さくらみこ
紫咲シオン
みこは社務所に入ると、草履を脱いだ。
床に踏み出す。ぎしりと、家鳴り。
「……いや、みこは太ってないし。建物がぼろいだけだし」
それでも、一歩踏み出すごとに床が鳴れば、多少の不安は、やはり覚える。
なるだけ音の出ないように、抜き足差し足でこそこそ歩き、目当ての部屋へ。
その部屋には、会合の議事録やら、古くから伝わる書物やら、ごちゃごちゃと仕舞われている。
真っ先に、探すの面倒だなと思ってしまった。見つからなかったことにしてしまおうかなんて、そんな考えも頭をよぎる。
『何してんだ。早くしろよご主人』
そんなみこへ、金時が声をかけた。
そのままふわふわと部屋の中に入っていく。
溜息をつき、後を追う。
「思ったんだけど、やっぱり神社なんてあるわけなくない?」
さっきは起きた直後に驚きが重なり、かつ草むしり代行に飛びついてつい頷いた。しかし、落ち着いた今、考えれば考える程、やはり自分の知らない神社があるとは思えず、同意を求めようとみこは金時へ問うた。想像していた答えは、肯定だった。
しかし。
『何言ってんだよご主人。あそこに神社はあるだろ?』
「……え?」
『あいつは詳しい事を知りたいから、ご主人に話を聞きに来たんだろーな。ま、聞くなら直接向こうの奴に聞いた方がいいと思うけど』
「待ってよ、金時。今なんて言った?」
『え? 聞くなら直接──』
「その前! 神社はあるって言った?」
『あ、ああ。最近会合に来てないから顔は見てないけど』
みこは耳を疑った。金時が嘘や冗談をついているのかとも思ったが、そうは見えない。
そもそも、金時はみこの式神であるという時点で、意図してみこに不利益を与えるような事は出来ないし、冗談や悪口に近い軽口を言えても、嘘は言えない。
だからこそ、金時の言葉は、みこにとっては真実に等しい。
「──嘘!」
『おっと』
金時を押しのけるように、部屋に入る。
「金時! 最後にその神社の人が会合に来たの、いつ!」
『1年半前くらいか?』
そのあたりの議事録を取り出した。
表紙から先、数ページ。開けば、その時に参加していた者の一覧がある。
神社名と、参加者名。みこの名前も、そこに並んでいる。
そして。
「……」
並んでいる参加者の中に、覚えのない神社の名と、参加者名を見つけた。
更に一つ前の議事録を見れば、やはり同じように、覚えのない名が並んでいる。
逆に、二つ先、三つ先の議事録からは、名前が消えていた。
「どういう事」
議事録を投げ出し、歴史書に手を伸ばした。
街の歴史を、繰り上がる。
さくら神社についての記載は、勿論ある。みこの知る、他の神社についても言わずもがな。
そして、知らぬ神社の記載も、確かにそこにはあった。
「なんで!」
『どうしたんだよ、ご主人。落ち着けって』
「落ち着けるわけ無いでしょ! みこ、なんで覚えてないの⁉」
歴史書を投げ捨て、アルバムに手を伸ばす。
以前強引にしまったからか、抵抗があった。
それを、しまった時以上に強引に、周辺のアルバム毎、引き抜く。
どさどさと、アルバムの落ちる音。みこの耳に、『あーあ』と金時の呆れ声が聞こえたが、それどころではない。
アルバムをめくる。並ぶ写真の中に、会合の際に取った集合写真などが混じっている。
見覚えのない黒髪の親子が、そこにいて。中には自分がその黒髪の子とツーショットを取っている写真まであるではないか。
しかし覚えていない。いや、百歩譲って覚えていないことはいいとして、写真まで見ているのに何故か思い出す事すら出来ない。
異常だ。覚えのない神社が、間違いなく今までの時間の中には存在していて。にもかかわらず、自分の記憶の中にはその片鱗すら一切が無い。
いっそう恐怖を覚える。世界か、自分か。何かがおかしいと思えてならない。
「……彼は」
議事録を1枚。そして、アルバムからは、見つけたツーショットの写真を引き抜く。
それを手に、みこは社務所から出た。
この話を持ってきた、少年を探す。自分が覚えていないことを、なぜ彼は覚えているのか。
もしや、彼が原因なのかと、そう考えるも、みこは少年の様子を思い出し、否定した。
あの少年も、自信があったようには見えない。自信が無い中で、それでもあると考えていたように見えた。
「いた」
社務所から移動を始めて直ぐに、みこは少年を見つける。
言った通り、真面目に草むしりをしているようだった。
みこの接近に、少年の肩に乗った子犬の霊が気付き、鳴き声を上げる。
すると、少年も顔を上げ、みこに気が付いた。
「あ、早かったですね。まだ10分位しか経ってないと思いますけど」
そう言いながら、少年は時間を確認しようと思ったのかスマホを取り出そうとし、自分の手が汚れている事に抵抗を覚えたのか辞める。
「それで、どうでしたか?」
「……」
ずいと、2つ、議事録と写真を突き出す。
驚いた様子を見せた少年は、反射的にそれを受取ろうとし、自分の手の汚れに気が付き、再度止める。
結果、妙な位置で手が止まり、少年の姿勢がおかしなことになるが、それはみこの知ったところではない。
「君の言う通り、確かに神社はあった。でも、みこは何にも覚えてない」
「そうですか……その写真は?」
「多分、その神社の子と一緒に撮った奴だと思う」
ただ、思い出せない。
