ホロ学園の「俺」君物語   作:零円

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登場ライバー
大空スバル

*前回と同じ


指導室、らうんどつー

 バックステップをすると、目の前を拳が通過していった。

 着地後即、右へ。拳が通過。足は止めない。即動く。

 右上左前下上左右前上上左──。

 悲鳴を上げる間も無いラッシュ。観察が足りないせいで、どう動けばいいのかの判断がつかず、兎に角動き、兎に角躱す。

 

 ──部屋が狭い! 

 

 これが通常の教室の広さがあれば、腕の長さ的にまだ余裕もありそうだが、残念ながら指導室にその広さは必要無い為、すこん部部室と同じハーフサイズしかない。

 必然、攻撃の密度は上がり、反撃まで行かずとも、せめて届く位置まで前進しようと試みるが、攻撃はそのまま壁となっていて、阻まれる。

 挙句、お洒落にでも目覚めたのか、さっきまで振り下ろしのテレフォンパンチしか打たなかったくせに、正面のストレートや左右からフック等、撃ち分けもしてきた。……いや、あれは振り回しているだけか?

 幸い、まだ目で追える速度であり、こちらの動きを誘導するような事の無い、シンプルに避ければいいだけの状態なのでどうにかなっている。

 しかしこれで速度が上がったり、俺の動きを誘導するように頭を使い始められると辛そうだが。

 増えた腕を制御しきれていないのか、時々テーブルに手をぶつけて、がたがたという音を響かせている辺り、その心配は少なそうだ。

 やーい下手くそ。

 

「──ッ」

 

 反応が遅れたストレートを前に頭を逸らすも、躱しそびれ、拳は俺の頬を掠っていく。

 見えているだけで遅い訳では無い速度の拳。掠っただけでも熱混じりの痛みが走り、顔がゆがむのを感じる。

 油断すんなと自身に語り、意識を改めた所で、疑問を覚えた。

 余計な事を考えたが故の痛みだが、それは余計な事を考える、少し余裕が出たという事でもあった。飛んでくる攻撃の密度は変わらないのに、一体何故か。

 上左前右左右上前左──。

 相も変わらず飛んでくる拳を躱す。だがやはり僅かに余裕が出来ていた。理由が分からぬまま、観察と思考し、合点がいく。

 

 ──テーブルか。

 

 部屋を縦断するテーブル。このテーブルは前面に板がついているタイプのテーブルを2台、正面を合わせて置いている。

 そのせいで、アッパーカット気味の下からの拳が放てないらしく、攻撃パターンは左右と正面、上からへと減っていた。

 他と違い、下からの攻撃だけは、腹部へ当たる可能性があるから前に進んで躱すが出来ないせいで、他の攻撃の回避に影響が出ていた。

 それが消え、好き勝手回避できるようになったおかげで、余裕が出たらしい。

 無論、こちらから攻勢に出る、という事も出来ないが、それについては未だ有効打を思いつかないから問題は無い。

 ストレートを躱す。そのまま両ひざを曲げきり、床に這いつくばった。テーブルの影に隠れながら、ざっと見渡す。

 削られた床と、先輩の足が見えた。びゅんびゅんと、上からは風切音。仰向けになり見上げれば、拳が空を切っていた。

 テーブルの影に隠れるのは見えたはずだが、打ち下ろしの拳が来る気配はない。

 

 ──見えていない? 

 

 疑問を覚えた直後、攻撃が止んだ。

 何事かと思う間もなく、再び放たれたらしき拳が、容赦なく降り注いできた。

 慌てて転がり、テーブルの下に潜り込む。俺の居た場所を、拳が叩き続ける。

 お肉柔らかくされちゃうと思いながら、テーブルの下から先輩を見る。相変わらず、見えるのは足だけだ。顔を覗かせている様子は無い。

 テーブルの下で四つん這いになり、可能な限り音を出さないようにして移動する。拳の降り注ぐ場所は変わらず、追いかけてくる気配はない。

 少し待ってみるが、やはり変わらない。

 

 ──やっぱり見えている訳ではないのか。

 

 となると何で追いかけてきているんだろう。オーソドックスな所だと、音とかだろうか。

 ただ、音で追うにしては、些か拳を地面に叩きつける音が煩い気がするけど。

 一応試す為、俺は上靴を脱いだ。そのまま、思いきり幕板を上履で叩き、テーブルの下から、成り行きを見守る。

 音などで反応しているなら、叩いた辺りを攻撃してきそうなものだが。

 

 ──変わらん? 

 

 叩いた場所も今いる場所も関係なく、相変わらず、俺がもともと居た辺りに拳は注がれていた。

 音に反応しないのなら、いったい何にと、思いながら首を動かし、それを見つける。

 視線の先。テーブルの外に、蜃気楼のような空間の歪みが、何やら丸っこいシルエットを描いている。

 はて、そういえばかつて、似たようなシルエットを見たことがある気がする。

 思い出そうとするも、その間にその何かはその場を移動し、目の前へはこぶしが落ちた。

 

「……ふむ」

 

 これは、そういうことだろうか。決めつけるには、さすがに判断材料が乏しい。見間違いの可能性もあるし。

 ……いや、その可能性の方が高いか? この目になってから、あんなふうに見えたことなんて無いし。

 とはいえ、今この室内で、本来なら起こりえないような事が起きて、それが無関係というのは、些か考え辛い。

 それに、先輩の反応がどうにもワンテンポ遅く、一度止まってから補正している様子が、まるで教えて貰ってから修正しているように見えてきた。

 

 ──さて、どうやって確かめるか。

 

