百合ゲー世界なのに男の俺がヒロイン姉妹を幸せにしてしまうまで   作:流石ユユシタ

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61話 トマトジュース

 そこに居たのは誰よりも美しい少女であった。いや、もう少女と言う安直な一言で納めてしまっていい物なのかも疑問であった。

 

 月の光に照らされて、彼女の一糸乱れぬ姿が見える。

 

 黄金のように美しい長髪。

 

 凹凸しっかりした体。美の女神が裸足で逃げだすのではないかと感じさせるほどに彼女は、千夏は美しかった。

 

 

 本当に綺麗。芸能人とかテレビで見るけどそんなレベルじゃない。

 

 

「あ、あ、あ……」

 

 

千夏は自身の姿を見て少しだけ、精神が不安定になってしまう。うちは綺麗だと世界一だと思う。でも、千夏はそうは思わない、異端で不気味な物だと思う。

 

 

「千夏、大丈夫、うちが居るから……」

「あ、あ、、。そうね……そうよね。ダイジョブ……、私は大丈夫」

「うん、大丈夫だから」

 

そう言って座り込んでいる彼女の頭を撫でる。すると千夏は乱れていた呼吸と精神を落ち着かせる。

 

良かった。雰囲気も明るそうに戻る。そして、うちは千夏の状態に意識が行き、一つ気付く。

 

身体がかなり成長してしまっているからパジャマが破れてしまって千夏は全裸状態。千夏もそれに気づいて照れて胸元を隠す。

 

「……見ないでよ」

「あ、ごめん。でも、やましい気持ちは無いよ?」

「まぁ、それは分かってるけど……」

 

あんまり見られたくないよね……。うちは凄く綺麗で自慢できると思うけど。うちはいつも肯定するからこういう時に言葉が意味をなさないんだよね……。

 

 

千冬の時と少し似ているけど、きっと今何か言っても千夏には響かない。うちが優しさで慈悲で言葉を紡いでいるように千夏は思うから。

 

 

千夏はため息をつく。千夏の目は少し暗くても赤く光って綺麗。いつもは青い色だけど、今は赤。

 

……満月の光は千夏を身体的に急激に成長させて、眼を青から赤に変えて、吸血衝動を引き起こす。

 

 

超能力、と言うより特異体質に近しいのかもしれない。うちは千夏のこの超能力を厄介とか不気味とか思っているわけではないけど……

 

千夏がね……どうしても……そう言わない。思わない。

 

 

見た目が急激に変わる、それは千夏にとってマイナスでしかない。だけど、千夏にとって最も、嫌なのは……

 

 

「どうしよう……」

「取りあえず……軽く掛布団で体隠そう……」

 

うちは薄い掛布団を彼女にかけた。お腹を冷やさないようにいつも使っている物である。

 

「今日はもう寝よう?」

「そうね……」

「一晩たって、火の光浴びれば……戻るしさ。あんまり深く考える必要も無いよ」

「うん、ありがと……」

 

うちは図書室とかで本を手に取り調べた事はあるけど、超能力については何も分かることは無かった。お兄さんに貸して貰ってスマホで調べた事もあったけど何一つ分からなかった。

 

 

超能力って、何なんだろう……。意味なんて何も無いのか。ただただ理不尽な特性なのか。

 

まぁ、いい……とにかく今日は一緒に居よう。そして、早い所、日をまたいでしまおう。

 

 

「……ッ」

「大丈夫?」

「……血が、飲みたい……」

「……そっか」

「春の首に嚙みつきたいって思っちゃった……」

「……」

「もう、やだ、これ……」

 

 

千夏が頭をぐしゃぐしゃとかきなぐる。血を吸いたくなると言うのは普通の人間なら欲求になることはない。だからこそ、その衝動に嫌気がさしてしまう。姿が異様に変わり、異様な欲求が湧くのが千夏はイヤでしょうがない。

 

