ホロ学園の「俺」君物語   作:零円

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百鬼あやめ
天音かなた
星街すいせい


転校初日、生徒会

 急須へ茶葉を入れ、お湯を注ぐ。

 ふたを閉めて少し蒸し、時々揺らし、茶葉を開かせて。

 急須から湯呑──は無いからマグカップへ注ぐ。このとき、しっかり茶漉しを挟む事を忘れない。

 以上、昔ミオ先輩に教わった、簡単な緑茶の煎れ方である。

 

 ──今更だけど、生徒会室にこんなセットあったか? 

 

 最後に手伝いに来ていた時には、無かったような気がするし、ここ数週で持ち込まれたのだろうか。

 まあ、温かいお茶が無料で飲めるのだから、文句は無い。ぜひ定期的に使わせてほしいまである。

 自分の分を一口飲み、いつもの味である事を確認し、もう1つ用意したものは、百鬼へと届ける。

 

「どーぞ」

「おお。ありがとうな」

 

 百鬼がマグカップを手に取り、数度冷まして、一口。

 普段座っている席に腰を落としながら、少し緊張しつつ言葉を待つ。

 

「──おお。普通においしい」

「そりゃどうも」

 

 口では軽く返しつつ、思わずガッツポーズ。

 割と何でも飲むが、緑茶だけはマイ急須買ったりしていて、少し思い入れもあるから、褒められたらやはり嬉しいものだ。

 同じく緑茶を口にして、吐息を漏らした。

 

「それにしても……なんか浮足立っているな」

「まあ、あのすいちゃんが転校してきたしな」

 

 生徒会室で2人、特に作業をするでもなく、のんびりとお茶をすする、穏やかな時間。

 しかし扉や窓、壁を挟んだ外では、そんな穏やかな時間とは正反対の時間が流れているようだ。

 時折聞こえてくる言葉で、最も多くを占めるのは当然すいちゃんの名前である。

 

「暫くこんな感じかな」

「かもなー。仕事、滞らないといいけど──あ、ごめん。今の無し」

「はいはい」

 

 転校していた以上、すいちゃんも立派なホロ学生だ。

 生徒会長である百鬼としては、すいちゃんにも学園生活を楽しんで貰いたいのだろう。

 とはいえこの浮足立ち具合では、何かしらの問題を起こす者も恐らく出てくる。

 生徒会的に可能性がある以上は放置出来ず、どうにかする為に、すいちゃんの傍に誰かしら置いて、学園が慣れるまでの時間を稼ぎたい。

 しかし、仕事内容が内容である以上、その為の人員を募集したボランティアに頼むという訳にもいかないから、生徒会、もしくは近しい誰かにするしかなく、そこに人を割くと、もともと多忙な生徒会業務への支障が出て、火急の問題が起きた時などの動き出しが遅くなる。

 成程、思ったよりもすいちゃんの存在は大きいらしい。

 

「あっちを立てたらこっちが立たずか。難しいな」

「……」

 

 百鬼の目が俺に向く。無視して顎に手を置く。

 良さげな人員を考え、思いつく。

 

「フブキ先輩なんていいんじゃないか?」

「本気で言っているのか?」

「7割くらい」

 

 3割はドルオタ部分から発生する影響が未知数な事。

 

「そもそも3年生にこんな事を任せられる訳ないだろ。幾ら内部進学って言っても、勉強しなくていいわけじゃないし」

 

 内部進学は内部進学で、一定の成績を収めていないとその資格が剝奪される。

 高をくくっていたら、内部進学出来なくなり、地獄の受験勉強が急に始まった、という話も聞かない訳じゃない。

 流石にあの2人なら大丈夫だと思うけど、もしもの可能性が無い訳でもない。

 

「他にはスバルとか」

「スバル?」

「昨日、家に遊びに来て、その時にすいちゃんと面通ししている」

「え? なにそれ? 余、聞いていないんだけど」

「いや、断る必要も無いけど」

「余もスバルと遊びたい!」

「意味深な電話すると、心配して駆けつけてくれるぞ」

「成程。やってみる」

 

 この会話のせいで、後日スバルに怒られるのだが。今は関係ないので省略。

 

「それで、どう? スバル」

「いや、無いだろ」

 

 バッサリだった。

 

「仕切り役としては充分だけど、いざという時の実力行使を頼めないし」

「実力行使を想定してるのやばいな」

 

 ただ、そういう事なら、総合格闘技部を動員できるスバルはありな気はするけど。

 

