ホロ学園の「俺」君物語   作:零円

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登場ライバー
紫咲シオン
星街すいせい


居候と幼馴染

「おじゃましまーす」

 

 ドアノブを回す音と共に、室内にシオンの声が響いた。

 大荷物を浮かせたシオンが、俺の部屋に入ってくる。

 

「これ置かせて」

「……」

 

 恐らくは呆れ顔を浮かべているであろう俺を余所に、シオンは一方的に自分の要求を告げてきた。

 慣れたものなのだが、それでもその言葉に俺は溜息を漏らしてから、苦笑の聞こえてくるヘッドセットのマイクに声を掛けた。

 

「すみません、フブキ先輩。通話切りますね」

『りょうかーい』

 

 PCを操作して通話を切る。

 ヘッドセットを外しつつ、改めてシオンを見れば、荷物を置いたシオンは中身の分別を始めていた。

 

「遠慮を学べ。そしてノックをしろ」

「いいでしょ。どうせ私物なんて殆ど無いし、アンタだって私の部屋に入るときにノックしないじゃない」

 

 分の悪さを感じ、視線を逸らす。ついでに部屋を見渡せば、去年までの伽藍洞の部屋とは打って変わり、非常に物に溢れていた。

 とはいえ、その中で俺の私物と言えば、オタク趣味を知ってから個人的に買った漫画やラノベと、それらを仕舞う本棚、ネットゲームでボイスチャットをするためのヘッドセット位の物。

 その他は借りたり、持ち込まれたりした物であり、ミオ先輩から借りたレシピ本や去年のノート、フブキ先輩の漫画やフィギュアやアニメグッズ、そしてシオンが持ち込んでいる読めない本やら用途不明の道具類といった具合。

 改めて随分増えたなと感じるも、パッっと見での余裕はまだあって、シオンの持ち込んだ荷物を置くことは出来そうだ。嫌がってもどうせ荷物は置かれる運命なので、さっさと諦める。

 

「クローゼットでいいか?」

「うん。大丈夫」

 

 立ち上がり、クローゼットへ向かう。引き戸を開ければ、割と容量いっぱいのクローゼット。相変わらず俺の私物は、洋服類が数点と段ボールが一つ置いてあるくらいで、残りは大量のシオンの私物。

 

「その白い段ボールを退かせば良さげね」

「ただでさえ勝手に物を置いているくせに、数少ない俺の私物すら退かせと申すか」

「申す」

 

 申された。居候の癖にとんだ暴君である。

 

「どこで売ってんだよ、その面の皮」

「コンビニ」

「嘘だろ」

 

 見たことないけど。魔界のコンビニだろうか。

 疑問を抱かされた俺を余所に、シオンは作業を始めた。

 といっても、大した作業は無く、俺の私物が入った箱を浮かして退かし、代わりに自分の荷物をその空間へと置くだけ。数秒で終わった。

 

「ていうか、軽っ。何が入ってるのこの箱」

「……小さい頃の思い出?」

「何で疑問形なのよ」

 

 小学校最後の引っ越しの際に仕舞い、そのまま封を切らずにクローゼットに仕舞った記憶がある。

 それ以降、今日まで引っ越しの度に持ってきては、封を切ることなく仕舞っていた。

 ちょっとしたタイムカプセルだ。恐る恐る封を切り、シオンと共に覗き込む。

 

「思ったより子どもっぽいわね」

「そりゃ、小学生の頃の代物だからな」

 

 当時好きだった絵本とか、ボタンがたくさんついた筆箱とか、何かで1等賞を取った時のメダルとか。

 中学入学に際して、小学校時代と決別しようと想い仕舞った、去年の俺なら即捨てしそうな品々。

 それらを眺め、逡巡する。

 

「……大した量も無いし、折角だから飾るか」

 

 そんな言葉が、口から洩れた。段ボールのサイズに対し、品が少ない。

 このまま仕舞っておいても、段ボールが邪魔だ。

 

「いいんじゃない?」

 

