ホロ学園の「俺」君物語   作:零円

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夕方、駅前にて

「……何しているの?」

「ん? あ。おはよう、スバル」

「あ、うん。おはよう……ってそんな時間でも無いし、そうじゃなくて」

 

 ピンクのもこもこ改め、姫森ルーナさんとの邂逅から数時間。

 わための演奏も始まるしと、駅前に移動してきた俺は、スバルと出会った。

 チェックのワンピースにベレー帽を身に着け、小さなポーチを持った余所行きの格好をしているスバル。

 スカート自体は学校の制服で見ているが、以前俺と出かけた時はパンツルックだっただけに、少し新鮮さを覚える。

 

「……随分めかしこんでいるな」

「家族でご飯に行く途中なんだけど」

 

 ちらりとスバルの視線が動くのが見え、俺もつられてそちらに視線を向ければ、恐らくは両親と思われる2人の姿があった、とりあえず会釈して、スバルへ視線を戻す。

 スバルは当に俺へ視線を戻していて、前髪をちょいちょいと弄り、こちらを窺う素振りを見せていた。

 そんなスバルの様子を見て、自然と口が動く。

 

「似合っている。可愛い」

 

 月並みな誉め言葉ではあったが、幸い満更でも無かったらしく。スバルは顔を綻ばせながら。

 

「ありが──」

 

 最後まで言葉にならず、スバルは途端に真顔になった。

 はて、と首を傾げる俺の頭が掴まれ、ぐい、と元の位置に戻される。

 

「くすぐったいから、首傾げちゃダメなのら」

「すみません」

「それから女の子を褒める時はもっと笑顔で。内面を褒めるといいのらよ」

「成程。勉強になります」

 

 感心する俺の顔が、ぐにぐにと揉まれる。そんな事をされなくても、必要なら笑えるのだが。言っても無駄なので、暫しされるがままになる。

 対面に立つスバルの顔は、すっかり怪訝な顔になっていた。

 

「……それで」

「はい」

「どういう状況?」

「一言で説明するのは難しいんだけど」

 

 首を傾げると、「だからくすぐったいのら」と怒られ、再び首の位置を戻される。そのまましっかりと固定されてしまい、首を傾げるどころか、動かす事すらままならなくなってしまった。

 その様子に、スバルは眉間を揉む。

 

「……集中出来ないから、出来れば一度下ろしてくれない?」

「えーっと──」

「だめなのらよ」

 

 先程まで首を動かしたらくすぐったいと怒った癖に、俺の顔をしっかりと太ももで挟み、膝から下は俺の胸の前で組まれる。

 耳がふさがれ少し音が聞きづらくなったり、タロが顔まで逃げてきて視界を遮ったが、存外問題無かった。

 

「こんな感じなんだ」

「高くて楽しいのらー」

 

 鼻歌まで聞こえてきた。

 

「……親戚かなにか?」

「数時間前に知り合った」

「嘘だろ」

 

 俺自身信じられないが、本当である。

 

「なんか強制力が凄くて。一般人の俺には断れなかった」

「よきにはからうのらー」

「いや、そんなわけ……そんな気がしてきた」

「だろ?」

 

 不思議そうにスバルが首を傾げる。俺は相変わらず固定されているから首を動かせないので、内心で首を傾げる。

 

「まあ、その内迎えが来る筈だから、大丈夫」

「む。なんかルーナを下ろしたがっているみたいなのらけど。ルーナを肩車出来るなんて、大変名誉な事なのらよ」

 

 遺憾の意を示す様に、ぐにぐにと頬を引かれる。力が無いのか、鬱陶しいが全然痛みはない。

 罰になっていない事に気が付いたのか、頬から手を離すと、姫森さんは俺の髪の毛をわしゃわしゃとかきむしり始めた。変わらず痛みは無いが、鬱陶しさは増した。

 

「辞めてください」

「なら、平身低頭して許しを乞うのらよ」

「そんな事をしたら、姫森さんは顔をぶつける事になりますが」

「何でそいつを乗せたままやるんだよ」

 

 呆れ顔のスバルの言葉に、目から鱗が落ちる気分であった。

 俺の中で、姫森さんを下ろすという選択肢が無くなっていた事に、驚きを覚える。

 

「あ! ねえ、移動して!」

「え?」

 

 顔を上げれば、こちらを見下ろす姫森さんが見えた。姫森さんは、あっち、あっちとある方向を指さしている。

 視線を姫森さんからそちらへ。駅前の広場において、わための歌が始まろうとしている。

 

「別に、わための歌なら此処でも聞こえ──ぐえ」

「はーやーくーすーるーのーらーよー」

 

