百合ゲー世界なのに男の俺がヒロイン姉妹を幸せにしてしまうまで 作:流石ユユシタ
「魁人、おはよう」
「ちょっと、ネクタイ曲がってるわ……」
いつの間にか、千夏がお兄さんと益々距離を縮めていた。顔色を窺って、夕食のリクエストを聞いて、ネクタイも曲がっているから整える。もう、良妻ポジに見える……。千夏ママっ……と思わず言ってしまいそうだ。言ったら滑るから言わないけど……
千夏の変化に千秋はビックリと言う表情で千夏を見る。千冬は何それズルいと言う目を向ける。うちは羨ましいと言う視線でお兄さんを見る。
お兄さんはいつのもように苦笑いを浮かべて、視線をスタイリッシュにかわす。お兄さんに千夏とどうしてそんなに仲良くなったのか問い詰めようかと思ったけど、やめておいた。
千夏が変わり始めている。ただ、それだけなのだろう。
聞くまでも無い。
千夏の変化は家だけでなく、学校でも表れていた。帰国子女と言う事もあり、一時は注目の的であった転校生のリリアさんに積極的に千夏は話しかけた。少しだけ、クラスで浮いてしまっていたからだろう。
「あー、わたしー、チナツー、アナタのナマエー、プリーズ」
「おー、ワタシー、リリアー、シクヨロー」
思いっきり日本語だけど、うちは微笑ましく思った。内向的な性格だった千夏が外交的になっている。きっと、これは良い事なのだろう。最近の怒涛の変化ラッシュに驚きを隠せない。流石千夏だねー。
それにしてもリリアさんは帰国子女なのに、日本語上手だね。多様性のある特徴があるって凄い。
日本語以外にもドイツ語とか話せるらしい……へぇー、うちも色々勉強した方が良いかな? そうしたら、妹達から尊敬の目を向けられるかもしれない。多様性のある、姉……良いじゃないか……。
ちょっと、他の言語にも手を出し見てようかなって考えたけど……うちはその前に料理の腕をどうにかしないといけない事を思い出した。卵なんて、十回中、一回綺麗に割れたらいい方なのだ。
千夏、千秋、千冬、三人はもう、失敗しない。卵を綺麗に割ってからもカゴに入れない。
それなのに……うちは……。いや、これはうちのせいだけじゃない。卵に個性がありすぎるのだ。固かったり、思ったより固かったり、と思わせておいて意外と柔らかかったり、これはもう全自動卵割りきでもこっそり貯めているお小遣いで買おうかと真面目に考えるほどだ。
「お兄さん、卵が割れません……」
「こればっかりはな……勘と言うか……練習しよう。それしかない」
「はい……」
夜中、こっそり二人で練習していると言うのに、卵が綺麗に割れない。練習の尊い犠牲になった卵はお兄さんが焼いて明日の朝ご飯になったりする。
「そうだ……千春」
「はい?」
「千冬もだが、敬語じゃなくて……その、何というか、凄い今更なんだが……フランクな話し方で良いんだぞ?」
「え? どうして急に……」
お兄さんは恥ずかしそうにそう言った。急にどうしたのかと思ったけど、最近千夏がお兄さんの事を魁人と呼んで、うち達に話すようにお兄さんに言葉をかけるからかもしれない。
「えっと、まぁ、千夏がな……俺と本当の家族になりたいって言ってくれたんだ」
「千夏が……」
「それでまぁ、その、俺も、前からそう思っていたから……どうしようかと、考えていてだな……それで千夏が禍根を残さない最高の方法を探してくれるって言ってくれた。だから俺もその最高の方法を探そうかなって」
「それで普通に話すようにと?」
「うん、そうだな。これをするのが最善最高と言えるかと言われたらちょっと返答に困るが……いつまでも敬語って、なんかあれだろ? どちらかの立場が上とか、そう言う関係じゃ俺達ないと思うしさ」
「……そうなんですか?」
「うん……千春も俺と同じで、みんな同じだ。中々、そうは思えないかもしれないけど……俺はそう思うし、そう思って来た。だから、妹達に話すように俺にも接してくれ」
「……」
お兄さんって恥ずかしいセリフをよくこんなに言えるなと感心する。きっとこういう所が千夏に伝播したのだと感じた。
千夏だけじゃなくて、千秋にも千冬にも。そして……うちにも……知らず知らずのうちに……
きっと、うちは影響を受けている。主にギャグセンスとか……
「確かに、お兄さんの言う通りですね。変えてもいいかもしれません。だって、もう、一年半も一緒ですしね……可笑しいかもですね……」