「大会に支障をきたすかもしれないだろ」

「おっしゃる通り」

「で? 他は?」

「思いつかない」

 

 わざとらしく腕を組み、首を傾げて見せる。うぎぎと、苦虫を嚙み潰したような顔をする百鬼。

 その顔を見て、思わず笑いが零れた。

 

「冗談だよ。やれって言われんでも勝手にやるつもりだったし」

 

 今をときめくアイドル様のすいちゃんである。

 無論自衛手段は心得ているだろう。何事も無いならそれに越した事は無い。

 ただまあ、此処はホロ学である。地域内生徒数最多のマンモス校、少々人間じゃない方もいる訳で。

 それこそ、すいちゃんが予期せぬ事が、起こらないとも限らない。

 

「ただ、俺に頼むなら生徒会云々は無しで頼む。大切な幼馴染だ。頼まれたから守る訳じゃない」

「……でも、それだとお前様も危なくないか?」

「スバルの時の一件もあるしな。覚悟はしているよ」

 

 それこそ、生徒会に頼まれたから、という体で入れば、大なり小なりの嫉妬はともかく、それが行き過ぎる事は無いだろう。それは分かっているつもりだ。

 

「俺が一緒に居たいから居るって決めたんだ。それにほら、この方がすいちゃんに対してのアクションの矛先が、俺に向くかもしれないだろ?」

 

 その方が、直接対処出来て楽まである。

 

「だからって。また1年の時のようになるかもしれないし」

「あの時とは違うさ」

 

 友人知人に恵まれた。少なくとも、周り全員敵orその他、という事態にはならない筈だ。

 

「とりあえず、うまくやるよ。なんかあったら、相談する」

 

 飲みかけのマグカップを差し出せば、深刻そうにしていた百鬼の顔が、ふにゃりと砕けた。

 

「……宜しくー」

 

 コンッっと、マグカップのぶつかる、軽い音が生徒会室へ響く。

 直後。生徒会室の扉が開いた。

 

「ただいまー」

「失礼しまーす」

 

 天音先輩とすいちゃんの2人が、姿を見せる。

 

「おかえりー」

「おかえりなさい」

 

 声をかけると、生徒会室に入ってきたすいちゃんに何故か睨まれた。微かに顔が赤い辺り、本気で怒っているのかもしれない。

 その脇で、天音先輩が口元を隠している。微かに肩が震えている辺り、もしかして笑っているのだろうか。

 

「なんですいちゃん、そんなに怒ってるの?」

「はぁ⁉ 怒っていないですけど⁉」

「えぇ」

 

 時間を置いた方が良さそうなので、天音先輩へ。

 

「どうしたんですか?」

「いや、別に」

 

 俺を見、すいちゃんを見。再び、肩を震わせる。

 何か面白い事でもあったのだろうか。共有してほしい物である。

 

「かなた先輩、笑い過ぎなんですけど!」

「いや、ごめ……」

「すいちゃん、そんなに面白いことあったの? 教えて」

「うっさい!」

「えぇ」

 

 一体何なのか。百鬼の方を見れば、百鬼も良く分かっていないようだった。

 まあ、教えてくれない以上、知りようが無いので、この話はいったん終わりにすることにして。

 こちらは教えてくれるだろうかと、もう一方の興味へと話題を移す。

 

「そういえば、すいちゃんのクラスって何組?」

「3組」

「そっか。じゃあ、同じクラスだ」

 

 嬉しくて、つい顔が緩む。そんな俺と対照的に、すいちゃんの顔は歪む。そして、苛立たし気に俺の手からマグカップを奪うと、冷めつつあった緑茶を口にした。

 

「新しいの煎れるけど?」

「これでいいから」

「そう? 天音先輩は飲みます?」

「じゃあ、貰おうかな」

「はーい」

 

 ケトルには先ほど使わなかった分が入っているから、ボタンを押して再沸騰させる。

 沸かす間に、移動。生徒会室の扉に手をかけ、顔がのぞく程度に開ける。

 覚えのない、男子生徒が三名。ネクタイの色で、後輩とわかる。

 恐る恐るといった様子で、顔が上がった。目が合う。

 

「散れ」

「「「ヒッ」」」

 

 ひきつった声を出したかと思えば、そのまま三人とも逃げて行った。

 一応周辺を確認し、扉を閉める。咳払いをして喉の調子を整え、眉間を揉む。目が疲れるからあまりやりたくない。

 振り返れば、生徒会コンビが、まばらに拍手。

 

