Ice Time   作:アイスめぇん

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 季節外れの木枯らしでも吹いたような空白。

 

「え、あの…………女性の、タイプですか?」

「ああ、そうだ。性癖には、そいつの全てが反映されている。それが詰まらん奴は、人間的にもまったくもってつまらん。そこの伏黒の様にな」

 

 堂々と頭のおかしい理を平然と語る東堂に、雨里は無意識のうちに伏黒へと視線を送っていた。逸らされてしまったが。

 

「さあ、答えろ。男の趣味でも構わんぞ?俺は、性癖で差別する気はないからな」

「………」

 

 答えを急かしてくる東堂だが、雨里は黙ってしまう。その眉間には皺が寄っているし、表情は困った、という内心を如実に表していた。

 

「………………考えたことないですね」

「なんだと?」

「女性、というよりも、何かしらの好みを聞かれるような事なんて少し前までありませんでしたし、そんな事を語り合うような人もいませんでしたから」

 

 天与呪縛と術式。これによって、家族関係すらも希薄であった雨里にしてみれば女性の好みなど考える暇などあるはずもない。そもそも、女性との接触というものだって同級生の釘崎、先輩の真希、保険医の家入位のものであるのだから。

 一方で、雨里の返答を受けた東堂は構えを解くと顎に右手をやり頷いていた。

 

「成程な………一年!」

「はい?」

「お前、名は?」

「………東京一年、雨里京平です」

「そうか。雨里!お前、一般家庭の出身だな?」

「え?あ、はい……そうですけど………」

「やっぱりな」

「ッ!?」

 

 東堂が頷いた直後、雨里は反射的にその場に沈み込んでいた。真上を通過するのは筋肉質な剛腕だ。

 

「よく躱したな!」

「いきなりなんですか!」

「お前の境遇は察せられる!だが、女の好みがないという事は、お前状況打破に動かなかっただろう?その時点でつまらんという事だ!」

 

 無茶苦茶だ、と雨里は内心で毒づく。その上、目の前の東堂は()()

 まず、肉体の厚み、体格の差がある。でありながら、その純粋な速度に関しては現状の雨里よりも速いかもしれない。ついでに、フィジカルも。

 冷静に判断を下した彼は、戦略を決める。

 

「ふぅー………」

 

 真希にも褒められた目の良さ。これを、雨里は生かしていた。

 確かに、東堂のスピードに肉体的に付いていくことは現状難しいかもしれない。だが、彼の動体視力に限ればその差は無いに等しい。

 目では追えている。それでも体が最低限度しかついてこない。ならば、()()()()()()()に徹するほかない。

 

(ほう、少しはできるか)

 

 パーリングという技術がある。サーフィン、ではなくボクシングなどで見られる相手のパンチを叩いて逸らす技術の事だ。

 この時、大事なのが()()()()()()()()

 強くたたけば、自然と相手の攻撃を大きく逸らすことが出来るかもしれない。だが、それはイコールとして自身のガードを大きく崩してしまう事にも繋がるのだ。そうなってしまえば、劣勢になるのは明白。

 雨里自身、この手の知識があったわけではない。無いが、最低限度の防御を意識するにあたり無意識的に小さく、コンパクトに東堂の攻撃を叩いて逸らし自分の体スレスレに打撃を流していた。

 勝てはしない。勝てはしないが、負けもしない。そもそも、勝てない負けるは似たように見えてその実別物だ。

 断続的な叩く音と風を切る音、この二つによる二重奏が奏でられていく。

 ただ、このままでは千日手。いや、最終的にジリ貧になるのは東堂よりもフィジカルに劣る雨里の方だろう。

 何故なら、今の彼は格上に対してどうにかこうにかついて行っているようなものだから。

 相対している東堂もそれを理解している。それでも短絡的に勝負を決めに行けないのは、偏に目の前の一年の術式があるから。

 

(氷を出したのは、まず間違いなくこいつ。伏黒の式神が出してブラフの可能性もあるが可能性は低いとみて良いだろう)

 

 東堂の警戒する氷の術式。込められた呪力、発動速度、出力。どれをとっても、一年のレベルではないだろう。

 何より、情報が無さすぎる。

 見た目筋肉ゴリラで、脳筋パワー馬鹿に見える東堂だが、その実戦闘スタイルは強敵相手の場合搦手を交えたものとなる。

 思考。その一瞬の間。その隙を突いたのは、三本の長い舌だった。

 拘束、というにはあまりにも貧弱すぎる代物だ。だが、瞬きほどの間と言えども確かにパワー馬鹿の東堂の動きを止めて見せた。

 