「あ、でも使ってて違和感あったら戻していいからな」
「お兄さんこそ、うちの話し方に違和感あったら言ってくださいね」
「多分、そんな事はないが一応分かった」
「えっと……じゃあ、今からスタートしますね……」
「おう……」
実際に敬語無しで話してみようとすると何だか、上手く言葉が出てこない。緊張をしているのか話題も頭に浮かばない。どうしようかと少々混乱しながら話題を探して、咄嗟に浮かんだことを放棄して思わず言ってしまった。
「よ、よろしく……」
先程の会話から脈略が一切感じられない唐突な挨拶。お兄さんにそんな話し方を今までしていなかったから単純にムズムズする。
「恥ずかしいなら、今すぐじゃなくてもいいぞ?」
「いや、大丈夫……千夏もしてるし。うちもそうする……」
きっと、千冬も敬語を使わなくなるだろうし。そうしたら、うちだけが敬語になってしまう。それはちょっと寂しい。すぐには慣れないだろうけど……姉妹がそうするならうちもそうしたい……。
千冬がお兄さんに敬語やめてくれって言われたら、大喜びしながらポエムとか書くのかな……。
健気な千冬の喜ぶ姿が頭の中に再生された。バレンタインも近づいてるし、誰よりもお兄さんに想いを寄せる千冬。中々、近づけないけど、頑張ろうとする姿はいつも見ている。
応援……したいけどなぁ……。最近は千夏もお兄さんに懐いてしまって、これ以上お兄さんに持っていかれるのが面白くない……。お兄さんも盗ろうとか考えてるわけじゃないのは分かっているけど……ついつい、眼が吊り上がってお兄さんを見てしまうから気を付けないと。
「千春、眼が吊り上がってるぞ。どうかしたのか?」
「……あ、すいません……。じゃなくて、そっか……?」
返答も言葉遣いも変えているだけなのに、違和感が拭えない。でも、最初もこうだった。違和感のある場所だった。
この違和感もすぐに消えるだろう。
以前のように。そして、当たり前になる。
うち達をそれをずっと繰り返しているのかもしれない。変化して、当たり前になる。その繰り返し。本当の家族……千夏も言ってたけど……それが何なのか、良く分からないけど……僅かに本質が見えた気がした。
◆◆
三学期が始まっても平穏な毎日は過ぎていって、そして、例のあの日がやってきた。2月14日。男の子が浮足立つバレンタインが……。
去年はあまり料理の腕も上がっていなかったので、そこまでの物を魁人さんにあげられなかった。でも、今年は……千冬は、魁人さんにとっても美味しいチョコを……。
とっても美味しい物を作るから少しの間だけ、席を外してほしいと魁人さんには頼んだ。少しでも驚かせたいと言う気持ちが千冬にはあったから。
そんな淡い想いを抱いていたのだが、秋姉がとんでもなく料理が出来るのを思い出し、夏姉が魁人さんと凄い距離感になりつつあるのを思い出す。
正直、どうして自分にはあれほど人と距離を詰めることが出来ないのかと悩む時もある。けど、千冬は千冬、姉は姉と割り切って行動するしかないのだ。
そ、それに、最近、魁人さん敬語やめてって言ってくれたし……。秋姉はずっと前からそうしてたし、夏姉より遅く普通の話し方になってしまったけど。
それでも、嬉しいものは嬉しい。
また、距離が縮まった気がするし……もっと、縮めたいから生チョコを作った。喜んでくれると良いけど……。
「ねぇ、冬」
「ん?」
「私、ココアクッキー作ったんだけど味見してくれない?」
「良いっスよ」
「我もしたい!」
「うちもいい?」
「いいわよー」
夏姉もちゃんと魁人さんとクラスメイトにあげる贈り物を作っていた。どうやら味見をして欲しいらしく、それを差し出す。
三人そろって口に入れると、口の中に甘くて幸せな味が広がる。夏姉も料理の腕がめきめきと上がっている。でも、まぁ、夏姉は恋敵って感じはしないし、単純に目標と考えられるからまだいいかなー。
「我もチョコレートケーキ作ったー」
「美味しそうね……味見していい?」
「いいぞ、千冬も千春も食べてー」
秋姉も屈託のない笑顔にそう言われて、千冬たちは切り分けられているケーキの一つをフォークで食べる。
「……アンタ、本当に料理上手ね……自信無くすわ……」
「千秋、テレビでやってきたクッキンアイドルになれるよ」
「秋姉……凄すぎっス」
