百合ゲー世界なのに男の俺がヒロイン姉妹を幸せにしてしまうまで 作:流石ユユシタ
二度目の冬休みに突入した。宿題宿題、宿題に追われる日々。うち達はリビングでドリルを広げてコタツに入り勉強会をしていた。お兄さんは二階の部屋で終わっていない仕事している。
「うーん……分からんな」
「そうね……あれ? そろそろ、休憩の時間じゃない?」
「おー、そうかも」
「いやいや、五分前にしたばかりっス」
千秋と千夏が宿題を拒否する。確かに仕方ないね。長期休みのドリルは飽きてしまうから。ちょっと休憩してもまた同じ作業をするとなると面倒くさいよね。
「そうだ! 書道の宿題しましょう! それが良いわ!」
「そうだな! そろそろ、飽きてきた!」
「春姉はどう思うっスか?」
「良いんじゃないかな。ずっと同じものをやるって飽きが来ちゃうよ」
冬休みにはドリル以外にも書初めの宿題が設けられている。小学生にとって書初めはその人の個性が出ると言っても過言ではない。適当にやる人は一瞬で終わるし、こだわる人はとことん拘る。
準備を始めて、細長い毛氈を引いたり、墨汁を出したり、テキパキ準備を進める。
「ふむ……まぁ、適当にだな……」
「そうね……。こういうのって遊び心大事だし」
千秋と千夏からは早速個性が出ている。テキパキ一枚「謹賀新年」と書いて、新聞紙で墨汁を拭きとる。
「……」
千冬は緻密な作業に没頭している。顔を凛々しくして、筆をゆっくりと、時には大胆に作業をしていく。
「ねぇねぇ、見て見て! 正統継承者!」
「結! 滅!」
二人は手のひらに墨汁で正四角形を描いて遊び始める。どこぞの夜の森を守っているのかもしれない。
そんな二人に目もくれず、千冬は流されずに没頭する。
「で、できた……」
「流石千冬……完璧」
書初めコンテストは千冬が頂いた。これだけは間違いない。千冬は本当に努力家だね。もっと人から評価されて欲しいランキング第一位。
千冬の字は本当に綺麗、一番綺麗。普段のノートの字も一番綺麗なのは千冬。
「これで、賞とったら……きっと、褒めてくれる……」
自身の作品を見返せて、少しだけ微笑む千冬の姿がそこにあった。うん。ちょっとあざとい所、打算的な思考になっている千冬も可愛い。
「春、アンタは終わったの?」
「あ、三人見るの夢中で気が付かなかった」
「アンタはもう……ほら、早くやりなさいよ」
「そだね」
姉として偉大な姿を見せないといけない。こう見えても習字は……
「春、前から思ってたけど……ヘッタクソね……って言うか半紙が破れちゃってるし」
「ごめんね」
「いや、謝らなくて良いけどさ……」
うちの苦手なモノ、スイミング、虫、霊的なもの、料理、そして習字。何でか分からないけど毎回半紙を筆が貫通してしまうのだ。かと言って墨汁を少なくすると擦れるし……
習字マジで嫌い。
「アンタ、意外と不器用なのよね」
「それもあるけど、多分、この半紙に気合が足りないから破れたんだと思う」
「うん。そうね、ようするに十割アンタが悪いわ」
「……」
どうして、何でも出来るように生まれなかったのだろう。姉として完璧で、妹達から尊敬されるようになりたいのに。所々でぼろが出る。
「まぁ、あれね。誰でも得不得意があるから仕方ないけど……そうだ。魁人さんに教えてもらいなさいよ。魁人さん、前に書道は数少ない取り柄だって言ってたし」
「お兄さんに……」
「そうそう」
まさか、千夏からそんな提案をされるとは思わなかった。千夏が特に悩むことなくすんなりと誰かと頼ることを選択するだなんて……。最初は階段の上と下で話しているくらいの関係性だったのに。
「だったら、我が教えるぞ! カイト、お仕事中だし!」
「……ち、千冬が手ほどきを!」
そして、何やら抗議の声を上げる二人。千秋はニコニコ笑顔、千冬は少し焦り顔。うちとしては二人から教えてもらうと……姉の威厳が……。でも、二人にサンドイッチ授業をして貰えるなら最高。
