赤井はあと
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例えば誰かに、ホロ学園の有名人を三人上げて? と聞いたとする。
上がる確率が高いのは、集会などで壇上に上がる生徒会長の百鬼や、放送ジャックの常習犯である桐生会筆頭の桐生先輩。
次点で、生徒会の天音先輩や保健教諭のちょこ先、陽キャ筆頭の大空やチア部の夏色先輩辺り。
ただ、今上げたメンバーが争うのは三人の枠の内二枠のみで、残り一枠はほぼ固定。
彼女は、周辺にある学校中在校生数二位の学校に対し、トリプルスコアをつける生徒数を誇るホロ学園において、9割を超える生徒に名前だけは聞いた事があると言わしめた生徒……いや、生徒かどうかも怪しい人物。
その名を、はあちゃまと言う。
***
下校途中、病院での診察帰りに、見知った背中を見つけた。
「赤井」
「あら、先輩。こんるーじゅ」
「こんるーじゅ」
制服を身に纏った彼女は、クォーターらしい碧眼に腰程まで伸びる金髪。金髪を彩るのは、彼女のイメージにあった赤いハートの髪飾りやリボン。名前を赤井はあと。るしあの同級生である。
「珍しい所で会ったわね」
「ちょっと病院にな。赤井は部活帰り?」
「違うわ。材料が無くなっちゃったから買い出し」
「買い出し?」
赤井の部活は、調理部だ。
そこで使われている食材は、調理部の顧問がメニューを決め、それに合わせて部費の中から購入しているはずである。ソースは顧問。生徒会経由で調理部の使い走りをさせられた時、直接聞いた。
だから、いまいち赤井の発言がぴんと来なかった。
「調理部で使うなら、纏めて買ってるんじゃないのか?」
「……ああ。そうじゃなくて、これは私の個人的な買い物」
「あ、成程」
勘違いしていたらしい。制服だから、つい学校関係の買い物だと思ってしまった。
そういえば、赤井も一人暮らしだった筈だから、日用品や食材の買い物は普通にあり得る。
「そうだ、先輩、明日暇? 暇だったら、放課後に付き合ってくれない?」
「明日?」
思い返すが、特に予定はない。やる事と言えば、同居人に食事を作るぐらいのものだ。
同居人の顔と冷蔵庫の中身を思い出し、問題無いかと結論付ける。朝食のついでに作っておけばいいだけだし、そうでなくても作り置きは何品かあるから温めれば食べられる。そもそもやらないだけで、別に同居人も料理が出来ないわけでは無い。
「いいぞ、別に」
「ありがと」
笑顔を向ける赤井へ、笑って返した。
***
翌日の放課後。赤井に呼び出された先は、調理部の部室や図書館などではなく、教室であった。
特定のクラスが使うわけでは無く、段階別授業や選択授業、補習とかで使われるような教室。使われる予定がなければ、放課後に誰かが近寄ることも無い、半空き教室の様な場所だ。
この時点で、何となく展開は予想出来たのだが、呼ばれた以上は行くしかない。
一つ階を降り、渡り廊下を渡って。二つ階を登り、右方向へ曲がった先の一番奥の教室。
念の為数度のノックをするが、返事はない。まだ来ていないのだろうか。SHRが長引いているのかもしれない。
中で待とうと、教室に入った。軽く教室内を見渡すが、やはり呼び出した張本人はいない。
振り返り、戸を閉め、教室内へと向き直る。バッっと飛び出してきた赤い影と目が合った。
「はあっちゃまっちゃま~」
「……はあっちゃまっちゃまー」
両手を上げ挨拶してくる彼女に、片手で返す。
きれいな金髪は何処に出しても恥ずかしくないツインテールに結ばれ、ツインテールの中にはハートのアクセサリーが散りばめられている。碧眼の片方は、眼帯によって隠されていた。
