ホロ学園の「俺」君物語   作:零円

61 / 126
登場ライバー
大空スバル
赤井はあと


屋上

 洗い辛さに辟易しながら、何とか右手だけで顔を洗い、歯を磨く。

 諸々済んだら、着替えて、出かける準備は完了。

 

 ──左手が使えないと不便だな。

 

 漏らしそうになった溜息を飲み込みながら、左手を見下ろす。そこには、ぐるぐると親の仇の様に包帯の巻かれた俺の左手があった。

 軽く指を動かすだけで、ずきりと、無視出来ない痛みが走る。朝食後、痛み止めは服用したのだが、まだ効いてこない。

 見咎められぬ様、気をつけながら左手をポケットへと収め、洗面所を後にした。

 リビングへ戻ると、テレビからはペット紹介のコーナーが流れている所であった。それを、わためがソファーに座り、熱心に眺めている。

 邪魔をすると悪いなとは思うものの、このコーナーがやっている時間は、家を出る時間だから、聞かないわけにはいかない。

 

「わため。今日の天気、どうだって?」

「1日中晴れだって」

「そっか。ありがと」

 

 準備に時間がかかるだろうと踏んで、わために確認を頼んでおいた今日の天気を聞いた俺は、ダイニングテーブルに置かれた昼食の包みを鞄に入れ、ついでに忘れ物の確認をしてから、チャックを閉めた。その鞄を肩にかける。

 

「それじゃあ、行ってくる」

「いってらっしゃーい」

 

 わためが俺の方に視線を向け、笑顔でひらひらと手を振って来る。

 そんなわために手を振り返しながら、俺はリビングを後にし、そのまま家を出た。

 

 ***

 

 それから少しして、俺は左手の痛みにやや顔をしかめながら、通学路を歩いていた。

 わいわいと騒がしい道。相変わらず、多種多様な耳や角が見て取れる。

 そんな中を、昨日襲ってきたアイツが居ないかと、周囲を警戒しながら進む。

 同時に、襲われたらどうしようという不安も、合わせて覚えた。

 授業中に来るテロリストが妄想であるのに対し、昨晩の襲撃者は本物である。今、この時も狙っているとも限らない。

 思わず、鞄を握る手に力がこもる。そんな俺の肩を叩かれた。

 吃驚して勢いよく振り返る。振り返られた側も、吃驚した様子だった。

 

「……おはよ、スバル」

「……おはよう。え、なに? 吃驚したんだけど」

「……驚かせようと思って」

「いや、無理があるだろ。どう見ても様子がおかしかったじゃん」

 

 陽キャ得意の空気読みか。何でもないよと、短く返す。

 

「ちょっと考え事していたから、本当に驚いただけ」

「考え事? それって、一昨日の話?」

「一昨日?」

「ほら。神社を知っているかって、夜に電話してきたじゃないっすか」

「……ああ。そうだったっけ」

 

 そっか、あれって一昨日か。昨日の晩は寝つきが悪かったから、まだ寝ぼけているのかもしれない。

 そう思うと、途端に欠伸が込み上げてきて、スバルにばれないようにこっそりと漏らす。

 

「あの後、なんか気になって、とーちゃんとかおじおじとか、友達にも聞いてみたんすけど、誰も知らないって」

「そっか」

 

 おじおじって誰だろう。

 

「でも、ネットでその住所で検索したら、確かにその神社、あるっぽいんすよね」

 

 んー、と腕を組み、スバルは首を傾げる。

 一応、その件については、俺の中では決着はついているのだが、それを言う訳にもいかず。

 

「まあ、いいじゃないか。あるかどうかも分からない神社を、気にする必要も無いだろ」

 

 そんな事を言って誤魔化そうとする。

 

「そっちが先に言い出したんじゃん」

「そうだけどさ。昨日見に行ったら空き地だったから、多分最初から無かったんだよ」

「でも、ネット記事は幾つもあったし、それ全部やらせっておかしくない?」

「さてな。ネットには疎くて」

「それに、もしその神社が本当にあって、それを誰も覚えてないってなったら、なんかかわいそうじゃんか」

「っ」

 

 スバルの発言に、言葉が詰まる。

 確かに、あの場所に神社はあって、一伊那尓栖という少女は居る。

 その事実を、イナは人々の記憶から消した。その決意は、果たして如何程だったのか。

 

