百合ゲー世界なのに男の俺がヒロイン姉妹を幸せにしてしまうまで 作:流石ユユシタ
気付くと定時帰宅の時間になっていた。早く帰らないと……四人が待ってる……そう言えば今日はいないのか。
夕方の五時過ぎ。いつもなら早足に帰宅をするが今日はそんな気分ではなかった。
「あれ? 帰らないのか?」
「林間学校で四人共いないんだ……」
「あ、そう。折角だし、飲みにでも行くか? 同僚とか色々誘って」
「……」
飲み会か。別にそこまで行きたいわけじゃない。そんな奴が居ても盛り上がりに欠けるような雰囲気になってしまいそうだ。
「やめておく感じで」
「折角だし来いよ。家には誰もいないだろ?」
「……」
心が折れそうだ。どうして、そんなことを俺に言うんだ。家に誰もいないよ。それは真実だけどさ。
「俺は良いや。場を悪くしそうだし。空いたグラスに酒注いだり、皆の注文纏めてオーダーするくらいしか出来ないし」
「いや、かなり優秀だな。来てくれよ……実は俺小野妹子ちゃん狙ってるんだ。手伝ってくれ」
「ちゃん付け……さん付けで取りあえず呼んだ方が良いぞ?」
同僚で成人してる人呼ぶなら大体、さん付けが基本のような気がする。馴れ馴れしい人が嫌いな人もいるしな。
「な? 一回来てくれよ。家に誰もいないし、暇だろ?」
「……あ、そうだけどさ……」
まぁ、確かにこのまま家に帰っても虚しいだけかもな。折角だし、飲み会に行って見るか。
◆◆
俺はとある酒場で隣に居る厳しめ表情をしている男性に酒を注ぐ。
「信玄部長……どうぞ」
「うむ……すまんな」
立ち膝で注いだ後に座布団の上で再び正座をする。
武田信玄課長とか、宮本さんとか、佐々木とか、小野妹子とか我が役所は歴史上の人物が多いな。いや、覚えやすいから良かったけどさ。他にも太公望先輩もいるし、清少納言係長も居るって言うし。
いや、名前覚えやすいから全然良いけどね。
「魁人さんは四人も子供を引き取って大変じゃないですか?」
取りあえず、適当に相槌を打ちながら自分の話をせずに、相手の話を聞くと言う方面に意識しながら時間を潰していく。そうこうしていると前に座っている同年代職員、女性、北条政子さんがそう言った。
「あーいえ、別にそうでもないですね。大変と言うより充実と言う感じです」
「へぇー」
「魁人さん、普段どんなことを教えたりしますか?」
今度は隣の小谷の方さんが話しかけてくる。
「う、うーん、そんなに説教臭い事は言ってないですね。強いて言うなら目を見て話そうね、くらいですかね……」
俺はあまり熱い言葉と言うのが苦手だ、あとで恥ずかしくなって悶えてしまったりもするし。
別にこれと言って話すような事もないから、盛り上がりに欠けるような気もする。ここは何か、俺からも話題とか振った方が良いのかな……。
「あー、小学生の頃に友達だった人とまだ、知り合いの人っています?」
あ。単純に……俺の聞きたい事を聞いてしまった。
場を盛り上げることを言おうとしたが四人の前でギャグが滑ったりした記憶がフラッシュバックして何を言っていいのか分からず……。
「いや、いないわ」
「好きだった人とかももう、どこにいるのやら」
「俺も知らんな」
皆さん、真面目に答えてもらってありがとうございます。と言う謝礼を心の中で唱える。それにしても俺って協調性無いな。話振ってもらっても膨らませて盛り上げることが出来ない。
でも、四人といる時は結構、話せるんだよな……。本当にいつの間にか、だな。
その後は、あれやこれやと上手い具合に話を回すように心がけた。
◆◆
全員の酒代は武田信玄部長が出してくれた。もう、頭が下がる思いでいっぱいだ。頭を下げた後、その場で解散。
お酒を飲んでしまったので今日は公共の交通機関を使って帰宅する。ふらふらと足取りが若干不安定なままバス停に到着。次のバスまで少し時間があるから待って居ると……
「あ、魁人さん」
「あ、どうも」
後ろに先ほどまで一緒に飲み食いをして、さらに佐々木が狙っている小野妹子さんが居た。
「いや、楽しかったね」
