ホロ学園の「俺」君物語   作:零円

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すみませんでした。


カバー保育園のやべーやつ2

準備をしろと言われ、少年はのそのそと四つん這いになって動き、近くに置かれていた大き目の石の上に腰を下ろす。

まだ眠気が残っているのか、眼をしょぼしょぼとさせながらも、ぱちぱちと、軽い拍手をする少年。それを聞いて、すいせいも移動する。

いつの間にか置かれていた、木材を組み合わせて作られた簡単なお立ち台。すいせいはその上に立つと、少年の方を見た。

強気な笑みを浮かべ、すいせいは息を吸い、歌いだす。

最近流行りの、魔法少女アニメの主題歌。アップテンポの可愛らしい曲だ。

建物の裏手。日の当たらぬ、ヒンヤリとした空間に、熱量の籠ったすいせいの歌声が響く。

その歌声を聞きながら、少年が手拍子。リズムがずれているのだが、少年は気づかず、すいせいは気にしない。

そんな調子で、どこかちぐはぐな1曲目が終わり、2曲目。そして3曲目と歌うすいせい。

全て終わった時、満足したのか、額の汗を拭いながら、「それで」とすいせい。

 

「どうだった?」

「ふつー」

 

元々歌に興味が無く、お歌の時間ですら、こくりこくりと舟を漕ぎながら、出ているかも怪しい声量で歌う少年である。

当然歌の良しあしなど分からず、すいせいの望む言葉が出る筈も無いのだが、しかし少年の言葉に、すいせいは歯噛みした。

最初こそ褒めない少年を怒ったりしたものだが、今は素直に認めさせたい。終わった後も、今のようなうつらうつらとした半寝の状態のままではなく、しっかり覚醒して目を輝かせ、はち切れんばかりの拍手をさせたいのだ。

――それはそれとして。

 

「アンタ、いつになったらちゃんとリズム取れるのよ」

「むずかしー」

 

鼻歌を歌いながら、ぱちぱちと手拍子する少年。滅茶苦茶な鼻歌が果たして何の曲なのか分からないが、少なくとも鼻歌のリズムと手拍子のタイミングはあっていない。

 

「違うー!」

「わからない」

「こう!」

「わからない」

 

少年の鼻歌に合わせすいせいが手拍子でリズムを取るが、ピンとこないらしい少年は、変わらずずれたテンポ。

ぱちぱぱちぱちぱちぱぱち。

一定リズムのすいせいの手拍子の合間に入る、少年のまばらな手拍子。眠気を我慢しているようで、船を漕ぐ首の方が、まだリズム感があった。

キーッっと地団太踏むすいせい。そんな彼女の前で、うつらうつらとしていた少年は、そのままぽてりと、横に倒れた。

スースーっと、間もなく規則正しい寝息。

すかさず少年の傍へ屈み、すいせいはその肩を掴み、引き起こす。

 

「寝るなー!」

 

思い切り体をゆする。無抵抗に首が縦に振られるが、その衝撃は少年を起こすに至らない。

すいせいは少年を仰向けに転がすと、その上にまたがった。両手を天高く構え、迷わず右手から振り下ろす。

ぱしんと、良い音が少年の左頬から響いた。

序で、右手を上げながら左手を振り下ろす。右頬から音。

そのままばしばしと、すいせいは少年の頬を叩き続ける。

 

「寝たら死ぬぞー!」

 

寝ているから殺すの間違いなのではと、思えてならないが。

少なくともそう叫ぶすいせいの言葉には一片の迷いすら感じさせない。

 

「ちょっ! 何しているのすいせいちゃん!」

 

すいせいの怒声を聞きつけ、様子を見に来た園長が、すいせいを持ち上げる。

思い切り暴れ、抵抗するすいせい。それをなだめる園長。

ぎゃいぎゃいと、喧しい環境の中、両頬を腫らした少年は、それでもすやすやと、眠り続けていた。

 

***

 

夜道を、すいちゃんと2人、並んで歩く。

再会して間もない事もあり、共通の話題が見つけられていなければ、咲かせられるだけの思い出話も、特に無く。

加えて、すいちゃんに関しては、俺に揶揄われた事もあって、少しお怒り気味のところもある。

結局、双方無言のまま。暫く時間は過ぎていた。

 

