Ice Time   作:アイスめぇん

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 波乱を巻き起こした呪術高専交流会も終わって暫く。今日も今日とて、高専生は任務へと駆り出されている。

 

「オレ一人だけどね」

 

 現状、東京校一年の四人のうち、伏黒と雨里のみ2級術師だ。虎杖も釘崎も力量と言えば同じ位であるため同階級でもよさそうだが、そこは面倒な呪術師界隈。昇級にはそれ相応のプロセスを踏む必要があった。

 ちなみに、今回の分配は1:3。雨里は一人でこの任務に送り出された。

 場所は、T県某所。廃園となったテーマパーク。

 

「………水の腐ったニオイだ」

 

 山を穿つようなトンネルの前に立って、鼻を押さえた雨里はこみ上げてきた生唾を無理矢理飲み下して息を吐く。

 なかなか面倒な事になりそうな、そんな予感。

 

「雨里さん。今回の任務は、この廃園となったテーマパークの調査です。何でも、ここを取り壊して新しいリゾート地を建設を行う予定が、その、幽霊が出た、と」

「つまり、既に呪霊は出ている、ってことですよね?」

「ええ、まあ………」

 

 気まずそうな補助監督の言葉を受けて、雨里は頭を掻く。

 調査任務であるが、既に被害が出ているのならば呪霊の討伐は必定。問題は、その相手の等級が雨里一人でどうにかなるような相手であるのかどうか。

 

「………もしもの場合は、高専への連絡と他術師への情報提供をお願いします。それから、貴方も直ぐに逃げてくださいね」

「……ご武運を」

 

 トンネルへを足を踏み入れる雨里の背後で帳が下ろされる。

 吐き出す息は白に染まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 呪術師としては珍しい少年。補助監督から見て、雨里京平という呪術師は稀に見る真面な部類の少年だった。

 彼ら彼女ら補助監督の立場は決してよろしくない。呪術師に虐げられることもあるし、上層部と現場の板挟みになる事もある。場合によっては肉盾にされて、その命を落とすこともあった。

 だからこそ、珍しい彼の命が散らされないように祈る事しかできない自分に歯噛みしてしまう。

 補助監督の中には、最初からその職を志して就いたものだけではない。呪術師になろうとして、様々な要因から挫折し、結果的にそちらに就いた者が居るのだ。

 虐げられても、反論できない。そんな相手ばかり。

 だから祈ろう。年若い命が失われないように。

 

 補助監督は気付かない。帳の中に、()()()()が紛れ込んでいる事など。

 

 

 

 

 

 

 

 

 補助監督と分かれて、トンネルを進む雨里はこの先にあるであろう廃園となったテーマパークに対して思いを馳せていた。無論、周囲に対する警戒はしたまま。

 呪霊が生まれやすいのは、学校や病院だと言われている。だが、それはあくまでも感情の集まりやすい場所がそうであるだけ。

 今足を踏み入れているこの廃園となったテーマパークも、その要素としては十分。いや、それどころか人の感情という点では廃園した事も相まって強まっているかもしれない。

 呪霊の元となる感情は、言うなればパレットの上に出された複数の絵具だ。二色程度ならば大した事が無くとも、数が増えて、それら全てを掻き混ぜれば、その先に待つのはどす黒い色。この黒が濃ければ濃いほどに、呪霊は強くなっていく。

 少なくとも、雨里はそう認識していた。

 

 不気味なほど静かなトンネル。中を通る雨里の足音だけが木霊しているが、不意に視界の先に光が見えた。

 果たして襲われても大丈夫なように冷気を放ち始める彼を出迎えたのは、

 

「………鳥の羽根?」

 

 羽根が舞う不思議な空間だった。

 思わず呆けてしまう雨里だが、それも仕方がない。

 そこは、領域だった。術式の付与されていない未完成な、形だけが広がった領域。

 少年院以来の遭遇。同時に、事態をどうにか飲み込んだ雨里は成程と内心で頷く。

 領域は、閉じた空間だ。傍目から見てもその異常性は確認できず、その場に足を踏み入れて漸く、といったそんな場所。

 踏み込まない“窓”ではまず分からない。そして、仮に踏み込めば未完成とはいえ領域。呪霊のテリトリーだ。まず、生きては出られない。

 振り返れば、案の定退路を断たれた。まるで別世界にでも紛れ込んでしまったような水面が広がり、トンネルなど見る影もない。

 

「………ウユニ塩湖かな?」

 

 そんな感想が、自然と雨里の口からは滑り出る。

 いつぞやのテレビで見た光景。綺麗な風景だと彼自身そんな感想を抱いたからか、鮮明に覚えていた。もっとも、ここはそんな綺麗な風景とは違い命の危険を多分に含んでいたが。

 もはや逃げる事は不可能。雨里は、腹を括った。

 死ぬつもりは毛頭ない。仮に死ぬことになろうとも、相手を道連れにする。そう決めた。同時に、全身から冷気を発し、今立っている水面の一部が凍り付き始める。

 油断なく周囲を見渡した雨里。その彼の上部に影が差した。

 見上げれば空を舞う歪な鳥、の様なものが上空を旋回している。

 二対の翼と脚部以外を包む極彩色の羽。

 何より、その大きさ。

 歴史上で最大の飛翔する鳥は、ペラゴルニスと呼ばれるている。その翼開長は六メートルから七メートル。羽ばたかずに、上昇気流を用いてグライダーのように空を舞ったと考えられている。

