が筋肉に覆われているのは目に見えて明らか。風貌も堅気には見えないし、雰囲気も一度見たミオ先輩の物に似ている。るしあと戦っている時の物だ。
「……改めて聞きますけど、何で追いかけられたのでしょうか。俺も彼女も覚えが無いのですが」
「黙れ怪しい奴め。大人しく、その獣人をこちらへ渡せ」
「怪しさなら、貴方達の方が怪しいんですけど!」
「……」
「ひぃ」
俺の後ろからわためが口出しして、一睨みの元に黙らされる。いい子だから、ちょっと静かにしていてほしい。
「俺は、彼女が迷子らしいので、知り合いの元に連れて行こうと思っていただけですけど」
「知り合い?」
「不知火フレアさんと白銀ノエルさん」
「……」
反応を見せる。きんつばの言っていた通り、かつて彼女達と一緒にいたらしい、無頼漢のようだ。
「どこでその名を調べた」
「いえ。単純に知り合いというか。俺の肩にフレアさんと一緒にいた妖精も乗ってるでしょ?」
「何の話だ」
「……」
視線を向けると、きんつば先生の解説が入る。
元より、妖精自身が姿を見せようと思った相手以外には基本的に妖精が見えることは無いらしく、無頼漢達に姿を見せた事は無いらしい。極稀に最初から妖精が見える者がいるようで、そういう目を妖精眼と称しているらしいが、それはともかく。
「え? わためもじゃあ最初からきんつば見えてたわけじゃないの?」
「そうだよ? 翻訳の魔法をかけて貰った時から見えるようになった」
「……俺、最初から見えてたけど?」
きんつば曰く、妖精眼を持っていると思ったらしい。それに、迷子で心細かったから、との事。可愛いから許す。
「ますます怪しい。原住民のように見えるが、それにしては私の世界の事を認知しすぎている」
ぬるりと、大男が動く。一歩踏み出せば、革ジャンに黒のズボンというこの世界に溶け込んだ装いが一転、紋章が入った赤い服に変わりだす。
錨の様な意匠。服の隙間には金属で編まれた物が覗き、一際目の引く両の腕には、元々太い彼の腕をもう一回り太くするほどの大きさの伴った、頑強さが見て取れるガントレット。殴られたら、死ぬかもしれない。
「貴様、何者だ」
「……」
通りすがりの善良な一般人でしかない。大男の雰囲気に呑まれたらしい両脇の男達のように腰を抜かしていないのは、慣れる機会があったからだ。それに後ろにいるわためにかなり強く服を握られているせいで、身動きがとりづらいからというのもある。
「と、とりあえず、一度フレアさんとかノエルさんと合流しませんか? そうしたら多分色々と解決するかと思うのですが」
「……分かった」
「あ、本当ですか?」
助かっただろうか。
「答える気が無いのなら仕方がないな」
前言撤回。そんなことなかった。
首を鳴らした大男が一歩踏み出す。それだけで、地面が揺れたような気がする。服を握るわための手にさらなる力がこもった。
「本当に一度でいいんで自分の事を信じてくれません? 怪しい事は重々承知するしかないんですけど本当にただの一般人でしてわための今後についての相談もかねて本当に今からフレアさんとノエルさんに会うつもりなんですけどって聞いてないですね分かりました!」
一歩目より二歩目、二歩目より三歩目。徐々に踏み出す速度が上がり、加速する。
頑張って説得しようと口を回したが、聞き入れてもらえない。
わためには後ろから更に強く服を引かれる。怖い事は分かるが、それをされると逃げるという選択肢がなくなり、いよいよ壁になるしかなくなる。
あと数歩。大男が拳を振りかぶる。痛いで済めばいいが、潰れたトマトのようになってしまう可能性も重々あるし、少なくとも間違いなく怪我はするだろう。
他の人が怪我する位なら、俺がそうなった方が精神的には楽だけど、やはり誰もそうはならない方がいいので――。
「お願いですから、怪我しないで下さいね」
「ぬぅ!」
黒に染まりだした夕闇の空から、黄玉の瞳を輝かせた黒狼が強襲する。
壱閃。爪による一撃に気づいた大男が、ガントレットで防ぐ。
弐閃。追撃の爪すら防いで見せた。
参閃。空中にて態勢を変えた黒狼の蹴撃を大男は体で受け、飛ばされる。
それが仕切り直そうと考えたからなのか、踏ん張れずにどうしようもなかったからなのかは、分からないが。
兎に角、俺達と大男の間に距離は開き。
黒狼は悠々と、そこに着地した。
「フブキに言われた通り、素直に助けを求めたのはいいけど、また、知らない子……しかも、人間じゃない子を連れてるのはどういう事なのかな?」
「まあ、色々ありまして。すみません、ミオ先輩」
「……契約内容を見直す必要がありそうだね」
「いや、まぁ……全く」
本当にその通りだと思う。俺がやらかす度にミオ先輩に出て来て貰うのは流石にどうなのか。
ただ今回については、俺の非は三割くらいだと思うし、正直どうしようもなかったので許してほしい所である。
ミオ先輩が、両手を地面につけた。るしあと戦っている時にも見た、四足による突撃姿勢。スカートでそんな姿勢を取られると、後ろにいる俺からは見てはいけないものが見えそうなので、視線を逸らす。視線を向けた先でわためがミオ先輩の方をガン見していたので、その目も隠す。
「一応確認するけど、知り合いでは無いんだよね?」
「はい」
「なら、前みたいに割り込んでこないでね」
「……善処します」
「大丈夫だから、安心しなさい」
直後、衝撃波に襲われる。転がらぬように耐え、それから視線を向ければ。
大男とミオ先輩の戦いが始まっていた。