百合ゲー世界なのに男の俺がヒロイン姉妹を幸せにしてしまうまで 作:流石ユユシタ
外には雨が降っていた。空は鈍色の雲に覆われて、じめじめとした湿気が部屋を包む。
「あーあ、つまんなーいーのー」
二階の部屋、四人で机を囲んで宿題をしていると千秋がそう切り出した。休日と言う事もあり宿題が平日より多く出されている。その宿題をずっとこなすことに飽きてしまったのと同時に雨と言う事もあり外に出られない事に文句を言ってしまったのかもしれない。
「宿題つまんなーいーのー」
「五月蠅い! ああ、もう、今分りそうだったのに!」
千秋が机の頬をつけながら言う文句に、千夏が反応する。千夏は頭をうがぁっと抱えながらペンを置く。どうやら集中力が切れてしまったらしい。
「さっきからー欠伸してーペンをくるくる回してーまた欠伸してたくせにー」
「うっ、そ、そうだけど! アンタの声のせいで私の神がかった集中が途切れたのよ!」
「もうー切れてただろうにー」
「あーあ、もうやめた。秋のせいで宿題タイム終了」
千夏はそのまま、机から少し、離れて横になる。もしかしたら、宿題を辞める理由を求めていたのかもしれない。
仕方ない。ずっと宿題で頭も限界だろう。
うちと千冬は宿題を一足先に終わらせて二人を手伝いながら過ごしていたのだが、流石にここで休憩を挟んでも良いだろうと千冬も目線で訴えてくる。千冬の事を先生と呼びたい。
「ねぇ、冬。何でアンタはそんなに勉強できるの?」
「うーん……特に考えたことはないっス」
「勉強って何の役に立つのよ……目的が無いとやる気湧かないわ」
「う、うーん……」
「はぁ、宿題が終わる気がしない、これはあれね、五月病って奴ね」
千夏が気だるそうにそうつぶやいた。確かにこのじめじめとした感じと言い、薄暗い外の景色。何となく意識が重くなるのも分かってしまう、ここで自身の苦手な事をするなんてことは難しいだろう。
勉強とは何のためにやるのか。勉強が苦手で嫌いな人からすればこの疑問があり、解決しないで勉強をしろと言うのはかなりレベルの高い事を求めているような物だ。恐らくだが千秋もその部分が頭から抜けないのだろう。
「我も五月病でダウンー、脳に糖が足りなーい、我が眷属たちよー、おやつを所望するー。持ってまいれー」
「いや、何キャラなのよ。それは」
「姫ムーブー」
「その話し方止めてくれない?」
「ごーがーつーびょーうー」
「あーあー、わーたーしーもーうーつってーしまーーたあぁ」
ゴロゴロっと二人して床に寝転んで気だるそうに話す二人。五月病、恐ろしい。五月病、六月病ともいうが主に環境の変化で訪れ、やる気などをそる精神病の一種だったと思うけど。どうなんだろう。
これは本当に五月病なのだろうか。まぁ、可愛いからどうでも良いけど。
「夏姉と秋姉は宿題に関してはいつでもやる気が無いから、それは五月病ではないのではと思うっス……」
千冬が苦笑いをしながらそうつぶやいた。ただ単に集中力が切れただけだと思っているらしい。
そんな時、丁度部屋をノックする音が聞こえてくる。お兄さんだ。
「すまん、ちょっと良いか?」
「カイトー、入ってくれー」
千秋が代表して返事をするとトレイの上にクッキーとか、紅茶を乗せてそれを持っているお兄さんが部屋に入ってきた。
「お疲れ様。差し入れのおやつだけど、良かったら食べてくれ」
「おおー、ありがとー、糖が欲しかったー」
「大分、お疲れのようだな……特に千秋と千夏……」
お兄さんがトレイを机の上に置く。紅茶の落ち着く香、クッキーの甘い香り。それぞれが混ざり合ってじめじめとした雰囲気が一気に華やかな物になったような気がする。
千秋がお兄さんが来ると愚痴をこぼす。勿論、勉強の事だ。
「勉強がダルイー、する意味も分からないー」
「ふむ……なるほど……まぁ、そうだよな。勉強は何となくでやっても、やる気も湧かないよな。俺の持論だが……」
「パクパク、モグモグ」
「あ、今はお菓子の方が大事だよな……」
千秋、自分から話を振ったのに全然話聞いてない。千夏と一緒にクッキーを次から次へと口に運んでいる。その後、グイッと紅茶に口を付ける。
幸せそうに笑顔で手を合わせる。
「ごちそうさまでした」
「少しは疲れが取れたか?」
「とれた!」
「宿題終わりそうか?」
「……」