「今のなんだ?」

「後輩直伝の威圧術」

「よく気が付いたね」

「教えて貰ったので」

 

 タロが肩の上で、元気よくワンと鳴く。

 守護霊なのにすやすやと眠っていたタロは、すいちゃんと天音先輩が戻ってきた辺りで目を覚ました。

 あの生徒達も関しても、何やら騒がしいのをタロが聞きつけて、それを見に行き、教えてくれた形だ。

 

「──」

「それで、なんですいせいさんはお睨みになられているのでしょうか」

 

 頑張ったで賞くらいなら受賞出来そうなのものだが。すいちゃん的にはそんな事も無いらしい。

 しかも、さっきまでのはまだ救いのある感じの睨み方だったのに、今では親の仇でも見るかの如き形相だ。

 一体俺が何をしたというのか。

 そして、天音先輩は口元を隠して、再び肩を揺らし始めている。思い出し笑いをしている様子。

 

「あんた、今から私の許可無しに喋ったり呼吸したりするの禁止ね」

「俺の言論の自由と生殺与奪の権が軽すぎる」

 

 もう少し尊重してほしい。

 

「じゃあ、喋るのは良いわよ」

「すいちゃんは存じていないかもしれないけど、呼吸しないと喋れないからね?」

「言っておくけど、肺呼吸だけじゃなくて、鰓呼吸も禁止だから」

「俺のどこを見て、鰓呼吸が出来ると思ったのかな⁉」

「顔」

「シンプル悪口」

 

 何がそんなに許せないのか。本当に分からなくて、脳内を疑問符が飛び回る。

 校門で別れる前まではそんな事無かったから、恐らくはそこからここまでの間に何かあったか、何かしてしまったかだと思うけれど。

 ……心当たりが無さすぎる。

 

「なあ、すいちゃん。本当にどうしたのさ?」

「別に」

 

 フイッっと、顔を背けられる。天音先輩を見れば、笑いは収まり、少し困った様子の顔。

 やはり何か知っているのは違いないが。教えてくれない気もする。

 つまるところすいちゃんに確認するしかなく、再度尋ねようと口を開こうとした時、それを遮るようにチャイムが響いた。始業五分前の合図である。

 

「すいちゃんは教室? それとも職員室向かうの?」

「……」

 

 顔をそむけたまま、応答はない。

 

「すいちゃんは私が連れて行くから、君は早く教室に向かいな」

 

 天音先輩から声がかかる。そう言われてしまうと、俺としては言葉を返せるはずもなく、「わかりました」と、頷き返す。

 

「百鬼。教室行こうぜ」

「おー。すぐ行くー」

 

 クラスは違うが、同学年。わざわざ別々にいく理由もなく、俺は百鬼に声をかけ、生徒会室を出る。

 その際、すいちゃんを見れば、目が合うと、歯を剥き出しにして威嚇してきた。

 どうやら俺に怒っていることは間違いない。すいちゃんからは理不尽に怒られたりどつかれたりしているけど、次の瞬間にはカラッっとしているから、こうも長続きしているということは、よほど怒っているらしい。

 

「……」

 

 イーッっと、同じく歯を剥き出しにして威嚇し返し、さっさと扉を閉める。

 

「子どもの喧嘩みたい」

「いいんだよ。すいちゃんなんだから」

「いや、意味が分からんけど」

 

 そういうもの、というだけである。

 一体何なのかと、少しばかり腹に据えかねながら、廊下を歩く。

 そんな俺の様子を見かねたのか、百鬼が口を開いた。

 

「どうする?」

「……どうもしない」

 

 怒られている理由は分からずとも、やる気は変わらず。

 

「すいちゃんが学園生活を楽しむ為に頑張るよ」

「……うん。安心した」

 

 笑う百鬼へ、笑い返し。その後、百鬼と別れ、自分の教室に入る。途端、視線が集まった。

 普段ならその後すぐに視線もはけるのだが、今日はそんな事も無く、視線は向けられたまま。

 理由の察しはつくので、それらを無視して自分の席へ向かう。

 

「はよー」

「お、おう」

「おはよー」

「お、おはよう」

 

