星街すいせい
雪花ラミィ
「よーし、終わりだー。集まれー」
体育教師のその言葉に、持久走をしていた面々が次々に速度を落とし、やがて徒歩へと変わる。その中の1人に、すいせいも居た。
すいせいは少々切れた息を整えつつ、顔に滲んだ汗を拭いつつ、自らも体育教師の方へ向き直る。
体育教師の向こうに、ホロ学の校舎が見えた。そのサイズは、転校前にすいせいが通っていた高校よりも大きい。昨晩、幼馴染との帰宅中、マンモス校であるという話は聞いていたが、正直すいせいの想像以上であった。
こんなに人が居れば、色々な人が居てもおかしくないと思える。すいせいの考える限り最もマイペースな彼の価値観を、変えうるだけの影響を与えられる人も、居てしかるべきか。
──いや、そんなことも無いか?
すいせいが幼馴染と最後に会ったのは、そもそも保育園の卒園式前日だ。
その日は土曜日だった。まだ肌寒さが残る中、それでも春の麗らかな陽気を感じさせる日和に包まれていたその日。当時まだ少年だった幼馴染は、すいせいの家へ遊びに来た。午前中はすいせいの練習に付き合わされ、お昼を食べた後は少しゲームをしてから、公園へ遊びに行き。そこで、ボール遊びをしていたいじめっ子達と鉢合わせ、始まったのは壮絶な公園争奪戦という名のドッヂボール。
『くたばれー!』
『しねー!』
語彙が貧弱故の直接的な罵詈雑言飛び交う酷い戦いは、少年の顔面へボールをぶつけられた事に切れたすいせいによる蹂躙にて終わり。無事公園を勝ち取った2人は、のんびりブランコに揺られてから、帰路へとついた。
夕暮れの照らす、オレンジの道。カラスの鳴き声とすいせいの鼻歌の響く帰り道。2つの長い影が並んでいて、それぞれが途中で枝分かれし、その先が繋がっている。よくある光景、いつもの光景。すいせいも少年も、ずっと続くと思っていた光景が広がる。
『そういえば、すいちゃん』
『なに?』
ただ、その日は珍しく、基本聞き手に回る少年が、すいせいへと口をきいた。
何か感じ取ったのか、すいせいの手に力がこもり、繋いでいた少年の手が強く握られる。
ただ、すいせいは無意識であったし、少年は痛みを訴える事はしないから、そのことに触れられることは無いまま、少年は淡々と言葉を続けた。
『昨日聞いたんだけど、明日引っ越しするんだって。ぼく』
『……引っ越しってなに?』
『さあ? わからない』
『明日卒園式よ? それにお祝いだってあるんだから。分かってる?』
『うん。だから、そのあとじゃないかなぁ』
『当たり前でしょ。あんたの好きな唐揚げだって、用意するんだから』
『唐揚げ好きー。楽しみー』
早々、意味の分からない引っ越しという言葉は流れ、2人の話は卒園式後に行うお祝いの話へ移った。生憎、両親との会話が基本的には無い少年は、当然すいせいとの約束を伝えてはおらず。伝えていたとして、叶ったかどうか分からないが。結局、少年が参加することのなかったそのお祝いの席において、折角ならケーキも食べたいとか、一晩中ゲームがしたいとか。そんな小さな願望を話しながら、少年はすいせいを家まで送り届け。
そうしてその日、保育園最後の帰り道は終わりをつげ、先日再会するまでの10年近く、すいせいは幼馴染に会わず、話す機会も無かった。
──10年か。
それだけあれば、人も変わるというもの。どれだけマイペースでも、多分時間には叶わない。
「──よし集まったな。じゃあ、授業終わるぞ。お疲れ様」
『お疲れ様でしたー』
形式ばらない適当な挨拶を済ませ、授業を終えた生徒達が更衣室を目指して歩きだす。
授業開始前同様、その流れに乗って、すいせいも移動する。案外流れに乗って歩けば、目的地には着くよーというのも、昨晩幼馴染から教わった転入時のコツであった。