 シオンの言葉を切っ掛けとするように、箱の中身が浮き始めた。

 絵本が、筆箱が、メダルが。中に入っていたものが、シオンの指示により室内を飛び、ここが定位置だと言わんばかりに、勝手に収まる。

 楽だなー、とその光景を眺めていると。

 

「あれ?」

 

 シオンが声を上げた。声につられそちらを見ると、シオンが箱に手を入れている。

 取り出したのは、黒いケース。指輪とかが収まる程度の、掌大の小さな箱だ。

 暫くそれを観察して、ぱかりと蓋を開ける。

 

「何これ? ピンバッジ?」

「見せて」

「ん」

 

 手渡された物に、視線を落とす。

 確かに、シオンの言う通りピンバッジであった。黒い台座にカラスの意匠の施された物である。

 

「──ああ。懐かしい。社章だな、これ」

「社章? あんた、バイトでもしてたの?」

「そんなもん」

 

 ピンバッジを取り出し、記憶を頼りに側面を見れば、所属していた秘密結社の名前を見ることが出来た。

 自然と、其処にいた3人の顔を思い出していると。

 

「──ちょっと」

 

 声を掛けられ、肩が跳ねた。思考が浮上する。視線をシオンの方へ向ければ、彼女は自分の荷物を、空いたスペースへ仕舞い終えていた。

 

「懐かしむのはいいけど、大丈夫なのそれ」

「何が?」

 

 意味が分からず尋ねると、シオンは難しい顔をする。

 どうしてそんな顔をするのか分からぬまま、俺は机の上に置かれた眼鏡ケースから、眼鏡拭きを取り出した。

 それで社章を拭いていると、視界の隅で、ケースが浮くのが見える。どういうつもりだろうかと思い、シオンを見れば、彼女は難しい顔をして、右へ左へそれを動かし、最後は本棚へと置いた。それだけで、シオンは息を切らせ、額に汗を浮かべた。

 

「どうした? 大丈夫か?」

「……それ、仕舞っておいた方がいいわよ」

「え? 何で?」

「……臭い物に蓋をって言うでしょ」

 

 意味が分からなかったが、余りに真剣な表情に負け、俺は素直に首を縦に振った。

 置かれたケースに社章を収め、蓋を閉める。

 更にシオンはガムテープでもってグルグルに目張りしようとするものだから、流石にそれは止める。

 

「じゃあ、私、自分の部屋に戻るから。……それ、捨てる気になったら言って」

「いや、多分ならないけども。おやすみ、シオン。歯、ちゃんと磨けよ」

「子ども扱いすんな。おやすみ!」

 

 怒りを表すように、ちょっと強めに閉められた扉へ手を振って。俺は視線をPCへと移す。

 フブキ先輩はまだゲーム中。時計を見れば、いつも寝るより、やや早い時間。

 明日は休みだし、合流して遊び直してもいいのだが、そうすると睡眠時間が消えそうだ。

 ゲームは切り上げ、借りている漫画でも読もうかと思った矢先、スマホがメッセンジャーアプリの着信を告げた。

 スマホを手に取る。画面を見れば、画面には姉街さんの文字。

 一瞬疑問符が浮かぶも、直ぐに連絡先を交換した事を思い出した俺は、通話ボタンを押し、耳に当てる。

 

「もしもし」

『私だ』

 

 声を掛けた直後、姉ではなく妹の声が聞こえてきて、俺は反射的に電話を切った。

 数秒と経たず、再度同じ人物から着信。通話ボタンを押す。

 

『どういうつもりだ』

「ごめん、つい」

 

 防衛本能が働いたというか、何というか。

 

「どうしたの、すいちゃん」

 

 電話越しの幼馴染へ尋ねる。態々姉街さんの電話を使ってかけてきたのだから、何か重要な話があるのかもしれないと、そう思ったが。

 

『暇だった』

「あ、はい」

 

 そんな事無かった。

 

『なんだその反応はー。推しと通話出来るんだから、もっとテンションあげろー?』

「きゃーほしまちさーん」

『殺す』

「情緒どうなってんだ」

 