これで下が制服ならアンバランスさに風邪をひきそうなものだが、下の服もゴリゴリのゴスロリでその心配も無い。此処が学校の教室であるというシチュエーション以外は、何の問題も無かった。
「久しぶりね、先輩」
「そうだな。数週間ぶりか。久しぶり、はあちゃま」
はあちゃまである。
時折学園に出没し、不祥事を起こしたり起こさなかったりしている、謎の人物。桐生会との関係も疑われているが、真相は闇の中。
顔は赤井と瓜二つなのだが、はあちゃまを赤井と呼ぶと「赤井……?」と目を剥いて威嚇、赤井にはあちゃまの事を聞くと「はあちゃま……?」と目を剥いて威嚇と全く同じ反応を見せてくるが、多分無関係。赤井に呼び出された先でのバッティングが多いが、そうでないときもあるので、これも多分気のせいだろう。
「所ではあちゃま。俺、赤井に呼び出されたんだけど、知らん?」
「はあとちゃんならいないわ」
「マジかよ」
まだSHR中なんだろうか。それか誰かに何か頼まれたのか。スマホを見るが、特に赤井からの連絡はない。
「私は先輩が来るって言うから待ってたの。感謝してよね」
「そうなのか」
とはいえ、呼び出した本人が居ないのなら、仕方がない。
「赤井が来るまで少し待つか。はあちゃまはどうする?」
「そうね」
俺の言葉に、はあちゃまが腕を組んだ。分かりやすく、悩む動作を挟み、
「久しぶりに会ったんだから、もっとお話しましょう? そうだ、勉強とか教えてよ」
と、そう言った。
「勉強?」
「こっちこっち」
ぐいぐいと手を引かれ、そのまま席に座らされた。
準備しておきましたとばかりに、二つ繋げられた机。その上にはノートと問題集が広げられている。
俺を座らせたはあちゃまが、対面の席へ腰を下ろした。
「さあ!」
「いや、さあって言われても」
広げられた問題集に目を落とす。
去年解いた記憶のある問題だ。解けと言われれば解ける。だが、説明しろと言われると難しい。解答と解説では、必要な技術も習熟のレベルも違うのだ。学年順位が真ん中から数えた方が早い俺を舐めないでいただきたい。
戸惑う俺を見て、はあちゃまがにやにやと笑う。
「先輩、まさか解けないんですかぁ?」
「説けないだけだが」
「やっぱり解けないんじゃない」
「違う。解けないんじゃなくて説けないの」
「解けないんでしょ?」
「説けないんだよ」
「……?」
はあちゃまが疑問符を浮かべたので、説くことにした。
「その問題の答えも示せるし、必要な途中式だって書けるけど、それを分かりやすく説明出来るほど理解してるわけじゃないから、教えるのは難しい」
「あー……そっちね。うん、まあ最初っから分かってたんだけど。分かってて乗ってあげてたの。分かる?」
「分かったから自分でやりな」
「……教科書見ながらやるから、それでも詰まったら教えてよね」
「それくらいなら多分出来ると思う」
そう答えると、満足げに笑うはあちゃまが、鞄の中から教科書を取り出した。開きながら机に置き、問題集とノートと合わせて交互に見ながら、問題を解き始める。それを見て、俺も勉強しようと鞄からノートと教科書を取り出した。
お話ししましょうから始まったはずだが、特に会話らしい会話も無く。黙々と、こなす事暫し。
「飽きたー」
はあちゃまが音を上げた。
「飽きた?」
「うん」
「お菓子食べる?」
鞄の中から消費期限ぎりぎりで安くなってた最中の詰め合わせを取り出して机に置く。それはそのままはあちゃまに持っていかれ、開封される。
「お菓子あるなら、早く出してよね」
「えぇ……ごめん」
食べられたのは俺の方なのだが。
ぱくぱくと食べ進めるはあちゃま。飲み物でも出してやろうかと、鞄から魔法瓶を取り出し、中身をカップへそそぐと、緑茶の香りがあふれた。魔法瓶とはいえ冷める前提だったから、最初から水出しである。
