ホロ学園の「俺」君物語   作:零円

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登場ライバー
大神ミオ
白上フブキ
大空スバル


ex.後輩の少年

「フブキー、ご飯だよー」

「はーい」

 ゲームをしていた手を止めて、フブキはミオのいるキッチンへと向かう。

 立場的にはフブキが主であり、ミオが従者の筈なのだが、そんな様子は見えない。

「今日のご飯は何かなー」

 ともすれば、母娘のそれが近いかもしれない。うきうきで近づいてくるフブキの気配を感じ、ミオはクスリと笑う。

 パッっと、フブキがキッチンを覗き込んだ。

「来たよー、ミオー。此処にあるの、持っていけばいい?」

「うん。お願い」

「任された!」

 トレイに乗せられた料理を、フブキが運び始める。

 その尻尾が、ゆらゆらと揺れていて、気持ちが高ぶっているのが分かった。

 こういつも楽しみにして貰えると、作り手冥利に尽きる。明日も、彼女が満足する料理を作ろうと思える。

 それが、従者故の感情なのか、友人故の感情なのかは関係無い。大神ミオとして、白上フブキに満足して貰える料理を作ってあげたいだけ。

 今晩は、もう一品。今作っている料理が、今日の夕飯の献立のメイン。そんなメイン料理完成まではもう一手間。味の調整だけがある。少々掬い、食べる。少し悩んで、塩を一振り。

 再度食べ、出来に満足し、ミオは一つ頷く。自信の出来だ。これなら、フブキも満足し、絶賛してくれると確信が持てる。

「……」

 しかし同時に、正直者の後輩もまた、この料理を称賛してくれるだろうと思い、一抹の寂しさも覚えた。

「今頃、後輩君もご飯食べてる所かな?」

 時折、食事に来て、フブキと二人、美味しい美味しいと言ってくれていた彼は、数ヶ月前の匂いの変わった日から、食事に来ることは無くなった。

 当初こそ何かに取り憑かれたのだと思い、見張っていたが。なんてことない、ただ同居人が増えたから、料理を作らざるを得なくなったと、それだけのオチ。

 とはいえ、その時は大怪我を負わせたりと色々あったから、今は一先ず、彼の問題が解決するまでの護衛をしているミオだが……まさか、あんなに危なっかしいとは思っていなかった。

 部活の様子などを見るに普通だと思っていたが、魔界出身の癒月ちょこや潤羽るしあ、魔界ではない別の異世界出身という不知火フレア等からも話を聞き、ミオは、世渡り上手に見える彼が、その実、地雷を踏み抜くのがとても上手い事を悟った。しかも、彼自身が踏もうとして踏んでいる訳では無いから、救いが無い。

 それが昔からそうだったのか、それとも最近になってからなのかを、ミオは知らない。

 知らないから、彼が気をつけてどうにかなる問題なのか、分からないのが不安な所である。

 今後、もっと危険な地雷を踏んでしまうのではないかと、思わずにいられない。

「ミオー。まだー?」

「今行くー」

 盛り付け終えた料理を手に、フブキの待つダイニングへ、ミオは向かう。

 既に席についているニコニコ顔のフブキの対面へ腰を下ろし、2人揃って、両手を合わせ、頂きますと挨拶──しようとした、その瞬間。

「──ッ!」

 遠吠えを聞き、勢いよく、ミオは立ち上がった。

 対して、フブキは目を静かに開けると、自身のポケットへと手を伸ばす。

「行きなさい」

「はい!」

 フブキの言葉に食い気味に反応したミオが、床を蹴った。

 ダイニングからリビングへ、瞬く間に駆け抜け、窓を開け放つと、ベランダへ出る。

 置かれていた靴を手に取りながら、勢いを殺すことなく、ベランダの柵から飛び出した。

 空中に躍り出て、10階分の高さを自由落下しながら、ミオは持っていた靴を履きつつ、気配を探り、違和感に気が付く。

 後輩の守護霊である子犬のタロに分け与えた、ミオ自身の霊力。ちょっとした魔除けや、危険を知らせる為に分けた物だが、目印の役割も持っていて、ミオは後輩の居場所をそれにより探る事が出来る。

 しかし、ミオにはそれを感じる事が出来なかった。守護霊であるタロが、そう簡単に成仏しない事を知っているからこそ、ミオはタロに霊力を分けたのである。そして、その与えられた霊力によって、タロの存在はより強固になり、尚更消え辛くなった筈である。

