百合ゲー世界なのに男の俺がヒロイン姉妹を幸せにしてしまうまで 作:流石ユユシタ
十月後半。寒さが本格的になってきた時期。朝の会で先生がいつもとは違う僅かに暗い雰囲気で話を始めた。
「皆さん、大変悲しいお知らせがあります……西野君がご両親のお仕事の都合で今月いっぱいで転校することになりました……」
「ええー」
「うそー」
「にしのー」
まさか、西野が転校するなんてとクラスの子達は驚きの声を上げる。勿論、うちも多少は驚いた。千夏たちも転校しちゃうんだと悲しそではないが驚きが僅かにある表情。
「それで最後にお別れ会をしたいと先生は考えています。ドッジボールとかサッカーとかやって最後に思い出を残したり、さよならの色紙を書いたりしたいですけど、皆いいですか?」
「「「おおー!!」」
皆が大賛成と言った感じでそれの決定がなされた。
朝の会が終わると彼と仲が良かった生徒達が席に駆け寄り色々と気になっている事を話したり、寂しくなると心の声を白状したり、色々な形でもうすぐ無くなってしまう一緒の時間を惜しむ。
千夏、千秋、千冬、そして桜さんやメアリさん、他の生徒一部は特に何も言わずに遠くからそれを見ているだけ。特に声も発さず笑ったりもしない。
正直に言うとあまり親しみがない。でも、転校をすると聞いて喜んだりする面子じゃないし、どう反応していいのか分からないのだろう。気にしないで皆ではしゃいで話すと言うのもなんだか違う気もするしね。
こういうのを何と言うべきなのか分からないけど。取りあえず空気を読んで余り何も言わない事に徹した。
◆◆
カタカタとパソコンを叩き続けていると例の如く定時になっていることに気づいた。
俺は帰宅する。
佐々木に挨拶をして、その場から立ち去り職務室を出る。すると丁度、宮本さんと遭遇した。
「魁人君、お疲れ様」
「お疲れ様です」
「最近、どう? あんまり聞けてないけど、子育ては」
「まぁまぁ、だと……思います」
「そう……気になってたんだけどお小遣いとかあげてる?」
「いえ、欲しいなら買ってあげれば良いと言う考えなので」
「あー、そうね、そう言う人よくいるけど……お小遣い上げた方がいいんじゃない? 色々やりくりとか自分で考えるのって」
「なるほど……ありがとうございます!」
宮本さんって本当に色々ためになることを教えてくれるな。親の鏡。そろそろ我が家もお小遣い制度を導入するか……。基本的に可愛いから何でも買ってあげたいと思ってしまう。
と言うか買ってあげれば良いなと考えていたが色々と見返していかないといけない。だが、お小遣い……いきなり一か月分全部自分でやれと言うのもな。俺はかなり娘に甘いと考えられるから。
どれくらいがいい塩梅になるのかが分からない。取りあえずお試しで一週間のお菓子を自分で買う見たいな感じにしてみるかな……
宮本さんと話を終えてその場を後にする。子育てとは奥が深いな。考えれば考えるほど色々な方法があって、しかもそれが正解か、その子に適したものなのか分からない。
どんどん沼のように思考が進まなくなるし……。
安全運転で家に帰ると千秋達が出迎えてくれた。
「カイト、お帰り! 夕食今日は我が作ったぞ!」
「ただいま、千秋。ありがとう。一体何を作ったんだ?」
「ハンバーグ!」
「そうか、ありがとうな」
千秋が作るのは大体ハンバーグの確率が高い。美味しいから何の文句もないし、何か可愛いし、俺も助かるから何も言う事はない。
ただただありがとうと感謝を伝えるだけだ。
スーツを脱いで軽く着替えて席に着く。皆で手を合わせてご飯を食べながらテレビを見たり、軽く会話を交わす。
「西野、両親の都合で転校するらしい」
「そうなのか……まぁ、ご両親の都合ならしょうがないな」
千秋から驚くべきことが伝えられた。まさかの西野が転校。寂しいとか言う感情はないしあまり関わりもないからあんまり言う事が無いな。四人もあんまり言うことないようだし。
でも、何だかんだで関わってきたからな。西野の話は最近あまり聞かなかったが、今までの聞いてきた話から年相応に子供のような、よくいるような小学生男子と言う感じがしたな。俺にもそんな無邪気な時があっただろうか……。
そして、西野はきっと千秋が好きだったのだろう。どのような別れになるかは分からないが彼は千秋に会えなくなってちょっと寂しいだろうな。そう思うと少し思う所がありそうな気がするな……。
可哀そう、と言う印象は無い。かと言って何とも思わないと言うのも何か違う。愛着?