――まあ、それも別にいいんだけど。

 

すいちゃんを横目で観察する。

表情はつんとしたまま。ただその表情は、昔と変わらないのであれば、それは別に本気で怒っている訳ではなく、適当によいしょしたら解決するそれだった。

 

「ねえ、すいちゃん」

「……ん?」

「すいちゃんって、何でアイドルになったの? 昔から、歌は上手かったけどさ」

 

よいしょの切っ掛けになるかと思い、すいちゃんに尋ねる。

 

「……アイドルになりたかったから」

「まあ、それは知っているけど」

 

公式サイトか、雑誌の記事か、フブキ先輩の雑学か。

詳しくどれかは覚えていないが、すいちゃんがそう言っていたのは知っているし。

保育園時代にもそんな事を言っていた。……ただ。

 

「そんな謙虚な性格だっけ」

 

ガッっとケツを蹴られて、つんのめる。

転ぶところまでは行かなかったが、それでも、それなりに痛かった。

 

「何すんだよ」

「いきなり喧嘩売られたから」

「……」

 

彼女は保育園時代の自分を憶えていないのだろうか。

 

「すいちゃんなら世界征服位言いそうだなって」

「……」

 

俺の言葉に、すいちゃんの眉間にしわが寄る。図星の顔だった。やっぱりすいちゃんだった。

 

「……良いのよ、まずはアイドルになる事が目標だったし。世界征服はアイドルになってからの目標」

「そうなの?」

「そうなの」

 

てっきり、デビュー前から、アイドルになって世界征服、が目標だと思っていた。

アイドルになるのなんて、極端な言い方をするなら手段レベルなのではと。

ただ、そうでも無いらしい。

 

「……アンタは?」

「ん?」

「多少マシになった?」

「あー……」

 

その言葉の対象が親の事と悟り、返答に困る。流石に保育園時代はそこまで達観もしていなかったから、すいちゃんに対して愚痴というか弱音を吐いた事もあるし、その件で星街家のお世話になった事もある。

間違いなく、家族の問題について、一番世話になったのはすいちゃんだ。

煮え切らない俺の反応に、すいちゃんは察したようで、溜息を漏らす。

 

「まあ、女の子連れ込んで住まわせても、何にも言われないみたいだしね」

「あっはっは」

「何その笑い?」

 

何なら、家にはもう一人住んでいるし、少し前までは毎晩食事をたかりに来る後輩や保健教諭が居たり、大けがして入院したりしていたのだが。

態々言う事でもないので、笑って流す。

 

「それに、保育園時代のアンタの事を思い出すと、学校生活も浮いてそうだけど。大丈夫? 公私ともにぼっちだったりしない?」

「……まあ、今は家にシオンもいるし、学校でも良き友人、良き先輩に恵まれて、楽しくしているよ」

「今は、ねぇ」

 

すいちゃんがジト目を向けてくる。

へらりと笑って返せば、呆れた様子で、溜息をつかれた。一応心配してくれていたのだろうか。

正直、それはそれとして。

 

「すいちゃんはどうなのさ。家はともかく、学校ではめっちゃ浮いていそうだけど」

「あ゛?」

「怖いってば」

 

それでも、かつての傍若無人振りを憶えている身としては、第二、第三の俺が居たのではと思えてならない。

だがすいちゃんは、俺の言葉に呆れた様子を見せると、勝ち誇った表情を浮かべた。

 

「アンタと違って世渡り上手なのよ」

「というと?」

「生意気なやつを分からせる事はあったけど、それはそれとして、女子のリーダー格だったんだから」

「ほえー」

 

上手く化かした物だ。

 

「失礼な事考えてない?」

「ないない」

 

ふるふると、首を振り返す。

 

「流石すいちゃんだなって、感心していた所だよ」

「嘘くさい」

 

ばっさり切られて、俺は笑うしかなかった。そんな俺を見て、すいちゃんの表情が少し陰る。

 

「……アンタは随分変わったわね」

「そりゃ10年以上経っているし」

 

