はあちゃま
潤羽るしあ
放課後。
本来であれば、部活に向かっている時間ではあるが、俺は自分の席につき、学級日誌を書いていた。
日付や授業内容など、割と書くことが多く、極めつけは掃除の出来やその日の反省等も書かなければならない為、存外時間が掛かる物。
普段ならもう1人の日直との熾烈な押し付け合いなのだが、今日の相方は黒板の掃除等を終わらせると、「ししろんとの約束がー!」と言って帰ってしまった。まあ、朝の内に言われていたし、他の事をやって貰っているから文句は無い。ししろんって誰やと思いながら、その背を見送り、今に至る。
「反省かー」
反省する事なんて無いですと書く勇気は無く、何とか捻りだそうと頭を抱える。
一応昼休みに屋上に忍び込んだ事は校則的にはアウトだが、屋上を閉鎖はされたくないし、反省しなければとは思っていないので書かない。
……難しい。去年までなら欄一杯に書けたものだが。果たしてこれは成長なのか、劣化なのか。
「どう思う?」
「私を待たせている事を反省してよね」
廊下側から覗けない位置に腰掛け、顎を俺の机の上に乗せて、唇を尖らせた不機嫌そうな顔をするはあちゃまがそう言った。
成程、一理ある。別に約束をしていた訳ではなく、日誌を書いている時に急に現れて、誘われただけではあるのだが、それでも待たせているのは事実だ。
──それにしても。
机の上にはもう1つ。正確にはもう1匹、タロの姿がある。
最初ははあちゃまの様に顔だけ乗せていたのだが、たっぱが足りず落ち着かなかったようで、今は普通に机の上に乗っていて、はあちゃまを前に伏せていた。視線ははあちゃまを捉えて離さない。
──可愛い。
俺の守護霊は世界一可愛いかもしれない。手が止まっていることをいい事に、学級日誌の上を陣取られてしまった事等、些細な問題だ。
撫でまわしたいのだが、はあちゃまの前でそれは出来ない。もやもやする気持ちを学級日誌にぶつけたいのだが、タロが居るからそれも出来ず、俺が学級日誌を書かないからはあちゃまの機嫌も良くならない。
……悪循環だった。
「先輩、早く書きなさいよー」
「あ、うん」
タロ、そこどいてと念を送るが、残念ながら届かない。
掴んで持ち上げるか。でも、それで何やってんだこいつみたいな目をはあちゃまにされたら、心に来る。
るしあの気持ちを少し理解しながら、どうするか悩んでいると、慰みに回していたペンを掴み損ねた。
落としたペンが机の上で跳ね、そのままはあちゃまの前へと転がり、目と鼻の先で止まる。
自分の目の前に止まったペンに、はあちゃまの視線が向いた。
戻そうとしているのか、それとも特に理由は無いのか。ペンへ向けてはあちゃまが息を吹きかける。
ふー、ふー、と。ただ、ペンは微動だにしない。最初は何となくで行っていたようだが、どんどんムキになり、顔を真っ赤にしながら、口を尖らせている。
そこまで行くと、ペンも僅かに動きを見せるが、それでも動かない。
「……」
はあちゃまが動かせるまで待つか。それとも、さっさとペンを回収するか。悩んでいるうちに、手が動き出していた。
そのままポンと、はあちゃまの頭の上に手を置く。ちらりと、はあちゃまの視線が上を向いた。
「何?」
「いや、別に」
深い意味は無い。いい形の頭が、撫でやすい位置にあったからつい。
暫くそのまま様子を見る。特に、放せと言われる事も無ければ、振りほどかれる様子も無い。
実は満更でもないのだろうかと少し思うも、こういうのは大体勘違いと漫画で習ったので、軽く撫でたら手を放そうと考えた俺の視界に飛び込む影。
「──痛い⁉」
がぶりと、一撃。その主はタロであった。はあちゃまの頭に置いていた左手の手首を、思いきり噛んでいる。
思わず持ち上げた左手に、タロは未だ食いつきぶら下がったまま。守護霊って憑いている相手に攻撃出来るのかとか、こんな時まで触れなくていいのにとか思いながら、立ち上がった俺は、手首に噛みつくタロを、右手で引き剥がす。
「なにすんだお前!」
『わん!』
怒る俺へ一吠えし、顔を背けるタロ。カッっとなってやったと言わんばかり。急な反抗期だろうか。
とりあえず引き剥がしたタロは机の上に下ろし、手首を確認する。ちゃんと痛かったが、特に噛み跡は無い。変な感じだ。
手首を動かしても違和感は無く、あの痛みが気のせいだったのかと思える。
──本当に何だよ。全く。
理由も無く噛みついてくるとは思えないが、その理由が分からない。
溜息を漏らす俺へ、「ねぇ」と声がかかる。
「何しているの?」
「……犬に嚙まれた人の物まね」
「なんで急に?」
「……はあちゃまが暇してるかなって」
「そう。何もしていないのに、急に何してんだって言われて吃驚しちゃった」
「ごめんなさい」
はあちゃまからすれば、頭を撫でられたかと思ったら怒られたのだから、まさに青天の霹靂だろう。
視線をはあちゃまの方へと落とす。ジト目を向ける彼女へ、誤魔化す様に苦笑いを返した。
「何が食べたい?」
「そうねー……」
とりあえず、物で釣っておこうという俺の考えを組んでくれたらしく、腕組み考えるはあちゃま。
この隙に、終わらせてしまおうと、俺は席に着き、学級日誌に改めて向かった時。
がらりと、扉の開く音。
「おーい、日直いるかー」
クラス担任である教師の声につられ、俺はそちらへ顔を向けた。
「はい、居ます」
「おお。今日の学級日誌はどうした?」
「すみません、まだ終わっていなくて」
