角巻わため
紫咲シオン
潤羽るしあ
「というわけで、今日から此処に住むわためです」
「角巻わためです! よろしくお願いします」
「……?」
るしあへの誤送信から暫くして。
帰宅した俺は、リビングにて、シオンにわためを紹介する。俺に挨拶した時のどどどーって奴は使わないのだろうか。
暫く不思議そうに首を傾げていたシオンは、「ねえ」と口を開く。
「その子、異世界出身なんだっけ?」
「ああ」
「アンタは通じてるみたいだけど、その子が使ってる言葉って、この世界の言葉?」
「違うぞ。俺は、翻訳魔法をかけて貰ってるから意味は分かるけど」
「あー、成程」
シオンがソファーから浮き上がる。
ギョッっとするわためをよそに、ふわふわとそのまま近づいてきたシオンが、俺の頭に触れてきた。
シオンの手が発光し、フレアさんに翻訳魔法をかけられた時と同じ、何かが入ってくるような感覚。僅かな気持ち悪さに頭を振れば、動くなとばかりに両手で掴まれる。
「……オッケー」
「もういい?」
「大丈夫」
暫くして、手が離れた。
元々座っていた場所に戻ったシオンが、トントンと数度自分のこめかみを叩いた。
「もう一回喋って」
「え? えっと、角巻わためです」
「うーん……」
トントン。
「もう一回」
「また? 角巻わためって言います」
「ちょっと違うか」
トントン。
「もう一回」
「もー! こんばんどどどー! 世界を旅する脱畜吟遊詩人羊! 角巻わためです! わためって呼んでね!」
「……あ、どうも。紫咲シオンっていいます。よろしく、わため」
話は終わりだとばかりに、シオンがソファーへ戻っていく。こちらに視線を向けたわためが、シオンを指さしてプルプル震えている。落ち着け。
「何してたんだ?」
「私にかけてる翻訳魔法の調整してたの。その子の言語、魔界の記録に無かったから」
「……へー」
良く分からない。
翻訳魔法にもバリエーションがあるのだろうか。まあ、世界が違うなら、種類はありそうだけど。
詳しく聞こうと思ったところで、ぴんぽーんとチャイムが鳴った。
壁に着いたモニターを見れば、どくろの着いた緑のお団子が覗いている。
「ちょっと待ってて」
『了解なのです』
マイクのボタンを押しながら声をかければ、るしあからの返事。
ちょっと待っててと、わために告げて、席を立ち、玄関へ向かう。
スリッパを用意し、かけていた鍵を開け、戸を開ければ、黒のワンピースに身を包んだるしあが待っていた。
「お邪魔するのです」
「あ、はい。いらっしゃい」
どうぞと促すと、靴を脱いだるしあが、ずんずんと廊下を進む。
それでもきちんと靴を整えていくのを忘れぬ所は、礼儀正しいなと感心しながら、軽く玄関マットを直す。サンダルを脱いで揃えた時には、るしあの姿は既に見えず、リビングに居るようだった。
後を追い、廊下を進む。
リビングに入り、見渡せば、窓際に追いやられ、ガクガクと震えるわためと、それを見下ろするしあが居た。
るしあの髪色はピンクに、長さはロングに変わっている。からからという音もそこかしこの影から聞こえる。多分、魔力が暴走しているんだと思う。
「で?」
「ひぃ」
「貴女、名前は? どこ出身? 何で先輩の家に住もうとしてるの? ていうか、その服何?」
「わ、私の名前はわためって言います。辺境の産まれで、此処にはこの世界に滞在中の宿にさせて貰う話を貰ったからです。服装は、羊の獣人の普段着的な奴で」
「は? 意味分からないんだけど」
「あわわわわ」
ビビってる割にきちんとした説明だったのだが、るしあに一蹴される。
「ちゃんと喋ってくれないと分かんないんだけど」
「え、えーとえーと。私、わため。辺境、産まれ。この家、宿。服、普通」
「は?」
「た、助けてー!」
ばたばたと逃げ出したわためが、俺の後ろに回る。
逃げてばっかだなと思いながら、しかし少し目に余ったので、るしあに言う。
「るしあ。流石に意地悪が過ぎるんじゃないか?」
「何言ってるのです。ちゃんと喋ってないの、その子ですよ」
「わため、ちゃんと喋ってるもん!」
「ちゃんと喋ってるそうだが」
「ちゃんと喋ってるなら、なんでるしあに通じないんですか⁉ さっきから、変な事ばっかり言って!」
「……うん?」
どうにもるしあが嘘をついているようにも見えなかった。
とはいえ、翻訳魔法がかけられているはずの、わための言葉が伝わらないというのは考えづらい。
何故か悩み、先程のシオンの言葉を思い出し、彼女の方を見た。
「……シオン」
「何?」
口元を抑えて肩を震わせていた同居人に尋ねる。笑ってやがるコイツ。
「何とかしてくれ」
「はいはい」
立ち上がり、シオンがるしあの方へ移動する。
ぽんと、先程と同様に、シオンはるしあの頭に触れた。
「抵抗しないでね」
「な、なんなのです、急に」
直後、シオンの手が発光し、るしあの顔に驚きが浮かぶ。
「抵抗しなーい」
「うぅ」
俺のように頭を振ることはしなかったが、微妙な顔を浮かべるるしあ。
少し経ちシオンの手が離れる。
「おっけー。わため、ちょっと話してみて」
「…………よろしくお願いします」
「……聞こえるのです」
伝わったらしい。多分、先程言っていた、翻訳魔法の調整とやらをしたのだろうか。