二人は徐々に可愛さを増している。六年生にもう少しでなるからか、顔つきもちょっと大人っぽくなったような気もする。
ただ、やっぱり二人から教わるのは姉としての威厳が……と思っていたらピュアな千夏が疑問の顔をする。
「え? 何で? 魁人さんに大人しく頼っておきなさいよ。確かに仕事は忙しいかもしれないけど。いつでも頼ってって言ってくれてるんだし」
「でも、魁人さん、疲れが……」
「そうだな。カイトも偶には休まないと」
「だったら、肩もみとかして疲れた分、癒してあげれば良いんじゃない? 頼るべきところは頼って、他の所で支えるって言うのじゃダメなの?」
「「……うん、そだね……」」
千夏。論破する。眼が澄んでいる彼女は結構思った事は言えてしまう。何だか、最初とは真逆のことを言っている千夏を見ると感慨深さがバイカル湖。
そんな、話をしているとリビングのドアが開いた。
「おー、書初めの宿題か。懐かしい」
「魁人さん。仕事お疲れ様です」
「気遣いありがとー」
「いえいえ……そう言えば魁人さん、前に書道得意って言ってませんでしたか?」
「言ったな。まぁ、昔の話だけどな」
「ちょっと、書いてみてもらっても?」
「え? あ、良いけど……千春、筆借りてもいいか?」
「あ、どうぞ」
千夏がぐいぐいお兄さんを書道の道に引っ張る。お兄さんは少し戸惑いをしながらも懐かしみが強いのか、筆を持って筆を走らせた。
「お兄さん……」
「おおー!」
「凄すぎっス……」
「魁人さん……才能マンね……」
上手。謹賀新年。千冬より字は上手かもしれない。うち達四人全員揃って、関心の声を上げてしまった。
「魁人さん、春に習字教えてあげてくれませんか? 春はあまり習字が得意じゃなくて。いつも半紙貫通なんです」
「あー、そっか……」
お兄さんに習字苦手は言っていないと思うけど。初めて聞いたような反応ではなく、忘れていたことを思いだしたような感じだった。
「魁人さん、春に教えてあげてください」
「……お、おう。分かった」
「よし! ほら、春! 準備!」
「え? あ、うん……」
何やら、千夏の圧が強い。どうして、ここまでするのか……。ちょっと、うちには分からなかった。
「「ジー……」」
千秋と千冬がじっと何かを訴えるような視線を送って来るけど、今日の千夏には逆らえない。
「ほら、アンタも座って。魁人さんは手を握って、手取り足取り教えてあげてください」
「わ、分かった……」
お兄さんも千夏の押せ押せな雰囲気に逆らうことも出来ず。うちも出来ずに指導を受けることになる。お兄さんは申し訳なさそうにうちの手を握った。
「……ッ」
少し、硬い手。ひと回り大きい手がうちの手を包んだ。とめ、はね、はらい。永字八法。色々な言葉を使って丁寧にお兄さんは説明してくれた。うちの手を握りながら筆を動かしてくれて、感覚を掴みやすくもしてくれる。
あんまり……言葉が頭に入って来ないけど……。
「まぁ、こんな感じだな……」
「ありがと、ございます……」
気付いたら話が終わっていた。お兄さんは今教えたことを実際にうち自身でやってみて欲しいと言った。
それを頷いて了承した、うちは筆を持つ。先ほどまでも指導を思い出す。力加減……、ちょっと肩いて……。ほぼ密着した距離感……
何だか、緊張をして、力が入ってしまって、最初の謹賀新年の最初の一角目で半紙を筆が貫通した……
◆◆
千春は習字が苦手。と言うか所々で不器用と言うのはゲーム知識でもあったけど、実際にそう言う事があると普通に可愛い物だなと感じた。
どうして千夏があそこまで押してくるのかは分からなかったが、本人にしか分からない考えがあるのかもしれない。千夏は色んな方向から物事を見える子だからな。そう言う事なんだろう。
千春と一緒に習字の授業をした後、千冬と千秋にも教えてと頼まれたが、二人共教えることがないくらいに器用なんだよな。千冬はダントツともいえる。千秋も元々が器用に何でも出来るから形になっている。
