かつて英雄だった君たちへ   作:白夏緑自

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 世界観を説明するような章を書こう。と思い立って、結局また雰囲気だけを伝えることになってしまいました。

「かつて英雄だった君たちへ」はエルゼール士官学校を舞台としています。

そして、このエルゼール士官学校は、

・アム・マイン帝国

・カラリ公国
の共同出資として設立されました。

まあ、なんで2国間で共同歩調取ってるんだよ、っていうのが伝わればいいなって感じで。



【番外編】
番外編


 エルゼール士官学校。

 

 大陸の中心に構える二大大国。アム・マイン帝国とカラリ公国が、二国の国教──アリア教との共同出資で創立された教育機関である。

 

 六〇〇年ほど前、帝国から独立という細胞分裂の結果、誕生したのが公国であり。一〇〇年ほどは自身の分身を食いあう関係を築いていたが、二国が誕生する遥か以前より信仰の対象とされてきたアリア教が両者の関係を取り持ち、お互いの存在を容認する器量を齎した。

 

 しかし、人々の心を過去から現状へと向けさせるにはさらなる時間を要する。その後も、分子レベルから一冊の歴史書にまで及ぶ大小様々な謀略と流血を繰り返してきた。

 

 アム・マイン帝国とカラリ公国の諍いが影を潜めたのは、周辺諸国の台頭である。

 

 それまで、二国のどちらに付くかを見定めていた諸国は、戦争が長引き疲弊していく様から好機を見出す。

 

 最初の侵攻は帝国の東に位置し、最もカラリ公国から遠く離れたアズバルト辺境伯が有するアズバルト領であった。

 

 カラリ公国との戦線からも一番遠く離れているが、それゆえにアズバルト私兵団は戦いの練度が低く、また、まさか自分たちが剣を手に取り死の最前線に立つことを予想していなかった。

 

 また、兵を軍に提供しない代わりに、多額の軍費を供出していたアズバルト領は皮肉にも私兵団の装備は老朽しており、まさしく戦える状態ではなかった。

 

 この結果、アズバルト領はわずか二週間で陥落。

 

 辺境伯は服毒を図り、一族は逃亡を決するが、しかし、その後のアズバルト家について記す文書は今のところ見つかっていない。

 

 逃亡した者の中には、八歳にも満たないアズバルト令嬢もいたとされる。

 

 こうして、敵が目前に構える虎──カラリ公国だけではなく、周囲を取り巻くハイエナであることを知ったアム・マイン帝国は軍事力の分配を余儀なくされる。

 

 四方八方。いつ、襲い掛かられてもおかしくはない。だが、だからといって、カラリ公国への手を緩めれば、辺境の領地を失うだけではなく、帝国の中枢まで押し込まれてしまう。

 

 頭を抱え、結論が出る間もなく、アズバルト領陥落からそのわずか三週間後。今度は、アム・マイン帝国の南に位置するスーズダリ領。

 

 攻め入ってきたのは百戦錬磨を誇るバーバリー国。

 

 対し、防衛を務めるのは病に伏せた領主に代わり領地運営と軍の統制を務めていた未だ一六に満たないスーズダリ卿であった。

 

 今度も陥落は防げぬか、と帝国上層部は覚悟をしたとき。

 

 カラリ公国との戦場から、一報が届いた。

 戦場を、敵味方顧みずに進む軍勢アリ。現在、帝国領内に侵入し、南へ向けて進軍中。

 

 まさか、この混乱を機にスーズダリ領を手に入れるつもりか。この機を待っていたのか。否、アズバルト領が落とされたあの日すら、公国側の作戦であったならば。目の前の敵にしか集中してこなかった我々を笑っているのだろうか。

 

 カラリ公国の侵攻の報が届いた直後、背後への迎撃態勢が整うよりも前に軍勢は到達した。

 

 三日はかかる距離。

 

 それを、一日で踏破してきた。

 

 その軍勢は、二人の女が引き連れていた。

 

 ミルクを溶かれた紅茶が流し込まれたような髪をなびかせた女と。

 桜のようにグラデーションかかった薄紅色の髪を持つ女。

 