「雨里!」

「ッ!」

 

 伏黒の怒鳴りが発せられるとほぼ同時に、雨里の体は動く。

 選択したのは、密着状態ともいえる格好からのドロップキック。より正確に言うならば、東堂の胴体を足場にして斜め後方への跳躍だろうか。

 

「―――――悪くない一発だな」

 

 胴体を両足で蹴られた東堂は、しかし吹っ飛ぶことも倒れることも無く、地面を滑って後ろに下げられただけ。ついでに拘束していた舌も千切られてしまう。

 雨里とて、底は決して見せてはいない。見せてはいないが、少なくとも体術面での軍配は東堂に挙げられることだろう。

 

「ぷはっ………はぁ……はぁ……」

「大丈夫か?」

「はぁ………まあ、ね……ふぅ………………強いね、東堂先輩は」

「1級術師だからな。去年の夜行で1級呪霊に加えて特級まで払った人だ。それも、術式を使わずにな」

「それはガセだとさっき言っただろう?特級には使ったぞ」

「1級には使ってないんじゃないですか………」

 

 化け物ですか、と雨里は構えなおす。最悪、術式をフルオープンするのも已む無しそう決めて手に冷気を纏わせ始める。

 ただ、ここは高専内だ。

 

「はいはいはいはい!そこまでそこまでー!うちの後輩虐めてくれるなっての!」

「しゃけ」

 

 割り込んできたのは、パンダと狗巻。

 

「ギリギリセーフって所か?いや、手ぇ出された時点でアウトっちゃアウトか」

「ツナマヨ」

「助かりました……狗巻先輩、パンダ先輩」

「久しぶりだな、パンダ。今度は、お前が相手してくれるか?」

「なんで交流戦まで我慢できないかね。帰った、帰った」

「………チィ、それもそうだ。お前らに構う暇は俺にはないんだった………上着どこにやったか」

 

 大人しく引き下がった東堂に、キョトンとするのは言った側のパンダ。

 東堂という男は、イカレ部分が目立つが、しつこさも一入であるから。そんな人間が大人しく引き下がるなど異質も異質。

 

「どうやら、退屈し通しって訳でもなさそうだからな」

 

 意味深に呟く彼が見るのは、一年二人。もっとも、完全に敵となりえるかと問われれば、現状は否だろうが。

 

「乙骨に伝えとけ。お前も出ろ、と」

「(めんどくせ)オレ パンダ ニンゲンノコトバ ワカラナイ」

「しゃけ」

 

 適当なことを宣うパンダと、おにぎり語彙で顔馴染みぐらいしかその内容を把握できない狗巻の言葉など興味はないのか、東堂は言うだけ言って踵を返してしまう。

 その背を見送りながら、雨里は息を大きく吐き出すとその場にへたり込んでしまった。

 

「はぁ…………強い」

 

 ただその一言に集約される。雨里は最初の一発しか術式を使っていないし、伏黒もまた拡張術式の強度諸々に劣る式神しか用いていないため全力とは言えなかったのだが、それを差し引いても強かった。

 仮に、東堂が最初から殺すつもりで向かってきたならばとっくに二人は死んでいる。

 

「………どう思う?」

「術式全開で六割じゃないかな。東堂先輩の術式が分からないから勝率はもっと下がると思うけど」

「そうか」

「おいおい、戦う前から卑屈になるなよお二人さん。交流戦では、お前らのどっちかに東堂ぶつけようって話になってんだからよ」

「しゃけ」

「………なら、オレですかね。伏黒君は玉犬や鵺で索敵できますし。オレの術式は、集団戦に向いてませんから」

「そこら辺は、追々な。ぶっちゃけ、東堂をどうにかできれば確実に勝てるかって聞かれたら分からねぇんだよ。相手の術式も実力もよくわからねぇし」

 

 ぼやくパンダだが、術式は術師の生命線。大っぴらにしている方が珍しく、術式開示による威力増加なども加味して味方連中にも伏せていることが珍しくない。

 最も、五条含めた御三家などの有名どころの術式は知れ渡っているし、雨里のような見た目が派手で術の発動がそのまま内容の開示になっているような術式ならば話は別だろうが。

 暑い日差しは未だ弱まることを知らず照り付けてくる。

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