「ん? どうした?」
「今日の反省がありません」
そう答えると、担任からは胡乱な目を向けられる。
「お前、そういうことは言う相手を選んだ方がいいぞ? 俺は別に構わないが」
「……」
適当な人だなぁ、と思っていると、書くべき内容を思いついた。
ペンを手に取り、ササッっと日誌を埋めて、それを手渡す。
「お待たせしました」
「おう」
今日の分を見て、再び胡乱な目をして。暫し俺の方を見た後、担任は俺の肩を叩くと、「癒月先生に宜しく頼むぞ」と言って教室を出て行った。
意味が分からなかったので、さっさと忘れ、俺ははあちゃまの方へ向き直る。
「はて?」
先程まで居た場所に居ない。教室を見渡すが、俺以外の姿は無い。
「はあちゃまー?」
声を上げる。……返事は無い。
担任が来たのに合わせて隠れたのは分かる。流石にあんな校則違反は格好をしている誰かを前に、幾ら適当な教師として物申さない筈は無い。加え、先生が来たタイミングで教室を抜け出すないし教卓裏等に隠れようとしても、俺の机は最も窓際なので、はあちゃまのいた場所からでは教室内のどこに移動しようとしても見咎められる筈だ。
それなら──。
「……」
席のすぐ脇。開けられた窓から風が吹き込み、カーテンが揺れている。
カーテンを開け、窓を覗き込む。窓の縁に指をかけ、壁にしがみつくはあちゃまが居た。
担任が入って来る一瞬で、窓から抜け出して、隠れたらしい。
「……忍者か」
窓枠と自分の机に足をかけ立ち上がり、屈む。
何処を掴むか悩み、襟首をつかむ。力を入れると、魔力が右腕に集まる感覚。
そのまま立ち上がりながら持ち上げれば、軽々とはあちゃまの身体を持ち上げる事が出来た。
プラプラと体が揺れる。こんなデザインのキーホルダー、見たことあるなと思いながら、そのまま教室の中に運ぶ。
この間、はあちゃまは首根っこを掴まれた猫の様に、身を丸めていた。
「大丈夫か?」
「……先輩、意外と力あるのね」
大丈夫──なのだろうか。とりあえず床に下ろし、俺も降りる。
窓を閉め、帰り支度を整えた。
「お待たせ。帰ろう」
「……日誌は出来たの?」
服装を整えながら、警戒色を見せながらそう尋ねてくるはあちゃまへ、俺は首を縦に振る。
「結局なんて書いたの?」
「『日誌を適当に書こうとした』って書いといた」
「……それが既に適当じゃない?」
「……は、反省しているし。担任も認めたし」
でも二度と書かない。次回からもう少し考えて書こうと思う。
「で、どうする?」
「どうって?」
「いや、待たせちゃったし、どこか寄ってかないか? 奢るぞ」
「本当?」
「ああ。程々の金額なら」
その言葉に、はあちゃまの警戒色が抜け、喜色に染まる。
「早く行きましょう!」
「うお」
ぐいと手を引かれる。機嫌が直ったようで、何よりだった。
「……」
歩きながら、スマホを取り出す。通知を確認するが、特に新着メッセージは無い。
──るしあ、どうしたんだろ。
昼休み、急に機嫌の良くなった彼女。正直、放課後にも連絡が来たり、彼女が顔を見せるのではと思っていたのだが、その様子は無い。
何かメッセージを送っておこうかと思うも、送る言葉が思いつかない。
結局、スマホは再びポケットへと戻す。
「じゃあ、先輩。校門で待ち合わせね」
「え? あ、おう」
廊下に出た所で、はあちゃまにそう声を掛けられた。
頷いて返した俺に、はあちゃまは満足げに頷き、走り去る。
背を見送り、俺も校門に向けて歩き始めた。
***
同じ頃。体育館。
普段ならバスケ部やバレーボール部などが、放課後の部活に精を出している時間帯。
しかし現在、その場所は、不自然な程に静まり返り。
「~♪」
ステージ上にてバレエの如き動きをするるしあの鼻歌だけが、体育館には響いていた。
そんな彼女の周囲を、彼女のイメージカラーと同じ緑色に輝く光の糸で編まれた蝶が舞う。
流れるように鋭く、軽やかに。修練を感じさせる素晴らしい動きに、幻想的な光の蝶の群れ。
観客が居ない事が口惜しく感じる舞台。
そんな舞台が、タ、タンと、最後に2歩。ステップの音と共に終わる。
直後。
ガタン、と大きな音を、体育館の扉が鳴らした。
視線を向けるるしあ。その目が、昨晩、少年を狙った襲撃者の姿を捉える。
「るしあに何か、御用ですか?」
尋ねるるしあの言葉を無視して、襲撃者は歩を進める。
ゆっくりと確認するような足取りは、徐々に速度を上げ、駆け足へ。
昨晩同様、右手に鈍色に輝く物を携え、一直線にるしあへ向かう。
「……大丈夫。これは、降りかかる火の粉を払いのけるだけなのです」
そう言いながら、るしあは右手を突き出した。
ふわふわと飛んでいた蝶達が従うように前方へと飛んでいき、交わり、一つの円を成す。
その内に、新たに編まれる五芒星を軸にした、奇怪な図形。
「行って」
その言葉を切っ掛けに。
直後、溢れ出るように骸骨達がその光の図形から飛び出した。
あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。
文章の構成はどちらがいいですか
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全部詰める(全話までのやり方)
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地文と会話文の間に改行を入れる(今回)