紫咲シオン
大神ミオ
予想通りだったのか、逆に意外過ぎて声が出なかったのか。俺の言葉に、シオンは多少呆けた様子を見せたが、大きな反応を見せなかった。
そんなシオンに、笑みを向ける。
「怒ってないって、言われると思った?」
「あ、いや……」
その反応を見るに、多少はそんな考え──期待はあったらしい。
呆けた様子を見せたシオンは、キュッっと唇を噛み締める。
「……そう、だよね。それなのに、私は……」
シオンが項垂れる。帽子の鍔に隠れ、表情が見えなくなった。
「魔界で、沢山調べてきた。沢山本を読んで、研究者から話も聞いて」
「ああ」
「ただ、何も分からなかった。そもそも公式に魔法薬を只の人間に使ったっていうデータが無かった。研究者は口をそろえて、アンタを魔界に連れてこいの一点張り」
「行ったら治るのか?」
「……魔界で初めての事象だから。前例が無いから、色々と調べたいんじゃない?」
モルモットという事だろうか。流石にそれは御免被りたい。
「ごめんなさい」
トレードマークの三角帽が滑り落ちるほどに深く、シオンが頭を下げる。
「私のせいで、アンタの人生、滅茶苦茶にしちゃった」
「……」
近づきながら、考える。
シオンの言う、自分のせいでというのは、何処の事を指しているのだろう。
俺に、目薬を使った事か。
それとも、別の事を指しているのか。
シオンの前に落ちた三角帽を拾いながら、尋ねる事にした。
「なぁ、シオン」
「……はい」
「それって、俺に目薬を使った事と別の事のどっちを後悔してるんだ?」
「え?」
帽子の埃を落としていると、顔を上げたシオンと目が合った。
酷い顔してると思いながら、埃を払った帽子を、自分で被る。
「似合う?」
「全然」
「……」
そっと帽子を外し、シオンに被せる。
「それで、どっち? 一応言うけど、俺の家に上がり込んだ事って言ったら、怒るからな」
「っ⁉」
シオンが息をのむ。その反応が、答えだった。言い分を聞くべく、シオンの次の言葉を待つ。
やがて、徐にシオンの口が動いた。
「正直、私はアンタと会わなければ良かったとか。家に居候なんてしなければ良かったって、そう思ってる。そうすれば、アンタがこの世界の理外に触れることも無かったし」
「……そうか」
自然にため息が漏れた。
「元々、滅茶苦茶怒ってる訳じゃなかった。けど、怒っていない訳でもなかった。真ん中位」
「うん」
「でも、今の一言で怒ってる側になったぞ」
「ええ⁉」
言ったろうに。上がりこんだ事って言ったら怒るって。
シオンは、俺から予想以上の怒気を感じたらしい少し慌てだした。
「で、でも、実際にそうでしょ?」
「……」
否定は出来ない。思っていない訳では無い。
「この目になって、調子はいいんだ。眼鏡とかコンタクトとかしなくて良くなったし、夜目が効くようになって、暗闇の中でも問題なく活動出来るし。暗くても明るくても直ぐに調整されて、目が眩むって事も無い」
「そうだったね」
さっきのリビングの光景を思い出したのだろう。僅かに顔が曇る。
「見えなかったものが見えるようになって、そのおかげでこの前は迷子の精霊を助けられた。いい事も、もちろんあった」
俺の二の句を、シオンが待つ。その姿を見て、俺は躊躇うことなく告げた。
「大変な目にもあったし、なにより秘密を暴いて嫌な思いをさせた人がいた」
るしあやフブキ部長の秘密。シオンの言った理外。俺が本来触れる筈の無かったそれに触れて、るしあは怖がらせ、フブキ部長には恥ずかしい思いをさせてしまった。
「見えるって事を理解していなかった俺の不注意が大きな原因だけど、そもそもシオンが俺に目薬を使わなければって思わなかったと言えば、嘘になる」
「……うん」
シオンは沈んだ表情を浮かべる。聞いてきたのは彼女だから、我慢して聞いて貰う。
「でも、このことは別に怒ってないんだ。シオンは俺の事を心配してくれた結果だって、分かってるから。シオンが目薬を使ってしまった事を後悔しているっていうなら、気にしないでだけで済ませるつもりだったんだけど」
「で、でも」とシオンが食い下がる。
「それを言ったら、最初から私に会わなければ良かっただけじゃん。そうじゃなくても、家に上がり込んで一緒に暮らしたりしなければ良かった。そうしたら──「違う」──え?」
「お前が気にしてる所は、俺は気にしてない。魔界の目薬を人間に使うって事について考えなかった事について思う所はあるけど、お前と一緒に暮らさなければ良かったなんて、思ったことはない」
「えっと……」
分からないという顔をする、シオンへ告げる。
「会った事を後悔されると、俺はお前に、一緒に暮らしてた時間を否定されたみたいで嫌なんだよ」
この言葉に、シオンは目を丸くした。
「数カ月程度だけど、俺はシオンと一緒に暮らしてて楽しかった。家に帰ったらおかえりって言ってくれる事は嬉しかった。料理は気まぐれで食べたいものを作る程度だったのに、ちゃんとメニュー考えたり、作った料理に感想を言って貰える事は新鮮だった。楽しかったんだよ、シオンと一緒に暮らすの」
「──っ」
「だから、会わなきゃよかったなんて言ってほしくなかったし、魔界に戻るなら一言挨拶して欲しかった」
「あ」
その言葉で、漸く俺の言葉の真意を悟ったらしい。
