百合ゲー世界なのに男の俺がヒロイン姉妹を幸せにしてしまうまで   作:流石ユユシタ

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16話 トラウマ

 千冬がうち達と僅かにすれ違い再び、もう一度仲良くなってから数日後。日に日に寒さが強くなって生徒達も長袖長ズボンが増えてきている。千冬とはあれから特に互いに何を言う事もなく、気にする事もなかった。

 

 千冬がお兄さんに何を言われたのか分からないが元気になって本当に良かった。でも、千冬の笑顔を見てまた、悩んでしまう時も来るのだろうな、と確信のような何かを感じ取った。

 

 そう簡単に全てが解決がするはずがない。同じ悩みを何度もしてしまう、何度も同じ過ちをしてしまうのが普通だから。

 

 ……あんまり、マイナスな思考は止めよう。うちは頭をわずかに指で押してマッサージのようにして思考を取っ払った。すると前の方の声がよく聞こえる。

 

「もうすぐ、クリスマスだけど、何買ってもらう?」

「藤井さんの将棋トレーニング」

「へぇ」

 

 

 目のまえで女子たちが話している。小学4年生くらいになればサンタさんが居ない事には気づいている。だが、サンタからはもらえたくても親からはクリスマスプレゼントがもらえる一大イベント。女の子たちが湧かない方がオカシイと言うものだ。

 

 現在、12月2日。……毎年、食パンの耳を砂糖で味を付けて油で揚げてラスクのようにするくらいしかやることが無かったけど今年はどうなのだろう。お兄さんはケーキとかプレゼントとか買ってくれるのだろうか……いや、そもそもそんな我儘を言っていいのだろうか。

 

 

 あんまり我儘は言えないけど、千夏と千秋と千冬には楽しいクリスマスを過ごしい。七面鳥、パエリア、ケーキ、プレゼント。皆、そう言ったものを貰ったり食べたりしたいはず……

 

 特に千秋はもう、毎日のようにワクワクしている。ソワソワしてバスで登校するときにイルミネーションが見えるたびにもうすぐクリスマスだ、ケーキだと笑いながら話している。

 

 

 教室でも女の子達とケーキについての議論が止まらない。ショートだ、チョコだ、ハーフアンドハーフだ、ロールケーキもあるぞと。

 

 今もそう

 

「やっぱりクリームが良いのか!? 生が良いのか!? チョコか!?」

「あー、生クリームって美味しいけど食べ過ぎると重いよ……」

「そ、そうか……そんな秘密がケーキには……」

 

 

まだ、20日以上あるのに楽しみ過ぎるらしい。まぁ、そんな姿が可愛いんだけど。

 

このクラスの可愛さなら千秋しか勝たない。このクラスの女子は可愛い人多くて桜さんも可愛いけど……やっぱり千秋しか勝たない。異論も認めない。

 

 

 

だが、そんな千秋に、世界最高である至高である千秋に喧嘩を売る馬鹿が居る。

 

「餓鬼かよ、クリスマスケーキ楽しみにしてるとかだっせぇ、寧ろ馬鹿」

「またか、短パン小僧……」

 

鼻にばんそうこう、冬なのに半そで短パンと言う服装をしている西野正。うちは全く興味もなく、寧ろ不快感があるが女子からはかなり人気者らしい。足が速いし、顔立ちも整っている感じがするからだろうか。

 

ワカラナイ、千秋しか勝たない。

 

正が千秋に目を付け始めたのが体育のドッジボールの時間。両チームコート内には一人ずつしかいない。それが千秋と正。外野の応援も白熱しており、千秋もかなり乗っていた。

 

 

青いゴムボールを片手で掴み千秋が正に向かって叫ぶ。

 

『これで、全てが変わる。赤チームの運命、我の運命』

 

『――そして、お前の運命もッ!!』

 

『キュいんーん、シュオン、シュオン、シュオン。これで最後だぁぁ!』

 

 

何やら、エネルギーを溜めるような音を自分の口で出して、そのまま投げる。千秋は運動神経が抜群で昨日の晩御飯にハンバーグを食べているからエネルギーもばっちり。千秋のボールは正に直撃してそのままダウン。

 

そこから女に負けただの何だの言い始めてやたらと絡み始めた。

 

 

「おい、今日の体育俺と勝負しろ」

「いや、今日長縄……」

 

 

千秋は正が苦手らしい。意味もなく絡んできて、いつも馬鹿にしてくる。奇遇だね。うちも千秋を馬鹿呼ばわりする奴は嫌い。

 

千秋がうちの元に寄って来る。

 

 

「ねーねー、アイツまた馬鹿って言った……」

「馬鹿じゃないよ、千秋は」

「だよな! 分かってくれるのは千春だけだ」

 

そこはねーねーが良かったんだけど……でも、元気いっぱいの千秋も可愛い。そう言いながら自分の席につく千秋。

 

千秋はうちの前の席、そこで姿を眺めるのも一興。

 

「千春はケーキは何が良い!? カイトだから絶対買ってくれる!! 今のうちに予約しないと! スーパーで!」

「うーん……そうなのかな?」

「そうだよ! 絶対今年はケーキ食べれる。初ケーキだ! あと、プレゼントも!」

「そうだね……」

 

