ホロ学園の「俺」君物語   作:零円

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登場ライバー
星街すいせい(一応)

*ほぼ全編、主人公がばちばちしてるだけです。


指導室、らうんどわん

 反射的に動けたのは、どん臭さ故だ。

 拳は確かに重いだろう、硬いだろうが見て取れる。ただまあ、それだけ。

 大きく振りかぶって放つテレフォンパンチは、座っていた椅子をぐにゃりと歪める事は出来ても、俺を挽肉にする事は叶わなかった。

 

 ──あれは当たったら死ぬかなぁ。

 

 俺は二度と役割は果たせないであろう、歪んだ椅子へ目をやる。先輩の拳が叩き込まれたそれだけで、パイプ椅子の座面は曲がり、可動部の金具は吹き飛び、脚は本来在りえぬ場所から畳まれている。

 これが人間技なら、この人は多分、産まれる世界を間違えている。

 

「なあ、先輩。一応聞くんだけど辞めとかない? 今なら見なかった事にするからさ」

「……」

「このタイミングだし、先輩のお気持ちは、誤解とはいえ察するに余りあるんだけど、それはそれとして流石にやりすぎとも思う訳で」

「……」

「いい? 先輩のパワーで人間殴ったら、普通にミンチだよ? ハンバーグまっしぐらだよ? ハンバーグ作るなら普通に合挽で作った方がおいしいと思うよ? そうだ、今度御馳走するよ。繋ぎ無しの肉々しい奴。ほら、食べたくなってこない?」

「──!」

「こないかぁ」

 

 床を蹴って引く。直後、振り下ろされた拳が、今度は床を陥没させた。

 あまり床を殴らせ過ぎると、穴とか開きそうだ。これは大変。

 部屋を縦断するテーブルの上を転がり、対岸へ。

 その場にあったパイプ椅子をつかみ、思い切り扉へと投げつけた。遮られる事無く椅子と戸がぶつかり、大きな音が鳴る。

 これで音は3回。パイプ椅子のひしゃげた音と、床の砕かれた音、今の音。

 

 ──さて、どうだろ。

 

 部屋の外の様子を伺いつつ、先輩へ意識を戻す。

 俺がパイプ椅子を投げた事に驚いたのか、固まっていた様子だが、それも解消されたようだ。

 今は右から回るか左から回るか考えているようで、反復反横跳びのように小刻みに左右へ揺れている。 

 先輩の腕力なら、テーブルを砕いて直進したり、そもそも掴んで投げつけたりといった事も出来そうだが。

 その癖、パイプ椅子をひしゃげさせたり、床を陥没させるパワーで人の事は殴れるらしい。その様にちぐはぐな印象を受ける。

 

 ──まあ、時間を稼げるなら何でもいいか。

 

 先輩に合わせて左右に動きつつ、部屋の外の様子を探る。

 締めて3回、無視するにはやや事件性を感じる音が立て続けになった訳だが。

 扉をノックされる事が無ければ、外に人の気配も感じない。

 職員室に誰もいないという事も、また両方の音がどちらも職員室に届かなかったという事も考え辛いとあれば、そっち系と考える方が自然だろう。

 念の為、最終確認がてらに、残ったもう一脚を手に取り、今度は窓へ向けて投げつけた。

 再び遮られる事無く窓へと辺り、音が響くも、窓は割れない。

 

 ──確定。

 

 閉じ込めたという事は、相手もやる気なのだろう。

 一息つき、マグカップを手に取って、残った珈琲を呷る。

 そこを隙と見、先輩がテーブルをぐるり半周して、俺へと詰めてきた。

 

「最後通告です。辞めないとやり返します」

 

 俺の言葉に、先輩は拳の振り下ろしで答えた。

 ワンパターンの技。先の2回までと違い、体を逸らし、半身での回避。

 

「言いましたよ」

 