カップを差し出せばそれもひょいと持っていかれた。少々すすり満足げに一息ついて、再び最中。
よう食べるなと思いながら、最中を一つ手に取った。包装を取り、一口。疲れた頭と体に、甘みが広がる。
もう一息、頑張れそうだ。
***
ぴぴぴという電子音に、ハッっとした。
音源を探ると、俺のスマホ。取り出して時間を確認すると、思ったよりも時間が経っている。そのままタプタプと操作すると、メッセンジャーアプリにシオンから怒りのメッセージが入っていた。
先食べてていいよとだけ返して、マナーモードにして鞄にしまう。
視線を上げれば、食べきられた最中の箱と包装紙が先ず目に入り、そこから更に上げていけば、自分の腕を枕に眠るはあちゃまの姿。お腹いっぱいになって満足したのだろうか。
日も暮れかけで、教室内はすっかり暗い。目が良くなったから問題なく見えるせいで、明暗による時間感覚が無くなったのは、ちょっと問題かもしれない。
席を立ち、凝り固まった体をほぐしながら歩く。机の間を抜け、壁のスイッチを押した。
抵抗なくスイッチは押され、教室に電気が灯る。明るくなったことが分かったのか、はあちゃまがもそもそと動き出した。
「はあちゃま。いい時間だし、帰ろう」
声をかける。声につられるように、更に身じろぎし。やがてゆっくりと体が起き上がった。
目をこすり、ぼんやり周囲を見渡して。はあちゃまの顔が俺の方を向いた。
「……おはよ、先輩」
「おはよう」
本日二度目の挨拶である。俺と同じく伸びをした後、はあちゃまが壁時計を確認する。
「もう夜じゃん」
「確かに」
実際完全下校時刻間際だ。学校に残っているのは熱心な部活動の部員位なものだろう。
誰かに見つかると面倒なので、そそくさと広げていた教科書やノートを鞄へしまっているはあちゃまに倣い、俺も教科書やノートを鞄へしまいながら、尋ねた。
「今日はどうする?」
「先輩は先に帰って。私はやる事があるから」
「そうか。分かった」
学校ではあちゃまと会った時は、基本的に一緒に帰るという事は無い。大体俺が先に帰らされる。
いつもの事なので、俺は教室を出ようと扉へ手をかけた。
「次はちゃんとお話ししましょう?」
「ああ。なんならまた家に来てくれてもいいぞ」
「考えとくわね」
振り返り、ひらひらと手を振るはあちゃまへ手を振り返してから、俺は廊下へ出ると扉を閉めた。
鞄を肩にかけ、昇降口へ向かうべく、階段を下り、渡り廊下を超える。
時間にして五分かかることなく、昇降口へ着いた。靴を履き替えようと、自分の下駄箱を目指そうとすると、横から声。
「先輩」
顔を向ける。
昨日と同じ髪型に、学校指定の制服を着た、赤井が居た。
「お疲れ、赤井」
「お疲れ様。私が呼んだのに、行けなくてごめんね?」
「別に。勉強してたから。今帰りか? なら一緒に帰ろう」
「ええ、いいわよ。私と帰れることを光栄に思ってよね」
「ああ」
一旦別れ、自身の下駄箱へ向かう赤井を見送る。
「……相変わらず」
その先の言葉は、口にせず飲み込んで。俺も靴を履き替える為に下駄箱を目指す。その最中、ふと、窓から外を見た。
窓の外は中庭で、その向こうにさっきまでいた校舎が見える。
視線を上げていき、さっきまでいた教室の窓を見た。
電気はすでに消えているが、確かにその向こうには人影が──。
「先輩! 何してんのよ!」
声を掛けられ、そちらを向く。
既に靴を履き替えた赤井が、戸口からこちらを見ていた。
「すまん、今行く」
返しながら、もう一度さっきと同じ窓へと目を向け、赤井の方へと視線を戻した。
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