 

お兄さん、きっと買ってくれたり、食べさせてくれたりしてくれるんだろうけど。そんなに我儘を言っていいのかと僅かに悩む。信頼はしてる。だが、我儘にも限度と言うものは必ずあるはずだ。

 

千秋が我儘を言うならうちはあんまり言わない方が良いんだろうな。

 

「あ、先生が来た。では、また会おう」

 

そう言って千秋は前を向いた。最近、寝て怒られることがあるからちゃんとしないと言う意識があるらしい。うちも起こせるときは起こしているのだが、偶に気付かない時もある。

 

そう言うときに限って先生にバレてしまい怒られ、涙目になってしまう。千秋をもっとよく見ないといけない。

 

うちは授業に集中するのと同時に千秋にも意識を割いた。

 

 

◆◆

 

 

 

「はい、じゃあ、授業はここまで、次の授業の準備しておくように」

 

 

そう言って先生が教室から出て行った。その瞬間に教室中の緊張が解ける。眠気を我慢してそれを一気に開放する者や、背もたれに寄りかかる者。

 

「終わったぁぁぁ!! ああもう、社会つまんなすぎるわ!! 特産品なんか覚えられるわけないし!」

 

夏姉のように授業に愚痴をこぼす者。夏姉は背筋を伸ばしてストレッチをしながら解放感に身を浸す。

 

社会だけでなく全授業が夏姉にとってはストレス。

 

「ねぇ、冬は社会楽しいと思う?」

「まぁ、特産品とかは面白くないっスか?」

「赤べことか知ってもどうとも思わないわ」

「千冬は結構、可愛いと思うっスよ」

「うっそ……」

「それに福島には自分で色を塗れるのもあるらしいっス、そういうのって面白そうじゃないっスか?」

「……うーん、多少は思わなくもないけど。でも、やっぱり詰まんない」

 

 

夏姉は社会だけでなく、算数も国語も毎授業詰まんないと言う。千冬は詰まんないとか面白いとかそういう感情で勉強をしようとは思った事がないから分からないが、やはり小学生は勉学が面倒くさい、やりたくないと思っている人が多いのだろう。教室には夏姉以外も愚痴をこぼしている人がチラホラ。

 

 

夏姉はしばらく授業への愚痴を言ってはいたが、急に雰囲気を変えた。僅かにだが眼光が鋭くなる。

 

 

「そう言えば、アンタ、最近アイツに随分と懐いているように見えるけど? 何、もしかして好きにでもなった?」

「えッ!?」

「冗談よ」

「あー、そ、そうっスか……」

 

 

何故だろうか、物凄い慌ててしまった。確かに最近魁人さんと話せるようになってはいるがだからと言って好きとか、そんな感情は一切抱いていない。全く、これっぽちも、1ミクロンも。

 

「何か慌ててない?」

「いや、滅相もないッス!」

「そ、そう……冬が大声を出すなんて珍しいわね……」

「そ、そもそもと、年の差があり過ぎっス! 感謝とかはしてるけど恋とかそんなのは微塵もないッス!」

「確かに年が1回り位違うもんね。じゃあ、このクラスに居るの? 好きな人」

「居ないっス。そもそもあんまり話す人すら居ないっス」

「ふーん。まぁ、私もそんな感じか」

 

 

夏姉は一瞬雰囲気を柔らかくするが直ぐに元の鋭い雰囲気に戻る。

 

 

 

「ああ、言いたいことが言えなかった。秋や冬が懐く理由も分からなくはないわ。上辺だけ見れば良い奴ではあるかもね……でも、あの男の部下でしょ。あんまり深入りしすぎない方が良いんじゃない?」

「でも、凄いお世話になってるし……そんな言い方は……」

「いつ、誰が牙をむくなんてわからないのよ。気が変わるかなんて分からない。再三言ってるけど心を許しすぎない事は意識した方がいいわ」

「魁人さんはあの人たちとは違うっスよ……それは夏姉も分かってるはずっス」

「……」

 

夏姉はばつが悪そうな雰囲気になり、会話を断ち切って前を向いてしまった。最近、千冬が魁人さんと話すようになり、夏姉だけが魁人さんと未だに話せていない。

 

 

 

何と言えば良いのだろう、自分には言えることがない。魁人さんは信用できる、秋姉も春姉もそれは分かっている。あの人たちを違うのは分かっている。

 

徐々に信頼の値も大きくなっている。それが夏姉だけが最初と変わっていない。それはきっと寂しいはずだ。辛いはずだ。自分だけが信用できない、和から外されて、姉妹を取られたような気持ちになるはずだ。

 

千冬にはそれが分かった。でも、何か彼女の気持ちを変えるような言葉は見つからない。

 

トラウマは易々と触れて良い物じゃない。知っているからと言って安易に触れてはいけない。

 

一歩間違えば相手を不快にさせるだけでは済まない。

 

……春姉はこんな気持ちだったのだろうか。

 

悩んでいるのを知っていて、でも何も出来ることがない。思いつかないのはこんなにもモドカシイ。それを背負っていた姉の背中が遠くに見えた気がした。

 

 

千冬は夏姉に何と言えば良いのだろう。信用してなんて安易に言えるはずがない。

 

 

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