 だが、今空を舞っている鳥?は、翼の幅だけでも優に十メートルは超えているかもしれない。加えて、コンドルやトンビ、アホウドリの様に滑空するのではなく、二対の羽を交互に羽ばたかせてゆったりとした余裕さえ感じさせる雄大な姿だ。

 思わず、見惚れてしまいそうな光景。しかし、この場は領域で、雨里は領域展開はできない。

 であるならば、領域の主であれ、何であれ、空の鳥を落とす事は必要事項。

 

「凍結呪法・氷龍“連門”」

 

 雨里の足元を起点にして氷が走り、水面を突き破って四体の氷の龍が空へと伸びる。

 二度の黒閃経験は、彼自身の術式の洗練さをより高次元のものへと押し上げていた。地上から何メートルあるのか、空へと伸びる龍の維持にも一切の苦は無い。

 果たして、龍の牙は鳥の様な何かへと食らいつく。そのまま操作して龍もろとも、鳥を水面へと引きずり落した。

 舞い上がる水飛沫と、その下の地面。元々、雨里の足首よりも下程度にしか水は無いのだからこれは不思議ではない。

 そんな事よりも、彼は更なる追撃へと移っていた。

 

「凍結呪法・氷嘴」

 

 創り出すのは、いくつもの氷の円錐。その鋭い先端の全てが粉塵へと向けられており、雨里の手の動きに合わせて宛らミサイルの様に殺到していく。

 右手でツララを操作しつつ、雨里は左手を空へと掲げた。

 彼の術式は、凍結であるが術式というのは術者本人の解釈次第で広がっていくもの。

 掲げられた左手の先。五メートルほどの空中にソフトボールほどの氷の球体が現れていた。

 球体は、その場で時計回りに回転を始め、その速度は徐々に徐々に増していく。同時に回転に巻き込まれるようにして周囲の空気が冷やされ、その分が氷を徐々に育てていく。

 

「凍結呪法・氷天下(ひょうてんか)

 

 ソフトボールほどの大きさであった氷の塊は、気づけば巨大なガスタンクほどの大きさにまで成長しきっていた。更に未だ回転しているため、徐々にその直径は増していく。

 大技だ。そして、この大規模な攻撃こそが自分の持ち味であると雨里は理解していた。無論、接近戦で直接凍結させることも武器と言えるだろう。だがやはり、広域殲滅能力に関しては彼は既に学生の範疇を超えていた。

 

「行けッ!」

 

 投擲。振り下ろされる左手に連動するように、巨大な氷の塊がツララが何本も殺到した鳥の元へと落ちていく。

 その光景は、まるで氷の隕石が空より落ちて来る様。

 見た目相応の質量がぶつかれば、その前の氷の龍やツララの連射とは比べ物にならない破壊力を発揮する。

 

「っ…………」

 

 巻き起こった衝撃と、圧縮された冷気の解放に両腕を顔の前で交差して耐えながら雨里は隙間より落下跡を睨み付ける。

 これで倒せたならば、御の字。だが、その可能性は未だに保たれた領域により打ち消される。

 

「―――――…………コココ」

 

 音が聞こえる。いや、()()()か。

 ゆっくりと両手を下ろした雨里は、舞い上がる粉塵の中に動く何かを視認して警戒の度合いを高めていた。

 というのも、粉塵の中の影は()()()()()()()。少なくとも、雨里よりも大きい程度。二メートルを超える程度か。

 だが、それはおかしい。先程まで、粉塵の舞い上がった中に居たのは巨躯の怪鳥であったのだから。

 果たして、空気が揺れる。粉塵を突き破って何かが雨里の元へと凄い速さで飛んでくる。

 とっさに、彼は目の前に氷の壁を出現させることでこれをガード。そして、その氷に半ば食い込むものを見て眉を顰めた。

 

「これは………羽根?それにこの色はさっきの………」

 

 極彩色の羽根。その尖った根の部分を鏃の様にして氷に突き刺さっていたのだ。

 何が起きているのか分からない雨里を置いていくように、場は更に混沌へと歩を進める。

 まず、粉塵がまるで突風でも吹いたかのように吹き飛ばされた。そして、その跡地に居たのは巨躯を持った怪鳥、ではなく人型の何か。

 鳥人、とでも呼称すべきだろうか。だが、人的要素は二足歩行である点、それから頭部に嘴が無く、代わりに唇の部分まで羽毛によって覆われた裂けた様な大口がある点。両手足は鳥のそれであるし、その背には二対の巨大な翼を背負っている。

 鳥人は、ゆっくりと首を回しそしてその蒼玉の様な瞳で真っすぐに雨里を視認した。

 

「コココ………ヒ、ヒト?」

「!」

「アハッ!ヒト、ヒト………食べて、良い?」

 

 言うなり、鳥人の口が大きく開く。その様は、大口開けた蛇のよう。

 そして、警戒がこの場合は功を奏した。

 鳥人の翼が大きく広げられたかと思えば、次の瞬間にはその姿は消えていたのだから。

 それはほとんど直感。虫の知らせ。腕を交差させてガードした雨里は次の瞬間には大きく後方へと飛ばされていた。

 ガードしても脳天にまで響くような鈍痛。同時に、彼は悟る。

 よくないモノを呼び起こしてしまったのだ、と。

 

「まずっ―――――」

 

 極彩色が、視界を彩る。


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