Ice Time 作:アイスめぇん
燦々日差しの照り付けるとある日。日差しは、肌に当たるだけでも表面をチリチリと焦がしていくような錯覚を覚えるほどに強く、同時に湿気のせいで日本の夏はかなり厳しい。
「………っぷし!」
しかし、彼にとっては一年通して変わらない。
夏日の日差しの下であろうとも、雨里の外着にはマフラーとコートが手放せないのだから。
今日も今日とて一年面子は二年生に扱かれながら、それぞれの弱点克服、ないしは緩和へと勤しんでいた。
「にゃああああああ~~~~~っっっ!?」
「ほれほれぇ、受け身とれよぉ」
「しゃけ」
パンダに足を掴まれての、ジャイアントスイング。最初の頃よりマシとなった釘崎の受け身だが、それでもやはり完全に威力を殺すには至らないのかべっしゃりと潰れるように転がる。狗巻がフォローに入ってはいるものの、それでも成功率は低いと言わざるを得なかった。
少し離れて、そちらの方では真希と、それから野郎二人の組手が行われていた。
「脇締めろ!んな、隙だらけの構えじゃ実戦じゃ役に立たねぇぞ!」
「ッ!」
大刀代わりの棒を振るう真希と、柳葉刀の様な抜身の片手剣を使う事に決めた伏黒は一見すると渡り合っているようだが、それでも前者に軍配が上がるだろう。
傍らでは、直ぐに代われるように雨里がスタンバイ。彼は、素手だ。
何度か衝突を経て、得物を飛ばされ首筋に棒の先端を突き付けられた伏黒。術式の関係上、両手を空けておくことを求められる彼は、己の影を鞘として呪具を持ち歩くことを選択した。未だ、真希に一本取れるほどではないのだがそれでも確かな手応えを感じている。
「だいぶマシになった、がまだまだだな」
「ッ、はぁ…………」
「よし、次は京平………の前に休憩だな」
そう言った真希が見るのは、パンダに投げ飛ばされて転がっている釘崎だ。
ただ投げるだけではダメなのか、と問われればまあ、ダメだ。そもそも、パンダがぶん回しているのもちゃんと理由があっての事なのだから。
呪術師が受け身を必要とする場合は、大抵大きく吹き飛ばされた時が基本となる。そしてその際には、天地が混ざる様に視界が揺れ動かされることが珍しくなく、同時に体が錐揉み回転して吹っ飛ぶこともある。
そんな場合を想定しての受け身訓練。その成果は、少しずつ出始めている。
「おえっぷ………」
「大丈夫、釘崎さん。はい、水」
「ん………」
芝生の上で突っ伏する釘崎へと、雨里は水の入ったペットボトルを差し出した。
自販機で買ってしばらく経っているのだから、温くなっていそうなものだがペットボトルはキンキンに冷えている。
というのも、雨里の鍛錬の結果。
氷の箱を創り出し。それが、溶け出さないように呪力を供給しながら、その上での組手。疲れないはずはないのだが、それでもその頬に汗が一筋も流れる事はない。
「アンタって、本当に汗かかないわよね」
「え?ああ、まあ………そうだね。うん、汗かいた覚えはないかな」
「ちょっと袖捲ってみなさいよ」
「う、うん………これで良いかな?」
釘崎に迫られ、雨里は右手の袖を捲った。
元々、厚着が多く日焼けしない彼の肌は少し心配になる程度には白い。その癖、細くて折れそうな儚さはないのだから妙にアンバランスだったりする。
身を起こした釘崎は、差し出された腕を若干睨みながら指で突っつく。
「白いわね……それに、冷たい。ブルー・ブラッドってやつ?」
「いや、それは中世貴族の事だよね。それに、オレの場合は単に日の光に肌が晒されることが極端に少ないだけで、外には出てるから」
「ふーん…………そういえば、アンタって夏場の服とかどうしてる訳?」
「服?ええっと、冬服をそのまま着てるよ。夏場の半袖とか着てたら、凍えて動けなくなるからさ」
「厄介よねぇ………あー、私も新しい服欲しい」
「?着れなくなったの?」
「んな訳ないでしょ。ショッピングっていうのは、そういうのじゃないのよ」
ぷにぷにと肉の柔らかさと筋肉としての硬さを程よいバランスで備えた腕を押しながら、釘崎はやれやれと首を振る。
服を多く買う人の心理というのは様々だ。
新しいものが好き。毎日違う服を着たい。服を自慢したい。単純に今持っている服に飽きた。単純にショッピングが楽しくて。
いろんな要因はあれども、まあ楽しいからショッピングに赴くのだろう。逆に楽しくないと感じる者は服に興味がなかったり、服よりももっと興味惹かれるものがあるという事。