五月病、再び発症。食べ終わった時は笑顔だったのに宿題の事が話題になると無に変わる。丁度、そのタイミングで千夏もおやつタイムを終えて、お兄さんへ話しかける。
「あの、魁人さん」
「どうした。千夏」
「どうして、勉強ってしなくてはいけないのんですか?」
目を思わずパチパチと閉じたり開いたりしてしまった。千夏は基本的に姉妹以外に自身から話しかけることは滅多にない。質問とか先生にもしないし、するならうちとか千冬とか、姉妹くらいにしかしない。
姉妹以外とはあまり、会話が続かないし心を開きたくない、隙を見せたくない。クラスでも自身の情報を明かすことなどほとんどない。
最近はお兄さんへの話しかける頻度も増えてきている気がする。千秋や千冬と比べたら全然、及ばないけど日に日に増えてきている事は明白だった。
以前の一日一分の対話約束は既にあってないような物だ。毎日、五分は必ず話しているから。
「そうだな……俺の持論ですまないが、簡単に言うと自身の選択肢を増やすためだな」
「選択肢?」
「今の社会は学歴社会と言われてるように勉学が出来るかできないかで人を見ることが多い。当り前だが勉強だけが重要と言うわけじゃない。勉学では測れない才能やセンスもあるのは明白だ……だが、勉学が出来るか出来ないか、これは最も簡単に人を測る出来ると言っても良いかもしれない。将来就職をするにしても、どこも欲しいのはやはり優秀な人材だから、勉強は大事と言う事だな。生きていくためには……」
「な、なるほど?」
「すまん。俺もうまく言えない……こういう事を言うのは苦手なんだ……すまん」
「い、いえ……」
千夏は少し、理解が及ばないようで首をかしげる。お兄さんはモドカシそうにしながら眉を顰める。千夏の質問に何とか良い答えをしたかったが思ったようにいかないと言う心境なのかもしれない。
そこへ、その話を聞いていた千秋がそこに口を挟む。
「じゃ、じゃあ、勉強が出来ない奴は……淘汰されるのか!?」
「い、いや、そこまでは言わないが……出来る方が裕福になれる可能性は高いかもな」
「じゃ、じゃあ! 我はまた、ボロアパート暮らしになるのか!? そんなの嫌だぞ!」
「安心してくれ。その時はこの家で住めばいい」
「おお! 我カイトとずっと一緒!」
「安心はしていいが勉強はしてくれよ。勉強は保険でもあるからな」
「保険?」
「やりたいことをするのも、進みたい道に進むのは悪い事じゃないが、それが出来なくなったり、他の道に行きたくなったり、逃げたいって時に勉強してると転職とか便利なんだ、だから保険みたいな感じだ」
「お、おお……勉強、兎にも角にもやらないとダメなのか……」
千秋は頭を抱えてしまっている。やりたくない勉学、得意でない勉学。だからと言って、嫌いでしたくないと切り離していけない事が少しわかったのかもしれない。
「ううぅ、勉強したくない……はッ!」
頭を抱えて数秒。まるで雷にでも打たれて何か世紀の発明品でも思いついたような表情になる。
「そうだ! 我は専業主婦の勉強をする!」
「ん? どういう事だ?」
「我がカイトと結婚して、我がカイトの妻になれば問題ない! 専業主婦なら勉強も苦じゃない!」
「いや、流石に俺と結婚と言うのはな……」
まぁ、千秋も冗談で言ったのだろう。その場にいた誰もがそう思った。だけど、若干一名勘違いした天使が居たようで。
「ダメっス! そんなの絶対にダメ!」
「何故だ」
「理由が適当過ぎるッスよ! それなら、ちふ、そうじゃなくて、もっとちゃんとした理由じゃないと! 結婚って大事な物だし!」
「……いや、流石に冗談だぞ?」
「え……? じょ、冗談?」
「そうだ」
「ううぅ、それ一番恥ずかしい奴じゃないッスか……」
千冬は赤くなった顔を手で隠す。乙女だ、乙女がここにいる。恥ずかしすぎてうずくまる千冬の頭をよしよしと千秋が撫でる。
ほのぼのとした空気が部屋を包む。ゆっくりと時間が過ぎていき、その内にお兄さんは部屋を後にして再び、宿題をうち達は始めた。
千秋は先ほどのお兄さんの話を聞いたからか、先ほどより集中してペンを走らせる。隣を見ると千秋と同じように集中はしているがペンが走っていない千夏が目に映る。千夏は深く考えるように頭を抑えていた。
「勉強しないと、ダメ。やりたい事の保険……そもそも私の、やりたい事? それは、なに? したい事、やってみたい事……私のしたいことは……」
