最初にひとつ言っておく。どうしてこうなった。
どこかの誰かが時間の概念の存在しない場所で、幼気で喋れない少女に文字を教えている頃。
時間の概念は存在しないとはいえ、実際には時間は穏やかながらも流れていた。男がその場所と彼の本体が眠る場所の両方を俯瞰することが出来れば、成長という名の老化がないだけで、緩やかながらも時間は経過しているのだろうと考えただろう。
そんな利口ながら傍若無人で常識に囚われない端正な顔立ちの青年が眠りについてから1日が経った。
瞼を閉じた彼の周りには同期や彼の所属する兵団の人間が立っていた。
特に食事の時以外はずっと傍で手を握っているヒストリアの姿には全員心打たれただろう。
今日も王女としての仕事をザックレーやナイルたちに丸投げし、眠るホライゾンを献身的に見守っている。
そんなヒストリアを気の毒に思いつつ、早々に部屋を立ち去ったのは兵団最高戦力であるリヴァイ兵長だった。
「俺たちがここにいてもいつ起きるか分からねぇんだろ?」
「……えぇ、まあ」
リヴァイが気だるげにそう言うとエレンが曖昧に答える。
「なら俺は戻る」
目が覚めたら教えろと姿を消したが、彼の代わりにハンジ分隊長が残っている。
「はは、リヴァイらしいなぁ」
眠ったままの男、ホライゾンの手記の隅々にまで目を通し、試したいことがあるものの彼が目覚めるまでは動かないようにという女王と兵団長の言葉を渋々受け入れたハンジは、壁にもたれて腕を組みながら笑う。
「悪い。俺もちょっと抜けるわ」
次に部屋を出たのはホライゾンと同じ班に所属し、なんだかんだ彼との交流が深かったジャンだった。
「ライナーやアニたちの様子でも見てくる」
「俺も行っていいか?」
ここにいるよりは、地下牢にいるかつての仲間たちの面を見ながら恨み節でも吐いた方が気が楽だと逃げるように立ち去ろうとするジャンにコニーが声を掛ける。
「……ああ、好きにしろ」
力なく笑ったジャンに、コニーはエレンたちに一言いれてから共に部屋を出て行った。
「エルヴィン、私達も」
「……そうだな」
リヴァイの意見に完全に同意するわけではないが、兵団長と分隊長という立場や他にもやることのあるハンジとエルヴィンは名残惜しそうにしながらも部屋を出る。
「すまないがエレン、何かあればすぐにでも伝えてくれ」
「はい」
申し訳なさそうに頭を下げるエルヴィンにエレンは小さく会釈する。
上司2人がいなくなり、エレンとアルミン、ミカサとヒストリアと同期だけになった部屋はとても静かだった。
「サシャは今日は来ないの?」
意外にもその静寂を破ったのはミカサで、みんなが出て行った扉を見つめる。
「サシャはホライゾンの分のご飯を確保するんだって」
「……そう」
アルミンから返ってきた言葉にサシャの貪欲なる食欲をよく知っているミカサは、彼女が他人のために食事を集めていることに驚きつつも納得した笑みを見せた。
「あのサシャがか、すげえな」
それはエレンも似たようなもので、エレンの知っているサシャは食に対して並々ならぬ情熱を持ち、食べ物以外のことに一切興味を示さない女性だった。
「……サシャもホライゾンのこと好きなのかな」
呟くように、聴き逃せば聞こえないくらいの声で放たれたヒストリアの言葉に、アルミンは苦笑した。
「うん、そうだと思うよ。でも、僕やエレンが向けるような親愛からくる好意だと思うよ」
「……そう?」
「うん」
不安そうに首を傾げるヒストリアにアルミンも自信を持って頷くことが出来ないのか、困ったような笑顔で返した。
「少なくとも嫌いではないだろうけど……どうなのかな……」
勲章授与式の日に、ホライゾンは失礼と言いながらサシャの胸を触っていたが、その時のサシャの反応を見るにホライゾンのことを嫌いではないだろうが、異性としてどう思っているかは疑問だった。
「なぁ、ホライゾンがやろうとしてることって結局なんなんだ?」
一方でホライゾンの眠る部屋から出て、ライナーやアニのいる地下牢への道を進みながら、コニーはジャンへと問いかけた。
「知るかよ」
