百合ゲー世界なのに男の俺がヒロイン姉妹を幸せにしてしまうまで 作:流石ユユシタ
うち達は学校から下校をし、家で優雅におやつタイムーをしながら4時の再放送のドラマを見て、皆で笑いあう等と言う事はない。殺伐としていると言うわけではないが、どこか気の抜けない不思議な感じだ。
テーブルの周りには口をへの字にして疑いの眼差しを向けている千秋。早く真相を聞かせて欲しいとソワソワしている千冬。どうでも良いから早く聞きたいうちと、腕を組んで言葉を頭の中で選んでいる千夏が揃っている。
「纏まったわ……ただ、先に言わせてほしいのだけど、きっと私のしたことに関して、3人共納得のできない事があると思うから、謝らせて。ごめんなさい」
千夏が頭を下げた。その意味が良く分からない。頭を下げて、千夏が真剣な表情で謝るなんてあまり見たことがない。何だが、言葉にできない不安が押し寄せてくるようであった。
落ち着かない、これは聞かないで何事もなかったように流す方が良いのではないかと思った。でも、千夏は止まらないだろう。大きな大きな揺さぶりがうち、いやうち達に重くのしかかる。気付けば、千秋と千冬の表情も不安で崩れかけていた。
「あのね、私――」
その言葉をどれだけ、待ったか。いや、恐れていたのかもしれない。喜びもあったのかもしれない。迷いもあったのかもしれない。もしかしたら全部がごちゃ混ぜに混ざっていたのかもしれない。その時に感じたものが何かうちは知らない。でも、一つだけわかることは、その言葉をの受け取り方は、うちと千秋と千冬、それぞれ違ったと言う事だ。
千秋は怒った。眼に涙を溜めて、言うべきではないと言ったのに、勝手に行動したことに。千冬は何も言えずに口を閉じていた。納得の行かない千秋は家を出て玄関の前でずっと誰かを待った。
その様子をただ、見守る事しかうちには出来ない。
◆
私は世界一の甘えん坊であると言う自覚がある。小さい頃から安心できるものに笑いかけて欲しかった。抱きしめて欲しかった。『千秋』と名前をたくさん呼んで欲しかった。
姉の後ろをいつもいつも、いつでも付いて回っていた。あまり良い顔はされなかったけど、それでも駆け回っていた。母親の後ろもついて回ってた。良い顔はされなかったけど、何かの拍子に笑いかけてくれるんじゃないかって、急に名前をちゃんと呼んでくれるんじゃないかって、お手伝いをしたこともあった。
お皿を洗って、洗濯物を不格好ながら畳んだ。褒めて欲しくて、頭を撫でて欲しくて、恥ずかしがりながらも頭を近づけた。でも、お母さんはそんなことしてくれなかった。
『なに? それくらいやって当たり前でしょ』
『……はぃ』
『あぁ、もう、ご飯そこに溢してる! 二日酔いんだから怒鳴らせるな!』
『ご、ごめんなさい……』
『もう、いいから……あっち行って、今から電話するから。子供の声とか入ったら最悪』
悲しくて、下唇を噛んでいつも黙っていた。泣いたらまた怒られて嫌われる。きっと自分が母親の気持ちを分からないから悪いんだと思っていた。だから、気持ちがわかるようになった時、テレパシーで全部が分かるようになった時はちょっとだけ、嬉しさもあった。
でも、
『気持ち悪い……、なんで、思ってることわかるのッ』
『こんな子、いらない』
『誰か引き取ってくれないか』
『気持ち悪い、本当に気持ち悪い、消えて欲しい』
『死んで』
大切な何かが傷ついた気がした。もう、期待は無くなって、恐怖と不満と大切な姉妹だけが残った。姉妹だけは自分を認めてくれた。超能力はコントロールが出来るようになってから使わなくなった。もし、姉妹が心の奥底で僅かにでも自分を否定したら何に縋って生きていけばいいのか分からなかったから。
打算で、腐れ縁で自分を大切にしてくれているならそれでいい。でも、それを知りたくなかった。知らなければそれは都合のいい純度100の愛であるのだから。嫌っていてもそれを態度に出さなければそれでいい、本心を知る恐怖より勝ることはないのだから。
