Ice Time   作:アイスめぇん

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(鵺が封じられた………赤血操術。思ったよりも厄介だな)

 

 新たに調伏した式神、万象による放水で広い場所へと飛び出した伏黒は冷静に場の把握に努めていた。

 相手取る加茂は、三年であると同時に準1級術師だ。ポテンシャルはどうあれ、経験という面は容易に覆すことが出来る事ではない。

 幸いと言うべきなのは、術式が比較的知られたものである点か。これは伏黒もそうなのだが、御三家の術式はその歴史から広く知られている。

 五条家の無下限術式。禪院家の十種影法術。加茂家の赤血操術。資料も比較的多く、その内容も知られている。

 一方で、加茂にもまた負けるわけにはいかない理由がある。

 いつの時代の話だと言われそうだが、側室の子であり、同時に術式を継いだ彼にとって実家は決して居心地のいい場所ではない。それでも、彼は家督を継ぐための実績が必要だった。

 偏にそれは、最愛の母の為。

 

「私は、負けるわけにはいかないのだ!」

 

 鵺を縛り上げ、着地した加茂は吠える。そして負けるわけにいかないのは、伏黒もまた同じ。

 京都校が勝つという事は、それイコール虎杖の死に直結しかねないから。もう二度と、あんな思いはごめんであるから。

 三回の高さから飛び降りた二人は、飛び降りた先で正面からぶつかり―――――

 

「「ッ!」」

 

 ()()()()爆音によりその動きは止められる。

 見上げれば、津波のように迫る巨木の群れとそれらを押しとどめる様に展開された巨大な氷の壁が競り合っていた。

 

―――――(粘りますね)

「くっ…………!」

 

 氷の壁の天辺。前を大きく切り裂かれ下の制服が露となったコートを翻した雨里は怒鳴りながら、足元の氷を右足で踏みつける。

 

「凍結呪法・氷龍(ひょうりゅう)“連門”!」

 

 氷の壁から生えるようにして現れるのは、四体の龍。

 人一人軽く呑み込めそうな巨体を蛇のようにくねらせて、その牙をもって大樹の主へと襲い掛かっていく。

 派手な一撃だ。しかし、術を行使する彼の表情に晴れは無い。

 すぐさま氷の壁から飛び降りて、距離を稼ぐべく逃走へとシフトを切り替え、

 

「雨里!」

「!伏黒君!それにえっと………加茂先輩、でしたか」

「ああ……あの氷は、君が?」

「はい………って、そんなこと言ってる場合じゃありません。直ぐに―――――」

「すじこ!」

 

 撤退を、と続けようとした雨里の言葉を遮った狗巻。睨む先に居るのは、ほとんど無傷の特級呪霊だ。

 ビリビリとした威圧感と、事前情報から伏黒は何が起きたのかを、理解していた。

 

「襲撃か」

「ターゲットは、あの呪霊にやられてた。五条先生の出くわした呪詛師とつながっている特級だよ」

「未登録の特級か。あの帳に関しては何か情報はあるのか?」

「いえ。ただ、確証はありませんけど、あの呪霊と組んでる呪詛師の張ったものだとは思います」

「ツナマヨ」

「そうですね。五条先生に連絡を………雨里、お前のスマホは?」

「壊されたよ。狗巻先輩のも同じくね」

「ちょ、ちょっと待て、君たちは彼が何を言っているのか分かるのか?」

「今はそんな事どうでもいいでしょう。相手が特級なら、領域を使うかもしれません。距離を取って五条先生の所まで撤退―――――」

 

 言い切る前に、事態は動く。

 一瞬で間を潰してきた呪霊。ギリギリで反応する伏黒だが、その手の端末は破壊されてしまう。

 

「『動くな』」

 

 そこで狗巻の呪言が呪霊の動きを縛りにかかった。

 まるでその空間に縫い付けられたように動きを止めた呪霊。この隙を逃す手はないと、残りの三人が動いていた。

 

―――――赤血操術 苅祓!!