変態の考えることは常軌を逸し過ぎて理解の範疇を越えると吐き捨てるように言ったジャンだったが、コニーは続けた。
「何にも聞いてねぇのかよ?」
「ああ。多分、団長やヒストリア、あとはエレンくらいじゃねぇか」
パラディ島のためになにかやろうとしているのは分かるが、具体的に何をしようとしているのかを知っているのはその3人くらいだろうとジャンは推測する。
あとはホライゾンと共にマーレ側から来たラーラという女くらいだろうか。
「ジークとかいうおっさんか、ライナーたちならちょっとは知ってるかもな」
そう言っているうちに地下牢へとたどり着くと看守を任されているトーマスとミーナに挨拶をしてから、ジャンは鉄扉を開けて中へと入る。
「……なんだジャンとコニーか」
「悪かったなホライゾンじゃなくて」
ジャンが入ってきた扉を見て、最初に口を開いたのはアニだった。
「で、今日は何しに来たわけ? 今更聞きたいことなんてないでしょ」
「俺はないな」
悪態をつきにきたはずが、何故かアニに悪態をつかれてしまったジャンは不満げに答える。
「逆にお前らはどうなんだよ」
外のこととか、色々と聞きたいんじゃないかとジャンが聞くと、アニはムッとした顔で答えた。
「別に……どうせ私達は死刑かなんかなんでしょ」
ここにいるのは揃いも揃って壁内人類を多く殺した大量殺人鬼だ。初めに来た3人は言わずもがな、後から来た2人もラガコ村の住人たちを巨人に変えている。
そんな自分たちが壁内の陽の当たる場所で生きることはできないことくらい分かっている。
「どうだろうな。少なくてもホライゾンとヒストリアにそのつもりはなさそうだっだが」
「どうだかね。あの2人が何を考えているのかなんて誰にも分からないよ」
ジャンが出したホライゾンとヒストリアの名前にアニは眉を寄せながら答える。
「アニちゃん機嫌悪いね……あの日?」
「戦士長セクハラですよそれ」
大方、最近ホライゾンが顔を出さないことと、ピークの投下した爆弾発言が尾を引いているからだろうと、ピークは察するも他は頭に疑問符を浮かべている。
「あの変態野郎が何かしてるってことは分かるが……何をしてるのかは君らも知らないんだろう?」
「……なんだアンタも知らねぇのか?」
「あぁ、知らないね」
ジークの問いにジャンがさらに問いを返すとピークが頷く。またしても何も知らない兵士と戦士たちに、ピークは肩を竦めてみせる。
「ホント何やってるんだろうね」
身を丸めて石で出来た寝床に横になっているピークは、少し不貞腐れたように言うと、ジャンは彼女から視線を逸らす。
「こっちが知りたいことはあらかたホライゾンの手記に書いてたし、懺悔の言葉くらいしか聞くもんがねぇんだけどな…………ッ!?」
このままここに残っても上に戻っても変わらねぇし、どうしたものかとジャンが悩んでいると、唐突に景色が変わる。
立っている場所は同じはずなのに脳から視界に流れてきたのは一面が砂におおわれた大地で、そこにはコニーはもちろん、牢の中にいるはずのアニやライナー、ベルトルト、ピーク、ジークまでもがそこにいた。
「なんだこれ……」
突然の出来事に狼狽えるジャンは、自分の口から声が漏れるのを聞く。さらに驚くことに自分たちとは別の階にいるはずのエレン、アルミン、ミカサ、ヒストリアの姿まで見える。
色んなことが起きすぎてとうとう頭がおかしくなったかとジャンが焦る中、ある声が脳に響く。
『あー、あー! 聞こえるかな? ユミルの血を引くものたちよ!』
勇ましく力強い、ジャンたちにとっては聞きなれた男の声だった。
『私の名はホライゾン・フリッツ! ユミルの血を拡げ、かつてこの地に巨人の帝国を作った王の末裔である!』
「お、おい……なんだよこれ」
眠っているはずのホライゾンの声が轟き、しかも身分詐称をしている。訳が分からねぇと頭を抱えるジャンに構わず、ホライゾンは続ける。
『私は調査兵団という組織の一団員だったが、この度始祖ユミルの力添えもあって上級団員を超え、王としての力を手に入れる運びとなった』
上級団員ってなんだよとジャンが突っ込んでいる間にも、ホライゾンの演説は続く。
