桐生ココ
久しぶりに寝過ごした。
いつも起きる時間より、1時間もずれていた。
当然1時限目は間に合わず、それでもまあ、学校には行った方がいいかなと思い、俺はしっかりと朝食をとってから、家を出た。
2時限目には間に合うから、まあそれに合わせればいいかとそんなことを思いながら、学校への道を歩く。
普段は生徒に溢れる通学路も、時間がずれれば人もいない。
寝坊の負い目を感じながらも、誰も居ない通学路へは特別感を覚える。
柄にもなくポケットへ手を入れて、スキップまではいかずとも少し跳ねるように歩いていると。
「あ」
「お」
桐生先輩と、鉢合わせた。
今日は学校のはずなのだが、桐生先輩の服装は制服ではなく私服。
どう見ても、学校に向かうようには見えない。
「おはようございます、桐生先輩」
「おっす、舎弟。なんだ、遅刻かー?」
「そういう桐生先輩は……なんで私服何ですか?」
「ん? あー、ちょっと用事があって、今日は休みなんだよ」
「用事て」
学生の身の上で通学以上に優先される用事って何だろう。
尋ねようかと、思った矢先。
「ちょうどいいからお前も付き合え」
「え?」
がっしり襟首を掴まれた。そのまま引きずられ、学校とは別方向へと向かいだす。
「ち、ちょっと。桐生先輩! 俺、学校に行くところなんですけど」
「いいからいいから。1日くらい休んだって罰は当たらないって」
「罰は当たらなくても皆勤賞逃すじゃないですかー!」
ジタバタもがくが、どこ吹く風。
ドラゴンの力は遺憾なく発揮され、俺の体はどんどん学校から離れていく。
「あ、あー」
「そんな声出しても無駄だぞー」
情けない声で同情を引く作戦も無に帰し、桐生先輩はずんずんと進んでいく。
そこまで来ると、流石に諦めもついて、「桐生先輩」と俺は声をかけた。
「自分で歩くので、離して貰えないでしょうか」
「……逃げんなよおめー」
「逃げませんて」
事態は正直把握できていないが。
それでも、今日は桐生先輩に1日付き合うと決めた。
手が離され、軽く制服を整えようとして。
流石にこの格好だと補導される可能性を考え、俺は上着を脱ぎ、シャツの襟だけ整える。
「それで、先輩。何処に行くんですか?」
「決まってない。適当に歩く。ついてこい、舎弟」
「はーい」
歩き出す桐生先輩に追いつき、その隣をついて歩きだした。
暫く歩いていると、桐生先輩の言葉に嘘は無い事が分かった。本当に目的は無いようだ。
適当に店を冷やかしながら、ぶらぶらと、街の中を歩く。
遠出するつもりは無いようで、駅の近くまではいったものの、電車に乗ることは無く。
途中、昼食をとるのにファミレスへ入った時以外は、歩きっぱなし。
ああ、まるで。
「なんか、懐かしいですね」
「懐かしい?」
「いえ、初めて会った時もこんな感じでしたから」
***
「おい、お前。そこのお前だ。無視してんじゃねーよ」
「……?」
言葉につられ、振り返れば。
その人と目が合った。
オレンジの髪、赤い瞳の先輩。自分よりもたっぱがあるのが羨ましいなと、そんな事を思う。
「俺ですか?」
「そーだよ。お前以外、誰がいるってんだよ」
「……まあ、確かに」
周囲を見渡しても、俺以外には誰も居ない。
俺と、名も知らぬ先輩だけが、授業中であるはずのホロ学園の廊下に居た。
そう、授業中である。
「えっと、先輩。なんで授業中に廊下に居るんですか?」
「そんなもん……遅刻したからに決まってんだろうがよ」
「……奇遇ですね」
俺も丁度寝坊して、1限目も20分程経った今、学校に着いた所であった。
「じゃあ、自分は教室に行くのでこれで」
「まあ待て」
立ち去ろうとした俺の襟首を、先輩にがしりと捕まれる。
無視して進もうとしたが、掴まれた体はびくともしない。
怪力と名高い天音先輩並みの力があるのではないだろうか。
「あの、離して貰えないでしょうか?」
「嫌ですねー」
断られた。
「いいから付き合え、後輩。舎弟にしてやっから」
「遠慮しておきます」
「よし行くぞー」
「あー」
掴まれたまま引きずられるようにして、俺は先輩と移動を開始した。
てっきり学校から抜け出すのかと思ったが、そんなことは無く。
暫し移動し体育倉庫についた。
解放される。制服を整えていると、「よし」と桐生先輩。
「電源探せ、電源」
「電源?」