「今日は一人で寝る……」

「……でも」

「良いから。春たちは魁人さんと一緒に寝るなりして……」

 

 

千夏はそう言って下を向く。うちは何と言っていいのか分からず口を閉じてしまった。

 

僅かに沈黙が部屋を支配する。そこで部屋のドアが開く。

 

 

「千秋……ドア開けっぱなしにしないで入ってくれない?」

「ッ……分かった……」

 

千秋は千夏の姿を見て全てを察し、部屋のドアを急いで閉めた。

 

「……今日は私一人で寝るから」

「いや、我も一緒に寝る!」

「やめて」

「やだ」

「……」

「だって、ずっと一緒にって約束したじゃん」

「……」

 

 

千秋は千夏の雰囲気に引くことなく、そう言った。やっぱり千秋は凄いなと思った。うちはどうしたら良いのか分からなかったから……

 

 

「夏姉……」

「ドア閉じて……」

「ごめんっス……」

 

 

今度は千冬が部屋に入ってきて、千夏を見て驚く。どうしたら良いのか分からず数秒フリーズするが千夏に言われ急いでドアを閉める。

 

「千冬! 今日は一緒に寝るよな!?」

「そうっスね……」

 

千冬はどう言っていいのか分からないと言う感じだった。一緒に居てあげたいけど、今、吸血衝動を起きている千夏の側にいるのは余計に千夏の負荷になってしまうのではないかと思っているからだ。

 

うちもそう。

 

 

千冬の考えは分かるし、間違っていないと思う。だからと言って千秋の考えが間違っているとも思わない。

 

千秋もそこが分かっていないわけではない。千夏のストレスになってしまうかもしれない。でも一緒に居たい……寄り添いたい。

 

――そう思うのが、言うのが千秋だから

 

……うちはそれを知っている。

 

 

「千夏、大丈夫か?」

「大丈夫よ……ただ、その、あんまり近づかないで……衝動が来るの。特に前より、アンタ達良いもの食べてるし、ストレスもないし、血が良質な感じがするの……」

「あ、そ、そうか……でも、一緒に居るぞ!」

「そう……」

 

 

これは、どう判断をしたらいいんだろう。ストレスを与えて寄り添うか……。それとも、負荷を与えず一日だけ距離をとるのか……。

 

悩みに悩んでしまう。でも、姉としてここは一つの決断をしないといけない。悩みに悩んでいると……部屋のノックする音が聞こえた

 

「俺だけど、ちょっと話良いか?」

 

「「「「!?」」」」

 

 

お兄さんが来た。今、一番来て欲しくなかったと言っても過言ではない。と言うかその通りだ。

 

どうしようと悩んでいると、千秋が自ら動きだしてそっとドアを開けた。最低限、部屋の中なんて殆ど見えないはず。

 

部屋の中も暗いから千夏の姿がバレる事もない。さらにさらに千夏はドアを開けている角度から絶対に見えない角度に移動する。

 

「どどど、どうした? っかか、か、カイト」

「あ、ごめんな。何か立て込んでたか?」

「い、いや大丈夫だ……で、でも、こんな夜に、お、女の園に来るなんて……カイト、えっちだぞ……」

「え!? そうか、ごめんな……」

「いや、謝らなくても良いけどさ……」

「そうか……えっと、俺明日ちょっと仕事早く行かないといけないの忘れてたんだ。だから、明日は鍵は自分たちで閉めて出かけてくれ」

「わ、っわわ、わかった!!」

「じゃ、おやすみ……」

 

 

お兄さんは何かを察したのか、どうなのか、分からないけど直ぐに部屋を出て行った。

 

「ふ、ふぅー、我の名演技で事なきを得たな……」

 

 

千秋が冷や汗をかいたと一息入れる。本当にバレていないのか、どうなのか、分からないけど。

 

千夏の事がバレなければそれでいいかな……

 

 

◆◆

 

 