 すれ違い際、接点のあるクラスメイトへ軽く挨拶すれば、戸惑い交じりの返事がきた。

 そんなに気にかかるかねとぼんやり思いながら、自分の席へ荷物を置き、着席。

 今日の授業の教科書とノート、筆記用具類を点検し、机へ。

 スマホを取り出し、電源を切り、ポケットへしまい、朝のルーティンを終える。

 時間的には、もう間もなく、すいちゃんは、担任を引き連れ現れる……逆か。担任がすいちゃんを引き連れ、現れる。

 その時、この教室を包むのは、静寂か阿鼻叫喚か。

 耳栓は流石に持ち合わせていないので、両手を耳に当てて誤魔化す。

 そんな俺の背中を、ちょんちょんと叩く者がいた。

 体を捻るのが面倒で、首を背中側に倒して、叩いた主を見る。

 天地逆転した後ろの席に座る、青髪鮮やかなクラスの委員長と目が合うと、彼女の肩がびくりと跳ねた。

 少し申し訳なく感じて、姿勢を戻し、きちんと振り返る。

 

「なに?」

「──」

 

 ぱくぱくと彼女の口が動くが、何を言っているのか聞き取りづらい。

 

「え?」

「──」

 

 何か語尾が荒くなったのは分かるが、やはり聞き取りづらい。

 

「ふざけてる?」

 

 首を傾げる俺に、委員長は手を伸ばしてきた。両腕を掴まれ、引き剥がされる。

 

「ふざけているのはアンタでしょうが! 耳閉じていたら聞こえないでしょ!」

「……ああ。ごめん」

 

 忘れていた。

 

「素で謝るな! 天然か!」

「えぇ」

 

 どうすればいいのか。

 一方で彼女も、結局どうしたらいいのか分からないようで、結局諦め、「それで、聞きたいんだけどさ」と話しを進めてきた。

 

「今朝、すいちゃんと一緒に登校していたって本当?」

 

 その言葉に、クラスの集中が一挙に集まるのを感じる。やはり気になっていたらしい。

 どうせ後でバレるし、クラス全員にまとめて説明するには丁度いいかと思い、俺は首を縦に振った。

 

「本当」

 

 ざわりと、クラスの空気が震える。

 ただ、以外に誰も口を挟みに来ない。もっと詰め寄られるかとも思ったのだが。

 事前にこの話をするのは委員長と決めていたのだろうか。少なくとも、とりあえず今は、委員長からの質問に答えればいいらしい。

 

「本当だったんだ」

 

 委員長も、暫し驚いた様子を見せる。その後、間もなくして。

 

「どうして?」

 

 とそう尋ねてくる。色々包含していそうな質問に少し悩む。

 

「どうやってって意味なら、俺がすいちゃんの家を知っていたから迎えに行ったからで、どうしてって意味なら、俺がすいちゃんの幼馴染だからだけど」

『えー⁉』

 

 クラスが一気に騒がしくなった。詰め寄られる。

 

「本当かよ、妄想とかじゃなくて⁉」

「失礼」

「何で教えてくれなかったんだよ!」

「聞かれなかった」

「何時からの幼馴染なの⁉」

「保育園」

「昔から可愛かった⁉」

「そうだね」

 

 急に詰め寄られて吃驚し、膝の上に逃げてきたタロを机の下で構いながら、マシンガンの様に飛んでくる質問に端的に答える。

 これで、俺がすいちゃんと一緒に居ても極端におかしくないという環境を作れただろうか。

 そんな事を思っていると、前触れなく教室の前の戸が開いた。

 

「おーい、席に着けー」

 

 普段はもっと間延びした感じの声の担任の声が、少しキリッっとしている気がする。格好つけているのだろうか。

 バタバタと取り囲んでいたクラスメイト達が自分の席に戻っていく。

 

「──よし。じゃあ、入ってくれ」

 

 担任がそう言うと、担任が入ってきたのと同じ戸が開き。

 

『うぉおおおおおお!』

 

 すいちゃんが入ってきた。途端に上がる、歓声。野太い方が多いのは、まあ御察しか。

 すまし顔で、余所行きの顔をしているすいちゃんが壇上へ。

 黒板に自らの名を書き、振り返る。

 

「星街すいせいです。今日から宜しくお願いします」

 

 ぺこり、一礼。

 もっと──なんならコーレスでも決めてくるかと思ったから、これは少し意外だ。

 やっぱ緊張しているのかなぁと、そんな事を思う俺。そんな俺をすいちゃんが見つけた。

 そろそろと、すいちゃんの右手が上がり、俺を指差す。

 

「因みに、その人は私の幼馴染じゃないです。無関係です」

「……」

 

 とんでもない事かまされた。

 かくして、俺のホロ学史上最も長い1日の、あほらしい決戦の火蓋は切って落とされたのだ。

 

 




何時もコメントありがとうございます。
執筆優先で返信出来ていませんが、ありがたく目を通させていただいてます。

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