ホロ学園の「俺」君物語   作:零円

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登場ライバー
癒月ちょこ
潤羽るしあ


秘密

 るしあと共に保健室に入ると、ちょこ先の視線がこちらへ向いた。

 

「いらっしゃい」

 

 声をかけてきたちょこ先に頭を下げると、「そこに座って」と椅子を案内された。大人しく着席。

 

「手を出して」

「……」

「そっちじゃないから」

 

 前にもやったなと思いながら、差し出した右手を引っ込め、ポケットに入れていた左手を差し出す。

 暫しミイラの様になっている俺の左手を眺めてから、ちょこ先は慣れた手つきで包帯を外し始めた。

 

「痛む?」

「今は痛み止めが効いているので、平気です」

「手当したのは?」

「自分です。昨日の晩に消毒して、止血しました」

「それなら包帯は変えなくてもいいか」

 

 包帯を外され、止血用のガーゼが外される。

 刻まれた切り傷は掌を横断していて、生命線と呼ばれる皴を分断している。昨日は余裕が無かったから何とも思わなかったが、改めて見るとやや物騒だなと、そんな事を思った。

 

「……うん、結構ぱっくりいっているけど、血は止まっているわね。これなら定期的にガーゼと包帯を変えれば大丈夫でしょう」

「はい」

 

 念の為改めて消毒された後、ガーゼと包帯を元通り──といっても、その具合は俺が自分でやった時よりも綺麗で、丁寧だが──に、戻される。

 動かしやすくなった手の具合を少し確かめながら、「ありがとうございます」と感謝した。

 

「生徒の怪我の面倒を見るのも、保健の先生の仕事だからね。思った程酷くなくて良かったわ。貴方の事だから、手に刺して止めましたとか言いかねないと思っていたし」

「……成程」

 

 そっちの方が、確実だったかもしれない。血糊で刃が滑ったから、蹴り足が遅ければ胸に刺さっていたし。

 俺の反応に何を考えているのか見当がついたのか、「今の無し」とちょこ先が言う。

 

「聞かなかったことにしなさい。さもないと忘れろビームね」

「……それって効果があるやつですか?」

 

 失言したフブキ先輩が、たまにやるやつはなんちゃってで、可愛いだけで効果は無いのだけど。

 悪魔ならもしかしてと、そんな興味本位での言葉に、ちょこ先が頬に手を当てながら笑う。

 

「試してみる?」

「忘れました」

 

 怖かったので、直ぐに記憶を失う。何も聞いてない。覚えていない。

 俺の反応に、満足げな様子を見せつつ、それで、とちょこ先が口火を切る。

 

「その傷、どうしたの?」

「どうした、とは?」

「どうやってついた傷?」

 

 その言葉に、感じていた疑問が氷解する。

 そもそも昨日、骸骨が飛び出してきた時に、るしあには何かしら伝わったかなと思ってはいたから、納得はあれど、驚きは無く。

 

「料理中に切っちゃったんです」

 

 そう返した。

 

「……そう。気を付けてね」

「ちょこ先生⁉」

「はい。ありがとうございます。失礼します」

 

 驚きの声を上げるるしあを余所に、俺はちょこ先に頭を下げ、保健室から出る。

 慌てた様子でパタパタと駆け足の音が聞こえ、俺の隣で止まる。

 

「先輩! どうしたんですか、急に」

「急って?」

「その怪我、この前話していた探し物関係の傷ですよね。何で隠すのです。この前はちゃんと話していたじゃないですか」

「……ただの探し物じゃなくなったから」

 

 短くそれだけ、るしあに返す。ムッっとした様子のるしあに、俺は苦笑いで返した。

 直後、通りかかりの教室の扉が、何の前触れもなく勢いよく開いた。

 何事かと、思うより早く、るしあに押し飛ばされ、そのまま教室の中へと入れられる。

 姿勢を保とうとするが、追撃のように襟首を引かれ、そのまま床に倒された。見上げた景色には天井しか映って居ないが、襟首は依然、掴まれたまま。るしあが原因と考えれば、見当はつく。

 立ち上がろうとするが、手足も掴まれた。視線を向ければ、影から生えた白骨が、両手で俺の手首を掴んでいるのが見える。もがいたら取れるだろうかと、そんなことを考えている間に、扉を閉め施錠もしたるしあが、俺へ近づいてきた。