「そうですね」
「……あの、ちょっと相談していい?」
「? どうぞ」
「えっと……魁人さんって佐々木さんと仲良いじゃん」
「そうですね……」
「その……さっき、佐々木さんに告られて……どうしたら良いかなって……」
……それ、俺に話していいのだろうか? と言うか相談ってどういうことだ? 付き合いたいなら付き合っていいだろうし。
「えっと、俺に相談してどうするんですか……」
「ほら、魁人さんってモテるし、女性経験豊富そうだし……良い意見貰えないかなって。私、誰ともお付き合いしたことないから」
「あ、それ俺もですよ」
「え? 嘘? 凄いモテる人かと思ってた」
俺は21歳になっても、Dの意思を引き継いでいるから……ってこういう寒いギャグみたいなのを考えるから千春達に引かれるんだよな。普通に変態的な思考だし。
酒飲み過ぎたな。こういう時にしっかりと自制心を持って行動しないと。例えそこに四人が居ても居なくても、常に四人に誇れる行動をしないとな。
「そんなことないです。ですから意見とか特に言えないですね。当人同士が納得していればいいと思います」
「……そっか。実は私、佐々木さんの事、そう言う風に見たことなくて、でも会社内の人だから不用意に遠ざけるのもどうかなって……」
「……なるほど。だから……悩んでいると……いや、だとしても当人の気持ちですよ。佐々木はクズな面もありますが、振られたからと言って変な事言ったりしないと思います。気まずくなったら俺を通して話したりもしていいですし」
「……そっか」
彼女はそれ以降、何も言わなかった。色々、それぞれに抱えている物があるだな。この世界がゲームではないと再認識をする。
ゲームなら、登場人物をその周り。それくらいしか見えるところがない。というか見せる必要がないのだ。だから、無い所は関係ないし、そこにドラマもない。が、やはりここは土台は似ているが別物。
見えないところが存在するのだ。
「あの、ありがとう。少し、考えてみる」
「その方が良いですよ」
そう言って彼女は去って行った。バスを待つと言うのは嘘なんだな。わざわざ俺の後を付けて相談に来たと言うわけか。
彼女が去って後、冷たい風が吹き抜けた。夏も終わり、秋が近づいている。季節のめぐりが早いな。
バスが来て、それに乗る。揺られながら普段なら考えない事を考える。
先程の飲み会での会話……。
小学生の頃に好きだった人なんて、殆ど結ばれる事など無い。と言う話が少し上がった。
確かに俺もそう思うのだ。小学生の恋はあくまで経験。長い長い人生の中を僅かに切り取って、そこで行われる甘酸っぱくてほろ苦い物。
……そう、思ってしまうのだ。
千冬は俺の事を好ましいと思ってくれている。そこを面倒くさいとか、嬉しくないと、そんなことは思わない。
寧ろ、嬉しいとすら思う。
でも、所詮は経験でないかと思ってしまう。まだ、あの子は小さい。小学生だ。
あの子が主人公と結ばれようが、他の女性、もしくは男性と結ばれようが俺はそれでいい。幸せならそれでいいと本気で思う。
でも、今、あの子が求めているのは、求めてくれているのは……俺だ。俺は千冬が大事だ、望みがあるなら言って欲しい。叶えてあげたい。あの子がもし、俺を求めるなら、答えてもあげたい。
でも、きっと俺は経験としか思えない。千冬の長い人生の本当にちょっとした経験の一部として自分を使ってしまうかもしれない。あの子がこれからの人生でどういう道を歩むのか分からないけど、その行く先の僅かな道案内の立て札にでもなれたならそれでもいいと思ってしまうかもしれない。
でも、それは不誠実だと思う。あの子の純粋で無垢な恋を最初から受け取らず、受け取ったふりをしていれば、きっとあの子はそれを見破る。
そうしたら、溝が出来る。
かと言って断れば、俺はお前の事が大事だけど子供としか見れないと断れば、それはそれで溝が出来る。
それは嫌だ……。ようやく形になってきた気がするんだ。家族としての形になってきだんだ。毎日笑いあえる環境、帰ったら誰かが気持ちよく出迎えてくれる家。壊したくないんだ……それだけは……。
