紫咲シオン
「おしまーい」
側頭部への衝撃で、目を覚ました。
何事かと周囲を探ると、立ち上がったシオンと目が合い、事態を理解する。
「もうちょっと、優しく起こしてくれ」
「だって寒いし」
「年中快適って言ったの覚えてるからな」
「そうだ、消さなきゃ」
「待って」
右手に光が集まりだしたのを見て止めに入り。やがてどちらからともなく笑いだす。
ひとしきり笑い、満足して。そうだ、とシオン。
「ねえ、私お腹空いたんだけど」
「そういえば、俺も何も食べてないな」
そして、何か忘れている気がする。実はシオンに何か消されたのだろうか。
何だろうかと思いながら、ポケットを漁る。鍵が無い。
「そうだよ。俺、荷物無いじゃん」
「鍵、無くしたの? しょうがないなー」
わざとらしく間延びした声を出したシオンが、ドアノブへと手をかけた。僅かな発光。直後、ガチャリと音が鳴る。
シオンがノブを回し、扉を引けば、抵抗なく戸が開いた。
「……いやダメだろ」
「ここ以外で使うわけないでしょ」
「いや、そういう問題じゃ」
俺が二の句を継ぎきる前に、話は終わりだとばかりにシオンが家へと入り。
ばたん。ガチャリ。
「……」
インターホンを鳴らす。少しして、『はーい』と合成音声。
「開けてくれ」
『えー? でも、開けちゃダメなんでしょ?』
「そういうつもりで言ったわけでは」
『私、傷ついたなー』
このクソガキと出かかった言葉を飲み込む。
「……ごめん」
『ん-? 聞こえなーい』
「ごめん、なさい」
『……まあいいかな。それで?』
「開けて、ください」
『いいでしょう』
三度目の、ガチャリという音。開けられたドアを、閉じられる前に抑え、家の中に入る。
「そもそも私が居なかったら、家に入れなかったんだからね」
「それはそうだけど……他の場所で使うなよ」
「それくらい、分かってますー」
分かってることくらい分かってるけど、言わずにいられないことも分かってほしいものである。
俺が家に入り、鍵をかけている間に、シオンはぱたぱたと洗面所へ向かっていった。広さ的に二人並んで手洗いみたいなことは出来ないので、俺は先に自室に行き、制服からジャージへと着替える。
制服類をハンガーにかけ、シャツなどの洗い物を手に、洗面所へ向かおうとして。
「ね゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛!」
びっくりして、叫び声に足を止めた。
再起動に数秒。とりあえず声の主は分かって居るので、そのまま洗面所へ行き、洗濯機へ洗濯物を入れ、手を洗い、うがいをしてから、叫び声の大本に向かう。
「どうしたー?」
「普通に手を洗ってから来てる!」
ショックを受けた反応を見せるシオン。緊急性が無いことは分かって居るから、仕方がない。
「とりあえず、冷蔵庫閉めて」
「あ、うん」
開けたままであった、冷蔵庫の戸が閉められる。
それを確認してから、時計を見上げる。かなり遅い時間だ。日付も跨いでる。
とりあえずミオ先輩には無事の報告をしたいのだが、スマホは無くされたようなので、連絡手段が無い。報告しようと思うと直接向かわなくてはならない。
だが、流石にこの時間だと迷惑だろうか。少し悩む。
「ねえ、ちょっと!」
「うん?」
声を掛けられ、意識を戻す。ぷりぷりと、怒った顔のシオン。
「冷蔵庫、空なんだけど! お腹空いた!」
「……ああ。昨日食べきってな。味噌と白米はあるから、米は炊いて、後は具無し味噌汁でも作ってくれ」
「惨め」
「直球過ぎない?」
というか、買い物する予定だったのに、出来なかったんだから、仕方がない。
「ねー、コンビニ行こ?」
「コンビニかー」
正直、空腹具合はかなり高いので、全然ありではあるのだが。財布を無くしたので、所持金が乏しい。
もしキャッシュカードの再発行が必要で、未成年の俺ではできず、お金も下せないとかなった時の事を考えると、なるべく使いたく無い所だ。
というか、スマホを止めたりとかした方がいいだろうか。誰かに拾われて勝手に使われたりするのも困る。連絡手段ないけど。
「ほら、早く。置いてっちゃうよ」
「えー」
三角帽を被ったシオンが、リビングの出入り口で手招きしている。
置いていかれるのは嫌なので、食器棚にしまってある別の財布を取り出した。使い過ぎぬよう、二千円だけ抜き取りポケットにしまう。
「はーやーくー」
「ああ」
歩き出し直後に、シオンがリビングの電気を消した。カーテンも閉め切っているから、真っ暗だ。
そんな室内を特に気にせず歩き、シオンに追いつき、額に手刀。
「危ないだろうが」
「あ、うん」
てっきり叩かれたことを怒るかと思いきや、シオンは額を摩ると、帽子の鍔を掴み、深くかぶり直す。
「早く行こ」
「ああ」
妙な反応に戸惑いながら、歩き出すシオンの後を追う。靴を履き、玄関を抜けて。
「……あ、すまん、シオン。鍵忘れた。取ってくる」
「別にいいでしょ」
俺が聞き返すよりも早く、シオンが再び魔法を使い、鍵をかけた。
それから、わざとらしく顔を上げ、俺を見る。いつもの顔。にやりと、意地の悪そうな笑顔だ。
「閉めない方が良かった?」
