Ice Time 作:アイスめぇん
意識が深い場所から浮かび上がってくる。深い眠りから覚めるときの様に。そんな感覚。
「………………ん………」
薄く目を開ければ、最初に視界に飛び込んできたのは暗い天井。視界の端では、ゆらゆらとオレンジ色の光が揺らいでいる。
とりあえず、身を起そうと体を動かし、そして雨里は枕に頭を預けたまま首を傾げた。
「動けない………?」
そう、動けない。指先など、もともと血の巡りが悪く冷え切っている末端などは別として肩や、そもそも体を起こすことなども今は何故だかできない。
徐々にだが調子を取り戻してきた頭も不思議を訴える。とりあえず、この状況の打破を狙って雨里は術式を使おうと呪力へと意識を―――――
「ッ!寒っ!?」
突然の悪寒。同時に、室内が凍結する。
ほんの少しのつもりだった。その筈が、まるで蛇口を急激に開いてしまったかのような違和感と共に術式の半暴走を引き起こしてしまったのだ。
意味が分からない。雨里は目を白黒させながら、どうにかこうにか直近の事態について思い出そうと頭を回す。
ただ、その思考は唐突に打ち切られることとなる。
「―――――お、起きたみたいだね」
「………?五条、先生……?」
片手をあげて部屋へと入ってきたのは、いつもの不審者ルックに軽薄な態度をを隠しもしない五条だった。
「二日も寝てた割には、元気そうだね。よかったよかった」
「………二日?」
「そ。少年院の任務からね。まあ、三人の中でも一番怪我が酷かったんだから当然と言えば、当然かな」
「少年院………あの、五条先生」
「うん?」
「皆は、無事ですか………?」
その問いを、五条は予想していた。だが、いざ面と向かって問われると少々困ってしまう。
違和感を覚えさせない程度の間を挟んで、彼は口を開く。
「恵は打撲と、それから骨に罅が入ってたけど、硝子のお陰で完治。野薔薇も頭を少し怪我してたけど、こっちも完治してるよ。悠仁は………」
「………………いえ、何となく分かりました」
五条から顔を逸らした雨里は、天井を見上げた。その目じりから一筋だけ、涙が流れる。
「夜蛾学長も言ってました。呪術師に悔いのない死はない、と。そして、後悔は生きている者の特権だとも。分かってるんです。悔やんだところで過去は変わらない。IFの積み重ね何て意味なんてないって。もしも、あの場でオレも残ったとしても役に立てたことなんてない。死体の数が増えるだけだったって」
「………それで?京平はどうするの?」
「………」
目隠し越しに二人の視線はかち合う。
「進みたいです………二度目が無いように」
自分のためには、頑張れない。ならば、誰かのために頑張ろう。
危うさはある。自分で納得して、自分の理由として揺らがないものであるのならば良いのだが、根幹が歪んでしまうと人はたやすく崩れてしまう。
五条は、そんな人間の様子を実際にその目で見た。
二度目の失敗はしない。そう心を決めて、話を切り出す。
「それじゃあ、強くなろうか。大丈夫、京平は強くなれるよ。何て言ったって、黒閃を成功させたんだからさ」
「こくせん?」
「黒に閃光の閃で黒閃。打撃との0.000001秒以内に呪力が衝突することで発生する現象の事だよ。威力は、通常打撃の2.5乗。2級以下の呪霊ならこれだけでも倒せるし、特級にだって致命傷を食らわせられる。もっとも、狙って出せるものじゃないんだけど」
「………それが?」
「この黒閃の効果は、純粋な体術の破壊力アップだけじゃない。より、自分自身の呪力への理解にも繋がるんだよ」
「はあ…………?」
「一度、自分の呪力に意識を割いてごらん」
言われて、雨里は目を閉じる。
へそを起点に起きている呪力の流れ。某ゴリラな術師曰く、呪力を流すという認識を超えることこそ一流への第一歩。
目を閉じて、自分の内側を探っていた雨里は、不意に極寒の冷凍庫にでも放り込まれたような冷たさを覚える。
「ッ………!」
指の先から凍り付くような感覚。明かに、目覚める前に比べて呪力が強くなっている、そんな気がした。
「これって………」
「京平の場合は、天与呪縛の効果もあって呪力量と操作に強みがあった。それが更に黒閃によって研ぎ澄まされる。もっとも、ここからは京平自身の制御の問題になるんだけど」
「制御?」
「自分が何でここに、しかも拘束されているのか、不思議じゃなかった?」
「それは、まあ…………」
「理由としてはね、単純に京平自身の呪力が外に溢れるほどだったから。どうやら、黒閃の経験を経てから直ぐに気絶しちゃったせいで蓋が開いたんだけど、閉め損ねた結果かな」
「蓋を……」
「ま、イメージイメージ。大切なのは、京平が今、強くなるためのスタートラインに立ったって事だよ」
「スタートラインに………」
「それじゃあ、まずは手始めにその封印、壊してみようか」
「………はい?」
「大丈夫。封印そのものは、大した強度はないし壊したところで怒られたりなんてしないよ」
