百合ゲー世界なのに男の俺がヒロイン姉妹を幸せにしてしまうまで   作:流石ユユシタ

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31話 千冬……

 縄跳び記録会。どのように取り組むかは人それぞれだ。たかが縄跳びに何を必死になるかと冷める者、自分には無理だからと最初から諦める者、誰かに勝ちたいと必死に努力する者、ただ単純に頑張る者。大した事の無いイベントのように思えるがそんなことはない。

 

 人の性格や個性がかなり出るイベントである。

 

 

「千冬、もっとこう、アグレッシブに縄を回そう。足の付け根に縄が当たると痛いのは分かるがそれじゃあ、どうしても引っかかる可能性がある」

「は、はいっス」

 

 

 記録会は明日。魁人さんとの縄跳び練習を今日までずっと続けてきた。

 千冬は誰かに勝ちたいから努力をすると言う理由で臨んではいる。だが、

魁人さんとの練習を……少しだけ目的に……

 

 

「あとは慌てない事だな」

「なるほどっス」

「縄跳びはリズムだからな。自分のペースで頑張るのが一番だ」

「……」

 

 

もう一度、縄を回して飛ぶ。

 

 

「おお」

「っ……五回」

「やるじゃないか。凄いぞ! 新記録だ」

「あ、は、はい」

 

 

初めて二重飛びで五回も飛べた。驚きと感動が湧き出るどちらかと言うと驚きが強くてあまり、反応が出来ない。

 

「よし、今日の所はこの辺にしておこう。明日に疲労を残さない為にもな」

「は、はいっス。あ、ありがとうございましたッ」

「俺も運動不足だったから丁度良かったしお互い様だ」

 

魁人さんにお礼を言って家に戻る。二人で玄関に向かって歩く。魁人さんがドアを開けてお先にどうぞと促してくれる、だが千冬は中に入らず途中で歩みを止めた。

 

「どうした?」

「い、いえ、お先にどうぞ……」

「お、おう……」

 

なるべく、魁人さんに今は近寄りたくない。

 

縄跳びやり過ぎて、汗、かいてるから……匂い気にされたりしたら嫌だし……

 

恋の本で読んだが匂いの相性は凄く大事らしい。香りとかで好きになるどうか決まる場合もあると書いてあった、軽く、服の中に空気を通して自身のにおいを嗅いでみる。特に異臭はしない。どちらかと言うと柔軟剤のいい匂いだと思う。

 

良かった……でも、ちょっとべたついてる。

 

 

早くお風呂入りたい。魁人さんに頼んでみよう……

 

 

◆◆

 

 

 

 

 そして、縄跳び記録会の日がやってきた。千冬はこの日の為にずっとお兄さんと練習を重ねてきた。

 

 うちはその姿を毎日、二階の部屋から見ていた。何度も何度も縄に引っかかり、その度に何度も何度も縄を回し始める千冬。お兄さんは的確にアドバイスしたり、スマホで動画を見せたり、しながら支える。

 

 お兄さんの人柄の良さを感じた。そして、千冬の成長も感じて瞳から汗が出てきた。

 

 

 

今、千夏、千秋、千冬がそれぞれ縄を飛んでいる。千冬が一生懸命、前飛びで縄を飛んでいる。今までなら17秒くらいで終わりだったのに、今は47、48、49まだまだ上がって行く。

 

1分と15秒それが千冬の記録。後ろ飛びは57秒、二重飛び6回。

 

昨日の夜お兄さんと練習してた時は5回で新記録だったのにそれを超えて6回。本当に千冬は凄い。

 

……でも、記録だけ見るのであればかなり下位の方になってしまうのが現実。それは千冬も分かってはいるだろう。

 

だけど……千冬は自然とスッキリとした表情だった。周りの評価はもう分かった、その評価を次こそは変えてやろうと前を向いているからだと思う。

 

次こそは次こそは、百回負けても最後に勝ってやると言わんばかりに周りではなく

自分を見ているのだと思う。

 

……多分だけど。

 

それとも頑張って、新記録を出してそのことが成長をしたと言う事が単純に嬉しいのかも、今は成長を誰よりも見てくれて理解してくれる人が居るから……。

 

お兄さんは千冬にとって理解者でもあり、似た境遇を持っているから余計に褒めて欲しいのかもしれない。共感できることは人にとって至福の喜びだ。

 

うちも妹達と共通の事があったりすると嬉しい。寝癖ビンゴ最高だ。

 