「いや、まあ、いいか」
久しく使っていない合鍵の場所が曖昧だ。探すのに手間取って、あまり遅くなるのも望むところではない。
合鍵係はシオンに任せる事にして、並びコンビニに向かって歩き出す。
「そうだ、シオン。俺、別に寄りたい場所があるから、シオンはコンビニで買い物終わったら、先に戻っててくれ」
「こんな時間に? どこ行くの?」
「知り合いの所。大丈夫でしたって報告しないと」
「……それって、さっき変な場所に居た事と関係ある?」
予想外の言葉に、思わずシオンの方を見れば、此方を見上げる彼女と目が合った。
口が滑ったと思いながら、何とか誤魔化す言葉を探す。しかし、気にしないでくれと言うには、どうにもシオンの様子がおかしい。手刀の当たり所が悪かったのだろうか。
最近体の調子はすこぶるいいが、特に筋力が上がったとかそういう事は無いのだけど。
「ていうか、なんであそこに居たんだ? シオン」
「魔界から家に戻ったら留守だったから、千里眼で探して追いかけたの。そしたら、何か山小屋でおばさんといちゃついてた」
「そんなつもりは毛頭無いが、お願いだからその事は誰にも言わないでくれ」
正直かなり肩の力が抜けたことについては、否定しないし出来ないのだが。
ていうか、千里眼って何の事だろう。怖いんだけど。
「それで? 何でこんな時間にあんな場所に居たの?」
「あー……親戚の、家?」
「そんなわけないでしょ。あの人の左目に変な魔力の気配があった。この世界にも魔界にもない変な魔力。知り合いだったらあれだけど、正直近づかない方がいいと思う」
「……ソウダネ」
「知ってたでしょ、その反応!」
がっしり胸倉を掴まれて、がくんがくんと前後に振られる。ぱっと見とは裏腹のパワーに、抵抗できない。
いや、左目の魔力云々については、本当に知らなかったのだけども。
「たんまたんま」
「一体何があったの⁉ あのおばさんだけじゃない。確認したら影も何かに繋がってるし、魔力が目の周辺だけじゃなくて体の方からも感じるし総量が増えてる。また魔法薬使ったみたいに」
「うぐ」
ここ一か月の出来事が一気に頭をよぎる。
「教えて。何があったの」
「……色々」
存外目ざとい。いや、天才故なのだろうか。再会してそう経ってないのに、そこまで分かる物なのか。
「一か月分の話になるから、後でゆっくり話すよ。コンビニ着くまでに終わらないだろうし」
「絶対だからね」
「分かってるって」
流石にここまで言われて、話さないつもりはない。正直、色々な事をシオンにどう話そうか悩んでいたから、何なら渡りに船だ。どんな反応をされるかは、想像つかないが。
怒られるという事は無いだろう。笑われるだろうか。当事者的には喉元過ぎれば熱さを忘れている状態だから、すっかり笑い話になりつつある。
そんなことを考えていたから、足を止めたシオンへの反応が遅れた。
数歩進んだあたりで、足を止めて振り返る。街灯と街灯の間にある暗がりの中、シオンが俺をまっすぐ見ているのが見える。
「シオン? どうした?」
「……一つだけ先に聞かせて」
「今って事?」
「うん」
そう言ったシオンが、一度目を閉じ、深呼吸する。
なんとなく、聞きたいことは分かって居た。分かって居たが、シオンの言葉を待つ。
やがて、気持ちを落ち着けたらしい、シオンが、静かに目を開き、口を開いた。
「私の事、怒ってる?」
それは、果たして想像通りの物であった。その言葉に、彼女の成果を察する。
「見つからなかった? 俺の目を元に戻す方法」
「――ッ。どうしてっ」
「ちょこ先が、シオンは調べ物に魔界に帰ってるって言ってたから、てっきり俺の目の事を調べに行ったのかなって思ってたんだけど」
「そっちじゃなくて! どうして何も見つからなかったって分かったの?」
正解だったらしい。
「元気なかったし。それに、もし見つけたならドヤ顔で自慢してくると思って」
失礼かもしれないが。まあ、こればかりは日頃の行いである。
「だから、ダメだったんだろうなって」
「……」
歯噛みしたシオンが俯く。その拳が、強く握られるのが、見て取れる。
天才のプライドが傷つけられたからか、無力な自分を呪っているのか、その両方か、それ以外か。
「……前に、ちょこ先生から、聞いた」
「うん」
「私の事、怒ってないって。寧ろ、心配かけて申し訳ないって」
「そうだね」
確かに言った。
「でも、今は違うんじゃないの。少なくとも、普通に生活してれば、そんな風にならないでしょ」
「……まぁね」
少なくとも、今までの、この目になる前のような生活していれば、影から骸骨が出ることも無ければ、ざっくり切られることも多分無く、今日拉致されることも無かっただろう。
「余計な事しやがってって。お前のせいでって。そんな事、本当は思ってるんじゃないの?」
質問口調ではあるが、何処か確信した様子の口ぶり。
「ねぇ、答えて」
まっすぐに向けられるその目に、溜息を漏らし。
「安心してくれ。ちゃんと、怒ってるから」
そう返した。
文章の構成はどちらがいいですか
-
全部詰める(全話までのやり方)
-
地文と会話文の間に改行を入れる(今回)