 床を砕く拳の圧を受けながらも体勢を整え、がら空きの顔面へ、すいちゃん宜しく蹴りを叩きこんだ。

 直後、蹴り足に覚える違和感。思わず引きそうになるのを堪えながら振り切り、先輩の体を蹴り倒す。代償に折れていないか不安になる程の傷みが、足を襲った。それほどに在りえない硬さであった。

 

「──まあ、なんとなく分かっていたけど」

 

 腕力だけでパイプ椅子をひしゃげさせたり、床を陥没させられるとは思えないし。

 とはいえ、蹴り足への感触は良好。多少頑丈だったとしても、十二分なダメージは与えられた。

 そう思っていたから、何とも機械的に、力んだ様子無く上体を起こした先輩の姿には、流石に度肝を抜かれ、明らかにあらぬ箇所で曲がっている鼻には、肝を冷やした。

 

「……やった俺が言うのもあれだけど、痛くない?」

 

 折れているよな、あの鼻。でも鼻血とか出てない。個人差だろうか。

 困惑する俺を前に、首をならして。拳を握った先輩が、床を蹴る。

 相変わらずの、テレフォンパンチ。コンビネーションも無く、左右交互に、1発ずつ。

 当たれば終わりだが、どうという事も無い。特段動きが早い訳でも無いから、動きは十分捉えられ、足技を警戒する余裕もある。もう少しなれれば反撃する余地までありそうだ。

 先の違和感と合わせて考えるに。

 

 ──武道も喧嘩の経験も無い。フィジカルのみ。まあ、それが厄介だけど。

 

 蹴り足に感じた頑強さ。正直あの一撃を入れてなお動いてくるような相手への有効打の持ち合わせは正直怪しい。何発も蹴っていたら、足の方が駄目になりそうだ。

 一点突破で人体の弱点である鳩尾とか顎とか狙えばいいのか。しかしそれが通るなら、最初の顔面への一撃でどうにかなっていそうな物である。

 

「んー……こういう時は基本に忠実にいくか」

 

 拳に合わせ、懐に侵入。そのままボディーブローを放つ。蹴った時同様、拳に感じる痛み。今度は無理せず直ぐに引き、虫を払うような先輩の動作を躱しつつ、距離を置く。

 力自慢との喧嘩なら、基本力を乗せづらいインファイトに入ってボディーで削る。掴まれば終わりだが、そこは気合。

 

「死中活あり……いざ」

 

 床を蹴る。

 カウンターを合わせようとしたらしい、先輩の拳をかいくぐり、ボディーへ2発。硬さは変わらず。

 切り替えて、腕による横なぎを再三躱し、追撃。しかし硬い。ただ、制服がクッションになっているようで、拳は暫く持ちそうだ。

 短く息を吸い。止めて一気に近づく。

 腕を交わし、連打。人間なら何かしらの内臓のありそうな部位を見繕って叩く。

 そんな俺が相当鬱陶しいようで腕をでたらめに振り回す先輩。

 タロが居ない分、普段より死角が多い事もあり、安全重視で無理せず、数打で一度離れ、観察を心がける。

 

 ──ダメージは無いか。

 

 何度目かの連打を挟み、離れる。普段より少し多めに。乱れた呼吸を整えつつ、ひり付く両手を振って冷ます。

 俺を睨む先輩の様子は、イラついているだけの様だ。鬱陶しい相手に対する精神的ダメージなら兎も角、肉体的な物は未だ感じさせず、良くも悪くも動きは変わらない。

 とはいえ、流石に違和感がある。幾ら硬いとはいえ、殴られた衝撃が全く無いという事は無いだろうし、あれだけ暴れればそれだけで息も切れそうな物だし、今なおもって、一言も発しない先輩。イライラしていれば怒号の一つでもあげたり、そうでなくとも息を荒げそうな物だ。

 

「……ん」

 

 軽く指を動かし、痛みが取れたことを確認。その場で跳ねて、足の具合も確かめる。

 1かーい。2かーい。3かーい。

 4回目の着地に合わせ、地面を蹴る。虚を突けたようで、動けぬ先輩の、左前方。斜め前。

 体を揺らし、足を振り上げ。狙いは鳩尾の辺りめがけて足を振るい──直撃。右足に痺れ。

 仰け反りながらも耐える先輩を前に、足を引いて下がる。

 