 挟み撃ちにあうのだと緊迫したスーズダリ領の防衛にあたっていた私兵団を、しかし二人の女たちは通り抜けていった。

 

 彼女たち率いる軍勢は、帝国を横断した速さをそのままに攻めこんできていたバーバリー国を撤退させる。

 

 鮮やかな戦闘を眺めることしかできなかったスーズダリ卿は女神が降臨したのだと、戦勝を喜ぶよりも呆然と炎の中に立つ女の一人に見惚れていた。期待という重圧に押しつぶされかけ、そこに蹂躙する外国からの凶悪な獣たちの一方的な暴力を長引かせることしかできなかった未熟な少年にとって、ただただ、鮮烈な光景だった。

 

 スーズダリ卿は戦勝を祝う祭りを開催し、カラリ公国軍の補給と歓待を申し込む。

 

 歓待を受けた女のうち、ミルク入り紅茶色の女はそれを否定する。自分たちは女神ではないのだと。

 

 では、なぜ助けてくれたのかと問う。

 女が応える。

 

「アリア様がそのような運命だとお決めになったのでしょう。我ら、カラリ公国公主がかつての故郷を守るのだと決意することを」

 

 かくて、スーズダリ領の防衛は果たされた。

 

 この一件を機にアム・マイン帝国とカラリ公国の四〇年続く戦いは幕を閉じる。

 

 友情を結んだ、と言えば聞こえはいいが、その実は目前よりも身体に触れる全てに虎視眈々と睨みを利かせる獣の存在を認知したに過ぎない。

 

 だが、確かに二国間の戦争は終わった。

 

 そして、建前で結ばれた柔らかい握手は時が進むにつれ硬く交わる。

 お互いの分身を認めなかった二国は兄弟として共同歩調を取り始め、周辺諸国への防衛へと戦略を変えたのだ。

 

 これが、アム・マイン帝国とカラリ公国が歩む現状へのきっかけである。

 

 これは、記録に残された事実である。

 

 しかし、これが真に打算なしの友情の果実であったのか。そうではなくとも、帝国との戦争を終結する目論見があったにせよ、カラリ公国公主の判断であったのか、歴史家や軍史研究家は少々懐疑的に見る目があることも確かだ。

 

 特にその速さ。

 

 三日かかる距離を一日で踏破。

 

 国教だけではなく、帝国にも領地を跨ぐための検問は設置されている。

 

 これを無視して、通ることはほぼ不可能であるし、必ず一度は厳重な取り調べを受けるはずである。

 

 どのようなルートを辿ったのか正式な記録は残されていないが、数々の目撃証言から複数の候補が挙げられている。

 

 そのうちの有力候補はとある共通点によって組み立てられた理論である。

 

 カラリ公国軍が通過した領内は全て、アリア教の敬虔な信徒が領主を務めているないし、アリア教特別領地である。

 

 つまり、この救援劇はアリア教によって用意された舞台なのではないか。

 

 カラリ公国の救援について、アリア教はそれを否定しているのだが。

 アリア教によって仕組まれたことであろうと、しかし二国にとって不都合は生じず、やがて歴史に残る伝説として二人の英雄は語り継がれていく。

 

 歴史に残る伝説には続きがある。

 

 女のうちの一人。

 

 紅茶色の髪の女と、領主となり伯爵と呼ばれるようになったスーズダリ伯爵が運命的な再会の末、やがて夫婦となった。

 

 伯爵夫人の肖像画どころか、名前も残されていない。

 

 子は成したが、母親に似ているとする記録もなく、こちらも夫婦となった事実と、二人の間の子どもの名前だけが記録として残るのみだった。

 

 子どもの一人にはミラ、と名付けられている。

 

 忘れ去られていく英雄の名であった。

 

☆ 

 

「ここもすっかり変わってしまいましたね」

 

 紅茶色の髪の女はそう呟き、帰るべき場所へと馬を馳せていく。

 

「次はミラも連れてきましょうか」

 エルゼール士官学校からここまで、二人なら一日でやって来られる。

 ちょっとした旅には程よい距離だ。

 

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