唐突なすいちゃんの言葉。彼女の知っている保育園時代と比べれば、変わるだろう。

言外に、当たり前じゃないかと、そんな気持ちを込めて返せば、「そりゃね」とすいちゃん。

 

「全く同じ、とは思っていないけど。それでもまぁ……なんだ。結局アンタは、あの頃と大して変わらず、マイペースに1人で生きているんじゃないかなって、そんなふうに思っていたからさ。こんな風に冗談交じりに話せるようになっているとは思わなかったのよ」

「……まあ、この性格というか、今の感じになったのはホロ学に入ってからだから、すいちゃんの考えが間違えている訳でもないよ」

 

天音先輩に拾われ、フブキ先輩やミオ先輩に出会い。

そこから、色々な出会いと経験を経て、今に至る。

成長したのかと言われると少し自信は無いが、変わったかと言われれば、間違いない。

自分でも、驚く事はたまにある程だ。

 

「俺的には、すいちゃんはすいちゃんのままで、少し安心した」

「変わっていないって言いたいの?」

 

ぎろりと睨まれる。人の発言をすぐに攻撃的にとらえる癖はどうにかならないのか。

 

「成長はしているけど、本質は俺が好きで憧れたすいちゃんのままだったって意味だよ」

 

自信家で努力家。我が道を行くだけでなく、作る人。

幼心に、すいちゃんはかっこいいなぁと、そんな事を思っていた。

俺の言葉に、すいちゃんがたじろぐ。

 

「そういうストレートな所は変わっていないわね」

「分かりやすくていいでしょ?」

 

笑って返せば、何度目かの呆れた様子の溜息。

 

「学校でもそんな感じなの?」

「んー……うん。こんな感じ」

 

頷き返す。頷く俺に、すいちゃんの顔が面倒くさそうに歪む。

 

「そんな表情されるとは思わなかった」

「夜道には気をつけなさいね」

「夜目は効くからへーきへーき」

 

上段への回し蹴りが飛んできて、屈んで躱す。

 

「やるわね」

「どーも」

 

少し距離を取りながら、立ち上がる。

すいちゃんも、追撃するつもりは無いらしく、俺を置いて歩き出した。

小走りに近づき、隣へ並ぶ。

 

そこからは、すいちゃんが転入するホロ学についての、当たり障りのない会話に変わった。

広さがどうとか、学食がどうとか、部活がどうとか。

警戒しないといけない生徒や先生、面倒くさい事。

思いつく限りのことを話しているうちに、すいちゃんの引っ越してきたマンションが見えてきた。

 

「寄ってく?」

「いや。明日学校だし、今日は帰るよ。挨拶はまた今度ね」

「そう」

 

敷地前。門の前で、立ち止まる。

 

「それじゃあ、また明日ね」

「うん。またね、すいちゃん」

 

ひらひらと手を振りあい、すいちゃんと別れる。

すいちゃんはそのまま敷地を進み、マンションの方へ。

その背を見て、思わずすいちゃん、と声をかけた。

 

「何?」

 

振り返りながら尋ねてくるすいちゃん。

 

「明日、一緒に登校しない?」

 

保育園時代に憧れ、叶わなかった同じ通学路。それを叶えるための誘い文句は、シンプルな物だった。

その言葉に、すいちゃんは訝しげな顔をする。

 

「何言っているの、当たり前でしょ。ちゃんと迎えに来なさい」

「……了解。半ごろに来るね」

「ん」

 

改めてひらひらと手を振るすいちゃんへ、同じく手を振り返す。

それを見て満足したのか、すいちゃんは笑顔で頷き、今度こそマンションの中に消えていった。

見えなくなるまで見送ってから、俺も帰路につくため歩き出そうとし。

 

「ん?」

 

視界の隅に何か見えた気がして、そちらに視線を移す。

広がる住宅街。見渡すが、特に怪しいモノは見当たらない。

 

『わん?』

「……いや、何でも無い」

 

不思議そうに首を傾げるタロへそう返し、俺は元来た道を歩き出した。

そんな俺の背中を、カラスが1羽見ている事に、終ぞ気が付くことは無かった。

 

 




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