天音かなた
白上フブキ
大神ミオ
*一部名前表記がひらがなになっていますが、演出なので誤字ではないです。
生徒会室の清掃を始めて、2週間弱が経った。
生徒会の活動は、基本的には隔日で月水金らしい。なので、俺の清掃はその間を取って、火木土。
本当は全休の日曜日に纏めて出来れば良いのだが、流石に俺1人で生徒会室に入るわけにもいかないから、俺が掃除をすると自動的に天音先輩に居て貰う必要がある。
ただでさえ、週6日で働いているのに、唯一の休みまで学校に呼び出すわけにもいかないから、放課後に済ませるしかない。とはいえ、進行速度は余り宜しくない。
「俺、実は部屋の掃除が下手だったんでしょうか」
「いや、そんな事は無いんじゃないかな」
思わず呟いた言葉に、作業中の天音先輩が答える。
「正直、僕、この部屋、こんなに広かったんだって思っているもん」
「でも、まだ終わらないですし」
「いうて、数年分だからね? 寧ろ1人でよくやってくれているよ。それに、君の掃除が終わらないのは他にもやっているからでしょ」
天音先輩の視線の先に、かつてパーティーグッズなどの入っていた段ボールの山は既に消えていて。開けたスペースに、未整理の荷物を移動して別の場所にスペースを作り、そのスペースには今年度に使う物入れという事で、安っぽいが段ボールと、何故かあったカーテンを組み合わせて簡易棚を作っておいた。
流石にカーテンを開けてまで使っているのかを確認はしていないが、天音先輩曰く、使ってくれている人もいるらしい。
「君、感謝されていたよ」
「なら良かったです。次に出勤した時、取り壊されているのではと思ってました」
「生徒会の事を何だと思っているの」
流石に冗談だが。
それでも、遠回しに要らないと言われて、取り壊す可能性は考えていた。
「それに、その書類整理だって、議事録の纏めも兼ねて、今度庶務の子にやって貰うからいいよ?」
「整理は掃除の一環です。というか、年度が混ざっていて、使う物と使わない物の判別からですし、これで1日終わりますよ」
俺が立ち向かっているのは、生徒会の議事録の束であった。
数年分の束はそれだけでも辟易する量なのだが、恐ろしい事にそれらの議事録が整理されていない。
別の会議の書類が混ざって居たり、時系列が前後していて、何故か年度の違う議事録がごちゃごちゃに纏まっている。
「というか、こういうのって、せめて年度で纏める物では」
「あー……書類の山が崩れた時に、適当に纏める事って、あるよね」
「ありませんけど」
「トーンがガチじゃん」
物は可能な限り減らす事が習慣になっているせいで、使わない物はさっさと捨ててしまうから、こういう紙の束は新鮮まである。
「後で見て困る状態で置いてある時点で、使わないでしょうからシュレッダー掛けて捨てちゃいません?」
「その言葉への説得力のある返しが思いつかないから、生徒会長権限を行使します。保存しなさい」
「了解です」
仕分けていく。言葉通り、今日はこれで終わりそうだ。
***
翌々日。
「ん?」
別の段ボールの山に取り掛かっていたところ、山の中にピンク色の布が見えた。
何だろうかと思い、山を崩さないように気をつけながら、布を引き抜く。
「制服?」
「ん? ──あ、それ」
顔のすぐ横から、声。
視線を動かせば、移動してきた天音先輩が、俺の肩越しに手元を覗き込んでいた。
「去年の学園祭で着た奴だよ」
「それから着ました?」
「着てないけど」
「つまり要らないって事ですね」
「思い出全否定するじゃん」
「そもそも思い出語るなら、山の中で適当に置いておかないでしょう」
「ぐうの音も出ない」
ただ、捨てようとするのは阻止されて、俺の手から制服が奪い取られる。
「君って、去年の学園祭には来てないの?」
一体何だろうかと思いながら、俺は頷き返す。
「そうなんだ。僕、これ着てステージで踊って歌ったんだよ」
「へー」
「もうちょっと興味を持とう?」
そう言われても。歌なんて、今は音楽の授業以外ではご無沙汰であり、興味が無い。
「しょうがない。ちょっと着てあげようじゃないか」
「別にいいです」
「いいからいいから」
立ち上がらされて、そのまま背中を押されて、生徒会室から退室させられる。
こんなことをしていていいのかと思いながら、生徒会室の前に立って待っていると。「あの」と、横合いから声。
視線を向ければ、白と黒の知らぬ先輩が2人。声をかけてきたのは、黒い先輩だった。
「今、生徒会室って入れますか?」
「え?」
急に尋ねられ、少し戸惑い。
「あー……生徒会長は居ますけど、多分着替え中です」
そう答えた。着てあげると言っていたから、多分間違いないはずだ。
「そうですか……どうしよっか、フブキ。出直す?」
「んー、でも、面倒じゃない? 待ってようよ。書類出すだけだし」
「そう? まあ、フブキがそう言うならいいけど」
「……俺の事は気にしなくていいですよ」
2人のやり取りを聞いて、そんな言葉を口にする。
「え」と、そんな言葉を口にしたのは、ふぶきと呼ばれていた白い先輩だった。
「でも、待っているよね?」
「着替えるからって追い出されただけなので、並んでないですから」
「あ、生徒会の人だったの?」