そんな二人から教えを請われたが、千夏が俺を千春に付きっきりで教えるように仕向けてたから二人には教えてあげられなかったがまた機会があれば教えてあげよう。
そんな事を考えながら仕事を終わらせる。最近、他の事を考えながら何かをしたり、マルチタスク的な事が出来るようになり、自身の成長を若干感じる。
パソコンを閉じて、リビングに向かう。四人は宿題を終わらせて、テレビでも見ているじゃないだろうか。ドラマの再放送とか最近多いしな。この間は、ただの文具店の社員が、死んだ親友の息子と娘を引き取るドラマとかやってたし。
もしかしたら、ソファでお昼寝をしているのかもしれない。それならそれできっと尊いから、見ることが出来れば疲れも吹き飛ぶ。
さて、四人はどんな感じなのかと気になり、リビングのドアを開けようとすると
「やっぱり、今年のクリスマスは我らがサプライズ的な事をしてあげたい!」
「そうね、ケーキとか作ってね」
「魁人さん、喜んでくれると良いっスね……」
「お兄さんを喜ばせたいなら、このことは秘密にしないとね」
……きっと今、聞いてはいけない事を聞いてしまったのだろう。俺も馬鹿ではない。きっと四人が俺の為に何かをしてくれるはずだと言うのは分かった。だが、どうしたものか。
気付いていないふりをするべきだろうか。正直に言うべきだろうか。折角、折角、サプライズを企画してくれているのに……
あ、ごめん。聞こえちゃったー。
とか言うわけにいかないしな。これは、敢えて聞こえていない漢字をするべきだろうな。そう決めた俺は敢えて何も気づいていない感じを装ってリビングのドアを開ける。
「おー、カイト、仕事終わったのか?」
「おわったぞ」
「そうか! じゃあ、一緒にご飯作ろう!」
「おお!」
四人共、俺がリビングに入った途端に話をやめた。バレるわけにいかないと思っているのだろう。これは、俺も何も言わないでクリスマスを迎えるしかないな。
でも、プレゼントはちゃんとあげないとな。喜ぶ姿を見たいし。そうだ、俺もサプライズでプレゼントをすると言うのはどうだ? あ、いや、ダメだ、欲しいのが違うものだったり微妙な物だったりしたらテンションが下がる。四人は気遣いも出来るから、対してほしくない物でも喜ぶだろうし。
俺は普通に欲しい物を聞いた方が良いな。
「カイトはクリスマスに何が食べたい?」
「そうだな……。何でもいいな」
「何でもが一番困るの!」
「そうだよな。じゃあ、から揚げかな」
「ふぅーん、胸肉? もも肉?」
「ももかな」
「ふぅーん。おけまる!」
千秋がそう聞いてくれる姿が可愛い。手でオッケーマークをしてニコニコ笑顔。この笑顔で疲れが浄化される。
まぁ、千秋だけじゃなくて四人全員可愛いけどさ。
そんな四人がサプライズをしてくれると分かっていたとしても楽しみで仕方がなかった。
◆◆
いつもの如く、お風呂に入った俺は眠気が襲ってくるまでソファに座ってテレビを眺めていた。すると、リビングのドアが開く。最早、このリビングのドアが開くのが恒例になっているなぁと感じる。
俺と話したいと思ってくれているのだから嬉しくあり、同時に各々に抱えているものがあり、姉妹間では言えない話をアウトプットしたいという心情も有ったりすんじゃないかと思うと、しっかりと大人として為になるような事を言わないといけないとプレッシャーが襲ってくる。
さて、今日はどんな悩みを持った娘が来るのか……。
「魁人さん……」
千夏だ。彼女のパジャマ姿で髪をほどいている姿そこにあった。
「千夏、どうかしたのか?」
「肩を揉もうと思って……」
「良いのか?」
「はい……」
恥ずかしそうにしながらソファに登って後ろに俺の後ろに回り込む。そのまま両手を肩に置いてくれた。
「あの、今日はありがとうございました……」
「習字の事か?」
「はい」
「そうか。じゃあ、どういたしましてと言っておくよ」
千夏は肩をほぐしながら、そう言った。力はさほど強くない。でも、精一杯疲れを取ってあげたいと言う千夏の心遣いは感じ取れた。
「きっと、また、魁人さんを頼ると思います」