写真を見るに、この黒髪の少女と自分は同い年位に見える。
他の神社の住職などは、当たり前だがみこよりも年齢がそもそも上で、同年代の子と仲良くなる機会が殆ど無いから、こういった相手は希少。
だからだろう、写真に写る自分は嬉しそうだし、相手の少女も同じように見えた。
「なんで、みこは何も覚えてないし、何も思い出せないの。君は何を知ってるの」
「いえ。何も知りません。情報が欲しくて、お願いしました」
「……そう」
まっすぐ自分を見て、目は逸らさない少年の言葉は、やはり嘘をついているようには見えない。
なら、聞くだけ無駄で、考えるだけ無駄だろう。
そうと分かれば、話は早い。
「……よし、行くよ!」
「はい? どこにですか?」
「神社!」
「……はい?」
ずんずんと歩き出すみこ。
その背中に、「あの」と少年の声が掛けられる。
「神社って山の上の?」
「他に無いでしょ」
「……だったら、1時間後位にしませんか?」
「え?」
てっきりそのまま乗り込むものだと思っていたみこが、振り返る。
振り返った先にいた少年が、自分の制服を指でつまんでいた。
「いったん帰ります。着替えたいしシャワーも浴びたいです」
「……そうだね」
一先ず、連絡先だけ交換して、この場は分かれた。
***
家に帰り、制服は洗濯機へ入れた。
スラックスは、クリーニングに出そうかとも思ったが、明日も使うからそのまま纏めて洗い始める。
その間に、シャワーを浴びて、動きやすさ重視の服装──という名のジャージに着替える。
準備を終え、いつでも出かけられる状態にしたうえで、さっさと作れる夕飯を拵えた。作り置き万歳。
夕飯づくりの間に、洗濯も終わり、さっさと洗濯物を干して、乾燥機をつける。
「じゃあ、夕飯作っておいたから、食べる時は温めてな」
「遅くなるの?」
「分からん。大丈夫だとは思うけど。わため帰ってきたら、食べちゃっていいよ」
「あんまりそんな生活してると、わためちゃんに顔を忘れられるわよ」
「顔合わせてないからってこと?」
確かに、部活したり探し物したり遊びに行ったりで、最近帰ってくるのが遅い自覚はある。ただ。
「いや……朝食は一緒に取ってるから。シオンこそ、忘れられるんじゃないか?」
「私、夕飯は一緒に食べてるから」
気持ち半分ずつ。なら、そのうちわための中で、俺とシオンが足されるかもしれない。
同じ事を考えたのか、シオンが少し嫌そうな顔をした。
「アンタと合体とかしたくないから、夕飯時には帰ってきなさい」
「シオンがきちんと朝に起きれば、問題無いけど」
「帰ってきなさい」
「はいはい」
起きるつもりは無いらしい。別にいいけど。
「じゃあ、行ってくる」
「……」
ちょいちょいと、シオンの指が動く。こっちにこいというジェスチャーだ。
何だろうかと近づけば、腕を引かれ、床に座らされた。自然と、椅子に座るシオンを、見上げる形になる。
俺を見下ろすシオンが、徐に俺へと手を伸ばし、そのまま頭を掴まれた。アイアンクローと、呼ばれるプロレス技。まさにその状態となる。
一体何をと思う俺の中に、何かが流れ込む感覚。シオンの掴む頭から、次々と。
抵抗したら怒られるので、されるがまま。しかし、口は動かす。
「……気持ち悪いっす」
「分かってると思うけど、これが魔力ね。ちゃんと意識して、流れを感じて」
「……」
言ってみたが無視された。大人しく、言われた通り魔力に意識を向ける。
流れ込むそれが、まずは目元に滞留する。朝、準備をしているときに最も多く何かがあるのを感じていた場所だ。
そこにあった何かと、流れ込んでくる何かが混ざって、そこから体を巡るように、徐々に下っていく。
「きちんとした手順を踏まなくても、魔法擬きなら出来る」
「擬き?」
「したいことを想像しながら、必要な場所に大量の魔力を集めるの。アンタが自分の守護霊を触るときと一緒。ま、アンタは意識してないでしょうけど」
「……ああ」
その言葉に、今朝方、タロを触ろうとしたら左手に魔力が集まったことを思い出す。
「意識的にやりなさい。意識して必要な部分に魔力を動かす。それが出来れば、足に集めて走力をあげることもできるから、一先ず自分の身位は守れるわ」
「……分かった」
シオンの手が離れる。体の隅々に、目元と同じような魔力をしっかりと感じた。
「今日は私の魔力で補っておいてあげる」
「別に喧嘩に行くつもりは無いんだが」
「念の為よ。自力で頑張るつもりなら、これくらいのサポートは受けときなさい」
さっさと行けとばかりにシオンの手が動く。
「じゃあ、改めて行ってくるよ」
立ち上がりながら、そっぽを向いたシオンへと声をかける。
「行ってらっしゃい」
シオンは、その姿勢のまま、言葉を返してきた。
僅かに伏せられた瞳へ、笑いかけてから、俺は神社へ向かう為、歩き出した。
Pixivの方で、有償ですがリクエスト募集してます。興味のある方はぜひ。
文章の構成はどちらがいいですか
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全部詰める(全話までのやり方)
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地文と会話文の間に改行を入れる(今回)