『ユミルの血を引く全てのものに告げる! 迫害された歴史に終止符を打つ時が来た! 真の悪魔は誰なのかを教える日が!』
ここまでくるとジャンにもホライゾンの言わんとしていることが理解できた。そしてそれは他のみんなも同じだったようで、アニやライナーたちはあんぐりと口を開けて牢の鉄格子越しにいるはずのホライゾンを凝視している。
『これより始祖ユミルの力を借り、我々ユミルの民を迫害し、虐げてきた全人類を一掃する! しかし、その業を君たちが負う必要はない! 未来への水先案内人は、この! ホライゾン・フリッツが引き受けた!』
瞬間、ユミルの血を引くもの達の脳に稲妻が走る。
ホライゾンが寝ている宿舎に1体の巨人が近づく。壁内の巨人はコニーの母親らしき巨人を除いて全て淘汰されたはずなのに、金色の髪を持った白肌の巨人が歩いていた。
座に意識を連行され、誰1人動けない。それはアッカーマン家の血を引くリヴァイやミカサも例外ではなかった。彼らの中にもユミルの民の血が流れているため、始祖ユミルを通したホライゾンの拘束に抗えなかったのだ。
手を伸ばして宿舎の屋根を壊し、ホライゾンの周りにいるエレンたちを傷つけないように細心の注意を払いながら、巨人はその手をホライゾンへと伸ばす。
「ま、待って!」
その巨人を動かしているであろうホライゾンへと声を荒らげたのはヒストリアだった。
『異論反論助太刀手だし一切無用! これは私が始めた物語なのだ!』
しかし、ヒストリアの制止が聞こえていたにも関わらず、ホライゾンは巨人を操り、自身の身体を掴ませる。そして、その巨人は眠ったホライゾンの体を口元まで運ぶと大きく口を開けた。
「そんな……」
次の瞬間、巨人の体内へと引き込まれたホライゾンを見て、ヒストリアは口元を押さえる。
「ホライゾン!」
ホライゾンの名前を呼んだアニだったが、彼からの言葉は返ってこない。
だが、頭に流れ込んでくる映像に映る巨人に変化が訪れた。
『そうだ。鋭く、空気抵抗を減らした姿に、そんな感じだ。さすがは獣の巨人の力だ。武装も欲しいところだな。戦鎚の能力を使えば可能か? さすがだと言わせてもらおうマイゴッデスユミル』
どういうわけかホライゾンの言葉に合わせて、巨人の姿が捏ねられた粘土のように形を変えていき、やがて巨人は今までの巨人とは全く異なる姿となる。
それはジークやピークが見た戦闘型飛行船や対巨人用に作られた兵器を搭載した人型兵器のようで……。
『美しい翼と武装だ。これで大国とも渡り合える』
獣の力で空を飛ぶ羽を手に入れ、戦鎚の力で大型のボウガンを装備し、女型の持久力と肩や腰部を鎧のアーマーで覆ったあらゆる巨人のハイブリッドがそこにはいた。
もはや誰に向けて言っているのかさえ分からない言葉がエレンたちの脳に響くと、その巨人は大地から飛び立った。
『ふはは! なんという高揚感! 生き恥を晒した甲斐があったというもの!』
高らかに宣言すると、その巨人は雲を切り裂いて空の彼方へと消えていった。
この映像を見せられたのは、おそらくユミルの血族たちだけだろう。
マーレの方では急に収容区の人間たちが固まっており、それを見てマガトは訝しむように眉を寄せた。
「……まさか」
上手くいったのか? 本当に? とパラディ島がある方へと視線を動かす。それから数秒後、気を取り戻したユミルの民たちからの話を聞いてマガトは戦慄することになる。
今まで人類の誰も見たことの無い、人を殺すことだけに特化した巨人が、ユミルの血を虐げてきた者たちへと制裁を下そうとしていた。
元々はホモくん1人にゼロレクイエムさせて、エレンたちに倒させるって形にしようとしたんですが。おかしいな……なんか勝手に巨人の中に入ってダイナさん改造して飛んでちゃった……。
始祖ユミルからの評価
▶︎なんかやべーの来た。うるさいけどめちゃくちゃ優しいし、文字とか娯楽について教えてくれた。ホライゾンの考えた最強の巨人作りに協力したりするくらいには好印象。興味以上の対象らしい。
周りからの評価
▶︎やりやがったな。
何も知らないユミルの血を引かないみなさん
▶︎なんやこいつら……みんな固まって……怖……