これでとりあえず会話に困ることは無さそうである。良かった良かったと思っていると、からりと小さな音。
「……」
視線を向ける。玄関の方へ続く扉が、ゆっくりと開いていた。
自然に動いている様子ではない。誰かが故意に、ゆっくりと扉を開けている様子。見れば、ドアノブには細く、白い何かがあった。
徐々に開かれていく扉。比例するように、俺の服を掴むわための力が増していく。
やがて、眼窩が此方を覗いた。ひえと声を俺が上げるより早く。
「ひぃいいいいい」
わための悲鳴。逃げ出そうとしたらしく、俺から手が離れた。
直後、からからからと、合唱がわための方から響く。
「た、助けてー!!」
二度目の悲鳴。見れば、骸骨達に抱え上げられているわためが、じたばたと暴れている。
「先輩」
「……」
すべての元凶であろう後輩の声が、リビングに響いた。
「客間、お借りしますね」
「……お、お手柔らかに」
「分かっているのです」
本当だろうか。
歩き出し、リビングを出ていくるしあ。その後を、わためを抱えた骸骨達が追っていく。
「ああああ──」
ばたんと、扉が閉まり、声が聞こえなくなる。
さて、夕飯の準備しようかなと、現実逃避しながら、キッチンへ向かおうとして、がしりと服を掴まれた。
振り返ると、シオンが俺の服を掴んでいた。
「ど、どこ行くの?」
「どこって、料理だが」
「そう。一緒にいてあげてもいいけど」
「……」
ビビっているらしい。まあ、目の前で骸骨があれよあれよと人一人持ち去るのは、確かにホラーだ。
「じゃあ、頼む」
「ま、任せて!」
グッっと意気込むシオンと一緒に、キッチンに入る。
直ぐ使うからと出して置いたジャガイモの封を切り、洗い。半分ほどをピーラーと共にそのままシオンへ。
「皮むき頼む」
「えー」
「そこにいるならやってくれ」
「しょうがないなー」
受け取ったシオンが、じゃがいもを持ち上げた。しかし、ピーラーを手に取ることは無く、代わりに淡い風が吹く。すると、じゃがいもの皮が、剥け始めた。
なるべく繋がった状態にしようとしているようだが、うまくいかないようで、ぶつぶつと切れては、その切れ端が三角コーナーに捨てられる。凸凹したじゃがいもの皮を一纏めに剥くのは至難の業だと思う。
集中したいかと思い、声を掛けないようにしようと思ったのだが、それより先に、シオンの方から声がかかった。
「ねえ、今日はどうだった?」
質問の意図が一瞬掴めなかった。
「どうとは?」
「だから、目よ。目」
「ああ」
そうだったと思いだす。
「何か違和感はある?」
「今の所は、特に無いかな」
「そっか。まあ、アンタにとってはそれが普通なんだけどね」
「そりゃそうだが。やっぱ、見えないって言うのも、変な感じだ。今日会ったフレアさんだって、長い耳じゃなくて普通の耳だったし」
「元の状態に戻さなくても、私がアンタから魔力を奪い続けるって言う手もあるわね」
「手間じゃん」
「……確かに」
ようやく一つ、剥き終えたシオンが、それをボウルへ戻し、新しいじゃがいもを手に取った。
しょりしょりと、じゃがいもの皮が剥けていく。よく見れば、じゃがいもの皮が薄い。可食部がごっそり皮に付いているという事は無く、しっかりと剥いていた。
魔法を使えるから、というだけでは説明が出来ない器用さ。手元に視線を落とし、俺ももう少し薄く出来ないかと挑戦しながら、口を開く。
「そういえば、シオン。さっき俺に触った時に何してたんだ? 何かが入ってくるみたいで気持ち悪かったんだけど」
「入ってくる? ……ああ、魔力の流れじゃない? あの時は、アンタにかけられた翻訳魔法から、わための言語を解析したかったから、その為に流し込んだ私の魔力を感じたんだと思う。試してみましょうか」
そういったシオンが、俺の腕をつかんだ。
少し間があけ、何かが入り込んでくる違和感。成程、流れ込む感じと言えば、その通りだった。とはいえ。
「なんか、掴んでる所じゃなくて、左肩辺りに違和感を覚えるんだが」
「そう。じゃあ気のせいじゃないわね。腕をつかんだ場所じゃなくて、左肩を経由して、魔力を流したし」
満足そうに頷き、シオンは掴んでいた手を離した。
「魔力をきちんと感じられるなら、正常な状態を覚える事は、問題なさそう。あ、でも、ちゃんと調子が悪くなったら早めに言う事。今のアンタは、全力疾走直後の状態をずっと続けてるのと変わらないんだから。昨日だって、魔力を抜かれた直後は、だるかったでしょ?」
「ああ、うん」
思い出す。
昨日の晩から始まった、シオン考案の魔力の制御訓練。その第一段階。
壮絶な怠さを抜けだしたその先。
結果として、現在、俺の目は何の事は無い、ただの目になっていた。
次回、ホロ学園の「俺」君物語
『わため、死す』
デュエルスタンバイ!
*ネタです
文章の構成はどちらがいいですか
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全部詰める(全話までのやり方)
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地文と会話文の間に改行を入れる(今回)