 通話状態をスピーカーにして、傍らに置く。フブキ先輩へ、このまま休むことをチャットで伝えると、『わかった。おやすみー』と届く。

 おやすみなさいと、短く返し、PCの電源を落とす。

 

『もしかして忙しい?』

「え? なんで?」

『推しと通話してるくせに、タイピングしている音が聞こえたから』

 

 今更だが、彼女の自信は何処からきているのだろうか。推している事は間違いないのだが、こうも言われると少し控えようかと思えてくる。

 

「大丈夫。学校の先輩にチャットしただけだよ。因みに、その人のおかげで、俺はすいちゃんがアイドルをやっていることを知りました」

『私の事を知らなかったとか、許されないんだが』

 

 テレビも見ないし、ネットもやらなかったんだから、知らなくても仕方が無いと思うのだが。

 

「すいちゃんがアイドルしていたことは知らなかったけど、忘れたことは一度も無いから許して」

『そんなこと言って、この前会た時、気づいてなかったじゃん』

「暗かったし、居ると思ってなくて」

 

 それに追われてもいた。

 

『まあ、そういう事にしておいてやろう』

「どーも」

『それで? 何時になったら、引っ越しの挨拶に来る?』

「いや、行かないけど」

『は?』

 

 そもそも、引っ越しの挨拶って引っ越してきた側がする物だった気がするが。それ以前に。

 

「姉街さんには良くして貰ったけど、流石に一人暮らしの異性の家に行くのは、些かハードルが高いし、世間体も良く無いかなと」

 

 フブキ先輩とかミオ先輩の家に入り浸っていた時期があるから、今更何を言っているんだという感じだが。

 それに、先輩達と違い、保育園以降ろくに会っていない姉街さんとは、ほぼ他人と言って差し支えないから、猶更だ。

 

『良く分からないけど、一人暮らしだからまずいって言いたい訳?』

「うん、まあ、そんな感じ?」

『なら、心配ないわね。──お姉ちゃーん、明後日来るってー』

『分かったー』

「待て待て待て!」

 

 電話の向こうで、急に話が進んだ。

 慌てて声を掛けると『何?』とすいちゃん。

 

「何じゃないよね? 直前の会話でおかしい所あったよね?」

『アンタが挨拶に来る気が無いって所以外、おかしい所無かったじゃない。向かわせて下さいお願いしますってひれ伏して、地面に額擦り付ける立場なのに』

「すいちゃんの中の俺がどうなっているのかは、後で話し合うとして」

『奴隷だけど』

「話し合うとして」

 

 話し合いの余地があるかはさておき。

 

「行かないって言ったよね? それを無視して勝手に納得した挙句、明後日の俺の予定、勝手に決めたよね?」

『アンタが、姉街一人暮らしじゃなければ行くって言ったんじゃない』

「一人暮らしだからまずいと一人暮らしじゃなければ行くは同じ意味じゃないだろ……というか、姉街さんって一人暮らしじゃないの?」

 

 てっきり、大学とか就職とかで、一人でこの街に引っ越してきたとかだと思ったが。どうやら違うらしい。

 家族みんなで越してきたとかなんだろうか。

 

『私と二人暮らし』

「それはもっとまずいんじゃない?」

 

 パパラッチとか。それを引いても、異性だけの家に行くというのは……あれ? 今更か? 

 

『まあ、そういう訳だから、明後日。忘れんじゃないわよ』

「あ、ちょっと!」

 

 俺の意識が逸れた隙に、すいちゃんがさっさと電話を切ってしまう。

 慌てて掛けなおすが、出て貰えない。代わりとばかりに、住所が送られてきた。

 確認すればそのマンションは、少し前にそらさんを送り届けた場所だった。

 考えてみれば納得というか、何と言うか。そりゃそうかといった感じ。

 すいちゃんに、「じゃあ、明後日ね。おやすみ」とだけメッセージを送り、俺は携帯を充電器に刺した。

 欠伸を漏らしながら、部屋の電気を落とし、ベッドに潜り込む。

 明後日会うなら、明日にでも色々済ませた方がいいかなと、そんな事を思いながら、俺は目を閉じた。

 

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