大丈夫だろうか。集中に見えたが同時に悩んでいるようにも見えたから。
「千夏、大丈夫?」
「……大丈夫よ、春」
「そう? 何か悩んでいるようだったけど」
「大丈夫よ。それより宿題をやらないと……」
千夏はペンを持って机の宿題と向かい合い始めた。これより先を問い詰めたい気もしたがやめておいた。折角宿題に集中した彼女に無理やりに話を振るのが良くないと思ったから。
◆◆
「料理のさしすせそと言うのを知っていますか? 分かる人は手を上げてください」
「はい!」「はい!」「はい!」
とある日の教室。家庭科の授業をうけながら私はこの間の休日の事を思いだしていた。それは魁人さんが言っていた事の一部にあったやりたい事、と言う部分。
やりたい事、私のやりたいことはなんだろう。春は姉妹の為にする事と言うだろう、秋は食べる事と言うだろう、冬は取りあえずまっすぐ進みたいと言うだろう。魁人さんは自由をくれている。
だが、この自由の中でこれをしたい、これをやりたいと言う事が見つからない。私は最近思うのだ。
変わって行く、進んでいく姉妹を見て、自分も何かをしないとと思うのだ。周りを見て思うのだ。信念が私に無いのではと。
「はいはい、では、千冬さん答えてもらっていいですか?」
「砂糖、塩、酢、醤油、味噌でス」
「大正解。華丸シールを教科書に貼りましょう」
私の妹であり四女であり末っ子の冬。優等生と言う言葉が良く似合う。才色兼備で運動は苦手だがだからって逃げたり投げ出したりはしない。頑張り屋さん。
私の方が姉のはずなのに、私よりしっかりしている。
「……」
前で教科書に落書きをしている秋。子供っぽい一面が多くて、私より子供だなと思う時があるが、時折、誰よりも大人の顔をするから不思議だ。
そして、後ろから暖かい視線を向ける千春。彼女が居なければ今の私はない。長女と言う存在は私が考えているよりずっと大きくて、重圧も凄いのだろう。
春は私の憧れだ。
春は本当は弱い、脆い。
それを知っている、あの時の事は忘れもしない。春が私達を拒絶したときの事は。
でも、春は自信を弱さを恐怖を振り切って、姉として振る舞っている。彼女には信念がある。誰よりも強くて真っすぐな信念が。
私は敵わない。春に敵わない。それは分かっている。勝負する気も最初からない。このまま姉妹で仲良くそれとなくこの環境で生きていければいいと思っていた。でも、妹達が変わる姿に感化されている。
やりたい事、それが見つかれば何かが変わるかもしれない。
そう思っているのだ。
「はい、では来週は調理実習ですからエプロンと材料を忘れない様にー」
「起立、気を付け、礼、着陸」
授業が終わってしまった。詰まらない男子のギャグを聞き流して、教科書を机の中にしまう。
そう言えば調理実習があったんだ……。実物の包丁を扱うと言う事だ。周りでは楽しみ、待ちきれないと言う雰囲気のクラスメイト達。私を気にしてあまり喜ばない姉と妹達、何とも言えない気持ちになった。
気にしないでと笑いかけると、先ずは千秋が私の元に寄って来る。
「ここで、超難問!」
「急ね」
いきなり、千秋クイズが始まった。恐らくだが私を元気づけようとしてくれているのだろう。
「蟻が十匹、カマキリに倒されようとしているのを助けました。すると蟻は何と言ったでしょう? 正解すると我の今日のお菓子をプレゼント! 不正解の場合は千夏のお菓子を没収です!」
「ふむ、これは簡単ね。蟻が十匹、つまり、蟻はお礼に『ありがとう』っと言った。それが答えよ」
「ぶっぶー! 不正解! そもそも蟻は喋りません! なので正解は何も言わないでした! 残念! お菓子没収!」
「はぁ!? それズルくない!?」
「超難問って言っただろう?」
その様子を見ていた春と冬がクスリと笑っている。秋は時に道化を演じる時がある。本心から道化の時もあるが。狙っているときもかなりあるはずだ。今がそれ。
前はそんなことは無かった、いや私が気付いていなかっただけかもしれないが。やっぱり皆、大人になっているのだなと私は感じた。
因みにお菓子は無事だった……
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面白ければ感想、高評価よろしくお願いいたします。