いや、絶対何かあっただろな……。あの反応は絶対に何かあった。断言できる。千秋は分かりやすい所が偶にあるからな。

 

だが、あの反応の返しは早く俺を遠ざけたかったように見えた。無理に暴こうとするのは余り得策ではない。

 

それに嫌われたり、距離をとられたりする場合もある。俺は一年、あの子達と過ごしてきた。自惚れでは無ければそれなりに距離も縮まったと思う。それを俺も感じてはいる。だからこそ、何かあの子達にとってマイナスに感じることはしたくない。

 

四人を傷つけたり、焦らせたりせずに平穏を演出したい。それにようやく絆が出来始めているのにそれを途切れさせたくない。

 

 

どうしたものか……。でも、何かあったのは事実。それを放っておくのはダメかもしれない。

 

 

……でも、何かあったら相談してきてるよな? 最近になって我儘を行ってくることもある。

 

それに、千秋が言い淀むなんて普段の生活の中であることはない。

 

つまり、普段ではない何か……。

 

 

俺はサンダルを履いて家を一旦出た。そして、空を見上げる……

 

 

「満月か……」

 

 

大体わかったかもしれない。いや、察しはついてはいたが超能力関連の悩みか。

 

先ほどまで普通に接していたのに、急に態度が変わった。そして、満月。情報を照らし合わせて結論を出す……。千夏が満月の光を浴びたのか……。

 

 

眼が赤くなり、身体も成長し、吸血衝動も起こってしまっていると考えられるかもしれない。でも、これってそもそもがゲーム知識が前提だから確定として考えるのは良くない。

 

それに合っていたとしても千秋が相談をしなかったと言う事は明かしたくもないのだろう。部屋にも全員が居ただろうし、彼女達の総意でもある。

 

 

気付かないふりをして放っておくのも一つの手かもな。先延ばしは一番、無難だから。

 

…………でも、超能力で悩んでいたとして吸血衝動はどうする? それを無視すべきか?

 

あれは千春の以前の最大の悩みに通ずるところもある。

 

人の血が吸いたくなる……。千夏にとってはかなりのストレスになる事だ。

 

血が欲しい、それはオカシイ

 

一人は寂しい、でもみんなが居ると異様さが際立つ

 

血が欲しいと皆が居ると強く思う。

 

 

一晩立って、日の光を浴びれば元に戻ると言う設定ではあるから放っておいても大丈夫と判断も出来る。それが無難。だが、放っておけない。

 

 

かなり、怪しい行動になってしまうが……。それで不安にさせてしまうかもしれないが……、もし、何かを変えられるのなら……

 

◆◆

 

 

「やっぱり、一人で寝る」

「いやだ! 一緒に寝る!」

「秋、気持ちは嬉しいわ。でも、血が欲しくなっちゃうの……アンタ達が近くに居ると……」

「あ、ううぅ……」

 

 

千秋も何も言い返さなくなった。

 

うちも千秋も何も言えない。今日は一人にした方が良いのかなと思ったその時に再び部屋をノックする音が聞こえる。千秋が再び、ドアを最小限開ける。

 

「……カイト?」

「あー、そのごめんな……。えっと、賞味期限がギリギリのトマトジュースがあるから飲んで欲しいんだ……」

「トマトジュース……?」

「う、ん、そう……これだけだ。うん、俺は部屋で寝るから……おやすみー」

 

 

お兄さんは小さい紙パックに入ったトマトジュースを四つ押し付けるように千秋に渡すとすぐに立ち去った。

 

……どうして、このタイミングでトマトジュース?