「いえ。そういう訳でもないですけど」
「?」
ふぶき先輩とみおと呼ばれた先輩の頭に、疑問符が見えた気がした。
「掃除夫とでも思っておいて頂けると」
「掃除夫?」
疑問符が増える。生徒会に関係の無い一般生徒には、生徒会室の惨状が広まっていないらしい。
中々の情報統制。検閲とかされているんだろうか。
『入っていいよー』
ふと、生徒会室から、天音先輩の声が聞こえてきた。
着替えが終わったらしい。
「どうぞ」
「あ、うん」
2人を促す。
「「失礼します」」
ドアを開けた、2人が固まる。
肩越しに中を覗けば、多少片付いた程度の生徒会室をバックに、入り口で何やらポーズをとっている天音先輩。
「キャッチコピーは握力50kg ぎゅ♡ぎゅ♡ 握りつぶしちゃうぞ☆ 生徒会役員の天音かな……」
謎の口上と握力アピールをしながら満面の笑顔だった天音先輩が、徐々に顔を赤くしていく。
完璧に近いポージングのまま、体がプルプルと震え始めているのが分かった。
「……えっと」
ふぶき先輩が俺の方へと振り返る。
「出直した方が、いいかな?」
「……そうしてあげてください」
「う、うん」
がらがらと、扉が締められる。
何とも言えない空気の中、ふぶき先輩。
「じゃあ、行こっか、ミオ」
「……そうだね」
そうして2人が歩き出す。
その背中を前に、言っておいた方が良さそうな事を思い出し、「あの」と声をかけ、呼び止めた。
「何?」
「えっと……生徒会の業務って、基本的に月水金なので、そのあたりで来た方がいいかもしれません」
「あ、そうなんだ。分かったよ、ありがと」
「後、その」
口止めをすべきかどうか悩む俺に、「大丈夫」と、ふぶき先輩。
「安心していいよ。誰にも言わないから」
「掃除、頑張ってね」
またねーと、ふぶき先輩。みお先輩にも激励をもらう。
2人に頭を下げて見送り、生徒会室の扉へ対峙する。
こんこんと、ノック。
『……どうぞ』
扉を開ける。ピンクの制服姿のまま、普段座っている上座の席で、天音先輩は肘をつき鼻のあたりに指を組んだ手をやっていた。前髪で目元、手で口元が隠れているせいで表情が伺えないからか、その雰囲気は物々しい。
何か言わねばと思い、悩んだ後。
「似合っていますよ」
「──追い打ち止めて」
間違えたらしい。
***
それから3日。日月挟んで火曜日。
「昨日、あの2人来たよ」と、天音先輩。
「あの2人?」
「白上さんと大神さん」
「……どなたでしょう?」
聞き覚えのない名前だった。
「この前来た2人だよ」
「……ああ、あの白い先輩と黒い先輩ですか」
言った通り稼働日に来たらしい。
「大丈夫でした?」
「提出書類に不備は無かったよ」
「……そうですか」
聞きたいのはそこでは無かったけれど。
言外に聞くなと言われた気がしたから、大人しく引き下がる。
「何の書類だったんですか?」
「同好会の活動申請。まあ、却下しちゃったんだけど」
「却下?」
「人数足らなかったし」
天音先輩曰く、同好会の申請に必要な人数は3人らしいのだが、白上先輩と大神先輩の名前しか無かったらしい。
それは確かに、却下されてもおかしくない。
「3人目見つけてくるって。あの2人の作る同好会なら、ペーパー同好会の心配はなさそうだし安心だよ」
「ペーパー同好会……ペーパーカンパニーみたいなものですか? それって意味あります?」
「同好会活動は、部費は基本的に出ないけど、活動用の部室が貰えるから」
「成程」
悪い言い方をするなら、校内において、監視の目が少ない好き勝手出来る場所が、手に入るらしい。
そういう意味なら、多少面倒でも、作って損は無さそうだ。頭数3人揃えればいいだけだし。
「意外と多そうですね。ペーパー同好会」
「だと思うよ。流石に活動の監視はしてないから、事実確認は出来ていないけど」
「監視無しなんですか?」
「よほど目につかない限りはね。極端な話、お金を出している訳じゃないから、同好会にあれやれこれやれって指示した所でやってくれないし。校則で学園祭の参加だけは強制しているから、それすらしてなければ直ぐに廃部に出来るけど……」
「出来ないんですか?」
「休憩所っていう手があるからね」
「ああ」
椅子と机並べて終わりと。
「空き教室を占領されているだけと言えばそうなんだけど、本気で活動したがっている同好会が、部室を見つけられなくて活動出来ないって事例も少なくは無いから、どうにかはしたいんだよね。一度先生方に相談して、一斉摘発しようかな」
そう言いながら、天音先輩は顎に手を当て何事か考え始める。
生徒会長の顔、とでもいうのだろうか。仕事をする顔つきになった天音先輩。
話が終わったことを悟り、俺は生徒会室を見渡す。
床の見える面積も増え、掃除だけなら、もう1週間もすれば終わりそうだった。
とはいえ未だに、生徒会室隣の物置の鍵は出てこない。
そろそろ捨てないものを一旦別の部屋に置かないと、棚の整理もしづらいし、折角広げた床に、結局段ボールが積み重なる事になる。
それでも大分マシにはなっていると思うが、せっかく掃除しているのだからきっちりと済ませたい。
後で相談するかと思いながら、残りの作業算段をして、俺は掃除に戻った。