「蹴りは多少通るんだよなぁ」

 

 となると、やはり蹴るしか無さそうか。しかし、ダメージが通りそうなのは回し蹴りのような威力の高そうな物だけの様子。

 殴る時と違い片足になるから、外したり通らなかったときの反撃を避けられない可能性があるし、蹴り足を掴まれればそれだけで危険と、ハイリスクではあるのだが。

 とはいえ、他に選択肢が無いのも事実。此処は腹をくくるしかない。

 

「まあ、すいちゃん直伝の蹴り技見せるか」

 

 本人には伝授しているつもりは無いだろうけど。

 気合を入れ直し構えようと腕を上げた時、先輩の様子の変化に気が付いた。

 先程まで、構えらしい構えを取ることなくいた先輩が、両手を体の前へ持ってきて、がっちりと固めている。

 ボクシングでいう所の、ピーカーブースタイルのフォームに近い。

 ボディーは開くが、顎を守り1発KOを防ぐ算段の構え。どっしりと腰を据えての打ち合いがメインとなる。

 成程、先輩向きではあるが、知っているなら、何故最初からやらなかったのか。

 疑問を抱く俺を前に、先輩の構えは更に変わり、上体をやけに前へと倒す。

 このまま、上体を∞の形に動かせば、まさにピーカーブーであり、割とどうしようもなくなるのだが。

 その様子は無く、先輩の上体は更に倒れ、地面と平行になろうかというところで止まった。

 

 ──なんだあれ? 

 

 以前テレビで見た、擦り足の稽古をする相撲取りの様相だ。違うのはやはり上体の倒れ具合。

 あの姿勢なら、確かに俺としても蹴ったり殴ったりし辛い。ただ、それだけ。

 ただ、あそこからどうするのだろう。

 あの姿勢では動くことはままならない。動くために上体を上げれば本末転倒だし、摺り足で追いかけてくるなら流石に逃げ切れる。

 実際、どれほどの時間がかかるかは分からないが、俺が此処にいる事をちょこ先が把握している以上、その内様子を見に来るはずで、そうすれば事態には気づくはず──。

 

「あれ?」

 

 思わず言葉が漏れた。何か変わった気がする。

 先輩をよく観察すれば、成程、その背中に蠢く4つの瘤が現れている。

 

「いや、おかしいだろ」

 

 呟くと同時。先輩の制服を突き破り伸びる、4本の腕。

 先輩の腕の太さには及ばないが、明らかに長く、指導室はカバーしていそうだ。

 新たな腕は、まるで具合を確かめるように数度開閉を挟み、最後は強く握られる。

 狙いを察し、溜息1つ。中断していた構えを取り直した。

 

「……らうんどつー、ふぁい!」

 

 直後、4本の腕が俺を目がけて振るわれた。

 

 

 

 

 

 

 すいせいは授業を聞きながら、ちらりと視線を脇へと落とす。

 空っぽの机。本来いるはずの幼馴染は、騒動の元凶という事で連行されていき。

 芸能界でもそうはいないであろう、圧倒的プロポーションの自称保健医が持って行ったから、鞄も無い。

 

 ──違うか。

 

 考えを改める。加害者では無く被害者として保護された、が正しいのだろう。

 あのままでは、どうなっていたか分からない。実際、引き金を引いたクラスメイトは、あれから顔色が悪いし、クラスメイトの中でも、心配そうな表情を浮かべる者がちらほら。

 ただ、つまりそれは、クラスメイト達にとって、自分の幼馴染が一定以上の関係値を持っているという事でもある。

 保育園時代の様に、1人で過ごしていない、という証左。

 昨日、彼が危険だと思ったからという理由だけで家まで来た、スバルの存在もまた、そう思える理由であった。

 なら、何故と。胸中でのみ形となったその言葉は、誰に聞かれることも無く消えていった。

 

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