「……だったら」

「ん、なに?」

「……いや、何でもない」

 

 スバルは覚えておいておけばいいと、そんな事を言おうとして、辞める。

 昨晩襲われた理由は分からないが、あの神社を知っているからという可能性が捨てきれない。

 神社について、何人かに聞いてしまった事が昨晩の襲撃者に知られ、その元のスバルを襲わないとも限らない。

 勿論、ちゃんと調べてくれれば、最後に行きつくのは俺だから、それなら問題は無いのだけど、不安の芽は潰したい。

 

「ま、さっさと忘れる事だな」

「うーん……」

 

 不服そうなスバルに、俺は笑って返した。

 

 ***

 

 昼休み。久しぶりに屋上に来た。

 本来なら屋上のカギは閉ざされているのだが、抜け穴を知っているから、そこから入り込んだ。

 屋上に入り、昼食の包みを広げる。中には、用意したおかずを具に、わために握って貰ったおにぎりが幾つか。

 いっそ、おにぎらずでも良かったのだが、俺の怪我を見たわためが手伝うと言ってくれたので、素直に甘える事にしたのだ。

 もぐもぐと、ウインナーの刺さったおにぎりを食べていく。朝に飲んだ痛み止めはまだ効いていて、左手がずきずきと痛むが、俺の表情筋に影響が出る程ではない。

 怪我の程度が分からず、病院に行くかどうかは悩みどころ。もし行って、また縫うとなると、治療費もかかるし暫く使えなくなってしまうから、抵抗もある。

 まあ、定期的に消毒と止血をしつつ様子を見て、危なそうなら病院に行くかと、そう考えた

 

「せーんぱい」

「ん?」

 

 左手をポケットにしまい、残りのおにぎりを片付けに掛かろうとすると。

 

「あ、先輩」

「ん? 赤井か」

 

 抜け穴から顔をのぞかせたのは、赤井だった。

 珍しい。ここで会うのは初めてだ。赤井は学年トップの成績を持つ模範生であるし内申点にも響くから、こうしたルール違反をするイメージは無かった。

 そんな赤井が、本来であれば進入禁止の屋上に顔を見せるなんて。

 何かあったのだろうかと、聞いてみた。

 

「どうした、赤井? 何かあったか?」

「ううん、別に。先輩とご飯食べようと思って」

「それだけの為に、俺の事を探してたのか?」

 

 昼休みが始まり、15分ほど経っている。昼休みが1時間あるとはいえ、流石に時間をかけ過ぎではないだろうか。

 

「なんか、悪かったな」

「私が一緒に食べたくて探してただけだから、気にしないで」

 

 そういいながら、赤井は俺の隣に腰を下ろした。

 片手に持っていた小さな包みを解くと、足りるのか心配になりそうなくらいに小さなお弁当箱が出てくる。

 その蓋を開けると、彩色豊かなお弁当が、顔を覗かせた。

 そのお弁当に、思わず感心する。

 

「随分手の込んだ弁当だな」

 

 彩色豊かなその弁当は、一目で手作りだと分かり、俺の作るものとは天地程の差があった。

 

「自作?」

「違うわ。家政婦さんが作ったの」

「かせいふさん?」

 

 凄い名前だ。外国人だろうか。

 

「……一応言うけど、家政婦さんって名前じゃないからね? 家に政に婦人の婦で家政婦さんだからね?」

「……あー。お手伝いさんの事か」

「そうよ」

 

 納得する。確かに赤井の家なら、家政婦さんの1人や2人、普通に居るだろう。

 家の事をして貰えるの、羨ましいなーと思いながら、おにぎりをむしゃり。

 しかし、丁度良かった。俺も赤井に話があった。

 

「赤井」

「何かしら?」

「一昨日、電話した件なんだけどさ」

 

 俺の言葉に、ぴくりと赤井が反応する。その様子に、焦りの色が見えた気がしたのだが。

 直後、何事も無かったかのように、話を続けた。

 

「一昨日の電話って、神社の話?」

「あ、ああ」

 

 尋ねるタイミングを逃した俺は、赤井の言葉に首を縦に振る事しか出来ず。仕方なく、そのまま話を続ける。

 

「遅い時間にかけて悪かったな。話したことも忘れてくれ」

「えー、何それ。あの後、気になって少し調べたし、悶々として眠れなかったのに」

 