千冬もそれと同じ。辛い事、ずっと分かってもらえない、複雑な心境に近しいものがお兄さんにあった事は安堵や希望であったはず、距離が縮まってしまうのは当然だろう。その証拠に最近千冬の様子が変わってきた。

 

髪型を以前より念入りに気にしたり、隙あれば手鏡で自身をチェック。自身のにおいを気にしたり、お兄さんのお手伝いも沢山している。

 

……まさかとは思うけど、察しは付いていたけど、お兄さんに好意を抱いてしまったのでは……。それだったらどうしよう。千冬を取られたくないけど、千冬の自由にさせてあげたい。でも、取られたくないし、でもお兄さん良い人だし。

 

千冬は気持ちを隠しているつもりだろうけどうちは直ぐに分かった。千秋と千夏はお手伝いして偉いなとか、やーい、自意識過剰とか言ってからかったりするくらいである。

 

だが、明らかな千冬の変化に察しの良く色々視野の広いお兄さんはあれ? と言う表情をしていた。だが流石に十歳の千冬が二十一歳の大人である自分に恋愛的な意味で好意を抱くなんて可能性は低いなと思ったのだろう。気にしたのは一瞬だったように見えた。

 

 

 

千冬がようやく会えた理解者……一緒に居たいと思ってしまうのは普通だろう。

 

 

でも、明らかに縮まり過ぎと感じる……

 

お兄さんの事は最初はロリコンとかペド、光源氏狙ってる等と疑いを持っていたが、今ではすっかりその疑惑はなくなった。

 

お兄さんは良い人で優しい人だから。過ごしてきた時間でそれはこれ以上ない程に分かった。

 

 

でも、千冬は渡したくない……お姉ちゃんはまだまだ一緒に居たいんだよ。どうしよう、千冬に何と言えば……応援するなら心の底から出来るようにならないといけないはずだし……

 

……取りあえず、保留にしよう。うちの勘違いの可能性のあるし……

 

 

 

◆◆

 

 

「ああー、縄跳びどうなったかなぁ……」

「そのセリフ、もう十回目なんだが」

「まだ、十回目か……」

「おいおい、仕事をしておくれよ?」

 

 

隣の佐々木小次郎を無視して、ただ只管に縄跳び記録会の事が頭から離れない。千冬は練習を沢山した。だが、そう簡単には行かない事もある。

 

次に次にと、いつかはと切り替えられればいいんだけど……

 

 

「お前さ、もうちょっと自分の事とか考えたら?」

「自分の事か。考える必要はないな。自分の事は大体分かっているからな。体調万全」

「……お前、絶対また体調崩すぞ? 料理位教えろよ」

「馬鹿が。危ないだろう」

「IHなんだよな? お前の家。だったら」

「火は危ないんだ……火傷でもしたら……いやだが、このままと言うのも良くないな。だけどな」

 

 

千夏が包丁のトラウマがあるだろうし、それで三人だけ教えると言うもそれはそれでハブるようで俺には出来ない。でも、料理とか触れた方が良いよな、食育と言う言葉もあるし……包丁を使わなくて安全な物……

 

……フルーチェなら行けるか?

 

いけるな。今度はフルーチェだな。

 

 

ってそうじゃない。縄跳びだ……うーん、親も見に行っていい行事なら良かったんだけどそうでもないらしいし。学校側連絡くれないかな。

 

千冬、大丈夫かな……また、周りに色々言われて悩んでしまう事もあるのではないかと心配になる。

 

 

……でも、信じることも大事か。あんなに練習をしたんだ。きっと何か得るものがあると無駄でないと千冬は感じているはずだ……もし、違くても頑張ったと褒めて伸ばす。

 

次へと足を踏み出せないなら背中を押すくらいの度胸がないとダメかもな……

 

うん、でも心配……

 

 

千冬だけじゃない千秋と千春と千夏もどんな感じだろうか? 頑張ってるのは間違いないだろうけどさ……

 

 

帰りにケーキでも……頑張ったで賞みたいな感じで買っていくか。そうしよう、女の子は甘いものが好きだ。結果に満足いかなくても元気が出るかもしれない。満足いっているなら単純にご褒美に。

 

 

よし、そうしよう。そうと決まれば早く定時で帰宅して結果を聞ききたい。仕事を急いで終わらせないと……

 

絶対に残業なんてしないと言う俺の意思が思考と身体を加速させた。

 

「……急に動きが四倍速になったな」

「そうか?」

 

佐々木はあきれ顔でこちらを見ているがそんなものは気にせず、俺は目の前の業務に集中した。

 

 


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