 

「取りあえず……これ……」

 

 

千秋がうちと千冬、千夏にトマトジュースを渡す。歯磨きしちゃったんだけど……と全員の頭をよぎった事だろう。ただ、一息ついて冷静になりたいと言う考えがあったのだろう。

 

「私飲むわ」

 

そして、千夏は何か欲の足しになればと考えていたのだろう。ストローを紙パックに差し込んでごくごくとトマトジュースを飲み始めた。

 

「ッ!?」

「どうしたの?」

 

すると、千夏は異様な反応を見せた。驚愕したようにトマトジュースの紙パックを眺める。そして、ちゅーちゅーと一気に飲み干す。

 

「……何か、いつもより美味しい」

「そうなんだ……うちのも飲む?」

「……貰う」

 

 

千夏は頭をかしげながらチューチュー飲む。

 

「我のも飲むか?」

「千冬のも」

「ありがと……貰う」

 

 

千夏は四本分、トマトジュースを飲み干した。

 

 

「……何か、凄い満足……」

「おお! 良かったな!」

「それに……血、欲しかったけど……今は、別に欲しくもなくなった……」

「ええ!? 本当なのか!?」

「うん……トマトジュースで抑えられるのね……知らなかった」

「カイトの偶然がこんなことになるとは……やっぱりカイトは凄いな!」

「そうね……でも……これ、偶然……?」

「偶然だろ……?」

「そう、よね……」

 

 

うちも少し疑問に思ったがでも偶然だろうなと思った。何で超能力をしならないお兄さんが一つ先の解決策を知っているのと言う話になる。能力者である千夏でさえ吸血衝動を抑える方法を探していたのに分からなかったのだ。お兄さんが分かるはずがない。

 

千冬も疑問が湧いたがそれはないと考えるのをやめている。

 

「じゃあ、今日は皆で寝れるっスね」

「そうだな! よかった!」

「そうね…………」

 

 

千夏は何か考え込んでいるようだった。でも、今はそんな事は置いておこうと千夏は考えを一旦収める。

 

その日は一緒に寝ることが出来た……。ただ、千夏は再度考え込むような態度を見せていた。

 

 

◆◆

 

 

 

 トマトジュースを渡したがどうなんだろうか?

 

 もし、俺の考えがあっていたとして、効果があったとしたらちょっと怪しいか。

 

 そもそもトマトジュースが吸血衝動を抑えると言うのは主人公が発見するものだった。高校で仲良くなった千夏と主人公。住んでいる部屋に主人公を読んで一緒にご飯を食べる。 

 

 お泊まりをしてその時、油断して千夏の超能力がバレてしまう。

 

『私、不気味でしょ?』

『そんなことない』

『本当に?』

『うん』

『ありがと……○○。大好きよ……』

 

 

 その後、偶々持っていたトマトジュースを千夏に渡して、それを飲んで吸血衝動が収まる。それで好感度があると言う展開。

 

 

 超能力を知っても主人公が全く動じない。俺もゲームをしているときは何とも思わなかった。別に超能力なんてあってもなくても一緒だろうと思った。だけど、実際にそれを目の当たりにした時に無意識のうちに何かを感じて、それが四人に伝わったらと思うと怖くて仕方ない。離れたくない……。

 

 ゲームと現実は違う。だが、俺は時としてゲームの尺度であの四人を測ってしまう時がある。超能力なんて大したことはない……それはゲームの尺度で測り、その考えをもとにしているのかもしれない……

 

 等と考えていると自分がどうしたら良いのか分からなくなる

 

超能力……それは異端で理不尽な力。それは神秘でもあり、異様な力。そう言う風にゲームでは解説されていた。

 

 この世界は現実で、でもゲームの世界と酷似して、でも、どこまで似ていて、それをもとに行動していいのか……。トマトジュースもそもそも正解なのか。

 

 頭が痛い……。超能力は……あるとしたら……どうやって触れればいいんだろうか。別にゲームの知識とか完全に無視して、超能力と言う概念そのものを俺の頭から無かったことにしても良いかもしれない。

 

 秘密があろうが無かろうが、それを明かしても、明かさなくても愛してあげればいいのだから……でも……

 

 

――その日は答えは出なかった。これからどうしたら良いのか。分からず、俺は『保留』を選んでしまった……

 


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