 

 輸血パックより操る血液をチャクラムの様な円刃へと変えて投擲する加茂。赤鱗躍動によるバフも上乗せした投擲は、しかし呪霊の表面に傷を刻むことが出来ない。

 だが、隙は作った。そこに飛来するのは大きな影。

 空を回って勢いをつけ剛翼を叩きつける鵺。その体に纏った紫電が僅かながらの動きの阻害をもたらし、勢いによりその場に縫い留める時間を延ばす。

 ここで一閃。どこから取り出したのか、柳葉刀のような見た目をした片手剣を振るう伏黒。しかしこちらも、呪霊の表面を撫でるだけ。

 そして入れ替わる様に突っ込んだのは雨里だ。

 

「凍結呪法・凍装“甲”」

 

 右手に纏うは、氷の手甲。空手の正拳突きの様にその一発は、呪霊の腹部へと突き刺さり、同時にパイルバンカーとしての機構が作動。衝撃と共にその体を飛ばした。

 壁に激突し、舞い上がる粉塵。同時に、氷の手甲も砕け散る。

 

「………手応えはどうだ」

「ダメだろうね。手傷を与えたと仮定しても、呪霊は呪力だけで再生できる。特級ともなればその呪力量で冗談みたいに復活してくるはずだよ」

 

 並の呪霊ならば、三人の攻撃で跡形もなく消し飛んでいるだろう。並みでないからこそ特級呪霊と呼ばれるのだから。

 案の定、粉塵を踏み分けるようにして現れた呪霊の体には大きなダメージは見受けられなかった。

 

「………嫌になるね」

 

 ぼそりと呟く雨里だが、その言葉は残り三人の内心も表していたりする。

 1級と特級の間には明確な差が存在する。いや、1級術師の中には特級を討伐できるだけの実力を有した者が居る事には居る。東堂の様な。

 だが、それはやはりほんの一握りでしかない。

 

―――――(止めなさい、愚かなる児等よ)

「「「「!」」」」

 

 呪霊の口より発せられる意味の分からない音。だが、直後に四人の頭には直接言葉が響いていた。

 分からないのに、分かる。

 呪霊の言葉は続く。

 

「【私はただ、この星を守りたいだけ】」

 

 ざわめく呪力と、呼応するように地面より樹木もまた伸びてくる。

 

「【死して賢者となりなさい】」

 

 ぞっとする気迫。自然と足が一歩後ろへと下がりかけ、

 

「ッ、雨里!?」

 

 雨里京平は前に出た。

 羽織っていたコートは既に脱ぎ捨て、下に着ていた制服の表面には薄く霜が降りるほどの冷気を全身より放っている。

 伏黒も加茂も狗巻も、それが自棄になった特攻にしか見えなかった。だが違う。違うのだ。

 雨里は気付いていた。目の前の呪霊は、確かに特級として1級とは隔絶したような実力を有している。

 しかし、弱点が無い訳ではない。その一つが、今雨里が実践しようとしている事。

 

「シッ!」

 

 ボクシングの様な構えからの右縦拳。その拳の軌跡には、白い冷気がまるで蒸気のようについてくる。

 呪霊は、この一発を容易く受け止めた。呪力が込められていようとも、元々のタフネスが尋常ではないのだ。何より、今目の前の少年が放った拳は、呪力を纏えど素手。氷の手甲などを纏っているわけでもないため問題ない。そう判断を下していた。

 だからこそ、見誤る。

 

「凍結呪法・万結」

「【!これは………】」

 

 触れた位置より凍結させる術式。今の雨里の両手は、準1級呪霊程度ならば瞬時に氷像に変えて粉砕することが可能だ。

 彼の気付き、それは目の前の呪霊が肉弾戦にそれほど強くない、むしろ距離を取って戦う方が厄介なタイプであるという事。

 勿論、直撃を食らえば、呪力で強化していても血反吐ぶちまける事にはなるだろうが、それでも遠中距離から物量で攻め立てられることに比べればよっぽどマシ。

 現状、接近戦と術式の併用、並びに相手の削りを両立できるのは雨里だけだ。伏黒の術式は、式神の強さに依存し、加茂はバフで身体能力を上げても殴り合いよりは中距離、遠距離で真価を発揮する技の方が強い。狗巻も、身体能力は高いが呪言という術式に加え、相手が格上であるのも相まって消耗の方が大きすぎる。

 唐突に始まった肉弾戦。だが、この場に居るのは恐怖によって足を竦ませて動けなくなってしまうような軟な者たちではない。

 最初に動いたのは、伏黒だ。

 

「加茂さん!狗巻先輩!雨里の打撃が途切れる瞬間に攻撃お願いします!」

「!彼一人で大丈夫なのか?」

「少なくとも、逃げながらジリ貧に追い込まれるようにはマシでしょ」

 

 懐疑的な加茂だが、狗巻の方は動きが速かった。

 すぐさま、口元のジッパーを下ろすと冷静にその一瞬のスキを伺い、

 

「『動くな』」

 

