大神ミオ
白上フブキ
如何程の時間が経っただろうか。漸く拳の雨が止む。
罠かもしれない。ガードを解くなと考える俺の頭に反し、身体は腕を下ろした。落ちた、という方が近いか。
──力が入らん。
これはまずいか。力を入れられるようになるには、まだかかりそうだ。
この間に、もう一度殴られれば、流石に耐える自信は無い。
如何せん、気合でどうにかなりそうな物でも無かった。
「やっぱりまだ生きてるっぽいな」
そんな声が聞こえてきた。
男──というよりは少年よりだろうか。
「いや。流石にこれ以上はまずいでしょ」
もう1人、別の声。やはりこちらも、少年寄りだ。
「バカ! こいつが居たらすいちゃんが危ないだろ!」
「そうかもしれないけど」
「それに、これだけやられて大丈夫って事は、人間じゃねぇって。なら、こいつはきっとすいちゃんとか生徒会の先輩に取り入って、なんか企んでいるんだよ。あの目、見ただろ」
「……」
壮絶な勘違いが生まれているのが聞こえる。なんで生徒会の話が出ているのだろう。
勘違いと告げてやりたい所だが、声が出ない。出た所で、聞く耳持つかも怪しいか。
どちらにしろ、動けないと話にならないので、雑談してくれている事を良い事に、体の具合を検分する。
全身痛いが、骨が折れているかは良く分からない。
呼吸が浅い。深く吸おうとすると、体が痛む。我慢して、一呼吸、二呼吸。
「それは関係ないんじゃない? 百鬼先輩に憧れてるだけでしょ」
「バッ! ちげぇよ!」
「……あ?」
思わず声が出た。
人の恋路をとやかく言いたくないが、流石に聞き捨てならない。
「おい……こら! もしかして、すいちゃん以外の理由がッ」
「すいちゃんって呼んでんじゃねぇよ」
顔に衝撃。そのせいで言葉が途切れる。
そのまま髪を掴まれ、持ち上げられて。
先の一撃を相まって、良い気つけだ。明るくなった視界が、室内を捉える。
真っ先に目に入るのは、ミオ先輩のような三角耳をこしらえた、小生意気そうな目に逆立てた髪の少年。今まさに、俺の髪の毛を握り持ち上げ、ねめつけてくる男である。
その後ろの方に、先輩の体。すでに立ち上がっていて、失ったはずの頭部には、眼鏡をかけた大人しそうな顔が生えていた。
更に視線を巡らせ、見つける。恐らくはさっき見えなかった固まった蜃気楼のような何かの正体。きんつばに近いフォルムだが、垂れ耳のそれはどうやら犬らしい。
「──ッ!」
腹部に鈍い衝撃。ねじ込まれるようなその一撃に思わず吐き出す。
「無視してんじゃねぇよ」
流石に効いた。先輩と違って、ある程度殴り方も知っているらしい。
むせる俺を見て、先輩が慌てた様子で声を上げた。
「ちょ、ちょっと、ケイ。やっぱりやりすぎだって」
その言葉に、ケイと呼ばれた少年が先輩の方を振り返る。
「大丈夫だって。悪いのこいつなんだから」
──悪いのは俺……?
その言葉に対し生まれた気持ちは、理不尽への怒り──ではなく、納得だった。それほどすとんと、その言葉は胸に落ちた。
この状況は、身から出た錆。成程、確かに。
少年の言葉を思い出す。
あの目、というのは今朝の生徒会室だろう。恐らくはすいちゃん見たさに生徒会室へ来たこいつらを、俺は睨み、追い払った。
それでここまでするものかと、思わないと言えば嘘だが、想い人を前に何かを企んでいるのでは、と考えたこいつの気持ちは、確かに分からなくはない。
それに思い出した。元々機嫌は良くなかったけど、よりすいちゃんが怒りだしたタイミングは、確かこいつらを追い払った直後である。
それが、ファンを邪見にしたからなのかは分からないが。少なくとも、あの時の俺の対応はミスだったらしい。
──まあ、でも。
「だからって、ここまでされたら流石に我慢するつもりは無いけど」
「あ?」
俺の言葉に疑問符を浮かべたケイ君とやらの横面を、思い切りぶん殴る。
いい感じに、腕全体に魔力が乗っているのを感じながら、振り切る。
ぶちぶちという音が、俺の頭から響く中、ケイ君はきりもみしてとび、壁に当たる。
眼鏡の顔と、恐らくは精霊であろう犬の視線が、ケイ君の方へと向く中、俺は床を蹴った。
眼鏡の顔が、俺に気が付いた。慌てた様子で四つん這いになる。先輩の身体の背中に生えている4本の腕が動き、俺へと向かってきた。
今までと違い、狙いは真っすぐ。多少の時間差はあるも、ほぼ4本同時の攻撃は、しっかりと俺を狙っている。
──全部は無理か。
顔を狙う物を避け、前進。
腹部狙いの一撃を僅かに体を逸らす。躱しきれず体に掠るが、無視して前進。
そのせいで肩のあたりを狙う一撃は一切躱せず、右肩に拳が当たる。そのまま弾き飛ばそうとする拳を、無視して前進。ガクッっと鈍い音が右肩から響いた。
足を曲げて屈み、顔を狙った四本目を躱しつつ、左手で右腕を掴んだ。
一息つき、腕が引かれるのに合わせ、床を蹴りながら、右腕を嵌めなおす。
「ヒッ」
引きつった眼鏡の声。
四本腕の全てが先輩の元に戻るのに合わせ、俺も傍に着いた。
四つん這いの姿勢のまま、恐る恐る見上げてくる眼鏡を前に、俺は男の眼鏡を奪い取る。
「歯を食いしばれ」
「ゆ、許して」
「ああ。一発で許す。いくぞ、三、二、一」
ギュッっと眼鏡の少年が歯を食いしばったのを確認して、ケイ君同様にその頭部をぶん殴る。
ケイ君と違い重く、殴り飛ばすことはかなわず、代わりに床へ叩きつける。
