Ice Time   作:アイスめぇん

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プロローグ

「―――――えっきしっ!…………さぶい」

 

 鼻をすすりながら、首に巻いたマフラーに顎を埋めるようにして少年は襲い来る寒さに体を震わせた。

 しかし、今が冬という訳では無い。カレンダーを見れば、五月の中旬。コートは愚か、マフラーなど巻いている人間など先ず居ないし、何なら初夏の季節という事もあり場合によっては半袖が役立つ時期でもある。

 でありながら、その少年は通っている高校の学ランにマフラーを巻いており、その鼻の頭は赤くなっていた。小刻みに震える体が、その恰好が単なるポーズではないという事を表している。

 実際の所、彼の体は冷え切っていた。それはもう、()()()()()

 

「オ、オオオオナカ、カカカスイタァァァァ…………」

「コキキキキ…………」

 

 そんな少年の道を塞ぐように現れたのは、二対の怪物。

 片やそら豆のような形をした肌色の肉の塊に、ボロボロになった歯をもった大きな口と白濁した目。赤ん坊のような発達していない手足を付けたようなモノ。

 片や巨大な蟷螂のような見た目をしながら、四本の鎌と、ムカデのような口を備えたモノ。

 この世の物とは思えない化け物たちを前に、しかし少年は背を縮こまらせるばかり。

 

「…………早く帰りたいから、退いてくれないかな」

 

 言いながら、少年はポケットに突っ込んでいた右手を持ち上げその手のひらを怪物たちへと向けた。急激に冷やされた空気中のチリが、陽光に反射して光り輝く。

 放たれるのは、極低温の冷気。さながら、ブリザードのように広がり怪物たちは一息に飲み込まれていた。

 白が駆け抜けた後に残るのは、氷の彫像。()()氷に全身を包まれ拘束された、哀れな怪物たちがそこに在るだけだ。

 

「ごめんよ。オレとしても、早く帰りたいからさ」

 

 指のスナップが一度鳴らされれば、途端に氷に亀裂が走り()()()()粉々に砕け散る。

 道路に砕け散る氷屑は、しかし解けるのではなく昇華するように中身ごと消えていった。跡の道路に水滴が残るような事も無い。

 

「…………っぷし!……ううっ、寒い」

 

 冷え切った右手をポケットに収めなおした彼は、マフラーの下で再びくしゃみする。厚手の生地の藍色のロングマフラーを二重にしていても、寒い物は寒いらしい。

 体を大きく震わせて、彼は足早に帰路についた。

 ただ、その歩みも十歩進んだかどうかという所で止まってしまう。

 彼の足を止めたのは、道の真ん中で道を塞ぐように立つ少年のせいだ。

 年のころは、冷えている彼と同じ位だろうか。深い紺の制服に黒い髪。仏頂面で、それでも真っ直ぐに最早睨みつけているといっても良い様な目つきで見てきていた。

 

「ここら辺の呪霊を祓ってたのは、お前か?」

「……?じゅれいって?」

「素人か…………呪霊って言うのは、お前が今氷漬けにして祓った奴らの事だ」

「!あの怪物には、名前があったんだね………成る程、呪霊か。君も見えるんだ」

「ああ」

「そっか…………初めてだな。オレの周りじゃ、こんな怪物たち見える人なんて居なかったから」

「だろうな。呪霊が見えて、触れて、祓える人間は少ない」

「少ない、ね…………それじゃあ、君の他にも……っくし!」

「…………風邪か?」

「スンッ…………いや、ゴメン。力を使うと、体が冷えて仕方が無いんだ。そのせいで、年がら年中オレはこうしてマフラーを巻いていなくちゃいけないんだけど」

 

 寒くてさ、と彼は苦笑いを浮かべた。お陰様でと言うべきか、生まれてこの方半袖を一度も着たことが無い。夏場ですらも、場合によってはコートを羽織る事になる程度には体が冷えていた。

 一方、相対した彼はとある可能性を頭に思い浮かべていた。

 

(天与呪縛、か?禪院先輩と似たようなもんだろ)

 

 実戦経験も多く、指導を受けてきた彼の目から見てもマフラーの彼の力は目を見張るものがあった。

 純粋な出力も然る事ながら、威力、攻撃範囲共に優秀。周囲への被害も見られず、制御に関しても随分と優秀。

 

「…………とりあえず、時間あるか?会ってほしい人が居るんだが」

「え?ああ、まあ……じゃあ、オレの家に来る?もう、日も暮れるし」

「良いのか?」

「うん、問題ないよ。オレは、一人暮らしだからさ」

「一人暮らし?」

「そうそう。ほら、オレってこんな体質だからさ。両親も気味悪がってて高校に上がると同時に家だけ用意されて追い出されちゃった」

 

 参ったよ、と笑うが普通は笑い事ではない。

 

「なら、お邪魔させてもらう。客が増えても大丈夫か?」

「大丈夫だって。まあ、そんなに広いアパートじゃないから少し狭いと思うけど…………あ、そう言えば」

「どうした?」

「いや、名乗って無かったな、と思ってさ」

 

 そう言うと、マフラーの彼は目を細める。

 

「オレは、雨里。雨里京平(うりきょうへい)。君は?」

「伏黒恵」

「そっか……よろしく、伏黒君」

 

 マフラーを少しずらして笑った雨里に、伏黒は目を細める。

 善人だ。呪霊に対する容赦の無さこそあるものの、穏やかな物腰は少なくとも彼の頭にある善人像にも上手く合致した。

 それから数時間後、伏黒は後悔する事になるのだが、それはまた別の話。

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