「シオン。俺は別に、この目にされた事を怒ってない。余計な事しやがってとかお前のせいでって思ってるんじゃないかって言ってたけど、そんな事は無い。ただ俺は、挨拶無しにいきなり居なくなった事は、理屈抜きに怒ってる」
「……ね、寝てたし」
「手紙とか、ちょこ先に言伝を頼む事も出来たよな?」
「……」
すぅっと視線を逸らしたシオンが、モジモジと体をくねらせた。
何かを言おうとして、失敗してを繰り返し、モゴモゴと口を動かす。
照れているのだろうか。ちょっと意外。だとすると、この言葉は追い打ちになるだろうか。
でも、欲しかった言葉はシオンからは出てきそうにないので、自分から言うしかなさそうだった。
「シオン」
「何? ……ねえ。ちょっと?」
言葉を口にしようとする、正にその時。視界を何かに覆われた。
茶色のもふもふ。ただ、モフみを感じることなく、しかも半透明。
「タロ?」
『わん!』
顔から降りるモフモフを、思わず受け止める。
腕の中に居たのはやはりタロ。そういえば、山小屋で目が覚めた時から居なかった。
その動きに疑問を覚えたのか、シオンは首を傾げる。
「ん? うーん……なに、その犬の霊?」
「俺の守護霊……え? 見えるの?」
以前のちょこ先の説明的に、シオンは死霊術を使えない筈だったが。
「まあね。私天才だから」
「へぇー」
「もっと驚きなさいよ……いや、何でアンタ見えてるの?」
「天才だから」
「いやいやいや」
軽い反応を見せた俺と違い、シオンは素直に驚いているらしい。反応が面白いので、一先ずそのままにしておく事にして。
タロが居るならもしかしてと周囲を見渡せば、思った通り、黒い人影。
振り返ると、さっきまで俺が立っていた街頭に照らされたその場所に、その人影は降り立った。
「ご心配、お掛けしました。ミオ先輩」
「……とりあえず、無事そうだね」
そう言いながら、ミオ先輩が近づいてくる。
顔を両手で持たれ左右に揺らされる。まじまじと観察され、匂いも嗅がれた。
「変な匂いはアイツらの匂いとして、血の匂いはしないね。良かった」
「すみません、報告したかったんですけど」
「分かってる。スマホ無かったもんね。君の荷物は私が拾って預かってるから、安心して」
「ありがとうございます」
弁償してもらう必要は無くなった。一安心である。
「でも、本当に良かった。匂いで追えないし、タロちゃんも一緒に居なかったから」
「運に恵まれまして」
後ろに立つシオンの方に視線を向けると、ミオ先輩の視線もそちらへ向いた。
「その子は──ああ。君の家に居候してた子か。魔法使いなんだっけ?」
「そうですね」
「……え? 今どこから出て来たの? 何で私が居候してた事を知ってるの? 魔法使いって事も知ってるし……消さなきゃ」
「どうどう」
思考が追いついたらしいシオンの右手に光が集まりだしたのを見て、落ち着かせる。
ミオ先輩は勘が働いたらしく、シオンが何かし出した辺りで既に距離を取っていた。流石であった。
「なんか物騒な気配なんだけど」
「ちょっと記憶消そうとしてるだけなんで」
「ちょっとで済ませていいレベルじゃないんじゃないかなぁ⁉」
「左手が無いだけマシですよ」
「……どういう意味? いや、いいや。知りたくない」
再び危険な匂いを感じ取ったらしく、ブンブンと首を横に振るミオ先輩。賢明であった。
話を蒸し返す理由も無いので、聞きたい内容へとシフトする。
「因みに、フレアさんとかは?」
「ああ。異世界の人達とは別行動中。後でフブキの家で合流する予定なんだけど……来れそう? 疲れてない?」
「大丈夫です。元々お邪魔する予定でした」
「そっか。フブキも心配してたし、安心させてあげてね」
「分かりました」
頷いて返すと、ミオ先輩も満足げに笑顔を浮かべた。
「でも先にコンビニ寄ってもいいですか? お腹空いちゃったので」
「家に帰れば、多少の食べ物はあるよ?」
「彼女の分もあるので」
シオンを示せば、ミオ先輩は納得した様子を見せた。
「じゃあ、私は先に戻って、フブキを安心させてくるよ。なるべく早く来てあげてね」
「はい」
頷き返す俺を確認すると、ミオ先輩はぴょんと跳んで、宵闇に消えていく。
その背を見送ってから、シオンへと視線を移した。
「行くか?」
「良かったの? 一緒に行かなくて」
「だって大事な話の途中だったろ」
「……そうだね」
とはいえ、話自体は殆ど終わっているから。
「俺からはもう一言だけしかないんだ」
「何?」
「おかえり、シオン」
「うっ」
まだ言っていなかったその言葉を届ける。
シオンは、少しだけ怒りをみせ、何か文句を言おうとしたのか、パクパクと声にならない声を出して。
やがて観念したように、溜息を伴った諦めの表情をちらつかせ。
「ただいまっ!」
最後はいつものクソガキ笑顔を浮かべた彼女は、気のせいでなければ嬉しそうだった。
いつも読んでいただきありがとうございます。最終回のようですがまだ続きます。
……って、20話のタイミングで挨拶しようと思っていたら、今回21話でした。
自分のwordファイルだとナンバリング19なんですけど。不思議。
文章の構成はどちらがいいですか
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全部詰める(全話までのやり方)
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地文と会話文の間に改行を入れる(今回)