 何かがおかしい。

 そう思いながら、靴を履き終えたミオは、落下の最中、三階ベランダの柵へと足をつけ、踏み切り、移動方向を切り替える。近場のビルへ降り立ち、屋上を駆け抜け、次のビルへと飛び移る。

 人の身では凡そ出し得ないであろう速度を出しながら駆けるミオのスマホへ、着信。相手がフブキである事を確認し、通話に出る。

「はい」

『連絡をしましたが、繋がりません。電源が切れてるだけならいいのですが』

「しかし、彼の守護霊に与えた私の霊力も感じられません」

『分かっています。事態は緊迫しているかもしれません。貴女は遠吠えのあった場所へ向かい、状況を確認し、報告しなさい。それをもって、私は一先ず癒月ちょこへ協力を要請するか、検討します』

「分かりました」

 通話が切れる。ポケットへとスマホをしまいながら、屋上の手摺を踏み切る。

 方角は駅の方。この時間に、家に居ないのは少し意外。買い物でもしていたのだろうか。また、この前のように困った誰かを助けようとして、面倒ごとに巻き込まれたとかならいい。一言二言、小言は言うけれど、それだけだったら、構わない。

 だが、しかし

 進行方向、遠吠えの位置から届く、異臭。微かな匂いであるにも拘らず、その匂いを前に、ミオは、自分の足が重くなるのを感じた。

「……」

 屋上へ降り立ち、一度足を止める。匂いを嗅がないよう、口から吸い、吐いて。気持ちを落ち着ける。

 匂いは確かにあったが、それは微か。残滓程度である。

 恐らく、その匂いの主はもう居ない。だから、このまま走って行っても大丈夫なのだと、自分に言い聞かせる。

 それに、主であるフブキの指示がある以上、行かない選択肢は無い。

「……よし」

 最後に、もう一度深呼吸をしてから、ミオは勢いよく屋上を走り、跳んだ。

 その一歩で、ミオの体は、ビルを何棟か飛び越えて、目的地である、路地へと降り立った。

 直後届いた異臭に、思わず口元を抑えながら、ミオはゆっくりと立ち上がる。異臭に交じり、後輩の匂いもあった。此処に居た事は、間違いないらしい。

 何か、手掛かりが無いかと思いながら、周囲を見渡して。ショートカットの少女と目が合った。

 ぽかんとした様子で、自分の方を見てくる彼女に、ミオは見覚えがあった。

 最近、後輩と一緒にいる所を、良く見かける子。大空と呼んでいた事も、覚えていた。

「……」

「大空さん」

「は、はいっ」

 ミオが声を掛けると、大空スバルが声を上げた。

「人を探してるの。私の後輩なんだけど」

 ミオが名前を告げると、「あっ」っとスバル。

「わ、私も探してるッス! 私の事、急に突き飛ばしたと思ったら、消えちゃって!」

「そう」

 周囲を見渡し、異臭が最も濃い場所を探す。

「彼が最後に立ってたの、此処?」

「えっと……確かにその辺ッスね」

 こくこくと、首を縦に振るスバル。成程と思いながら、ミオは振り返る。

 ビルとビルの間。鼠が漸く通れそうかという程の幅しかないその場所。凡そ、人間は通れそうも無い。

 そんな場所に異臭は最も強く残っていて、異臭と後輩の匂いが完全に途切れているのもそこだった。

 ミオは意を決し、近づく。そのまま隙間を覗き込むが、何も見えない。真っ暗だ。

 スマホのライト機能で照らせばもう少し見えるだろうかと、ミオはスマホを出すべくポケットの方を見て、足元に落ちている物に気が付いた。膝をつき、拾い上げる。

「眼鏡?」

「あ、それ」

 ミオの拾った物に、大空が反応を見せる。

「彼のメガネだよ」

「彼の? でも、眼鏡かけてないでしょ?」

「何か、コンタクトが切れたとかで、掛けてたッス」

「……」

 ミオが眼鏡を見下ろす。ミオには魔法の事は良く分からないが、ただ魔界出身者達に共通する不思議な匂いを、眼鏡から感じる事は無かった。

 試しに掛ければ、逆に澄んでいた視界が逆に歪み、気持ち悪さから思わず外す。益々、視力矯正の為の、ただの眼鏡としか思えない。