「おい、京平!私も、一本貰う……って、何やってんだ?」
「どうぞ、真希先輩。えっと…………なんでしょうね?」
「真希さん、真希さん」
「なんだよ、野薔薇」
「雨里の腕、ヤバいですって。ひんやりプニプニ」
「お前の語彙力の方がヤバいことになってんぞ」
そういいながらも、真希は釘崎に倣うようにして雨里の腕へと手を伸ばす。
柔らかくも、固い感触。それに加えてこの夏日の下でどれだけ触っても熱くならない天然のクーラークッションの様な感じ。
無言でプチプチでも潰すように押され始めた己の腕に、雨里は変な顔。そして、視線で助けてくれと周りにSOSを飛ばす。
「あー、真希、野薔薇もその辺にしてやれよ。京平の奴も困ってるからな」
「……っと、悪いな。いや、思った以上に、思った以上だったわ」
「ねえ、雨里。アンタちょっと、腕切り落としてみない?」
「釘崎さん?!ちょっと、錯乱し過ぎじゃないかな!?」
「冗談よ」
(目が本気だったよ………)
袖を戻して立ち上がった雨里は、そそくさとパンダの後ろに隠れそこから二人へと視線を送った。
「おい、京平。パンダ、臭くないか?」
「へ?」
「そいつ、風呂に入れって言っても聞きゃしねぇからな」
「待て待て、何で俺の風呂問題に発展する?だいたい、俺はお前らと違って汗かかないし、ちゃんと毎日ファブってる。あと、濡れるのが嫌なんだよ」
「まんま、獣臭だろ」
「畜生みたいに扱うんじゃねぇ!」
真希に揶揄われる形でたれパンダの様に垂れてしまったパンダ。
そこに鼻を近づけるのは、雨里含めた一年メンバーだ。
「………うーん?」
「別に臭くは、ないわよね?」
「ああ……臭いっていうより、お日様のニオイ、みたいだ」
((お・ひ・さ・ま………!))
女性陣に電流走る。普段、クールというか冷めた印象しかない伏黒の口から、出そうにない単語が出てきたからだ。
一方で、雨里は首を傾げていた。
「パンダ先輩って、濡れるのが嫌なんですね」
「おう」
「中に綿があるからですかね」
「それもある。俺って濡れると、なかなか乾かねぇんだよ」
「あー成程、ぬいぐるみの洗濯と同じですね。小さい子が抱えられる大きさでも、乾かすには天気の良い日に半日以上干しておかないと乾きませんし」
「いくら?」
「京平、よくんな事知ってるな」
「ええっと、オレって高専に入るまでは独り暮らしだったんですよね。それで、着てるのが厚手の服ばかりですから洗濯のタイミングをミスすると全く乾かないんですよ」
言いながら、雨里が思い出すのは昔のとある日。
厚手のトレーナーやらパーカーを洗うタイミングを逃して溜めてしまい、洗ってみればその日から三日ほど雨続き。結果的に、部屋に室内干しのニオイがこびり付いてしまったのだ。
そんな経験から、彼は洗濯のイロハをネット検索しており、その折にぬいぐるみの項目も流し読みしていた。
「まあ、でも、流石に任務の後は洗いますよね?」
「え?」
「え?」
「言っとくが、京平。パンダは、任務行っても体払うぐらいしかしねぇぞ」
「えー………」
「おっと、雲行きが怪しくなってきたぞ」
味方に引き込めるかと思った雨里からの、若干引いたような目にパンダは己の分の悪さを悟る。もっとも、逃げるとするにはタイミングを逃したと言わざるを得ないが。
「………せめて、任務の後は表面を拭く程度は必要だと思いますよ、パンダ先輩」
「でも、水沁みるんだよなぁ」
「あー、えっと…………ありきたりですけど、防水加工を施す、とかもありますよね」
「防水?」
「はい。鳥とかもに見られるんですけど、油分で羽が濡れる事を防ぐものも居ますから」
「却下だ。油まみれのパンダとか、余計に埃やら何やらくっつけてくるだろ」
「まあ、それは……よくよく考えれば、水浴びの回数が増えるのは、パンダ先輩も嫌ですよね」
本末転倒か、と雨里は苦笑い。ちなみに、彼が思い浮かべた鳥というのはインコの事。詳細は省くが、インコは水浴びが好きだが、お湯で水浴びさせてはいけないというのが飼い主の決まり事の一つに挙げられるのだ。
それからも、あーでもないこーでもない、と色々と案が出てくるのだが、最終的な帰結というのが不意打ちだというのだから、救いがない。
そんな暑いとある日。日常の一幕である。