「コンセントだよ」
そう言って、先輩は何やら物をどけたりして、壁際を探し出す。
何だろう急にと思いながら、しかし逃げたときのリスクを考えた俺は、大人しく先輩に従いコンセントを探した。
暫し捜索。やがて、コンセントを発見すると、先輩は次の場所への移動を開始した。素直についていく。完全に舎弟だった。
それからも先輩は人目につかなそうな場所を、順繰りに回り、コンセントの場所を確認していく。
「おい、お前ら!」
「あ、やべ。逃げるぞ舎弟!」
「押忍」
たまに見つかった教師から逃げながら、共に捜索。
登校したのに授業は全部さぼり、1日かけて、学校中をくまなく点検した。
結果的に室内だと割とコンセントはあったのだが、やはり室外だと中々見つからない。
「これはコードリールも必要ですかねー」
「コードリールなら、使っていないのが家にありますけど」
「お。じゃあ、それ私のな」
「えー」
何がどういう理屈でそうなるのか。まあ、使ってないからいいけど。
それじゃあ、後はーと、何かを指折り数えだす先輩を見ながら。
楽しかったから、またこの人と遊べたらいいなと思った。
「あの、先輩」
「ん?」
「……舎弟として、仁義を切らせてもらって宜しいでしょうか?」
「お。いいだろう」
「……では」
昨日見た時代劇の見様見真似で構えを取る。
「失礼ですが、お控えなすって――」
***
「あー。懐かしいですねー。あのぎこちない挨拶」
「やめてください」
若気の至りだ。
「でもまあまあ様になってたぞ、舎弟」
「……どーも」
そう言ってもらえるなら、やった甲斐は、多分あった。
「ていうか、聞こうと思ってたんですけど、なんであの時、俺に声をかけたんですか?」
「ん? 暇そうだったから」
「いや。授業に行こうとしてましたけど」
「それにかなたんから、お前の事、聞いてたからなー」
「天音先輩から?」
「困ってるときに頼めば役に立つって」
「言い方」
便利屋扱いだ。
ジト目を向けた俺に、桐生先輩はけらけらと笑う。
「楽しかったんだからいいだろ」
「……まあ、そうですけど。あの後、先生に俺だけ怒られたのは、まだ納得してないですからね」
「……」
「目をそらすな」
あの後、仁義を切った直後に先生に見つかり、俺だけ捕縛されたのだ。
一緒に逃げていたのはだれか聞かれたのだが、流石に仁義を切った直後だったから、黙っていたのである。
まあ、先生も誰かは分かっていた様子ではあったが。ここは俺の熱意に免じて貰って、お叱りを受けるのは俺1人で済ませた。
そこで終われば、ギリギリ美談かもしれなかったのだが、翌日。
桐生先輩が俺に向けたひと言が「ご苦労」だったので、売ればよかったと思ってしまった。
「いやー、ご苦労でしたね、舎弟」
「変わらないっすね」
「当たり前でしょうがー。舎弟の分際で、この桐生ココを変えられると、思うな」
「すみません」
流石にこうも断言されると、負けを認めてしまう。
桐生先輩はずっとこんな感じなんだろうなぁと思うと、ちょっと嬉しくなった。
桐生先輩がこのままなら、いつまでも一緒に遊んで楽しいままだ。
学校をさぼるのはあれだが、それでもこの人と一緒なら、たまにはいいかと思う。
「それで、次はどこに行くんですか? 付き合いますよ」
「……あー、そうっすねー」
ぴたりと、桐生先輩が足を止めた。
つられて、足を止める。
T字路。右と左に、道が分かれる。
「舎弟。お前はここまでだ」
「はい?」
「解散だって言ったんだよ。私、こっち行くから、ついてくるなよ」
そう言って、桐生先輩が右へ曲がる。
ついていこうとした矢先、鼻先へ尻尾が突き付けられた。
思わず足を止める。その間にも、桐生先輩はずんずんと道を進んでいた。
「……先輩!」
「なんだ、舎弟」
声をかければ。桐生先輩は足を止めた。
振り向いてはくれない。その背中へ、声をかける。
「明日、久しぶりに放送しませんか? 付き合いますよ」
「あー……それもいいな」
「じゃあ、約束ですからね!」
「……」
俺の言葉に答えは無く。
それでも振り返った桐生先輩は、にやりと笑い。
俺に向かって暫し手に振ってから、踵を返し、歩き出した。
その背中を、見えなくなるまで見送る。
別れの言葉は、かけなかった。
約2年、お疲れ様でしたココ会長。
またいつか、会えることを願ってます。