 しかし、それはつまり、今の彼には魔力による視力の補正が無いという事では無いだろうか。それなら、今の彼は何も見えていない筈である。

 スマホを取り出す。着信履歴から折り返せば、ワンコールで、フブキに繋がる。

『どう?』

「良くないかもしれません。完全に巻き込まれた可能性があります」

『……どういう事?』

「視力矯正用の眼鏡を掛けているようです。つまり、今の彼は」

『え? 眼鏡掛けてるの? どんなの? 教えて?』

「……フブキ様」

『…………んん。つまり』

 咳払いの後、声色が戻る。漏れそうになった溜息を、ミオは飲み込む。

『今の彼は只人という事ですね』

「はい」

『魔に関わる匂いは?』

「ありません。代わりに、嗅いだことのない、嫌な匂いが」

『匂い? どんな?』

「これは……何でしょう。形容する言葉がありません。この世にならざる匂い、としか」

 正直、気が狂ってしまいそうで、良く嗅ぐ勇気は出ない。だが、僅かに漂う程度の匂いですら、ミオが今までに嗅いだどんなものとも合致しない事だけは、間違いないと断言出来た。

『一先ず癒月ちょこに連絡を取ります。彼女や、希代の魔術師らしい紫咲シオンが居れば、分かることもあるやも知れません』

「分かりました。私はもう少し此処で──」

 調べます、と言い切るより早く。

 風上からの風の匂いが、ミオの鼻腔に届く。眼前の隙間から漂う異臭。それをもっと濃くした匂い。

 視線を向ける。合わせ、重心を落とし、爪を構えた。グルルという唸り声が、スマホ越しにフブキへ届く。

『ミオ。どうしました。何があったんですか』

 通話口越しに、フブキの焦る声が聞こえる。

「……フブキ様。連絡は不要かと」

『何故ですか?』

「見つかりました。今、目の前に居ます」

『……は?』

 異臭と共に、間違えようのない、後輩の匂いもある。血の匂いは無く、怪我は無い事も分かる。

 肩には、守護霊のタロ。がたがたと、何かに怯えているように見えるが、その体に、自身の霊力が宿っている事も、ミオは感じていた。

 そんな明らかに様子のおかしいタロを連れ、その手に眼鏡屋の紙袋を持つ彼は、あははと、困ったように笑った。

「ご、ごめんなさい?」

「君、一体」

 何をと、聞くより早く。

「ちょっとぉ!」

 とスバルが割り込んだ。

「何やってたの! いきなり人の事突き飛ばすわ、居なくなるわ!」

「て、手品?」

「納得出来るかぁ!」

 噛みつかんばかりの勢いに、後輩が怯んだのが見えた。

「ごめん、大空!」

「スバルって呼べぇ!」

「ごめん、スバル!」

 ぎゃんぎゃんと、正当な怒りをぶつけるスバルを宥める彼が、自分へアイコンタクトを送ってきている事に、ミオは気が付いた。次いで、スバルの死角になる場所で、スマホを持っている事に気が付き、後で連絡すると言っているのだと分かる。

 今は仕方が無いかと、ミオは頷き返して、周囲を見渡し人目が無い事を確認すると、地面を蹴った。

 近くのビルの屋上へそのまま降り立ちながら、繋いだままだったスマホを耳に当てる。

「フブキ様」

『聞こえてた。人騒がせ……で、済ませていいと思う?』

「それにしては気になる点が多いです。何かに巻き込まれた、というのは間違いないかと。一時的とはいえ、護衛を仰せつかっている身としては、何があったのかは知っておきたいですね。後で連絡をすると言っていましたから、一先ずはそれを待っていればいいかと」

『……そうするしかないですね。分かりました。ミオ、戻りなさい』

「分かりました」

 電話を切り、一度振り返って屋上から路地を見下ろせば、スバルと少年が帰路についていた。

 その歩く姿を見ても、一先ず問題は無い様で。気を抜くことは難しいが、それでも急場はしのいだらしいことが分かって、ミオは重い息を吐く。

「帰ろ。お腹空いたし」

 料理は冷めてしまっただろう。

 フブキ、温めておいてくれないかなと思いながら、ミオは屋上を蹴った。

 

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