ホロ学園の「俺」君物語   作:零円

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転校初日、朝

翌日。俺は、時折マンションから出てくる住人の、訝しげな視線に耐えながら、すいちゃんの住んでいるマンション前に立っていた。

いつもより早起きしたせいで、正直まだ眠い。

眠気を誤魔化す為のストレッチの効果も無く、漏れそうになった欠伸を噛み殺してむにゃむにゃしていると、「変わらないわね」と、横から声。

 

「おはよ、すいちゃ」

「はいはい。おはよ」

 

この場に及んで、まだワンチャン嘘っぱちで、迎えに来た俺をすいちゃんが馬鹿にする展開もあるのではと思っていたから。

きちんとホロ学の制服を着ているすいちゃんを前に、本当だったんかーとそんな感想を抱く。

 

「似合う?」

「似合う似合う」

 

適当な俺の返事に、すいちゃんは自分の通学鞄で俺の胸を強打する事で答えた。

一瞬息が詰まる。直後、鞄が手放されたのを見て、俺は慌ててそれを掴んだ。

 

「ひれ伏して頭を下げて褒めなさい」

「滅茶苦茶言うじゃん」

 

早い話土下座しろという事である。凡そ屋外でする要求ではない。

絶対にしないぞという強い意志を見せていると、もとよりそんなに興味は無かったのか、「それより」とすいちゃん。

 

「なんか早くない? まだ三十分になってないけど」

 

ほらと見せてくるスマホ。約束の時間よりは、確かに少し早い。

 

「お互い様でしょ」

「私はアンタが待っているのが見えたから、早く来てあげただけ」

「そりゃどうも」

 

ちょっと意外とは思っていない。

 

「それで? なんでこんなに早いのよ」

「いや、転校初日なら、職員室行ったりしないといけないだろうから。半じゃぎりぎりかなって」

「だからってアンタだけ早く来ても意味ないでしょうが。連絡しなさいよ」

「俺、すいちゃんの連絡先知らんし」

 

以前すいちゃんから連絡が来た際は姉街さんの連絡先からだったし、昨日交換するのを忘れた。

今朝方姉街さんへ連絡するか悩んだのだが、流石にメッセンジャーをお願いするのは悪いかと思ったのだ。

 

「交換してないっけ?」

「してない」

「そっか」

 

頷くと、すいちゃんはポケットからスマホを取り出した。

「ん」と短く言葉を切って、突き出してくるそれを見て。俺もポケットからスマホを取り出す。

メッセンジャーアプリを起動し、近づけてふるふる揺らせば、瞬く間にすいちゃんの連絡先が登録された。

 

「私のメッセージには5分以内に3つの言葉で返事する事」

「お姫様扱い希望なら、もう少し条件緩くしてくれ」

 

登録者名をすいちゃんへ変更し、ポケットへしまう。

すいちゃんも暫し操作していたが、その内ポケットへとスマホを戻した。

 

「それじゃあ、行こうか」

「ええ」

 

はい、とすいちゃんに鞄を差し出すが、それを無視してすいちゃんが歩き出す。

虚空へと差し出されたすいちゃんの鞄を暫し見て、諦め、自分の鞄と一纏めにし、歩き出す。

かつて考え、憧れ、叶わなかったすいちゃんとの登校が、ついに始まり――。

数分後にはちょっと後悔した。

 

「めっちゃ見られているねー」

「それはそうでしょ」

「自覚あるなら、顔を隠す努力とかしてよ」

「高校行くのに、サングラスなんてかける訳ないでしょ」

「んー……そりゃそうなんだけども」

 

おっしゃる通り、ではあるのだが。すいちゃんはホロ学園生である前に、今をときめくアイドルであった。

そんな彼女が、前情報も無しに学園の制服に身を包み、ましてや男子生徒と歩いているとなれば、流石に目を引く。まだ困惑の方が強いらしく、近寄って来ないのが救いか。

 

「まあ、毎日見てればそのうち気にしなくなるわよ」

「……それは制服姿の話でいい?」

「さーね」

 