 硬直する呪霊。その隙を突くように、雨里の右フックが呪霊の左頭部を捕えていた。

 拳が着弾した瞬間にその表面は凍り付く。しかしそれは芯には届かず、いまだ仕留めるには至らない。

 再び始まる接近戦。驚くべきは、彼の集中力だろう。

 

「………」

 

 一切の瞬きがない。その表情は凍り付いたように固まっており、見開かれた目は相手の一挙手一投足を筋一本の動きからでも見逃さない。

 当然だ。なんせガードが機能しない。腕や足ではなく氷でガードしようものなら、せっかく詰めた距離が無駄に離されてしまう。

 一方で、呪霊もまたその場に縫いとどめられている原因を理解しつつあった。寧ろ、ここまで一方的に縫い留められれば理解しない方が、知能ある存在として問題があるだろう。

 失敗は、そもそもの一手目。雨里の突撃を迎撃せず様子見に動いてしまった事。

 表面とはいえ、凍結されその都度砕かれればその分の再生に力を食う。言ってしまえば、鑢で呪力を削られているような状態なのだ。

 だがしかし、雨里もまた簡単にこの場を抑えているわけではない。

 周りからの、狗巻と加茂、伏黒からの援護が入っているがそれでも消耗の度合いは通常の組手とはもはや比べ物にならないだろう。

 早晩、潰れる。雨里とてそれは理解しているが、今の彼の思考はクリアだった。

 それ故に、()()()()()()()()()

 僅かに大振りとなった、呪霊の右腕の一薙ぎ。そこを彼は潜り込むように躱していた。

 構えられるのは左拳。アッパーとフックの境目の様な軌道を沿いながら振るわれる一発は、しかし起死回生であろうとも大振りだ。

 狙われるカウンター。だが、雨里は一人ではない。

 

―――――百斂 穿血ッ!!

「ッ…………『動くな』……!」

 

 狗巻の呪言と加茂の超圧縮された血の弾丸が呪霊の動きを縛った。

 問答無用でその場に縫い留め、その上硬い甲殻すらも無視して穿つコンビネーションだ。如何に特級と言えども、コンマ一秒完全な停止からは逃れられない。

 打撃との誤差、0.000001秒以内に呪力がぶつかることによって空間は歪み、黒い閃光が駆け抜ける。

 

(これほどか)

 

 赤鱗躍動により開かれた右目に驚愕と、若干の畏怖を織り交ぜて加茂はそれでも素直な感嘆の気持ちを抱くことが出来ていた。

 黒閃。この現象を狙って出せる術師は存在しない。どこぞの最強ならば、もしかするとその限りではないのかもしれないが、それでも滅多にお目にかかれない現象であることは確かだ。

 通常の打撃威力を“1”として、呪力を乗せた打撃威力は“2”以上となる。

 この後者の打撃破壊力が、黒閃の場合は2.5乗。しかもこれは、平均的な数字であり術者によってはそれ以上の数値を叩きだすことが出来るかもしれない。

 雨里の一撃は打撃破壊力だけに留まらない効果をもたらしていた。

 彼は、進行形で術式を、触れた対象を凍結、粉砕する万結を併用しながら肉弾戦に臨んでいた。

 何が起きたかと言えば、黒閃の打撃を受けた呪霊の腹部が一瞬の内に凍り付き、まるで大口を開けた鰐にでも食い千切られたかのように凍結した部分が砕け散っていたのだ。

 

「【がはっ………!?】」

 

 呪霊にしてみれば、このダメージは完全な想定外。相手の術式を警戒していなかった訳ではないが、それでも一瞬でここまで持っていかれるなど、思いもしなかった。

 故に、動く。更なる追撃を貰う前に。

 

(もう一発―――――ッ!?)

 

 次は頭を狙う。右こぶしを握り、狙いを定めていた雨里だが突然の足元の揺れと同時に何かが突き出してくるのを、呼吸をするように自然に流れる呪力を通して感じ取った。

 反射的にその場を飛び退けば、一瞬でも迷っていれば貫かれていたであろうタイミングでうねり絡まりながら先端をとがらせた樹木の束が飛び出してくるではないか。

 同時に、とりたくなかった距離が開いてしまった。呪霊はこのタイミングで己の足元に出現させた木に自らの体を押し上げさせて近くの校舎の屋根の高さまで上ってしまう。

 空を見上げた加茂が、悔し気に悪態を一つ。

 