俺は、最初は何となくだった、何となくで最初は歩いた。
でも、俺は今は……家族に成りたいと思ってるんだ
◆◆
帰ったら玄関を開ける。家の中は電気が着いていなくて、明るくもない。騒がしくもない。帰ってきたのに帰ってきたと言う認識が湧かない程だった。
スーツを脱いで、適当に椅子にかける。
いつもならリビングで脱ぐようなことはない。千秋たちが顔を真っ赤にしてしまうからだ。
以前、まだまだ四人が家に住み始めてから慣れていなかったとき癖で間違って上着を脱ぎかけて、顔を真っ赤にした千秋に凄い注意されたのを思い出した……。
『か、カイトッ! そう言うのはえっちだぞ!!』
『あ、ごめん……』
それ以降は脱衣所で着替えることを心掛けていたんだけど、それをする必要がないとなると何だか寂しい。だけど、いつかこんな日も来るのかな。四人がこの家から旅立って、巣立っていけばこれが新しい普通になる。
騒がしい日常が過去になる。
それを考えるだけでうっすらと目尻に涙が溜まる。こんな気持ちでいたくない。早い所、風呂にでも入って寝てしまおうと考えて、動き出そうとすると……スマホが振動する。
画面を確認すると……四人の学校のクラス担任の先生からだ。
「もしもし……」
「あ、すいません。夜遅く」
「いえ、大丈夫ですよ」
「あの、その……千秋ちゃん、夜が寂しくて凄い泣いちゃって……それで、一回電話かければなって感じで……その、一旦変わりますね。はい、これ」
まさか、先生からかかってくるとはと驚愕反面、千秋の声が聞こえるとなるとちょっと俺も嬉しいと思った。そして、千秋が泣いてしまった事が全力で心配になった。
「千秋?」
「ガイドっ……」
「大丈夫か?」
「ううん……寂しい。カイトッに会いたい……」
「そうか……俺も千秋が居なくて寂しいよ……テレビ通話でもするか?」
「ううん、泣き顔見られたくないからそれはヤダ……」
「そっか……千春達は?」
「寝ちゃった……起こすのは嫌だから……一人で起きてたら寂しくなった……」
「そっか……」
電話越しでも千秋の泣き顔が容易に想像できるようになった。今すぐ迎えに行ってあげたい位だ。
「……カイト……今すぐ、迎えに来て……?」
「行ってあげたいけど……ごめんな。今日はダメなんだ……」
「なんで? きてくれないの?」
「ごめんな……今日はもう行く手段がないんだ……それに今は林間学校中だろ?」
「やだ、きて……」
「……明日、朝一で迎えに行くから。今日だけは我慢してくれ」
「……あさいち?」
「朝一で行くよ……」
「……ぜったい?」
「絶対」
「わかった……きょうだけがまんする……」
今すぐ、行きたい。でも、お酒飲んじゃったし。そもそも、これは林間学校と言う経験。貴重な学校教育の一つ。千秋の為を想うならこれを大事にしないと。
「明日行くからな」
「うん……」
「じゃあ、先生に変わってもらって」
「それはやだ、まだおはなしする……」
「わかった……でも、それは先生のスマホだから、先生にしていいか聞いてもらっていいか?」
「うん」
スマホ越しに千秋の質問の声が聞こえる。鼻をすすりながら声も上ずっている。本当なら今すぐ迎えていたい……。
「ここ、Wi-Fiつかえて、つうわりょうきん、かからないから好きなだけしていいって」
「あ、そうなのか。じゃあ、眠くなるまで話そうな」
「うん!」
千秋との会話は三十分くらいで終わった。その間にカレーを作った事、山を探検して、虫が出て大騒ぎだったこと……。メアリと色々話したこと。
話しているうちに千秋の口数が減ってきて、欠伸をする音が聞こえてきた、そして、眠くなってその場で眠ってしまったと先生に最後に報告を受けて、そのまま明日朝一で迎えていくと言う事情を説明した。
早い所、寝て……明日に備えよう。酒はあまり飲んでいないから数時間で抜けるはず。車を使って明日は迎えていかないといけないのだ。
先程より、体が凄く軽くなっている気がして、気分も高まった。