適当な反応。よもや毎朝迎えに来いというのか。普通に遠回りだから、せめて途中で合流する形がいいのだけども。

困惑する俺を他所に、すいちゃんは後ろ手に手を組んで、俺の前を歩いている。顔は見えないが、その姿は思いのほかテンションが高めで、浮かれている様子だ。

 

「なんか楽しそうだね」

「そうよ。だって新しい学校、新しい生活ってなんかドキドキするじゃない」

「そうかなぁ」

 

転校なんて面倒くさいだけだろうに。それとも、幾度もの転校を経験している俺が擦れているだけなのだろうか。

首を傾げる俺に、歩きながら振り返り、そのまま器用に後ろ向きに歩き出すすいちゃんが笑いかけてくる。

 

「そうよ」

「……ナチュラルに俺の心読まないでよ」

 

芸能界という所は、読心術でも使えないとやっていけないのか。

 

「分かりやす過ぎるのよ」

 

勝ち誇るようなその笑いを浮かべるすいちゃんが、そう言った。その笑顔を、何かしらの反撃で崩したくなるが、人目がある中では流石に出来ない。

 

「んー? 反撃しないの?」

 

器用に後ろ向きに歩きながら、再び心を読んできたすいちゃんが、ナチュラルに煽って来る。

そのきれいに結われた髪型を滅茶苦茶してやろうかという気持ちを抑えつつ、「しないから」と短く返した。

 

「あっそ」

 

俺の言葉に何故か気を悪くしたのか、少し唇を尖らせるすいちゃん。

何で機嫌悪くなるのかと思いつつ、すいちゃんの肩を掴んで、引き寄せた。

思ったよりも軽い体が抵抗無く引かれ、腕の中に納まる。驚き、顔を赤らめるすいちゃん。

そんなすいちゃんの後ろにあった丁字路を、車が通過していく。

 

「後ろ向きで歩くのは危ないと思うよ」

「……生意気」

「無視するわけにいかないでしょ」

 

さっさと解放して、すいちゃんの脇を抜ける。

直後、タロの鳴き声を聞いて、俺はその場に屈んだ。頭上を、恐らくすいちゃんの物と思われる蹴り足が通過していく。

 

「……アンタ、背中に目でもついているの?」

「その前に不意の回し蹴りについて謝ろうか」

「ファンサよ。私に蹴られたいって人、多いんだから」

「俺は少数派なもので」

 

そういうのは望んでいない。

膝に着いた埃を払いながら、一応警戒しながら立ち上がる。幸い今回も追撃は無く、俺が立ち上がったのを確認してから、今度はすいちゃんと2人、並んで歩き出す。

 

「え、何あれ?」

「あの人、すいちゃんだよね? どうしてうちの制服着ているの?」

「転校してきたとかかな?」

「しかもあの2人、距離近くない? なんか変な感じ。付き合っていたりして?」

「まさかー」

「……」

 

「分からん、意味は分からんが……許せん」

「おのれ、あの男……白上さんだけでなく、星街さんにまで手を出すとは」

「確か大神さんとも仲が良かったぞ」

「俺達の大空さんとも仲がいいんだ……」

「……」

 

困惑が通り過ぎ、好奇と怨嗟の視線を感じる。

 

「すいちゃん、走らん?」

 

こういう時はさっさと逃げるに限る。

そう思って声をかけたのだが、何故かすいちゃんからは物言いたげな目を向けられる。

 

「……え? なんで?」

「白上さんとか大神さんって誰?」

「誰って、同じ部活の先輩だけど」

「大空さんは、昨日会ったスバルちゃんで、家にはシオンちゃんも匿っていると……」

「匿っているというか、寄生されているというか」

 

今日も結局起きてこなかった居候の姿を思い出す。

最近は生活習慣の乱れにも拍車がかかり、夕方まで寝ていた、なんてこともざらだ。

好きな事、やりたい事があるのは良いとは思うが、正直片付かないからちゃんと起きてほしいものである。

 

「いつの間にか女の子を侍らせるようになっちゃって。幼馴染として恥ずかしい」

「言い方」

「もういないでしょうね?」

「……」

 