 発言を遮るように、太ももで首を絞められた。とんだ独裁である。

 何度かタップし、漸く許して貰えた俺は、漏れそうになった溜息を飲み込み、スバルへ片手を上げた。

 

「じゃあ、スバル。またな」

「お、おお」

 

 今のくだりを見て、若干引いたらしいスバルが、おずおずと手を上げ返した。

 まあ、俺もスバルの立場であれば、同じような反応をするだろうから、特に思う所は無く、大人しくその場を離れる。

 人の視線を感じながら移動し、歌うわための傍へ。既に囲んでいる人が居るから、邪魔にならないように少し離れた場所に立つ。

 歌っているわためが、周囲へ声を届けるように、軽く体を動かした。

 顔が俺の方を向き、目が合う。俺を見つけたからか、一瞬嬉しそうに目を輝かせ、俺の上にいる者に気が付き、スッっと視線が逸らされる。その間も、歌声に変化は無いから、大したものだ。

 しかし、その表情の変化に観客の一部は気がついたようで、俺の方へ振り返る者もちらほら。

 その中には、どうやら俺の事を知っている者もいるようで、最初はなんだこいつかと敵意混じりの反応を見せる者も居たが、ほぼ全員が何やっているんだこいつはという戸惑いの反応に変わる。

 悪目立ちへの耐性はあるが、だからといって見られる事への不満が無い訳ではない。

 ちょっとムッっとする俺の頭上から、鼻歌が聞こえてくる。それに合わせ、バランスが崩れそうになり、慌てて支える。

 見ずとも何となく察した。多分、俺に乗る姫森さんが、曲に合わせてリズムを取っているのだろう。

 

「姫森さん。体を揺らさないで下さい」

「いやなのらー」

「落としてしまいそうなんです」

「そうしたら、不敬罪で逮捕なのらよ」

 

 重すぎると思いながらも、相応に感じてしまうのは何故か。

 姫森さんの身体は止まらず、右へ左へゆらゆら揺れているらしい。姫森さん自身軽いし、揺れると分かっていれば支えられるから、一先ずの問題は無いのだけど。

 それでも、そろそろ疲れてきたし、フレアさんでもノエルさんでも、さっさと迎えに来てくれないかと。

 そんな事を考えていると、服の裾を引かれた。

 

「──天音先輩?」

「よっ。お疲れ様」

「お疲れ様です」

 

 片手をあげ、フランクに挨拶してくる天音先輩。流石に制服ではなく、黒いワンピースに白のジャケットを着た私服姿だった。

 合わせているのか、頭の手裏剣も普段と違い青色である。制服以外を見るのは初めてで、新鮮さを感じる。

 同じ事を思ったのか、「制服以外って珍しいね」と天音先輩。

 

「でも、あんまり新鮮味は無いかな? 制服と同じで黒いし」

「楽なので。天音先輩はお洒落ですね。なんか、私服はめっちゃダサいイメージで居ました」

「どういう事かな⁉」

「以前学園主催のバザーで、ダサいって言葉で片付けられない、何とも言い難い服を見て、真剣に購入するか悩んでいらっしゃったので」

「あれはいい物でしょうが!」

 

 殆ど着られた様子が無いのにバザーへ出されていた辺りから、察するべきではなかろうか。

 売りに出していた生徒も、「本当にそれを買うんですか?」という顔をしていたし。

 

「それにしても珍しいですね。こっちのスーパーを使っているんですか?」

「ううん。普段は別のスーパーだよ。今日はこっちに来る用事があったから、ついでに買って行こうかなって。まあ、君に会えたから、こっちで買い物した甲斐もあったかな?」

「あっはっは」

「おかしい。から笑いされる事を言ったつもりは無いんだけどな」

 

 間違えたらしい。冗談を言うトーンだったから笑ったんだけど。

 

「それよりさ。その肩に乗せている子って、親戚の子とか?」

 

 天音先輩の視線が、姫森さんの方へと移った。

 

「違います。知り合いの知り合いです」

「その関係性の子を、良く肩車出来るね」

「なんか逆らえなかったもので」

「ふーん」

 

 なんかスバルともこんなやり取りしたなと俺が思っていると、あの時と違い、「よきにはからえ」という言葉は落ちてこず、代わりに頭を軽く叩かれ。

 

「下ろすのらよ」

 

 そんな言葉が降ってきた。

 

「はい?」

「下ろしてー!」

「うわ⁉ 分かりましたから!」

 

 姫森さんが駄々をこね、暴れ出した。何だ急にと思いながら、急ぎ屈み、姫森さんを地面へ下ろす。

 下ろされた姫森さんは、服装を整えると、天音先輩へと向き直った。

 緊張が見て取れる。初めて会った時のわざとらしさは無く、本気で緊張していることが窺えた。

 