「どんどん頼ってくれ」
「そうします。それで魁人さんには千春の事で多分、多くの事を頼もうと思っているんですけど……大丈夫ですか?」
「大丈夫だけど、千春の事だけなのか?」
「少し、違いました。千春の事を中心に頼みます」
「それは分かったけど、どうして千春が中心なんだ?」
「千春は姉妹には頼ろうとしないんです。妹には何も頼らない、そういう癖みたいなのが付いてると思うから……誰かを頼ることをもっと知って欲しいんです。魁人さんを沢山頼れば、もっと頼って良いんだって知れて、私にも、妹にも頼ってくれるお姉ちゃんになってくれんじゃないかなって……」
そうか、千春は全部抱え込むからか。俺を通じて頼れることを、大切な人は守るだけでなく、頼れることも出来ると彼女自身に知って欲しかったのか。
「千春は口で言っても分からないタイプなのですから。私達だけじゃ、千春はきっと変えられない……。でも、誰かと一緒なら、魁人さんと一緒に居ればきっと変わるって思うんです。今の千春が悪いとか、変とか言うつもりはないですけど。もっと、自分よがりな所もあっても良いかなって、さぼったり、面倒だと思って投げ出したりとかしたって……」
「なるほどな……」
「はい……」
千夏は悲しみを吐いた。そう簡単には変わらないけど、変わって欲しいと願っていた事なんだろう。自分が長女になって変えてやろうと思ったけど、それが難しいと分かって、自分がダメだなと情けない気持ちなって。でも、変えたいから俺を頼ってくれた。
「俺に、どこまでできる分からないけど、頼ってくれ」
「頼っちゃいますね……沢山。でも、魁人さんも私を頼ってくださいね。夕食はこれが食べたいとか、洗濯しといてとか、肩揉んでくれとか」
「そうだな」
「魁人さんも千春と似たようなことあるから、心配なんです。絶対に頼ってくださいね」
「わ、分かった」
少し迫力を強くした千夏の声に思わず、体をビクッと反応させてしまった。怒ると怖いんだよな。四人共……。
千夏はその後もずっと肩を揉んでくれた。その内、疲れたのか握力が徐々に弱くなっていることに気づいた。
「もう、大丈夫だ。疲れも取れたしな、ありがとう」
「いえ……」
「?」
「……その、なんというか」
千夏はちょっとだけ頭を下げてこちらに近づけた。
「その、頭撫でてもらっていいですか? いつも、秋とか、冬が嬉しそうにしている見て……体験したくなって……」
「分かった」
千夏の頭の上に手を置いて少しだけ撫でた。
「えへへ、そっか……これが嬉しかったんだ……」
微笑みながら小声でそう言った千夏。ばっちり俺に聞こえていたが聞こえなかったふりをしておこう。少し撫でたら、いつまでもこのままと言うわけにはいかないから頭から手を離した。
「……あ」
ちょっと寂しそうな顔をした千夏を見たらとんでもない罪悪感に襲われた。かと言ってあんまり夜遅くまで起こしておくと言うのもダメだろうし。そう思っていたら顔を赤くした千夏がまた少し頭を下げた。
「もっと、撫でて、ほしい、です……」
可愛い。こんなに甘えてくれるのは心を開いてくれている事の勲章。ここまで懐いてくれたのか!?
「あ、うん……」
「……ッ、これが、二人が気に入る理由なんだ……」
小声のつもりなんだろうけど、聞こえてるんだよなぁ。まぁ、お得意の気付かないふりをしておこう。
その後は二、三分頭を撫でたら千夏が満足そうにしてくれたので終わらせて、リビングから出て行く千夏を見送った。
千夏が可愛すぎて、この子は将来モテるなと確信を持った。どんな未来になるかは分からないがパートナーを俺の前に連れてきたら、そいつを一発ぶんなぐるだろうなと訳の分からない妄想もしてしまった。
千夏が居なくあったと、一人でそんな事を考えてしまったせいか、少し寂しくなった。いつか、テレビの音しか聞こえない日が来ると思うと……。
未来はどうなるか分からないが、願わくばこの日常が一日でも続いて欲しい。その思いだけが俺を支配していた。