「不味いな、距離を取られた………!」

「直ぐに追います。雨里、行けるか」

「ッ、ふぅ……はぁ…………加茂先輩、狗巻先輩。()()()()()()

 

 伏黒に言われ、息を整えた雨里は疲労の色濃いままに足元へと意識を向ける。

 黒閃による影響か、明らかに精度の増している呪力だが同時に彼の体に走る寒気というものは強くもなっていた。

 まるで、全身の骨を氷に置換したような体の内から沸き起こる冷え。それに加えての、疲労がこの場での雨里の注意力散漫を招く。

 加茂は別にしても、狗巻は喉がかなりやられていた。あと、一つ二つ呪言を放てば喉が潰れてしまう事だろう。

 もっとも、仮に雨里が気付いて狗巻一人を置いていこうとしても無理矢理にでもついてきただろうが。

 屋根の上へと逃れた呪霊。後を追い、先に辿り着いたのは鵺に自分を運ばせた伏黒だ。その後を追うように三本の氷の柱が空へと伸びていく。

 

「ツナマヨ?」

「大丈夫です……少なくとも、術式を使う分には今まで以上にいい感じですから」

 

 屋根に降り立った狗巻が気遣わしげに問うも、雨里自身は止まる気はない。

 体力的には辛くとも、呪力的には今までの比ではない心地よさのようなものを感じていた。

 一種のトランス。酩酊にも近いかもしれない。

 視点代わって、呪霊側もまた方針を決めつつあった。

 

(狙うべきは、あのマフラーの少年、ではなくその周り。横槍を入れてくる口元に刺青のある少年と、血を扱う少年か)

 

 呪霊の中で、現状の危険度で最も高いのは己に深手を与えた雨里、ではなく呪言により、攻撃と動きを止めてくる狗巻だ。次いで、己の反応速度を超えた攻撃が可能な加茂。

 上記二人の横槍が無ければ、残る二人を遠距離から完封できる。少なくとも、呪霊はそう考えた。

 そして、行動に移す。

 

「ッ、加茂さん!」

 

 投げられた三つの木のツタが複雑に絡み合った人の頭部はありそうな球体が加茂へと迫る。

 加茂の選択は、回避。中距離からでも攻められるのだから、距離を詰める選択肢はない。

 だがそれは、相手は違う。

 

「なっ……!」(飛び道具は囮か!)

 

 雨里と足を止めて接近戦に興じていた呪霊だが、その身体能力という面は人間とは一線を画す。それに加えて、()()()()()()までされてしまえば追い込まれても仕方がない。

 振るわれる右拳を辛うじてガードするも、ガードに回した腕からは鈍い音が響き激痛が加茂を襲う。そしてその体は屋根から飛ばされ近くの建物へと窓枠を突き破っていた。

 

「加茂さん!くそっ!」

「伏黒君、前!」

 

 とっさに鵺を加茂の回収に回そうとする伏黒。その瞬間にほんの一瞬だったが呪霊から視線が外れてしまう。

 半ば悲鳴のように雨里が叫べど、もう遅い。加茂をぶっ飛ばした呪霊が、次の標的として伏黒を狙っていたのだから。

 だが、その剛腕が対象を捉える事はない。半ば割り込むような影があったからだ。

 

「『ぶっ……とべ』………!」

 

 呪言が呪霊の体に作用し、その体が大きく後方へと飛び階段室の屋根へと叩きつけられる。同時に、血を吐いて崩れ落ちる狗巻。

 ただでさえ、反動がある相手というのに、消耗も相まってもはや彼も動けない。そして、伏黒の胸の内には後悔が過る。

 

(俺の責任だ……くそっ、何やってんだよ!)

 

 悪態を内心で吐きながら、刃を振るう。

 加茂も、狗巻も、雨里も、自分から見れば立派な呪術師だと思う。今回の特級襲撃含めて、自分が一番何も背負っていないのだから。少なくとも、伏黒はそう考えてしまう。

 もしも、彼が己の内心を誰かにぶちまけたとしたならば、馬鹿を言うなと頭を叩かれるだろう。

 少なくとも今、呪霊の背後より斬りかかり、刀を折られた真希に言えば腹に一発貰う事になりかねない。

 

「真希先輩……!」

「無茶してんな、お前ら。恵、アレ出せ」

 