 見てはいけない物が見えそうになり、慌てて目を閉じる。

 

「よいしょと」

 

 近くにるしあの気配。声が徐々に大きくなった辺り、恐らく腰を下ろしたのだろう。

 

「もう、目を開けてもいいのです」

 

 言われた通り開ければ、天井に加え、こちらを見下ろするしあが居た。まるで膝枕でもされているような光景だが、生憎頭が置かれているのは、硬い床の上である。枕が欲しい。

 

「もうちょっと慌てたらどうなのです?」

「信じているからな」

「監禁し甲斐が無いのです」

「見せたら見せたで、泣く癖に」

 

 突っ込めば、るしあが気まずそうに視線を逸らした。僅かに覗ける、頬が赤い。

 

「でも、理由は分からん。どういうつもりだ?」

「先輩が話してくれないからなのです」

「それはごめん。分かってくれ」

「嫌です」

「ひどい」

 

 検討すらして貰えなかった。

 

「何を話したのです?」

「え?」

「神社で消えたときなのです。暫く出てこなかったってことは、多分イナちゃんと話していたんですよね? それを聞きたいのです」

 

 成程、道理である。意見を大きく変えたつもりは正直無いのだが、こうして何も喋らないと決めたのは、あの時イナとの会話があったからである。

 故に、その話の内容を聞けなかったのであろうるしあが、話の内容について聞いてくるのは、おかしなことではない。ではないが。

 

「なあ、るしあ」

「はい」

「何で、俺が神社で消えたこと知っているんだ?」

「……骸骨を出すために、先輩の影へ繋げていたパスが切れたので」

「……」

 

 僅かに言い淀んだ事は気になったが、一応納得する。誤魔化す様に、るしあが咳ばらいを一つ挟んで。

 

「兎も角。会ったばっかりのあの巫女さんとか、普通の人間の大空先輩みたいに、中途半端に話して、後は忘れろっていうのは嫌なのです。るしあはつよつよねくろまんさーですから危ない事も平気なのです」

「……まあ、るしあが俺より強いっていうのは知って──あれ?」

「何なのです?」

 

 首を傾げるるしあを余所に、俺はるしあの言葉を反芻し。

 

「お前、何でさくらさんの事まで知っている? しかも今朝の大空との会話も知っているようだが?」

「………………タロちゃんが教えてくれたのです」

『わんわん!!』

「違うらしいぞ」

「せ、先輩はタロちゃんと私のどっちを信じるのです⁉」

「タロ」

「……」

「解放して」

「はい」

 

 手足、そして襟首を引かれる感覚が消えた。上体を起こし、手首をグルグルと回し、問題が無い事を確認してから、るしあの方へ向き直った。

 

「何時から聞いていた?」

「昨日、神社に戻った時からなのです。影にパスを繋ぎ直す時、ついでに聞こえるようにしました」

「……」

 

 本当か否か。ジト目で見据える俺を見て、るしあは慌てた様子を見せた。

 

「本当なのです! 今までは先輩の出血を切っ掛けに、先輩の影から自動的に骸骨が召喚出来るだけでした。それを、常時出せるようにしておいただけなのです」

「それで聞こえるのか?」

「召喚に当たって、召喚先の状況が分からないと大変なことになりかねないので。範囲は広く無いですが、確認は出来ます」

「成程」

 

 るしあの語る理屈は分かる。

 それに、昨日の晩に骸骨が出た時の様子は、以前ミオ先輩相手に出てきた時と違っていた。

 あの時は、出たらそのままだったし、るしあがすぐに来たからかもしれないが、俺を守るように立つだけだったのに対し、昨日の晩は俺の足を持ち上げるだけ持ち上げて、襲撃者はまだ居るのにそのまま消えていった。

 るしあが神社での俺の話を聞いていて、どうしたらいいのか分からず、それでも危なっかしくて少しだけ手を出したのだと言われたら、その理由も分かる。

 

「神社での話、聞いていたなら、分かってくれたんじゃないのか?」

「……あの時は、まだ私は知らない立場ですから、あんまりやり過ぎちゃうのもダメかなって思って。それにどうせ今日、私やちょこ先生には話してくれると思っていましたから」