その時は、この私がボッチになるわけないだろうと高を括っていたのだが。事実は小説よりも奇なりだ。
とはいえ挽回しようという気持ちも特に起きぬまま、更衣室へ。すでに中では、先についていたクラスメイトの着替えが始まっている。すいせいもその中を抜け、荷物を置いたロッカーを開ける。
借り物のジャージと体操服を手早く脱いでロッカーへ投げ込み、制服を着こむ。リボンやスカートの裾などを整え、ジャージと体操服を軽く畳む。これらは保健室からの借り物らしいので、後で保健室へ持って行く必要があった。
保健室の場所を覚えていないから、面倒臭さを感じる。とはいえ返さない訳にはいかないから、すいせいは大人しく体操服とジャージを抱える。返却自体は今日中でいいらしいから、放課後、学校見学がてらに返しに行けばいいかと考える。
廊下へ出た所で、授業終了のチャイムが鳴った。やばいと思い、慌ててすいせいは小走りに教室へと戻る。
「──ふぅ」
教室に入り、一息。自席へ戻り、体操服とジャージを置き、鞄からお弁当箱を取り出す。
──どうしようかしら。
廊下の方を見て、着々と集まる野次馬を見て、顔を歪めそうになるも、それを耐える。
何かルールを定めたのか、今一歩足踏みしているのか、教室の中までは入って来てはいないが、出たら出たで掴まりそうだ。
──何で転校初日に教室に軟禁されなきゃいけないのよ。
本来なら校内見学とか、そんなイベントが発生しそうなのに。
まあ、そのイベントを最も発生させそうな者は、早々に居なくなりはしたのだけど。
「……」
自分で考え、心中にて溜息を漏らす。
一先ず外に出る事は諦めて、すいせいは席へと戻った。
このまま食事の時間が無くなるのも嫌なので、大人しく星柄のお弁当箱の包みに手をかける。
「ねえ、星街さん」
「ん?」
声を掛けられ、振り返る。
隣席の1つ後ろ。髪色は自分よりやや明るい青色の髪。すいせいの為に、体操服を借りて来てくれた、このクラスの委員長である。
そんな彼女が、にこにこと笑いながら、すいせいを手招きしていた。
「良かったら一緒に食べない?」
「……別にいいけど」
断る理由は特に無かった。
お弁当箱を手に席を一つずれ、幼馴染の席へ。
椅子の前後を入れ替え、着席。声を掛けてきた委員長へと向かい合う。
「さっきは体操服を借りて来てくれてありがとう。でも、本当にいいの?」
「勿論。断られなくて良かった」
それは、廊下にいるギャラリー達を指しての言葉であったが、すいせいの言葉に、委員長は朗らかに笑いながら頷く。
その様はまるで、どこかのお嬢様の様だった。
「私、雪花ラミィって言います。このクラスの委員長なんだ。よろしくね、星街さん」
「よろしく、雪花さん。すいちゃんでもすいせいでも、好きに呼んでね」
「じゃあ、すいちゃんって呼ぼうかな。私もラミィでいいよー」
「なら、間取っていいんちょって呼ぶね」
「何処と何処の間を取ったの!? 私の名前、雪花・いいんちょ・ラミィって思ってる!?」
「草」
「草じゃないんですけど!?」
実際は特に深い理由なく、他のクラスメイトがそう呼んでいたから、それに倣っただけなのだけど。
「嫌なら普通に名前で呼ぶけど」
「いやぁ、まぁ? 好きに呼んでくれて、別にいいんですけどぉ」
「そう。良かった。なら、これからよろしくね、雪花さん」
「戻るの!?」
自由に喋っていいの楽だなぁと、変な感動を抱きながら、すいせいはお弁当箱の包みを解いた。
対面に座っているラミィに、特に怒っている様子は無い。ただ、少しだけ唇を尖らせ、不承不承な様子は見て取れた。
折角仲良くなれそうなのに、という表情を隠さぬラミィの可愛らしさに、すいせいは好感を覚える。