大事に例え思ってくれていても、僅かにメンドクサイ、五月蠅い、そう思ってしまう時はきっとある。でも、私はそう言った事も聞きたくない。怖いんだ。手を繋いでくれている人が離れていくのが。相手が全部を知れるなどと分かったらきっと嫌なはずだ。一緒に居るのが苦痛に変わって行くかもしれない。それは嫌だった。そんな可能性に目を向けることもしたくもなかった。
「あ、千秋ちゃん」
玄関の前でドアに寄りかかり、あの人を待って居ると誰かが私を呼んだ。目を向けるとクラスメイトの女子が二人いた。
「ここ、千秋ちゃんの家なの?」
「うん……」
「へぇー、そっか」
物凄い仲がいいと言うわけではないけど、それなりに話す二人。ふと、気になった。私の事をどう思っているのか。
『あー、千秋ちゃんって顔可愛いから気楽でいいな、皆からちやほやされてるし』
『あざとい感じするし、皆に良い顔してるから裏で皆に悪口とか言われるんだよ』
「じゃあ、私達もう行くねー」
「バいバーイ」
裏ではそんなことがあったのか。そう言う風に一部から思われていたのかと言う事に驚愕する。そして、悲しくもなった。でも、それほどではない。何となく自身が嫌われているかもしれないと思っていたし、大事な人以外から嫌われてもそこまで心に傷は負わない。
でも、そんな人ですら僅かな痛みがある。だから、大事な人が、大好きな人がそういう感情であったならきっと……私は、彼を待った。
彼がどう思っているしまうのか。知りたいわけではないけど、言わない訳にはもう行かないから。言いたくない。でも、ここで自分が言わなかったら千夏は打ち明けてくれたのに、私は言わないのかと思われてしまう。
どちらにしろ、私には道がない。言ったら拒絶、言わなかったら信頼をしていないと言う事になる。でも、言いたくない……。
これは、私にしか分からない。許容し難い狂ってしまいそうになる恐怖。これを受け止めてもらえる人だと信じたいと言う気持ちもある。でも、万が一……
悩みに悩んで、気づけば夕暮れになりつつあった。小石を蹴って彼を待った。いつもと同じ時間帯、微かにお腹が空いた頃に彼の車が私の眼の前を通った。駐車をして彼は降りてきた。
「ただいま……」
「お帰り……魁人」
いつものように優しく語りかけて、きっと何かあったのだろうと私の表情から読み取ってくれる。手を出すと優しく右手で私の右手を掴んでくれる彼。
「……大丈夫だからな……取りあえず、中で話そう」
「うん……」
――好き
手も、声も心も全部が大好き。この手みたいに全部を、私の全てを包んで欲しい。この人から離れたくない、私から離れて欲しくない。ずっと側にいて欲しい、ずっと側に居たい。
「カイトッ、聞いて……」
「あぁ、勿論」
彼は膝をついて、私と目線を合わせる。私は彼に抱きついた。首に手を回して泣き顔を見せないようにして。怖い、言いたくない。否定も拒絶もされたくない。でも、本当は、本当は……受け入れて欲しいと、私は……
もし、これを言って拒絶されても私はこの手を離しはしない。否定されたらこのままずっと、このまま居てしまうかもしれない。
「――私はね……」
◆◆
「千夏……」
「……」
うちは二階のベランダから、玄関でずっと待って居る千秋を心配そうに眺めている千夏に話しかける。千冬も同じ部屋に居て何も言わないけど心配するような目をずっと向けている。
「千夏、どうして言ったの?」
「信じてたから。魁人を。でも、言いたいって言ったらきっと、反対するって分かってた。春も言いたくないって思ってる事も」
「……」
「私が、今度は飛び込みたかった。
「そっか」
そんなことを考えていたんだ。うちはそんな事微塵も考えつかなかった。
「ありがとう」
「……別に、これくらい普通」
「そっか」
「……まぁ、秋は大丈夫でしょ。魁人に受け入れてもらえるでしょ。きっとね」
「そうかな?」
「そうよ。私、人を見る目はあるから。アンタも言っていいと思うわよ」
「……そだね」
言って、どうするの? 意味なんて無いのに。うちはきっと言っても本質は変わらないから。