そう言うのもないし。寂しいとかでもない。西野が転校すると聞いて喜びも湧かないけど……。何て言えば良いんだろう?
そもそも言う必要もあるのかとも思うが。
「あ、カイト、ハンバーグどうだ?」
「美味しいぞ。ソースも良い感じだ」
「えへへ、そうだろ? 凄く頑張ったからな!」
千秋が一生懸命作ってくれた夕食を食べてるときに他の考えをする必要もないな。俺がどう思ってもあんまり意味も無いだろうし。俺には俺の考えないといけない事もある。
「おかわりしてもいいか?」
「勿論!」
茶碗を出すと笑顔でそれを持って台所に向かう千秋。何というか、本当に良い子だな。明るいし……。でも、千秋って、ゲームだと…………。騒がしいにも静かなのも好きと言う感じだったな……。
って、それは今は置いておこう。
「はい! おかわり!」
「ありがと」
俺は千秋からのお代わりを受け取って五人でコミュニケーションを取りながら夕食を食べた。
◆◆
夕食を食べた後に、テレビを見てたら千秋が俺の膝の上に座ってきた。ニコニコ笑顔で幸せそうだから可愛くて仕方ないなと言う印象。その後、お風呂入り終わって再びテレビの前。
美を意識する四人は先に二階に上がってしまったために一人でテレビを見る。家の中でも一人でテレビを見ると言う時間は意外と多い。夜は特に多いのだ。俺は中々早い時間には眠れないし。
こうやって眠くなるのを待つしかない。
眠気を待ちながら適当にテレビを見ているとリビングのドアが開いた。
「千夏、どうしたんだ?」
「えと……ちょっとだけ話したくて……」
千夏が一冊の本を持ってちょっと恥ずかしそうにしている。パジャマ姿でいつものようにツインテールにしてない金髪の長髪。髪が凄く綺麗だなと思った。いいシャンプー使ってるから当然だけど、元々の髪のポテンシャルが高いんだろうな。
「話?」
「はい……これ、一緒に見たいなって」
そう言って千夏は一冊の本を俺に見せた。料理の本だけど、こんなの家にあったか?
「あ、これは学校の図書ルームで借りてきました」
「そうなのか。よし、一緒に見よう」
昔はあんなに警戒してたのに一緒に本が読みたいと言ってくれるなんて感動を意の抑えられないな。
千夏は俺の隣に座った。
「でも、見るならみんな一緒でも良かったんじゃないか?」
「えっと、私だけに料理教えてくれるって約束しましたよね?」
「あ、そう言う事か。料理本を一緒に見ながら色々教えて欲しいって事か」
「……」
千夏は二回頷いた。
「魁人さん、秋ばっかりに構うし、私が教わるときって冬と秋が凄い近寄ってくるし……だから、こうするしかないかなって」
「あ、なんかごめん……」
「いえ、大丈夫です。責めてるわけじゃないですし」
何か、この間千冬にも同じような事言われたな……。俺も体が一つしかないから全てを叶えてあげられないとはいえもっと頑張らないと。
「えっと、取りあえず本見せてくれ」
「あ、はい…………」
「? どうした?」
「……あの、膝の上、座っていいですか?」
こんなに懐いてくれるなんて……。あの千夏が膝の上に座って良いかと聞いてくるなんて……感動が止まらない。
「おう……良いけど。急にどうしてだ?」
「秋が良く幸せそうにしてるから、どうしてそんなになるのか気になったので」
「ああー、なるほど。全然いいぞ」
「……では、失礼します」
一礼して千夏が俺の膝の上に腰を下ろす。重さ的には大体同じか? 若干、千秋の方が軽いような……
「なにか、考えました?」
「いや、別に何も考えてないが」
「そうですか」
ギロっと目が鋭くなった。女の勘と言う奴か、何なのか良く分からないが。
「私、重いですか?」
「いや、軽いぞ」
「秋とどっちが軽いですか?」