直後、大柄な体が土くれの様に崩れ、相応の背格好の体が残る。
「土の塊だったのか。そりゃ硬いし重いわ」
伸し掛かられなくて良かったと思いながら、奪った眼鏡を返し、最後、視線は妖精の方へ。
「分かっていると思うが、見えてるぞ」
その言葉に、妖精の体がびくりと震えた。
「どうする?」
流石に限界が近い。逃げ回られたら、捕まえる前に力尽きそうだ。
故に大人しく出頭して貰えると助かるのだが。
そんな事を思っていると、やけにあっさりとがらりと扉が開いた。入ってきたのは、今朝生徒会室を覗いていた、最後の一人。
「僕が殴られます。僕がお願いした事なので」
「……潔良し。歯を食いしばれ」
目を閉じ、強く歯を食いしばったのを確認して、俺は最後の1人も殴りつけた。
「──あ゛ー」
右肩を抑える。久々に外れた。しかもその腕で2度も殴ってしまった。
まあ、殴れたという事は動いたという事だから、とりあえず問題は無いだろう。
残る鈍い痛みを感じながら軽く腕を回しつつ室内を見渡して、溜息を漏らす。
──どうしようかなぁ。
正直面倒くさい。無視してもいいのだが、俺の現状が悪化しそうだ。
体の具合を確かめ、行けそうだなと判断。室内に入り、3人の後輩たちの襟首をつかむ。
「おい、妖精」
妖精に声を掛けると、びくりと体を震わせた。
無視して言葉を続ける。
「こいつらの事を保健室まで運ぶけど、お前はどうする?」
「……」
ふわり飛んだ妖精が、俺の前に移動する。
何なのかと思っていると、短い手足を広げ、体を大の字にした。
どういうつもりなのか考え、もしかしてと考えに至る。
「ケジメをつけろと?」
「……」
コクコクと首を縦に振る。
……大丈夫か? 潰れたりしないだろうか。
まあ、殴れというのなら。
「歯を食いしばれ」
「……!」
ぎゅーっと食いしばっているように見える。
そんな妖精の横顔に裏拳を叩き込んだ。小さなその体が、ぴゅーっと飛んでいき、べちゃりと壁にぶつかる。
「……」
めっちゃ申し訳なくなる。
後輩たちを引きずりながら近づき、壁にへばりついている妖精の様子を確認する。
左手に握ったケイ君を落とし精霊を壁からはがした。
ぐるぐると目を回しているが、一先ず生きてはいるらしい。運ぶために頭に載せ、ケイ君を拾い上げて保健室を目指して歩き始めた。
***
机の上でしょんぼりしていたタロが、何かに気が付いた様子で顔を上げた。
尻尾を勢いよく振り始めるも、直ぐに何かに気が付き、落ち込む。
「……終わったの?」
『わん!』
「そっか。大丈夫?」
『くーん』
しょんぼりする子犬の守護霊の頭を、ミオは撫でてやる。
とりあえず、無事ではあるらしい。そうでなければ、タロが気付くことも無かった筈だ。
だが無傷という事も無いようで、心配そうにしているタロは、そわそわと机の上を移動している。
「いいよ。行っておいで」
『わぅ』
「大丈夫。怒られたら、私が怒ってあげるから」
そもそも守護霊に自分以外を守れ、というのがおかしな話だ。
ミオの言葉に腹をくくったらしく、タロはミオの机の上を降りて、主人の元へ走っていく。
その小さな体を見送り、ミオは視線をフブキの方へと向けた。
向けた先で、フブキと視線が合う。視線が合った状態で、フブキはスカートを叩いて見せた。
その動作が、スカートへしまったスマホを指している事に気が付き、ミオは内容を確認しようとし、授業中の為に躊躇う。
「先生ー」
その間にフブキが動いた。手を上げて、立ち上がる。
「お腹痛いので、保健室行ってもいいですか?」
「……いや、白上さん。元気じゃない?」
「いえ。もうねじ切れちゃいそうです」
いたたと、わざとらしくお腹を押さえるフブキ。
そんなフブキに何処か呆れた表情を浮かべる教師は、しかし溜息をつき、その言葉を認める。
「……そう。1人で向かえるか?」
「大丈夫でーす」
「じゃあ、いってらっしゃい」
「はーい」
ぱたぱたと小走りに教室を出て、それを維持したままフブキは廊下を移動する。
誰がどう見ても仮病である。だが、強くは出れない。
それだけ、幽世出身者にとって、白上の名前は無視出来ない。
たとえ教師と生徒という立場にあっても、その正体が幽世出身の狸の妖獣である以上、白上フブキがカラスは白と言えば、教師にとってカラスは白なのだ。
──すみません。
目が合った大神は、教師へ頭を下げる。同じくぺこりと大神へ会釈を返すと、教師は「再開するぞー」と言って、授業の続きを始めた。
──それにしても。
黒板を見ながら、ミオは思う。
これで2度、ミオは何も出来なかった。1度目は拉致された後輩を見つけられず、今回はそもそもタロが来なければ事態に気づけなかった。
そもそも契約外で、必要が無かったと言えばそうかもしれないが、今後、もしもの時を考えた時に、このままであることは良しとは出来ない。
──どうしようかな。
遅れてしまいました。申し訳ございません。
次話予定は、変わらず15-16です。
文章の構成はどちらがいいですか
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全部詰める(全話までのやり方)
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地文と会話文の間に改行を入れる(今回)