 悪戯に笑う赤井が、わざとらしく欠伸をして見せる。そんな赤井に、俺は苦笑しながら謝罪する。

 

「悪かったよ。何なら、今度埋め合わせしようか?」

「本当? 信じるわよ?」

「信じていいよ。ただ、高いものは勘弁してくれ」

「分かっているわ。何して貰おうかしら」

 

 赤井は、スカートのポケットから小さな手帳を取り出すと、今月のページを開き、予定を確認し始めた。

 目を逸らす直前、一瞬見えたページにはびっしりと予定が詰まっているように見えた。

 相変わらず大変そうだなと思いながら、俺はおにぎりを齧る。

 赤井の家は資産家で、俗にいう上流階級と呼ばれる類の家系だ。一般庶民の俺の家とは、敷地も家のサイズも雲泥の差である。

 だからなのか、家のルールは厳しいようで、門限は18時だし、就寝時間は22時らしい。

 スマホの使用ルールもあるようで、20時以降の使用は禁止で、ゲーム等の娯楽系のアプリやSNSアプリも原則禁止。ルールを守っているかを確認するのに、不定期にスマホが没収され、検閲されるらしい。紙の手帳を使っているのはその為だ。

 家のルールなんて存在しない俺とは、正に対極で、たまに、なんで俺は赤井と仲良くなったのかと疑問に思う時がある。

 

「──先輩?」

「……ん、ああ。すまん」

 

 声を掛けられ、意識が浮上した。赤井を見れば、広げた手帳を俺の方へと向けている。

 

「大丈夫?」

「平気だ。すまん、ちょっと考え事していた」

「もう。ちゃんと聞いてよね」

「ごめん」

 

 適当な謝罪に、やや不満そうな顔を見せながらも、赤井は手帳の一角を示した。

 少し先。2週間後の週末。日曜日だ。

 

「それで、この日って暇?」

「特に予定はないな」

 

 というか、基本的に予定とは無縁だ。

 俺から誘う事は殆ど無いし、俺を誘う事がある人たちは、俺が予定と無縁である事を知っているから、前日とか当日に急に声をかけてくる。今までそれで困ったことが無いから、多分今後もそんな感じだ。

 

「じゃあ、開けといてね」

「分かった」

 

 残っていたおにぎりを口に詰めこみ、咀嚼しながらスマホを取り出す。

 カレンダーアプリを起動。言われた日付の所に、良い文言が思いつかなかったから、赤井にちなんで真っ赤なハートマークを入れておいた。見れば、赤井も嬉しそうに、手帳に何か書いている。それを見ながら、おにぎりを飲み込んだ。

 

「何するかとか、決まっているのか?」

「もうちょっと詰めるわ。時間もその時ね」

「了解」

 

 赤井にお任せである。

 スマホの画面を落とし、ポケットへ。おにぎりはもう一つあるから、それを食べようと、取り出す。

 

「そういえば、先輩のお昼、今日はおにぎりなのね」

「今朝時間無くてな」

「足りるの? 良ければ、私のお弁当食べる?」

「いいよ。自分で食べな」

 

 正直申し出はありがたかったが、それでも赤井の弁同箱のサイズがサイズなだけに、貰う事は憚られた。

 後でパンでも買おうかなと思いながら、新しいおにぎりを齧ろうとして。

 視界の隅で、タロが何か反応するのが見えた。

 悪い反応ではない。ぴょんと飛び降りて、そのまま抜け穴の方へ向かう。

 どうしたのかと、その背中を視線で追う。

 タロはそのまま、抜け穴の前で止まった。間もなく、抜け穴からるしあが顔を覗かせる。

 

「先輩みっけ」

「見つかってしまった」

 

 別に隠れていたつもりは無いけれど。

 

「ちょっといい?」

「ああ」

 

 食べようとしたおにぎりを手提げに戻し、立ち上がる。

 

「じゃあ、赤井。またな」

「……ええ。後で連絡するわね」

「頼んだ」

 

 赤井を残し、屋上を歩き抜け穴へ。そのままそこを通って、るしあに合流する。

 

「お待たせ。要件は?」

「ちょこ先生がお呼びなのです」

「行きたくないのです」

「行きますよ」

 

 右腕を引かれ、俺は大人しく歩き始めた。

 

文章の構成はどちらがいいですか

  • 全部詰める(全話までのやり方)
  • 地文と会話文の間に改行を入れる(今回)
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。