 疲弊している後輩二人と、少し離れた屋根の上でうつ伏せに倒れる同輩を横目に不敵に笑いながらも真希は目の前の呪霊を睨む。

 術式が無かろうと、呪力が限りなく少なかろうとも彼女には身体能力がある。そこに上乗せで呪具があれば呪霊も祓える。

 先輩の言葉にこたえる様に、伏黒は己の影へと手を伸ばす。取り出すのは、三節棍型の呪具。

 特級呪具、游雲。売れば五億は下らない、特級を冠する最高峰の武具の一つだ。

 遠心力が乗せられた一発が呪霊を襲う。腕でガードするが、その破壊力は並み居る呪霊ならば一瞬で撲殺できる破壊力がある。

 一瞬の間を置き、その体は大きく後方に、森を縦に割りながら吹き飛ばされていた。

 すぐさま追撃に追いかけていく真希とその後を追う伏黒。

 二人の後を追おうとした雨里。だが、その足が前に進む前に視界に倒れた狗巻と吹き飛んだ加茂の居るであろう場所が入ってきた。

 気付いたら無視などできない。

 屋根から飛ぼうした足にブレーキをかけて、まず向かうのは加茂の下だ。

 手から冷気を放ちそのまま空中へと身を投げれば、彼の足元に現れるのは氷でできたスライダー。その上を、立ったまま横滑りして進んでいく。

 程なくして、二人を回収、屋根の上に横並びで寝かせついでに、脱ぎ捨てていたコートも回収しておく。このコートの内ポケットにある程度の応急処置が可能な道具を詰めていたから。

 加茂の両腕に添え木をして包帯を巻き、ついでに薄く冷気を纏わせて必要以上に熱を持たないように処置を施し、狗巻の方は血が喉の奥へと逆流しないように注意する。

 

「………これで良いはず。急がないと」

「加茂君!?」

 

 二人の後を追おうとした雨里だったが、空からの声にその動きを止める。

 見上げれば、驚いた顔の西宮が屋根に降りてくるところだった。

 

「えっと、京都校の………」

「西宮桃よ。東京校の子でしょ」

「雨里京平です」

「そう…………状況は?」

「加茂先輩が両腕の骨折。もしかすると、内臓に傷が入ってるかもしれません。狗巻先輩は格上に対する呪言の跳ね返りで喉が潰れてます。襲撃は特級呪霊なんですけど、今は伏黒君と真希先輩が戦闘中の筈です。オレは、応急処置だけをして合流を考えてたところです」

「……また、特級と闘うつもり?」

「………帳の外の状況が分かりませんけど、やっぱり足止めは居るべきだと思いますから」

 

 自ら、死ぬかもしれない死地へと突っ込むなど正気の沙汰ではない。だが、呪術師というのは正気ではやっていけない過酷な職業だ。

 何より、今も先輩と同級生が命がけで戦っているのだ。雨里には見捨てて逃げる選択肢は採れない。

 

「西宮先輩、二人を―――――ッ!」

 

 任せる、と言い切る前に雨里はある方向を勢いよく見やる。

 その表情に宿るのは、驚愕とも恐怖とも取れそうな少なくとも、良い感情出ないのは確か。そんな雨里の異変に西宮も気付く。

 

「雨里君?」

「………この団体戦が始まってから、オレは四体の氷人形を創って散らしてました。強度的には、現状1級呪霊にも破壊されないことを目標にしたものです」

「………それで?」

「一体は、三輪先輩の傍につけてます。狗巻先輩の呪言で眠らせてしまいましたから。残りの三体はこの襲撃が始まった時点で散らす範囲を広げて呪霊狩りと術師を守る様にしていたんです」

「私のカワイイ後輩を守ってくれたのは分かった。けど、本題が―――――」

「二体壊されました。残り一体も、多分時間の問題です」

「!………それって、他の術師も襲われてるって事?」

「恐らくは。そして、先生たちは他の術師や補助監督を()()()()。多分、オレ達生徒を助ける事を主目標で動いているはずです。だから―――――」

「助けに行く?」

「行くとしても、オレ一人ですけどね。術師や補助監督の襲撃犯を抑えるのも大切ですけど、加茂先輩と狗巻先輩の治療も大切ですから」

 

 少なくとも、学生のやる事ではない。等級を与えられようとも、彼らは未だに子供であるのだから。それでも気付いてしまった以上は、何かやらねば気分も悪い。

 

「………無理しない事。そもそも、特級の相手だって私たちじゃ危ないんだから」

「分かってます。では、」

 

 西宮が止めないことを察して、雨里は屋根を駆けそして飛び出した。

 先程の加茂を回収した時の様に、空中に氷のラインを引き、その上を滑走していく。

 騒動は、まだまだ終わらない。

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