言われ、雨里は再び自分の内側へと潜り込む。
一度目も二度目も自分の状態についていけずに驚いてしまった。だが、その状態さえ認識してしまえばこっちのもの。
宛ら、呼吸をするような自然さで操作される呪力。
雨里の呪力は、絶対零度。あらゆるものは、その世界の中では停止、ないしは限りなく停止に近づく。
そして、凍結し互いの結びつきの弱まった対象は、限りなく脆い。
拘束するバンド型の封印に冷気が走り、そして
砕ける拘束。起き上がる体。
「………凄いな」
呪力操作の精度の格段の上昇。それを、雨里はいま身をもって体験し、そして実感していた。
現段階で、彼自身の所感でしかないが密着状態であったとしても対象を選別して凍らせる事ができるだろう。
凍結の速度もかなり早い。
「それじゃあ、皆のところに行こうか。恵も野薔薇も二年生と体術の特訓中だからさ」
「特訓?」
「そ。近々、京都姉妹校との交流戦があるんだよね。京平も、そこに出るんだよ」
「交流戦って………戦うんですか、呪術師同士で」
「殺しは無しだよ。その代わり、何でもありな呪術合戦。自分の今の実力を測るには、ある程度の指標になるんじゃないかな」
五条の言葉を受けて、雨里自身考える。
冷えていく体は変わらない。今も、外は夏日であるというのに寒気すらある。この部屋の気温が外よりも低いことを加味してもだ。
力の一端は、既にその手の中にある。
*
雨里が目覚めたのと時を同じくして、伏黒、並びに釘崎の二人は二年生に扱かれているところだった。
「もう少し、踏み込んで来い」
「ッ………!」
長物に見立てた棒を振るう伏黒と、そんな彼の攻撃を容易く捌いていく真希。
二人から少し離れた場所では、今現在進行形で釘崎がパンダに足を掴まれぶん回されているところだった。
「にゃぁああああああ!?」
「ほぉら、猫みたいに鳴くなら着地しっかりしろよー」
「ツナマヨ」
呪骸としてのパワーを遺憾なく発揮すれば人一人振り回す程度なら造作もない。その分、機動力には若干の難が残るモノの明確なパンダの強みだ。
一方で、釘崎はというと彼女の術式は割と強いが、その分当人の格闘能力には弱みがある。これは呪力の強化などを含んだ上での評価。ぶっちゃけ、身体能力お化けな虎杖や、幼少の折より五条の手ほどきを受けることができた伏黒とは土台からして違うのだからこれは致し方ない。
べっしゃりと地面を転がされる釘崎。空が青い。
「おニューのジャージ、ドロドロにしやがって………!」
「いや、ジャージなんて汚れてなんぼだろ。運動着なんだし」
「しゃけ」
「ルッセェ!態々デザインにまで拘って買った一品だっての!愛着も沸くわ!」
ギャンギャン喚く釘崎。そんな彼女を尻目に、伏黒と真希の手合わせもまた一端の落着を見せていた。
「くっそ………!」
「まだまだあめーよ、恵。もっと死ぬ気でかかって来い」
「………禪院先輩は―――――」
「名字で呼ぶな」
「………………雨里と鍛錬してましたよね」
「まあな。つっても、アイツも術式は無しだ。お前と同じく、な」
「……アイツは、どの程度動けるんですか」
「そうだな……まあ、得物は無しだ。京平の場合は、一つの呪具に固執するよりも、氷で次から次へと武器を作って振るう方が強みが生きる。それに、アイツは目が良い。私の振るった大刀の刃先を目で追える程度には、な」
真希から見て、雨里は非常に恵まれている。術式然り、潜在能力然り。その上、動体視力なども良ければ強くなるうえでの下地は十分すぎるというもの。
現総評とすれば、真希の中では伏黒よりも雨里に軍配が上がる。もっとも、どちらも未だに発展途上。何より伏黒には、
一方、自分で尋ねておいてアレだが、伏黒自身思わないことが無いわけではない。
自分が同年代で最強、とかそんな自惚れはない。そんな気持ちを抱くような性格ではないし、何なら自分は無意識のうちに周りよりも戦う理由に劣ると考えてしまう節がある。
先の少年院での宿儺との戦闘。伏黒としてはダメージレースをした場合雨里の方が酷い手傷を負ったと考えている。
左前腕の骨折。内臓損傷。肋骨の三番、四番骨折。頭蓋骨の額部分にも罅が入っていたし、その他諸々細かな擦り傷や切り傷も大量にあった。
明らかな重症だ。特に肋骨は、変な折れ方をしてその先端が内臓に刺されば大出血を起こしていたかもしれない。でありながら、彼は最後の最後まで立とうとしていた。少なくとも、伏黒が無理矢理鵺で撤退させるまで気絶もしなかった。
(足りねぇ……!)
現状で満足したことはない。したことはないが、最終手段を明確に持ち合わせているせいか伏黒はどこかで引く、次の誰かへと繋げるような戦い方をする。
だが、今回で露呈してしまった。それでは足りないのだと。置いて行かれるばかりでは、ダメなのだと。
「もう一本、お願いします」
「良いぜ、来いよ」
最初の再会は、もう間もなくだ。