「ごめんね、いいんちょ。改めて宜しく」
「──うん。よろしくね、すいちゃん」
満足げに笑い、頷いて。ラミィもすいせいと同じく青と白のお弁当箱の包みに手を掛けた。
優雅な手つきで包みを解き、蓋を開け、それぞれのお弁当が2人の目に晒される。
「すいちゃんのお弁当可愛い!」
「いいんちょのお弁当はなんか凄いね」
おかずは卵焼き等シンプルながらも、中央に置かれた小ぶりなおにぎりには、海苔で顔の描かれているすいせいのお弁当。
対して、ラミィの弁当は別にデコられている訳では無いのだが、おかず一品ずつに不思議な高級感を感じる。
本当にいい所のお嬢様なのではと、そんな事を思うすいせいを前に、ラミィは「別に普通だよー」と笑う。
「じゃあ、食べよっか」
「うん」
いただきます、と、両手を合わせて挨拶をして、それぞれが自分のお弁当へ手を付ける。
「すいちゃん。卵焼きとこれ、交換しない?」
「いいよ。取っちゃって」
「ありがとう。すいちゃんも取っちゃってねー」
ラミィのフォークが、すいせいの弁当から卵焼きを持って行く。それを頬張り、満足そうに笑顔を浮かべるのを見て、何故か安堵しながら、すいせいもラミィの弁当から、物を取る。
どうやら肉の様だった。サイコロステーキと称せばいいか。角切りにされたそれの、匂いをかぐ。複雑な香り。どう味付けされているのか、想像もつかない。
これ、美味しいだろうなと、そんな確信を得ながら、すいせいも一口でそれを頬張る。
「うまっ」
途端溶ける肉。冷めているとは思えない。アイドルとして、バラエティやライブの打ち上げで、いいお肉を食べたりする機会もあるが、文字通り比にならない美味しさ。
こんなんお弁当に入れるの勿体無くないかとすら思えるその味に、思わずにやけるのを我慢出来ず、だらしのない顔を見られぬようにと、すいせいは顔を隠す。
ただ、対面に座るラミィには気づかれていたようで、にこにこ笑いながら、自身のお弁当箱をすいせいへと差し出した。
「美味しかったなら、残りも食べる?」
「いや、流石に申し訳ないから」
「いいよー。ラミィは良く食べるし」
「……」
こんなにいい物をよく食べるなんて、やっぱりめっちゃいい所のお嬢様なのだろうか。
とはいえ、そう言う事ならと、お言葉に甘えて、すいせいはもう一切れ、肉を頂く。
先程と同様に一口。もぐもぐと咀嚼すると、溶けて消える。
「……やっぱり、残りも貰っていい?」
「いいよー」
はしたない事を自覚しながらも、すいせいはひょいひょいとお肉を自分の弁当箱の蓋へと移す。
残り2切れ。丁寧に食べねばと、決心を固めた。
どう食べるかの算段を立てるすいせいに、ラミィが言う。
「すいちゃんなら、もっといい物を食べてるかと思ってた」
「いや、比にならないからまじで。ラミィ様はどちらのご家庭のご息女様でいらっしゃるの?」
「……アハハ!」
すいせいの言葉に、ラミィが笑い出す。存外ゲラらしく、笑いが止まらない。
何だろうと思いながら、方針を決めたすいせいは肉を──一口では食べず、半分ほど食べて、味わい。それからご飯と自前のオカズと食べ進める。
「──ん?」
そんな自分を、笑い終えたラミィが見ている事に気が付いた。
「どうしたの?」
「……いや、すいちゃん、とのやり取りとか食べる姿とか、本当に彼そっくりだなって思って」
目じりの涙をぬぐいながら答えるラミィ。
その彼が誰を差しているのかは直ぐに察しがついて、少々気まずそうに、すいせいは視線を逸らす。
「そ、そんな事無いでしょ」
「あるよー。自己紹介後に私の事をいいんちょって呼ぶようになる流れとか、ラミィ様って呼んだり、お肉を大事そうに食べる所とか。あんな淡々とボケてくるなんて思わなかったから、よく覚えているんだ」