「同じ位だな」
「……そうですか」
まさか、心の中が読まれたとかではないだろうけど本当に鋭い。思わず俺も慌ててしまうな。顔には出さないが。
千夏はその後本を開いて、指を指す。何だか難しそうな料理が書いてあるな。カンジャンケジャンとか、鯛の炊き込みご飯とか、凄い定価高そう。
「えっと、ここ見てください」
「ふむ」
「これ、作ってみたいんです」
「あー、サバの味噌煮か」
「はい! 作りたいです!」
「そうか、一緒に作るか?」
「そうしたいです。でも、魁人さんすぐに秋に構うから……ちゃんと教えてくださいね?」
「分かった」
ちょっと、不満を漏らされた。千夏だけに教えると言う約束だったしな。仕方ないし。それに彼女は自分で何か重荷を持ちたいと思ってる。誰かがそれを出来れば誰かがやってしまう関係。
それを終わらせて、自分が背負いたいと前に進みたいと思っているから。自分だけと言った。
その思いを俺も尊重してあげないといけない。
「あの、関係ない事聞いてもいいですか?」
「いいぞ」
「魁人さんは……私達をどうして引き取ったんですか?」
「……放っておけなかったからかな。前にも言ったけど親戚さんたちに任せておけなかったと言うのもある」
「……魁人さんは損してませんか?」
「損?」
「だって、お金、私達にかかってますよね。お金だけじゃない、面倒を見るのも凄く難しいし。何というか、私達は色々得ているけど、魁人さんは全然、何も、何一つ得ていない。得をしてない」
「四人が居るだけで幸せだし、毎日が楽しいぞ?」
「そういう、何というか、そう言うのじゃなくて……外から見たらきっと魁人さんは損してる。他にもやりたい事とかだってあるだろうし、お金だって無限じゃないはずなのに……自分には何もしないし……」
「そ、そうか? 俺もお酒とか買ったりしてるけどな」
「それだけですよね……損してる風に感じます」
「俺は感じないけどな……」
「やっぱり、春に似てます。魁人さんは、自分に無頓着って言うか……」
唐突にそんなことを言いだした千夏。損をしているつもりはないけどな。偶に欲がないと言われることもあるけど。ここまで損と言われたことはない。千夏は何か難しい事を考えているのかもしれない。感情論とかでなくて、現実的な視点。
「そ、そうか……そう見えたのか」
「はい……すいません。急にそう思ったので、言ってしまいました……」
「いや、思ってくれた事を言ってくれたのは素直に嬉しい」
「そうですか」
千夏はそう言った。何だか話がそれてるなと互いに感じてどうしようかと少しだけ沈黙をした。でも、千夏はまた話し始めた。
「……私は魁人さんにも恩を返します。魁人さんが損をしてるって思うから、損だけはさせない、得をして何かをもっと得て欲しいです。料理も沢山して出迎えて肩とかも揉みます」
「……ありがとう。期待してる」
何だか、前とは別人なのではないだろうかと感じるくらい千夏の雰囲気が違った。強者、とはこういう子を言うのかもしれない。
「あ、そろそろ寝ないとお肌が……」
「そうだな。寝た方が良い」
「はい、そうします。また、一緒に話してもいいですか?」
「勿論だ」
そう言うと千夏は膝の上に座ったままニッコリと笑った。
「ありがとうございます」
まさに、微笑みの爆弾だった。意識が飛んでしまうのかと、呼吸をわすれてしまいそうなほどに千夏を尊いを思った。
「おやすみなさい」
膝の上から降りた後にぺこりとお辞儀をして去って行く姿も可愛い。娘を弱愛してしまう父親の気持ちがこれ以上ない程に分かった日だった。
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