 

 そう言って、るしあはうつむいた。

 想像と違う展開に焦り、こうして空き教室に押し込めたのだろう。まさかちょこ先が、ああもあっさりと引くとも、彼女は思っていなかった筈だ。

 

「さくらさんとの話を聞いていたなら分かるだろ? 頼まれたのは俺だ。他の誰にも話せない」

「分かりません。それなら、最初から話さなければ良かったのです」

 

 そんな恨み節を言うと、るしあの唇が、キュッっと締まった。まあ、それを言われると大変弱いのだけど。

 恨み節は幾らでも聞くつもりだったので、「ごめん」とだけ短く返す。

 

「あの襲ってきた人を気にしているなら、平気なのです。さっきも言いましたが、先輩より強いです」

「知っている。でも、あれは理由の一端だ。そもそも、さくらさんと話した時点では、アイツの事を俺は知らなかったし」

「なら、イナちゃんに何か言われたのです? 何を話したのですか」

「いや、イナからは色々、詳しい話を聞いただけだよ」

 

 鬼か悪魔か知らないが、誰からか渡された魔法の本。

 人の記憶から建物を消したり、人に触手を生やしたり。願いを叶えてやった者にすら恐れられるそれについてと、イナの現状について、改めて。

 特段口止めのようなことはされなかったが、それでも、あまり口外していい内容では無いから、やはり話せない。

 

「それなら」

「別にるしあだけってわけじゃない。他の誰にも話さないし、力も借りないようにするつもり」

「……でも、それだと、先輩が危ないじゃないですか」

 

 その言葉は否定出来ず、苦笑するしかなかった。

 ただ、あの時、すいちゃんと鉢合わせなければ、存外何とかなっていた気も……。

 ふと、脳裏に過る可能性。暫し悩み、まさかなと思い、その考えを忘れ、るしあの説得に戻る。

 

「大丈夫だよ。昨日るしあも見ていただろ?」

「危なっかしかったのです。実際死にかけていました」

「あー……次は大丈夫」

「何処からくるのです、その自信」

 

 呆れ眼。俺は笑って返す。

 

「当てがないわけじゃないんだ。昨日みたいなことが無ければ、多分、次は大丈夫」

「……」

「信じてくれ」

「……分かりました」

「ありがとう、るしあ」

 

 礼を言いながら、立ち上がる。るしあに手を差し出せば、その手を取り、るしあが立ち上がった。

 るしあが完全に立ち上がったのを確認して、手を放す。そのまま俺は、教室の扉に向かい、其処を開けた。

 

「それじゃあ、授業もあるし、戻るか」

「先輩」

「ん?」

 

 呼ばれて、振り返る。

 声をかけてきた筈のるしあは、立ち上がった場所のまま、動かない。どうしたのかと思ったが、前髪に顔が隠れ、その表情は伺い知れない。

 

「るしあ?」

「──いえ、何でも無いのです」

 

 顔を上げたるしあは、にこりと笑うと、トンタンと、嬉しそうにステップを踏んで俺に並んだ。

 

「急にどうした?」

「いい事があったのですよ」

 

 この短時間に? 

 嬉しそうに笑いながら、るしあは俺の脇を抜けていく。

 

「先輩。戻らないのですか?」

「ん、ああ」

 

 今一腑に落ちないまま、るしあの後を追い、廊下へ出た。

 教室の階が違うから、階段で分かれる事にはなるが、それまでは一緒。

 なので、そのまま並び、歩き出す。

 

「るしあ。良い事って何?」

「先輩が教えてくれないので、るしあも教えません」

「えー」

 

 笑うるしあに、些か恐怖を覚える。

 

「それじゃあ、先輩。またなのです」

「ああ」

 

 結局、内容の分からぬまま、俺とるしあは階段についた。

 るしあが階段を下りだす。それを見守っていると、踊り場に立ったるしあが、俺へと手を振って来た。

 同じように振り返すと、るしあはそのまま階段を下り、俺の視界から消える。

 

「……なんだ、一体?」

『くーん?』

 

 俺の疑問が伝播したように、タロも首を傾げる。

 一体何なんだと思いながら、俺は自分の教室を目指し、歩き始めた。

 

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