何だか、秋姉だけレべるが違う。まぁ、目標にすれば……全然、悔しくとかはない、悔しくとかは……ちょっと悔しい。秋姉はなんだか、恋敵ではない、ない? のかな。
秋姉ってちょっと怪しいような時もあるから……心配。
無垢な笑顔で素直でいつも明るいけど、それだけじゃない気もする……気のせいならそれでいいけど。
◆◆
家の中にはチョコレートのような甘い香りが充満していた。2月14日と言うこともあり、俺にチョコレートとか色々作ってくれるらしい。
だから、千冬に少しの間、席を外してくれと頼まれた。
くっ、嬉しい。今年も何かしら貰えるのかなと気になっていたから、この時点でもう、貰える確定演出じゃないか……。
ただ、チョコなどが貰えるとなると過剰にカロリーを摂取してしまうことになる。沖縄に行ったときにお腹周りが気になることを自覚したばかり、保護者がカッコよくて、自慢できるから、子供が自信を持てたりすると俺は考える。
なら、俺は走る。カロリーをこの後摂取しても寧ろ痩せるくらい走る。家を出て、久しぶりのジャージを着て、近場を走る。近所のおばさんに、いつも大変だねとか、四つ子の親だと子供に指さされたり、意外と有名人になっていたかのような不思議な気分になった。
走って走って、ただ、体力がもう……無い。はぁはぁと直ぐに息が上がってしまい、近くの公園に倒れ込むように入り、ベンチに座る。こ、こんなに体力が落ちているとは……
俺って20代前半なのに、こんなんじゃダメだよな……。かと言って最近、千夏が無理は禁物と口癖のように言ってくるし……
一息を付き、そろそろ帰っても問題ないかと公園を出る。帰りは歩きで良いかとゆっくり歩いていると……
「あの、すいません……」
後ろから、声がした。乾いたようだけど透き通る大人びた声。どこか聞き覚えるの有るような声に思わずハッとする。
振り返ると、優しい栗色の髪が目元まで伸びて目元が良く見えない一人の女の子が居た。背丈は千春達とそうは変わらない。
もしや……
その可能性が頭の中によぎる。
その姿にはどこか、見覚えがあったから。
「どうかしたの……?」
「えっと、道に迷ってしまって……その、交番の場所を教えて貰えないでしょうか……?」
「あ、交番ね……。えっと、この道を……あっちから、右行って、左行って……」
「えっと、右行って、左……」
「もし、良かったら案内しようか……?」
「すいません……よろしくお願いします……」
道に迷う……そんな特性があったな……。百合ゲー『響け恋心』の主人公には。そんな事を思いながら、あまり道が覚えられていない少女を案内するべく先導して歩く。
特に話すことはないけど……、なにか言った方が良いのか?
「えっと、どうして道に迷っちゃったの?」
「来年から、ここら辺に引っ越しに来るので下見をしていたら親とはぐれてしまい、気づいたら見知らぬ場所でした」
「あ、なるほど」
来年の四月から、引っ越し……? ここに住むと言う事か……。ゲームなら高校、いや、そもそもここはゲームではないから。それにこの子が主人公と決まったわけじゃないし。
「そこで……この人に頼ったら良いと……
「言われた?」
「すいません。噛みました。勘で決めました」
「あ、そう……」
明らかに噛んでいなかったようだけど……。言われたのでって俺の耳には聞こえた。言われた……一体だれに? あの場には彼女しかいなかったような気がしたが……もしかして、本当に噛んだのか?
色々考え込んでいると、交番に到着した。
「ありがとうございました」
「いや、気にしないでいいよ。それじゃ」
「あ、待ってください」
「……」
「僕は……
偶然と言う事は無いだろう。正しくそれは百合ゲー主人公の名前だった。最近になって友人キャラは全て確認できたから、主人公が居たとしても不思議じゃないけど……
「助けてもらった人に、名乗らないのは不躾だと思ったので名乗らせて頂きました」
「あ、そうなんだ……俺は魁人。ただの魁人だ……」
「そうですか。魁人さん、本当にありがとうございました」
深々と頭を下げる。声のトーンとかが低くて、落ち着いている雰囲気を彼女から凄い感じた。千春に少し近い。
「気にしないで……それじゃ」
「はい。ありがとうございました」
表情筋があまり動かない主人公に俺は軽く手を振ってその場を離れた。