「そ、そう。まあでも。私、彼とは無関係だから」
「彼って言われて、直ぐにピンと来たのに? それに、今朝一緒に登校している所も見たよ?」
「……」
ススッっと視線を逸らしながら、お肉をパクリ。やめられない止まらない。
「答えられたらでいいんだけどさ。何であんな風に言ったの?」
「……」
「お肉返して貰っちゃおうかなぁ」
「うぐぐ」
ラミィの言葉にすいせいは呻き、暫しして、歯ぎしりしながら、残り1つの肉が載った蓋を、ラミィの方へと押す。
其の姿に、ラミィは以前の食事の席を思い出す。彼の時は、同じ事をしてもサクッっと話してくれたのだが。まあ、あの時は何故授業中に何時も眠そうなのか、という大した質問では無かったから、というのも理由の一つかもしれない。
かなりギリギリに見えるが、すいせいの意志は固いらしい。
「んー……、まあいいけど」
本当に返して貰うつもりも無い為、蓋をすいせいの方へ押し返してやりながら、ラミィが続ける。
「すいちゃんがそういうって事は、そうなんだろうし。彼が自分の事をすいちゃんの幼馴染だと勘違いしている変人というか、危ない思考回路の人って事だもんね」
ラミィの言葉に、すいせいがピクリと反応した。気づかぬふりをして、続ける。
「委員長としては、やっぱりそんな危ない人と一緒っていうのは問題だと思うし、先生に掛け合ってあげる?」
「いや、別に……」
「遠慮しなくて大丈夫だよ。クラス委員として、すいちゃんに楽しい学校生活を送って欲しいし」
「──ッ」
バンッっと、大きな音が響いた。
クラスやギャラリー達の自然と視線が集まる。
その視線の先、音源にいるのはすいせい。次の行動への緊張が周囲へ広がる中、一息入れたすいせいが、まっすぐラミィを見た。
「ごめん、よろけちゃった」
「いいよ。大丈夫」
お互いに笑顔。それを見て、何だそんな事かと思い、周りは興味を失う。
むろん、その異様さに気づいた者も、居なくは無いが。そういった者でも、この状況で首を突っ込もうとは考えなかった。
一方、全員の興味が逸れたのを感じ、すいせいは机を叩いた手をひらひら揺らして冷ますと、残りのお肉を、そのまま勢いよく口の中へ放り込んだ。もぐもぐとしっかり噛んで、飲み込む。
その様に、ラミィは呆れ顔を浮かべた。
「なーんで、そんなに怒るなら、あんな風に言ったんですかねー」
流石にあんな態度を取った以上は隠せるとは思わないが。
それでも最後の抵抗として、すいせいは口をつぐむ。
「委員長としてはすいちゃんだけじゃなく、彼にも楽しい学校生活を送って欲しいんだけど」
「……それは、私もそう」
「え?」
諦めたのか、我慢しかねたのか。何処か拗ねた様子で、唇を尖らせるすいせい。
そんなすいせいの出した小さな声を、ラミィはしっかりと捉えていた。
「私だって、アイツの学園生活を滅茶苦茶にしたい訳じゃない」
「……」
「そんなつもりは無かったのに」
お弁当の残りを食べきり、すいせいは静かに箸を置く。
落ち込みを見せるその顔に、流石に踏み込み過ぎたかなと、ラミィは反省しながらも。
ただ一点。確認するために、口を開く。
「すいちゃんは、彼とどうしたいの?」
「……私は──」
上書きしちゃったのでもう無いですが、作者が4限体育という事を忘れていた世界線もありました。
文章の構成はどちらがいいですか
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全部詰める(全話までのやり方)
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地文と会話文の間に改行を入れる(今回)