わためやるしあといった、脳裏をよぎる顔が幾つかあった。侍らせている訳ではないが、確かに仲良くはしている。

俺の思考をしっかりと読んだようで、すいちゃんは苛立たし気に舌打ちを1つ。

 

「今思い浮かんだ顔も含めて、全員紹介しなさい」

「別にいいけど……なんで?」

「アンタの幼馴染として、交友関係を把握するための面通し」

 

幼馴染って凄い立場だ。

俺がその立場を理由に、すいちゃんの芸能界での友人関係についての面通しを依頼したら叶うのだろうか。

色々観たり聞いたりするようになって、それなりに芸能人というものにも理解が出て来たから、会ってみたいという願望が無い事もないのだが。

 

「アンタはダメ」

「あ、はい」

 

ダメらしい。元々頼む気は無かったが、やっぱりちょっと残念。

そして、すいちゃんはなんでちょっとお怒り気味なのか。幼馴染の交友関係に不満があるのは、なんとなく分かるのだけど。

変なのと思いながら、すいちゃんと並び、角を曲がる。

学園までは、この通りを抜けた先。当たり前だが、生徒の数が一挙に増える。

すいちゃんの事、気づかれたら面倒そうだなぁと思った矢先。

 

「ねぇ、あれってすいちゃんじゃない?」

 

生徒の1人が、口火を切った。その言葉が、瞬く間に伝播していき、通りに居た生徒達の視線が、一挙にこちらへ向いた。

 

「うお」

 

その光景に、流石にびびる俺。そんな俺に、「何してんの」とすいちゃんの軽口が飛び。

そのまま、何事も無いかの如く、歩き出した。慌てて追いかけて、隣に並ぶ。

 

「慣れてるね」

「当たり前でしょ。これくらいで怖気づいていたら、もっと大勢の前で歌えないでしょうが」

 

それはそうなんだけど。改めて目の当たりにすると、やはり感心してしまう。

だからだろう。

 

「……アイドルなんだねぇ、すいちゃん」

 

無意識にぽつりと漏れたその言葉。

耳ざとくそれを聞きつけたすいちゃんがこちらを向き、クールな笑みを浮かべた。

 

「漸く気付いた?」

 

その笑顔に少しだけ気圧され、俺は肩をすくめる。

 

「おみそれしました」

「よろしい」

 

満足そうに頷くすいちゃん。そんなすいちゃんを見て、つられて笑う。

そんな俺達の前に、立ちはだかる影。

視線を向ける。

仁王立ちするのは、我らが生徒会長百鬼あやめ。

その後ろに控え、「おはよー」と手を振ってくるのは、天音先輩であった。

 

「よく来たなぁ、すいちゃん! 私の学園に!」

「……」

 

視線を感じそちらへ移せば、すいちゃんが俺の方を見ていた。

 

「手前は我らが生徒会長、百鬼あやめ。後ろにいるのは裏番の天音かなた先輩」

「おい」

 

天音先輩からお怒りの声が聞こえた。

 

「成程」

「納得されちゃった!」

 

慌てる天音先輩。流石すいちゃん、察しがいい。

視線を生徒会コンビへ戻す。

 

「なんで2人が此処に?」

「2人の事を待っていたんだよ。パニックにならないとも限らなかったしね」

「成程、ありがとうございます」

「それが仕事だからね。それはそれとして……」

 

天音先輩の視線が、俺の腕に向く。

 

「ラッキーアイテムはつけてこなかったの?」

「流石につけるのは。身につけろとの事でしたので、持ち歩いては居ますけど」

 

ポケットごしに、先日天音先輩に頂いたものを確認する。

限定的で使いづらい物ではあったが、天音先輩に言われた以上は最低限持ち歩く事は心がけていた。

 

「んー、まあ、とりあえずそれならいいか。すいちゃん、案内するから、ついてきてね」

「あ、はーい。んじゃ、またね」

「ああ」

 

天音先輩が歩き出し、手を振ったすいちゃんがその後を追う。

俺もぼちぼち教室に向かうかと、そう思っていると、腕を掴まれた。

視線を向ければ、涙目の百鬼。

 

「無視、しないで」

「……ごめんて」

 

 

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