「大丈夫ですか? 姫森さん」

「へ、平気なのらよ」

 

 本当だろうか。少し心配。

 天音先輩を見ると、何やらにこにことしながら、姫森さんを見ている。余りに対照的な2人の様子に、仲裁した方がいいかと、口を挟もうとして。

 

「……あの」

 

 それより早く、姫森さんが口を開いた。その言葉は、天音先輩に向けられている。

 知り合い、なんだろうか。それにしては、天音先輩が俺へ、親戚の子なのかと尋ねた理由が良く分からない。

 姫森さんの方が一方的に知っている、という形なのだろうか。それにしては、どうも緊張しすぎな気もするが。

 

「何?」

 

 姫森さんの言葉に、天音先輩が答える。

 

「お、お友達の方についてなんですけど」

「ん? ああ、聞いているよ。探しているらしいね」

 

 お友達……天音先輩のお友達と言われ、真っ先に浮かぶのはあの人だった。

 そういえば、探していたっけと、先月の事を思い出す。

 

「安心してよ。こっちで楽しく過ごしているから、私達に帰るつもりは無いよ」

「そ、そうなのですね」

「うん、だから放っておいて、欲しいかな?」

「はいなのら」

 

 こくこくと、姫森さんが首を縦に振る。良く分からないが、何やら密約が交わされたらしい。

 よろしいと、満足そうに頷く天音先輩。それから、俺へ視線を向け、「もう一つあったや」とそう告げる。

 

「この子も舎弟だし信者だから、取り入ろうとか考えない方がいいよ。お友達位なら、文句も言われないと思うけどね」

「り、了解なのらー」

「……俺、そんな地雷みたいな存在なんです?」

「そうだよ?」

「そうっすか」

 

 俺に触れたら爆発するぜって感じか。……解せない。

 

「あの」

 

 声が掛けられる。振り返れば、フレアさんとノエルさん。こちらも少々、おどおどしている様が見受けられる。

 

「お迎えに上がりました」

「──ですって、姫森さん」

「う、うん。今日はありがとなのらよ」

「いえ。気になさらないで下さい」

 

 フレアさんとノエルさんが困っていたから、一時的に引き取っただけだ。別に姫森さんの為という訳でもない。

 

「ありがとうね。助かったよ。お礼は今度、必ずするね」

「別にいいんですけど……じゃあ、機会があれば」

「うん。分かった。──それでは、失礼します」

 

 フレアさんの最後の言葉は、俺ではなく天音先輩へ向けられたものだった。

 隣にいるノエルさんも、天音先輩へ頭を下げ、二人は姫森さんを連れて去っていく。

 その背を見送って、俺は天音先輩へ視線を戻した。

 

「お知り合いだったんですか?」

「これでも有名天使だからね。顔は広いんだよ」

「芸能人、みたいな?」

「いきなり俗っぽくなったね」

 

 まあ、間違ってないけど、と天音先輩は笑いながら言いつつ、わための方へ視線を向けた。

 釣られ、わための方へ視線を移す。こちらのやり取りには気が付いていなかった様子のわためは、今尚、熱心に歌唱を続けていた。

 わための歌う曲を、俺は知らない。聞いたことの無い、独特な音程のそれは、わため曰く出身世界の物らしい。脱畜後、色々と旅をしている間に、覚えたのだそうだ。

 

「懐かしいな」

「そうなんですか?」

「私が居た辺りの民謡だからね」

「へぇ。じゃあ、天音先輩もちい──幼少期に歌っていたんですか?」

「何で言い直したの?」

 

 深い意味は無いので突っ込まないでいただきたい。

 

「暫く聞いていくなら、荷物を持ちますよ」

「ううん。今日はもう帰るよ」

「そうですか」

 

 まあ、買い物途中だったのだから、仕方が無いか。

 僅かな名残惜しさを覚える俺に、「そうだ」と天音先輩。

 ポケットに手を入れ、何やら取り出す。

 

「これあげる」

「え? これって」

 

 受け取ったそれを見て、訝しむ俺。そんな俺に、天音先輩が笑って言う。

 

「ラッキーアイテムだから。常に身に着けておくと吉だよ」

「……これ、常に身に着けていたら、逆に問題なのでは」

「大丈夫大丈夫」

 

 天音先輩がそう言うなら……いや、でもな。

 困る俺の退路を塞ぐように、天音先輩は手を上げた。

 

「じゃあ、またね」

「はい。じゃあ、また」

「女の子、あんまり肩車するものじゃないよ」

「気を付けます」

 

 ひらひらと手を振る天音先輩へ、手を振り返し。

 同じく、その背を見送った俺は、わためへと視線を戻す。

 今度教えて貰おうかと、そんな事を思いながら、改めてわための歌に耳を傾けた。

 

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