 スマホを取り出し、電源を入れる。

 時計アプリを起動。音量を最大にして、タイマーを10秒に設定。

 そのスマホを幕板の下の隙間から、先輩目がけて滑らせた。

 数秒と立たず、スマホは先輩の元へ。丁度顔の下とまではいかないが、それでも視界内には入っただろう。

 頭の中で数字のカウントをしながら、テーブルの下を移動する。

 

 ──3,2,1

 

 拳が床を殴る音を貫通して、なお届く、けたたましいアラームが響いた。

 そして拳は、今尚、殴る位置を変えない。

 テーブルの下を抜け出し、床を蹴る。先輩へ駆け寄る。

 先輩はそうしてなお、顔を上げる様子が無い。拳の位置も変わらない。

 チャンスは此処しかない。

 駆け寄り放つは、サッカーボールキック。

 頑丈さを鑑みて、手心は不要と判断。振り上げた足を、思いきり先輩の側頭部へ叩きつけた。

 此処までの高い位置を狙う蹴りと違い、低い所を狙う蹴り。

 痛みと共に十分な感触を右足に受けながら、俺は勢いのまま右足を振り切る。

 結果、直後に響いたのはゴンッっという鈍い音が、壁から。

 視線を上げれば、壁に、先程までは無かった黒い跡。その後の下に、丸い何かが転がっている。

 視線を戻すと、首を失った先輩が、それでも姿勢を保ったままで其処に居る。

 

「──ッ!」

 

 咆哮を上げそうになる。

 しかし、それを遮るように、真横からの衝撃に俺は弾かれた。

 弾いたものを見て、その姿に驚き固まったせいで、窓に体をぶつける。割れればそのまま飛び出していきそうな勢いだったが、幸か不幸か窓が割れることは無く、俺の身体は指導室内に取り残され。

 次の瞬間、目で捉えたのは、俺に向かって振り下ろされる拳の群れであった。

 ぎりぎりで、1発目を頭を動かして躱すも、続く2発目を躱せず、下から上へ、顎を撃ち抜かれる。ちかちかと、目の奥に火花が散る。

 3発目は腹部、4発目は左のこめかみ辺り。

 5発目で漸く反応出来て、右手でもって、それを防ぎ、合わせて左手も上げ、両膝も立てて、防御姿勢を取れた。

 腕に衝撃。時折、フック気味の起動を描いた拳が体の側面に当たったり、ガードを抜けたストレートが体を叩いたりもする。

 

 ──いいの貰っちまった。

 

 もっとしっかり守らなくてはと思うも、顎を撃ち抜かれたせいで、体がぐらつくのを感じる。

 一発KOになってもおかしくなかった。

 だが、おかげで少し、頭が冷えた。

 

「はぁ……ふぅぅぅぅ……」

 

 深呼吸を1つ。殴られ続けているから、呼吸が細い。続けて2回、3回と息をする。

 細く早くなった分、どうやらパワーは落ちているようで、ミンチになる心配はなさそうだった。

 だが、連打の雨は酷く、今は動けない。だからこそ耐えて、観察に徹する。

 

 ──これ以上、あんたに付き合ってられないんだよ、先輩。

 

 すいちゃんの事を考えるのに、アンタ達は邪魔だ。

 

 

 

 

 ちょいちょいと背中を叩かれ振り返ると、後ろの席のクラスメイトが手紙を差し出してきた。

 誰かに渡せばいいのだろうかと思いながら、それを受け取るスバル。

 見たら前に回してと、そう言って、手紙を渡してきたクラスメイトは視線を下げた。

 どうやら回覧板らしい。何だろうと思いながら、教科書を壁にして、スバルは手紙を広げる。

 

「なっ」

「ん? どうした、大空?」

「あ、いや。何でもないです」

 

 えへへと愛想笑いで誤魔化し、紙に視線を戻す。

 

『すいちゃんの幼馴染を語るやばい奴w』

 

 そんな言葉が書かれた紙には、まさにスバルがつい先程まで話していた、友人の似顔絵があった。

 誰が描いたのか、意外と上手い。

 

 ──いや、違うし。

 

 手紙には詳しい情報の記載は無い。ただ、嘲りの意思だけが伝わって来る。

 真実を確認しようにも、流石に授業中。他の生徒に聞くことも出来ないし、まさかスマホを使って本人に直接尋ねる事だって叶う筈も無い。

 

 ──ていうか、有り得なくない? 

 

 手紙の内容を思い出し、昨日の事を思い出す。

 お互いの口から、昔馴染みとか、同じ保育園の出身的な話は確かに出ていたはずだ。

 あの瞬間だけ、スバルをおちょくる為に口裏を合わせた可能性は、まあ無い事も無いが、流石に考えづらいし、それを成り立たせるだけの仲は良さはあるはずだ。

 仮にあれで実は何の関係も無い2人とかだったら、双方の正気を疑ってしまう。

 

 ──どうなっているんだろう。

 

 なぜこんな話が出たのか。

 少なくとも2度教科書を借りに来た時は至って普通だった。

 思い当たる節としては、授業開始直前に起こっていたらしい何か。

 すいちゃんを一目見ようとしている生徒がごった返していたから、それで何かあったのかな程度に考えていたのだが、それだけじゃなかったのかもしれない。

 

 ──授業終わったら、確認しに行こ。

 

 それまでは、もやもやとした感情を抱く事になるが、それは仕方がない。

 八つ当たり気味に、自分の元へ流れてきた回覧板は自分の所で止めてしまう事に決め、なるべく音を立てないようにびりびりに破り、丸め。

 後で捨てようと机の上に放り、スバルはシャーペンを握り、授業へと意識を戻した。

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